十一話 いい加減学習しねーなお前も
駅からしばらく馬車に揺られて移動する。その間にアイスシュークとクリエムハルトは、旧王都からここに来るまでの話を、互いに補い合いながら白髪の男、ヴァニーユに報告していた。
「ですので、暴徒たちから私を守った功績を認めて、ひとまずはこの男をイーシャムへと招くことにしたのです」
「嘘つけ。警備員けしかけてきといてよ」
「う、うるさい!」
自分の膝の上でふんぞり返るクリエムハルトに、グレイルは冷静に突っ込む。アイスシュークがくすりと笑った。
黙って話を聞いていたヴァニーユは、真剣な表情で頷くと、グレイルへ頭を下げた。
「息子の危機を救ってくださりありがとうございます、グレイルさん。改めてもう一度お礼を言わせてください。知らないうちにこのような大事になっていたことを知り、肝が冷えました」
「父上……」
「ん。まぁ、いいってことよ」
「これから行く店は誰にも邪魔されずにすむ場所ですから、何か温かいものでも召し上がりながらゆっくりお話しましょう」
「そうだといいがな」
案内された先は個室のある料亭のような趣きの静かな店で、確かにここならゆっくり話ができそうだった。生意気王子を抱えたまま席につくグレイルに、ヴァニーユが苦笑しながらやんわりと物申す。
「あの、すみません、そろそろ放してやってくださいませんか」
「えー、だってこいつ離したら何しだすかわかんねーよ」
「何だと!? このっ、野蛮人の分際で!」
「クリエムハルト、おとなしくしなさい」
「ぐっ……しかし!」
「何でこんなガキに育てちまったんだ?」
「大変申し訳ないです。あまり触れあってやれなかったもので」
「フン! 俺様は帰る! 父上も行きましょう、こんな奴ほっといて!」
クリエムハルトは暴れてグレイルの手から逃れようとするが、グレイルは取り合わない。
「ったく、テメーのガキのしつけぐらい今からでもしっかりしておけよ。こっちは一度コイツに殺されかけてんだし」
「え?」
そこは先程の報告の中では触れられていない部分だった。クリエムハルトが慌てたように大声を出す。
「父上! もう行きましょう!」
「行かせねーよ」
「うぐ~~~! 聞きたいことがあるなら早く聞けよ!」
「ああっ、クリエムハルト……」
ジタバタするクリエムハルトを抱きかかえ、逃げ出せないように関節を極めて逆らう気力を削いでから、グレイルは本題に入る。
グレイルはヴァニーユに打ち明けた。
自分が異世界からやってきたこと、どうやって来たのか、どうやって帰ればいいのかもわからないことを正直に打ち明けた。持ち物は借り物のユートと細々したものだけで頼れる者もなく、ただただ帰るためのヒントを求めて王都へやってきたことを。
「で、ここって何なんだよ。精霊ってのは何だ? どうやったら元の世界に戻れるんだ?」
「誰もそんな話、信じやしないがな」
「うるせークソガキ」
「黙れジジイ!」
横から口を挟んできたクリエムハルトをグレイルが軽く小突くと、カス王子は噛みつきそうな勢いで反撃してきた。殴りかかってくる拳を受け止め、片手で顔面を抑えて遠ざけるグレイル。すると、とたんにリーチが足りなくなって拳がマトモに届かなくなる。
「何だよ。ほれ、ほれ」
「やめろ!」
ヴァニーユはじゃれ合う二人を微笑ましげに眺め、ひとつ頷いて口を開いた。
「私は信じますよ、グレイルさん」
「お?」
「父上!?」
「貴方には何か特別なものを感じます。時々、あるのですよ、この世界には。異世界からの旅人がフラリと迷い込むことが」
「へぇ。そいつらは帰れたのか?」
「さぁ? それは私にはわかりません」
「なんだ……」
グレイルはふっと息を吐き出した。こんなに早く手がかりを掴んだかと思いきや、結局はただの噂話……。
王都まで来て、しかも王族に近い人間に会えたというのに結果がこれでは、先が思いやられるというものだ。気落ちするグレイルにクリエムハルトがフフンと鼻で笑って声をかける。
「旅行とはいいご身分だな。しかし、単身で? へぇ?」
グレイルを見下すようにツンと顔を上げて嘲笑うカス王子。グレイルの額に青筋が立つが、ここは大人の余裕で真顔で言い返す。
「オルゴール聞きながらどんよりオーラ出しまくってたボッチ野郎に言われたくない」
「俺様はどんよりしてたんじゃない、しんみりしてたんだ! 情緒を解さない暴力ジジィめ!」
「どんよりもしんみりもお前にとっちゃ変わらないだろ。大体暴力でいうこと聞かせてるのはお前もじゃねえのか、おお?」
「うるっさい黙れ!」
「その口の悪さも暴力の一種だよな」
図星を指されたクリエムハルトが喚き立てるのを、グレイルはその頬をぐにっと掴んで思い切り引っ張った。
「そんな悪い口はこうしないとな、っと」
「ふぎぃぃぃ!」
「暴れるなって、暴れるなって!!」
暴れるクリエムハルトの体を脇にやってすかさず4の字固めに移るグレイル。小さな体からカエルの潰れるような声が出た。
「ぐえええぇ」
「あわわわ」
「く、クリエムハルト……! あの少し落ち着いて、まずは一つずつ事実を整理していきませんか? もしかしたら、何かお役に立てるかもしれませんし。クリエムハルトを助けてくださった恩人なのですから、できるだけのことをさせていただきたいのです」
ヴァニーユが慌てて取りなすので、グレイルは拘束を解いてカス王子をまた膝の上に載せた。
「そりゃありがたい。何せ俺はここのことはまったくわからないし。色々教えてもらえるならぜひ聞きたいね」
「この、クソジジイ!」
「まだやんのかよ」
「クリエムハルト!」
「ぐぅ……!」
「ではまず、最初に確認したいのですが。グレイルさん、貴方は世界を行き来する存在なのですか? それとも、招かれてやってきたお方でしょうか」
「知らねーよ。温泉入るために箱根に出かけて、ホテルの部屋から出ようとしたら、いきなりこのガキの居る城の中に繋がって、それからてんやわんやだよ。元の世界にかえりてーなー! あーかえりてーなー!」
「うるさい、黙れ! 父上に絡むな! あっ……つ……」
クリエムハルトがグレイルの肩を叩き、逆にダメージを受けて呻く。グレイルは真顔で尋ねた。
「オマエ、馬鹿か?」
「うるさーい!」
「いや、オマエの方がうるさいだろ」
「ふふふ。ああ、そうだ、今思い出しました。帰る場所をハッキリ思い浮かべることができるなら……もしかしたら、帰してあげられるかもしれませんよ、グレイルさん」
「本当か!」
「ぐえっ!」
ヴァニーユの言葉に、グレイルは思わず膝の上のクリエムハルトを投げ捨てて身を乗り出していた。
「ああっ、クリエムハルト」
「それで? どうすれば帰れるんだ?」
「精霊さまにお願いするのです。精霊さまはこの世界を生み出した存在であり、今もこの世界を支えてくださっています。その中に、時間や空間を司る御方がいらっしゃるのです。その御方に頼めば……まぁ、失敗すると死にますけど」
「何そのデッドオアアライブ的な……」
思わずグレイルは仰け反っていた。
ヴァニーユはそれに構わずグレイルに顔を近づけて囁く。
「デッド? とにかく、人にいないところで話せませんか」
「人のいない所ったって……」
グレイルは思わず顔をしかめていた。




