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五話 列車での戦闘

 グレイルたちが通された席は向かい合わせ四人がけのボックス席だった。かなりゆったりしたソファ席で、中央のテーブルは折り畳み式、ひじ掛けも折り畳み収納ができるようになっており、快適な空間と言えた。


「へぇ。なかなかいい部屋だな」

「当り前だ、一等客室だぞ!」


 クリエムハルトはどこか自慢げに声を大きくする。何やら上機嫌のようだ。グレイルの向かいにドッカリと腰かけ、足を組んで座る様は傲慢というよりも子どもが背伸びをして大人の真似をしているようでおかしな笑いを誘う。


 そんなクリエムハルトは、何の意図かグレイルの目の前にスッと右手を差し出してきた。


「……何だ?」

「お手」

「俺は犬か」


 グレイルは思わず半眼になった。しかし、調子に乗ったクソガキ王子は実に楽しそうな笑顔だ。


「犬は犬でもジジイ犬だな! 母上のところに連れて行ってやるのだ、ありがたく思え」

「うるせーよ」

「あたっ! 貴様なんか母上がビンタしてくれるぞ!」


 グレイルがデコピンで対応すると、クリエムハルトは額を押さえて涙目になりながら恨み言を言った。


「なんだ、10歳にもなってまだママに頼ってんのかよ。王子だったらそろそろ自立考えろや」

「うぐぐ……!」


 言葉に詰まるクリエムハルト。グレイルは呆れて肩をすくめた。そんな二人のやり取りを見ていたアイスシュークは、クスリと小さく笑う。


「なんだか、仲良くなってませんか?」

「よくなってない! 不敬だ! お前がなんとかしろ!」

「そんな……」

「大変だなー、君も」

「あんまりイジメないでください……」


 他人事のグレイルが平坦な声のトーンで慰めにもならない言葉を口にすると、アイスシュークはガックリと肩を落としてぼやいた。


 列車はゆるやかに駅から滑り出していく。

 窓の外の景色が移り変わり、亡んだ都の砂塵に飲まれゆく様をグレイルの目に映す。だが、それもすぐに単調な荒野に取って代わられてしまった。


 誰も口を開かないまま、思い思いに窓の外を眺めるなりしていたのだが、やがてクリエムハルトがポツリと言った。


「ところで、お前、本当に帰るところがあるのか?」


 クリエムハルトの視線はテーブルの上にあった。だが、おそらくその言葉はグレイルに向けられたものだろう。ソファにふんぞり返った仏頂面のオウジサマはさらに続けた。


「……もし帰れなかったら、俺様の犬にしてやってもいいぞ」

「帰るよ。あと、もし帰れなかったとして、お前の犬なんて死んでも嫌だな」

「フン、生意気な」

「うまく帰れればいいですね。異世界とか、よく、わかんないんですけど、僕には……」

「俺だっていきなりこんなことになるなんざ、思ってもみなかったぜ。……前のとことは違う世界みたいだし」


 最後だけ小声になるグレイルだった。

 

「まあ、一応聞いとくか。えーっとなんだっけ、インキュナブラとかって聞いた事ある?」

「は? 知るか」

「あー、やっぱり……じゃあアウストラルって国は?」

「聞き覚えがない」

「じゃ~~~も~~~~ガイエンって国は?」

「だから、知らないって言ってるだろう!」

「何キレてんだよ」


 グレイルはクリエムハルトの頬をゆるく握った拳でグリグリした。


「やめろ!」

「で、後どれ位で着くんだよ」

「おとなしくしてろ! たった5時間だ」

「なげーよ!」


 じゃれている二人に、席から立ちあがりながらアイスシュークが言う。


「僕は食事を持ってきますね。ここには食堂車があるんです」

「俺寝てても良い? あ、こいつのことは心配すんな。俺が抱きしめておくから」

「なんでそんなことを!」

「だって寝ている間に置いていかれたら嫌じゃん」


 真顔でそう言うグレイルに、クリエムハルトは黙った。それこそが答えだった。グレイルは宣言通りに少年王子をむんずと掴んで自分の膝に乗せる。抵抗するクリエムハルトと抑えつけようとするグレイルのやり取りにアイスシュークはクスクス笑った。


「どうぞ、お好きに。じゃあ、行ってきますね」


 しばらくして列車の部屋の扉が開いた。

 早くもアイスシュークが戻ってきたかと思ったが、そこにいたのは棍棒を持った三人の男たちだった。


「何だお前ら」

「そいつを渡せ!」

「何でだよ。ってかまずは名前とか目的とか色々言ってからだろそういうの。礼儀を知らない奴に渡すと思うか?」

「お、おい、グレイル……!」

「うるさい、お前も死ね!」

「“氷の(アイス)……!」


 完全に馬鹿にした態度のグレイルに、逆上した男たちが襲い掛かる。クリエムハルトは魔法で迎え撃とうとし、しかし詠唱を終えられなかった。相手が近すぎるせいでこのままではグレイルを巻き込んでしまうのだ。


 しかし、クリエムハルトが狼狽えている間にもグレイルは動いていた。

 一人目のスネを思いきり蹴り、悶絶して前かがみになったそいつの顔面を膝蹴りでノックアウトさせる。クリエムハルトをソファに向けて突き飛ばし、二人目の棍棒を左手で受け止めつつその喉を空いている右手でパンチ。


 悶えている二人目をよそに、グレイルは素早く窓を開けた。轟音と煙たい空気が流れ込んでくる。そして三人目の男が近づいてきたところで、相手のみぞおち目掛け先手必勝の前蹴り。怯んだ所で男の体を掴み、窓から外に放り投げた。


「ぎゃあああああ!?」


 その悲鳴もすぐに流れていく。グレイルは逃げようとしていた二人目の男の後ろ襟を掴むと、思いっきり自分の方に引き寄せてテーブルの上に押し付け馬乗りになった。


「事情を話せば助けてやるよ。だけど黙ってんだったらどうなっても知らねえぞ?」

「ぐ……、お、王子を、殺す……」

「何で」

「反乱だ!」

「あっそう。まあ俺には関係ないし。それじゃあな!」


 グレイルは男の体を持ち上げて、窓から放り捨てた。


「グレイル!」


 クリエムハルトが叫ぶ。だがそれは咎めるものではなく警告だった。

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