二話 カスタードクリームみてぇな頭しやがって
「このクソガキが……いきなりあんな物騒なもん出すんじゃねえよ!」
「う…、ぐ……」
グレイルはドロップキックで玉座ごと吹っ飛ばした少年王子の腕を掴み、助け起こした。かなりの衝撃を受け、気絶しそうになっているというのに、少年はなおもグレイルを睨みつける。夕陽の色をした少年の日長石の瞳は、年齢に不相応な憎悪に満ちていた。
まだまだヤル気充分というわけだ。
だが、こちらも黙ってやられるわけにはいかない。
グレイルは眉をひそめ、近くの緞帳から飾り紐を取り上げると、それで少年をグルグル巻きにした。
「これでもう、妙な魔法は使えねぇだろ」
「こんなことしてただで済むと思うなよ、ジジイ!」
「コイツ……」
怒りに瞳を燃え上がらせ悔しげに罵る少年。縛る途中に暴れたせいで、その白金の髪は乱れ、王冠も落っこちてしまっている。天使のような風貌も台無しだ。
「御託はいいんだよ。ここはどこだ?」
「言ってる意味がわからないな類人猿。お前こそ何者だ。……いや、いい。どうせお前も刺客なんだろう。殺すのか、この、俺様を」
「そっちこそ言ってる意味が全然わかんねえんだけど。ここは何処で、オメーは誰なんだ?」
「……はぁ?」
「いいから答えろや」
グレイルは生意気な悪魔の鼻の頭をぐいぐい押した。
「やめろ、クソジジイ! お前、ギースレイヴンの中心である王宮へ侵入しておいて、ここがどこかもあったもんじゃないだろう! だいたい、この俺様を知らないのか! 俺様はクリエムハルト、このギースレイヴンの王子だぞ!」
「護衛も連れず一人きりのくせに王子だぁ? 冗談は顔だけにしとけよ」
「はぁっ!? とにかく離せよ! くっそ、あの役立たず、肝心な時にいないなんて……!」
あの役立たず、とは護衛のことだろうか? どこかにもう一人か二人、隠れている可能性を考えてグレイルが警戒したとき、講堂の入口から物音が聞こえた。
「クリエムハルト殿下!?」
講堂の入口に現れたのは、これまた若い少年だった。水色の髪が印象的な、十二、三歳くらいの細身の少年である。彼はグレイルが捕らえて縛っている白金色の髪の少年を見て、驚きの声を上げた。
「ん? 知り合いか? ちょうどいい、そこの水色の、こっち来て説明しろ」
「えっ……え?」
自分で自分を指差す水色の髪の少年。
「そうだよ。お前しかいねーだろうが。さっさとこっちに来い」
「は、はい……」
「馬鹿! なんで出てきた!? さっさと行って衛兵を呼んでくれば済むだけの話だったろうが! 今からでも遅くない、行け!」
「なにっ、衛兵がいたのか?」
「いえ、いませんけど……」
「いないんじゃねーか」
おずおずと訂正する水色の髪の少年。グレイルは呆れながら足元に転がる自称オウジサマを見下ろした。白金色の髪の少年は、額に青筋を立ててわかりやすくブチ切れていた。
「こっ、このっ、このっ、大馬鹿者がぁーっ!!」
「ひっ!?」
縛られているにも関わらず、芋虫のように体をくねらせて暴れるクリエムハルト。
「アイスシューク! 貴様っ、この役立たず! お前がさっさと走っていればこのジジイはお前を追うか逃げるかしたんだ! だいたいっ、衛兵はいなくとも雑用はいるだろうが! クソ、衛兵さえいればこんな奴、とっとと首を撥ねさせたっていうのに……お前も同じように苦しめ、無能!」
よくもまあペラペラと口が回るなぁと黙って見ていたグレイルだったが、アイスシュークと呼ばれた水色の髪の少年が苦しみ始めたのを見て、眉をひそめる。
地球生まれ地球育ちのグレイルは魔法やら何やらに詳しいわけではないが、何度か異世界に転移させられた経験から、ピンとくるものがあった。そこで簀巻きの王子を蹴飛ばしてみると、案の定、アイスシュークは何かから解放されたかのように咳き込み、ホッとした表情で息をし始めたのだった。
「このカスが! ったく、口を塞いどきゃいいのか?」
「やへろ! ふが! んむ〜〜!」
グレイルはクリエムハルトの衣服から剥ぎ取った飾り布を口に突っ込み、まだジタバタするのをもう一度蹴飛ばして黙らせた。そして講堂の入口にいるアイスシュークの方へ歩いていく。
「おい、大丈夫か、水色の」
「けほっ、平気、です……ありがとうございます。……僕は、アイスシューク。クリエムハルト様の付き人をしています。貴方は……?」
「俺はグレイルだ。いきなりこんな場所へ来ちまって、帰り道を探してる。ここはいったいどこなんだ? あのガキに聞いても答えやしないんで困ってたんだ」
「えっと……」
「だからっ、ここはギースレイヴンの王都だって言ってるだろ! おかしな髪色のイカレジジイがっ!」
「さすがに布突っ込んだだけじゃダメだったか……」
口に押し込まれていた布を吐き出したクリエムハルトが吠える。呆れるグレイルだったが、これ以上は面倒なので放っておくことにして、アイスシュークに質問を続けた。
「で、ここはギースレイヴンっつーのか。王都にしちゃ城の中に誰もいないが」
「……いえ、あの。確かに元々、この王国の都は、ここにありました。でも、戦争でどんどん国が広がって……今の国王さまはもうここには住んでおられないんです」
いきなり話が違う。
グレイルは騒いでいるクリエムハルトを振り返り、またアイスシュークに向き直った。
「じゃあどこ行ったんだよ」
「今の王都はイーシャムです。……あの、このまま何もせずに帰ってくれませんか……?」
「帰り方わかんねーんだもんよ。どうすりゃいい?」
「そ、そんなこと言われましても……僕にはわからないです」
「じゃあ、あのカスに聞けばいいのか?」
そう聞かれてきょとんとしているアイスシュークに、グレイルは改めて親指で背後のカスタードクリームみたいな髪色をした王子を指し示した。加えて性格がカスなので、グレイルの中ではあの生意気な王子はもう「カス」で決まりだった。
「カス……」
「おう」
アイスシュークが戸惑ったような声を発する。
「いえ、クリエムハルト様も、知らないと、思います……」
「何だよそれー!? じゃあ俺どうすりゃいいんだよー!」
「ひっ! お、怒らないでください……」
「いや、別に君に怒ってるわけじゃなくて……。とにかく、何か変わったことはなかったか? 俺がここへ現れた以外に。それと、王都へ連れて行ってくれ」
「あっ、そういえば中庭になにか変なものが……」
「えー?」
変なものとは何だろうか。
得体の知れない物を見せられてもグレイルだって困るのだが、この世界の住人には見慣れないだけで何か地球に関係があるものかもしれないと思い直した。
「よし、じゃあ案内してくれよ。俺、あのカスおぶってかなきゃなんねーんだから」
「わ、わかりました。こっちです……」