十話 父親にしちゃ若いしあんま似てないんだな
グレイルはすぐに、これがあのカス王子による意趣返しであると気がついていた。色々あったが互いに謝罪して、しかもその後の列車での反乱にだって力を貸して命を助けてやったというのに!
そのクリエムハルトはグレイルにまるきり背を向けており、アイスシュークは申し訳なさそうにグレイルを見ているものの、助けるつもりはないようだ。このままでは、二人は完全に行ってしまう。
ともかく今はこの警備員を振り払って、クリエムハルトを追いかけなくてはならない。ここで捕まってしまえば、おそらく牢屋行きだろう。それだけは避けたかった。
グレイルはまず、両脇から抑え込もうとしてきた二人の男にパンチを浴びせた。
「うっ!」
「ふがっ!?」
こちらに伸ばされた手を叩き落として、男たちの胸と腹に交互に拳を入れる。そして、棒立ちになったところを回し蹴りで吹っ飛ばした。
「この!」
長い棒を持って襲い掛かってくる別の警備員に、リズムを合わせて腹に強烈な前蹴り。そして横にいた男から棒を奪い取ると、グレイルはそれを竹刀の様には扱わず、真横にして両手で持ち、相手の警棒を受ける盾として使った。
あまり時間はかけられない、このままではあのガキに逃げられてしまう。グレイルは残り二人の警備員の喉を素早く棒で突いて振り切ると、クリエムハルトたちを追った。
「待ちやがれこのやろぉぉぉぉぉ!!」
吠えるグレイル。
振り返ったクリエムハルトは顔をしかめて舌打ちした。
「チッ! アイス!」
「えっ」
クリエムハルトは時間稼ぎにと、アイスシュークをグレイルに向かって突き飛ばした。だが、投げ出されたその細い体を、グレイルはジャンプで飛び越える!
「コイツ、捕まえたぞぉ!?」
「は、離せ、無礼者!」
「うるせぇ! なにが無礼者〜だ、このクソガキ!」
クリエムハルトの襟首を引っ掴み、まるで猫のようにぶら下げてグレイルは吠える。と、そこへ、ボディガードらしい男たちを連れた人物が、見物の人垣を割って現れた。
「これはいったい、何の騒ぎですか」
「父上!?」
クリエムハルトが虚を衝かれたように無防備な声を上げる。グレイルはとっさに首根っこを掴んでぶら下げていたカス王子を隠すように腕を下げていた。
(ん? 待てよ、父親……?)
声をかけてきたのは、細身の若い男だった。真っ白な髪に真っ赤な瞳をしていて、確かにクリエムハルトと同じ色合いだ。だが、その面差しはどちらかと言えば、アイスシュークの方に似ているような気がする。
王子の父親とくれば、普通は国王なのではないかと思うところだが……彼の右足には鉄の輪が嵌まっており、上品で仕立ての良い服装とのギャップを醸し出していた。
グレイルはクリエムハルトの襟首を掴んだまま、現れた男の正体を問いただす。
「父上、って事はこいつのオヤジか?」
「はい、そうです。貴方は?」
「離せこのやろう! 父上、こんなヤツの言うこと聞く必要なんてありませんよ!」
「俺? 俺はグレイル。色々あってまずい事になっちゃったんだよ。どっかお茶でも飲んで話しません? 長くなりそーだし」
グレイルはそう言いながら、クリエムハルトの顔を両側から指で押して、へちゃむくれにした。
「んむ~~~!」
「よく、わかりませんが……私の息子とどういう関係なんでしょうか。グレイルさん」
「お互いのほくろの数まで知り尽くした関係」
グレイルの言葉に白髪の男は目を見開いた。ボディガードたちも殺気立つ。一気に変化した空気に、さすがにこれはマズいと思うグレイルだったが、意外なことにあのアイスシュークが割って入ってきてくれた。
「申し訳ございません、閣下。この方は異国の人なのです。ただの冗談で、そんな事実はありません。彼は殿下を悪漢たちから守ってくださったんです」
「そうなのですか?」
「ただ、その、殿下は……」
アイスシュークが言葉を濁すと、男は「仕方がない」と言うように嘆息した。
「また旧王都へ行ったのか。危ないと知っているだろうに……。グレイルさん、息子を助けていただき、ありがとうございます。クリエムハルト、お前からもお礼を言いなさい。もう小さい子供ではないのだから」
「そんな! 父上……」
「ユア・ウェルカム。で、何処に行けば落ち着いて話せるんだ?」
「では、近くにちょうどよい食事処がありますので、よろしかったらそちらでお話ししましょう。もちろん、お好きなものをごちそうさせていただきます」
「オーケー。そういえば、まだアンタの名前を聞いてなかったな」
「私の名前はヴァニーユ。女王に仕える者で、精霊の巫です」
「ファンタジーだー。すげーファンタジーだー」
グレイルは口をあんぐりと開けて一瞬固まった後、平坦な声でそう繰り返した。異世界に飛ばされた経験を何度となくしているグレイルは、今までにも直接魔法を見たり、ドラゴンと会話したりしてきた。今回もそうだ。
しかし、常識人に見える男の口からそう聞かされると、それらとはまた別のショックを受けたのだ。いわば一種の現実逃避である。
「ふぁんたじー?」
「そう、ファンタジー。もっとわかりやすく説明してくんねーか? せーれーがどーのって言われてもよぉ。俺な、この世界の人間じゃないんだわ」
「……なるほど。わかりました、詳しくは場所を移してから話しましょう」
ヴァニーユと名乗った白髪の男は、優雅に微笑むと駅の外を指し示したのだった。




