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六話 クソガキ!

 クリエムハルトの警告にグレイルが振り向くと、そこには最初にノックアウトした男が棍棒を振りかぶっていた。グレイルは咄嗟にテーブルの上に腰から乗り上げ、両足の裏でガードした。


「くそがっ」

「うるせぇ!」


 グレイルは左足でバランスを取りつつ、そのまま右足で男の腹を蹴り込んだ。前かがみになった男の後頭部に肘を落とす。顔面にも再度膝を叩きこんで、最終的にテーブルを使って巴投げで窓から外に放り投げた。


「ったく物騒な国だぜ……」


 グレイルはピシャンと窓を閉めつつそう言った。

 静けさが戻ってくる。だが、さっきまでの空気とは、どこかが違ってしまっていた。


「おい。おいクソガキ、何とか言えよ」

「…………」


 黙り込み、ソファの上で膝を抱えるクリエムハルトは、この出来事について何も語ろうとしない。つまり、礼もなければ説明もないということだ。グレイルはため息をついた。


「ってかあの水色は何処行ったんだよ?」


 そこへタイミングよくアイスシュークが戻ってきた。

 ドアを開けて中を覗いた少年は、どこかおかしな二人の空気に首を傾げる。


「戻りましたよ。……どうしました?」

「え? ああ、部屋に虫が出たから追い払ってたんだよ。それよりメシ」

「あ、はい。色々持ってきましたよ。グレイルさんにはまずこちらを」


 と、アイスシュークは大きな盆に乗せていた紙箱をテーブルに置いた。そして片手に提げたパン籠の中から、グレイルへ野菜のたっぷり挟まれたハムサンドバゲットを手渡す。


 紙箱の中身はカラフルな野菜のグリルに、子羊肉のステーキ。豚の腸詰肉とポテト、それに豆の煮物が入っていた。籠の中の他のパンはプレーンタイプで、ハムサンドはグレイルのために取ってきたものだったらしい。


 瓶詰めの飲み物は炭酸水と柑橘系の果汁のようだ。アイスシュークはナプキンと金属製のカトラリーを広げ、部屋に備え付けてあるキャビネットからグラスを取り出してそれぞれに飲み物を注いでいった。


「どうも。……ところで、この国って物騒なのか?」

「え……いえ、そういうわけではないです。今のところ戦争もありませんし、属国もおとなしいです」

「えーそうなの? だって俺達襲われたじゃん。城の中庭で」

「それは……確かにそうなんですけど」


 あれは奴隷による反乱だった。だが、さっきの襲撃はどうだったのだろうか。

 思案顔のアイスシュークは続けて言う。


「もしかしたら、滅ぼされた国の生き残りが、殿下を狙っていたのかもしれません。でも、列車に乗ったんですから、もう安心ですよ」

「ふーん。そう思えねーのは何でだろうなあー」


 グレイルは黙りこくったクリエムハルトに意味深な視線を送った。目の前で「殺す」と言われたショックがあってか、カス王子はうつむいたきりだ。


「とにかく、食べましょう。飲み物もありますよ」

「そーだな。おいカス、お前も食え」

「……べつに、食べたくない」

「だからお前はそんなガリガリでチビでおまけに性格も悪いんだろーが」

「うるさい! 放っておけ!」


 クリエムハルトはグレイルの腕を振り払った。


「なぁ、こいつのこんな性格と身長の低さはどうにかなんねーの?」

「そう言われましても……」


 グレイルに尋ねられたアイスシュークは狼狽えて二人のやり取りを見守るだけだ。


「クソ、黙って食えないのか! パンを突っ込むぞ!?」


 グレイルの軽口にクリエムハルトは顔を上げた。その額を無情にもデコピンが襲う。


「いっ! こ、この! 無礼者!」

「一国の王子様がこんな性格だったらこの国の将来も不安だぜ。俺は部外者だけど」

「なんだと!? くだらん、逆らうものは皆殺しにすればいいだけの話だ!」

「よく言うぜー。ついさっきだって、お前逆に殺されそうになってたじゃん」

「お前っ!」


 クリエムハルトが咎めるように言う。当然のことながら、付き人のアイスシュークはそんな言葉を聞き流せない。


「えっ? ど、どういう意味ですか!?」

「さっきさー、三人のヴァカが襲って来たんだよ。だから外に投げ捨ててやった。虫が来たってのはそういう意味」


 グレイルはソファにドッカリ腰かけ、アイスシュークの運んできたサラダを頬張る。アイスシュークはさらに言い募った。


「大変じゃないですか! どうして殿下を狙ったりなんか……」

「反乱だとか何とか言ってた。でも分かる気がする」

「そんな……」


 そのとき、クリエムハルトが急に立ち上がり、テーブルに拳を叩きつけた。燃える炎のような瞳がグレイルを激しく睨みつける。だが、異世界からの旅人は素知らぬ顔で食べ物を頬張り続ける。


「……貴様に、何がわかるっていうんだ!」

「そりゃーそんな性格で、自分以外の人間を虫けら扱いしているようじゃ、誰だって反乱したくなるだろ……こんな風にな!」

「なっ……このっ!」

「や、やめてください!」


 そう言って、グレイルはいきなりクリエムハルトの首を左手で掴みソファに押さえ込んだ。右手にはステーキナイフが光る。アイスシュークの悲鳴が客室に響き渡った。


「どーせ今までさんざん国民を下僕扱いしてきたんだろうが。どうだ、こうやって死が目の前に迫っている恐怖は? そーいやー、俺と最初に出会った時も、暗殺がどうのこうの言っていたがこういうこと、何度もされてきたんだろ……?」


 グレイルはナイフをクリエムハルトの細い首にグッと押し付けつつ言った。


「!」

「ちょ、ちょっと! やりすぎでしょう!?」

「やりすぎねえ……? だったら、おめーはどーなんだよ、あ? こんなガキに奴隷扱いされて悔しくねーのか?」

「そんなこと、言われても……」


 顔色をなくした奴隷の少年は戸惑ったように言いよどむ。一方、ナイフをつきつけられているクリエムハルトは能面のような無表情だ。


「……どうせみんな死ぬ。くだらない」

「あっそう。じゃあ今ここで死んでもいいってこったな?」

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