四話 よーーーーく考えろよ、お前
「で、俺はどうすりゃいいんだよ、これからよぉ」
道の脇にユートを停め、グレイルはアイスシュークの頬を拳でグリグリしながら言う。アイスシュークはそれを特に気に留めず、思い悩んだ表情でそれに答えた。
「そう言われても、僕には、何も……。どこか、見知った場所はないんですか? 帰れそうな方向とか」
「…………いや、無理だな」
「そう、ですか……。それでは、本当に陛下のところへ行かれてみるとか……?」
「俺様は行かないぞ!」
「何でだよ。おめーが一緒に行かなきゃ始まらないんだよ」
「ぐわぁっ……!」
すかさず拒否したカス王子にヘッドロックをかけるグレイル。腕を封じられたままのクリエムハルトは抵抗できない。グレイルはヘッドロックを保持したまま呟く。
「帰れそうな方向って言われてもなあ、何を感じれば良いのかも分からないし。それに何で俺がここに来たのかも分からないし。やっぱ王様の所に行くのがいいんじゃねえのかなあぁ? あぁ?」
「がぁぁぁぁ!」
「あの、あの、穏便に……」
アイスシュークがそうとりなすので腕を緩めようとしたグレイルだったが、肝心のカス王子の口から伏せ字にしなければならないような罵詈雑言が飛び出したのでホールドは続行だ。
「ええと、ええと、陛下のところへ、案内しますね! 王都へは普通、列車を使うのですが……」
「ん~、列車があるのか? けどよぉ、車を一緒に持っていかないとまずい気がすんだけど。列車に載せられんのかコレ?」
「ううううう!」
「あわわ。列車には載ると思いますけど……」
「誰が許可なんかするかぁぁ」
「許可ってなんのだよ」
「……!」
悲鳴すら出なくなったクリエムハルトを見て、付き人のアイスシュークが初めて強く抗議する。
「殿下を放してください! 殿下の命令なしじゃ列車での移動は無理ですよ」
「……協力するつもりがあんのかないのか、イエスかノーで答えてくれねえか。おう?」
ゆっくりとホールドを解いて、グレイルはクリエムハルトの出方を伺った。なにせ相手は初遭遇でいきなり魔法で攻撃してきたような奴だ。油断は禁物である。
ようやく解放されたカス王子は咳き込み苦しそうに息を整えると、悔しげな強い眼差しでグレイルを睨みつけ言った。
「う…ぐ……いい、だろう。載せてやる……。だが、お前、俺様に謝れ! これまでの非礼を謝罪しろ!」
グレイルの目が点になった。
「ん~~~~~~~~」
グレイルは腕組みをして唸った。
いったいこの感情をなんと言い表わせばいいやらしばし悩む。第一、思ってもみない展開だ。被害者としての立場と、大人としてどうするべきかの間でグレイルの心が揺れる。
しばらくしてグレイルは、まっすぐにクリエムハルトを見つめて言った。
「よーーーーーーーく考えてごらん? 最初に俺を殺そうとしてきたのってどっちだったっけ?」
日本人は「食べ物の恨みは深い」と言うが、殺されかけた恨みもまた深い。カス王子はさっそく言葉に詰まった。
「ぐっ……! だが、おまえだって相当やらかしただろ! 不敬だぞ!」
「じゃあお互いに土下座しよう。それでチャラな」
「断る!」
「なぁ、コイツぶん殴っていいか?」
妥協案としてグレイルも謝罪することを申し出たというのに即座に断られ、グレイルのこめかみがヒクつく。「ダメだ」という答えが返ってくることがわかっていても、アイスシュークにそう言わずにはいられなかった。
「お、穏便に……殿下はまだ、子どもなんです」
「いくつよ」
アイスシュークが口を開くより先に、クリエムハルトが答えた。
「10だ!」
「ほぉ。でも子どもだっつってもよぉ、謝らなきゃいけねえことってあるんじゃねえのか?」
「はぁ?」
「ましてやお前は王族なんだろ? だったら悪いことしたらきちっと謝って国民に手本を見せるべきなんじゃねえのか?」
嘲笑を浮かべていたクリエムハルトだったが、グレイルの言葉に思うところがあったのか、挑発するような態度をやめて思案顔になった。
「ちっ! 仕方がない……。俺様に過ちがあったとすればの話だが、それを振り返って反省するのも確かに王族のなすべきことだな。俺様にも過失があったことを認めてやってもいい。許せ」
「殿下……」
これでも謝っているつもりなのだろう。
これでも。
アイスシュークが驚いたような、もしくは呆れたような声を出す。グレイルは肩をすくめた。
「なんだか気に食わねえが……。まあ、俺もやりすぎたな。すまなかった」
「わかればいいんだ、わかれば! さあ、列車に乗るぞ! 車を出せ、グレイル!」
「命令すんな」
いきなり調子づいたクリエムハルトを見て溜息をつきながら、グレイルは彼を縛っていたタッセルをほどいてやった。とにかく今は列車の出発駅に向かわなくては。細い子どもふたりを何とかうまく助手席に納め、準備を整える。
ナビゲーションはもちろん、付き人のアイスシュークだ。こちらもクリエムハルトと同様、まだ子どもには違いないのだが、今ここで頼れるのはこの少年くらいしかいないのである。
(前途多難だな、こりゃ)
グレイルはそう腹の底で呟いてユートを発進させた。
駅までの道は荒れ果てていた。
かろうじて体裁を保っていたのはあの旧都の城周辺だけで、かつては人の住んでいたであろう町並みはすべて廃墟と化していた。
そんな中に赤レンガの駅はあった。小さな、人気の少ない駅だ。そして、その小さな駅舎に似合わぬ大型の蒸気機関車が、線路の上で車体を黒光りさせながらもくもくと白い煙を吐いていた。
「へぇ。どんなもんかと思えば、案外ちゃんとした列車じゃねぇか」
駅につくとすぐ、クリエムハルトが駅員に命令をし、グレイルの車を貨物車に載せた。グレイルはそれを脇でチェックし、車がきちんと固定されていることを確かめた。
「よし、車の方はこれでいいぞ。それで、どこまで行くんだ?」
「イーシャムまでですよ」
グレイルの問いには、水色の髪をした奴隷の少年が答えた。
そう言われてもグレイルにはその街について何もわからないのだが、ここでそれを言い合っても仕方がない。案内されるままについていくしかなかった。