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三話 奴隷たぁ、また胸糞わりぃな


 中庭に案内されると、そこは意外にも広くてなだらかな庭園だった。遠くに噴水が見える。そこまでの道には砂利が敷き詰められており、道の脇には枯れた木がいくつも連なっていた。すべてが枯れていなければ立派な庭園だったろう。


 そして、その噴水の前にはなんと、見慣れた黒のピックアップトラックがあった。


「うおっ、これは俺の乗って来たユートじゃねえか! 傷ついてないだろうな……、借り物なんだぞ、これ」

「ユート……?」

「ああ。これはホールデンのSSユート、オーストラリアじゃポピュラーな車さ」

「?」


 そう言われてもアイスシュークにはサッパリである。

 ユートはオーストラリアの自動車メーカー、ホールデン社が生んだピックアップトラックで、2017年にもう生産終了しているものの、まだ強い人気を誇り広く親しまれている車種だ。


 しかもこれはトップグレードの「SS」、足まわりやブレーキも大幅に強化されており、まさにピックアップ版のコルベットと言える。なのでドリフトもお手の物だ。借りたこの車はノーマルだが、やろうと思えば千馬力だって出せてしまう。ただ、簡潔に言えば「でかいトラック」なので日本の道にはなかなか向かないのが欠点だ。


「よっこいせっと」

「ぐえっ!」

「ああっ、殿下!」

 

 グレイルがクリエムハルトをユートの荷台に放り込むと、カエルが潰れたような音がした。それには構わず、グレイルは友人に借りた車をチェックしていく。ほどなくして、無傷で問題なく動くことが確認された。


「おお、良かった良かった。これも持って帰らなくちゃな」

「あ、あの……」

「何なら試し乗りしてみるか? ここじゃあまりスピードは出ねぇだろうがよ」

「あの、グレイルさん! あれ……」

「ん?」


 アイスシュークが指差した先、百メートルほど向こうに五十人ほどの人間が固まっていた。どうやらこっちに向かってきているようだが、彼らの手には何故か、農具と思しき原始的な道具が握られているのだった。


「何だあいつら」


 この完成された姿の中庭にはそんな無粋な道具で耕すような場所などなさそうに見えるのだが。どこか剣呑な雰囲気を察したグレイルは、少しだけ警戒を強める。


「ここで働かされている奴隷たちです……」

「奴隷ぃ? そんなもんがいたのか」

「……ええ。この国は奴隷を使うことで大きくなっているのです」


 まさか異世界に来てまで、地球の人類が辿ってきた醜い歴史のコピーを見せられることになるとは思っていなかったグレイルは、その胸糞の悪さに舌打ちをした。


 そして、はたと思いつきを口に出す。


「あいつら、こっちに向かってきてるよな?」

「……はい」

「それって、反乱とか蜂起って言うんじゃねぇの?」

「はい。そうだと思います」

「いや、おい、思いますじゃねえんだよ、思いますじゃ!」

「す、すみません」


 まるで他人事のように言うアイスシュークにグレイルは堪らず突っ込んでいた。

 中庭を見回してみても、逃げられるような場所はない。さっきの城まで戻ったところで、籠城するくらいが関の山だ。しかもこの三人きりで急なことでは物資もない。


「詰んでんなぁ」


 だが幸いにも、このユートには鍵がついており、エンジンも問題なく動くことを確認済みだった。ここはユートに乗って彼ら反乱軍がやって来ている道を逆に駆け抜ける他ない。


「おいお前ら乗れ。水色の、道案内しろ」

「あ、はい。でも、殿下は……」

「おっと、そうだったそうだった」


 キーキー喚いているクソガキ殿下を簀巻きにして荷台に放り込んだのはグレイル自身だった。いくらセダンのような乗り心地とはいえ、あんなに身の軽い少年ではたとえ両手が自由だったとしても、悪路でガタンと車体が揺れた衝撃で荷台から飛び出てしまうだろう。


 ユートの座席は2つしかないので、助手席にカス王子と奴隷の少年を詰め込むしかない。


「念の為に聞くがよ、他に道はねえよな?」

「は、はい。彼らが来た方向が出口です」


 アイスシュークが申し訳なさそうに答える。


「おいクソジジイ、狭いぞ! こんな場所で籠城するつもりか? バカめ、ガラスなんかすぐに割れるぞ!」

「うるせぇ、黙ってろ! ってかオメーの部下だろーが、何とかしろや!」

「なんだとぉ!? じゃあ今すぐ腕のを解け、俺様が蹴散らしてくれる!」


 奴隷たちはすぐ側まで迫ってきていた。しかも誰も彼も激昂していて話なんて聞いてくれそうにない。クラクションを鳴らしてみるも、怯む様子はあれど彼らの足は止まらない。


「あーもう、しょうがねえ!!」


 グレイルはアクセル全開でユートを発進させた。唸りを上げて動き出した車に驚き、奴隷たちは悲鳴を上げて逃げまどう。わけのわからない物が立てる音にはそこまでの反応を見せなかった彼らも、ぶつけられるとなっては話が別のようだ。


 ユートの中にいる少年たちの反応もまた同じであった。


「わぁっ、う、動いた!」

「動くのか! 痛っ、おい、気をつけろ!」

「……逆に何だと思ってたんだよ」


 グレイルはぼやきながらも的確にユートを操って退路へと急ぐ。


「まあいい! とにかく、俺様を安全な場所へ連れて行け! 話はそれからだ」

「命令すんなカス。おいそこの水色、案内しろ」

「は、はい! 右へ曲がってください、それから左へ!」


 奴隷を蹴散らしながら、カーナビ(生身)の指示でユートを走らせるグレイルたち。しばらくすると静かな、誰もいない道へと出た。脱出には成功したようだ。

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