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一話 いきなり攻撃してくるこたぁねぇだろが!


2019年某月某日





 ふと気がつくと、グレイルは奇妙な回廊にひとりポツンと立っていた。つい今の今まで箱根のホテルにいたのに。


 客室の部屋を出たと思ったらここだったのだ。宿泊先は旅館ではなくホテルだったので、下駄じゃなく自前の靴だったことが幸いか。しかし、ふらりと出てきたので何も持っていない。


 白い石造りの壁、廊下。そして並び立つ石柱。どこかの建物の一部のようだ。背後には回廊の終わりを示す、鎖のかかった木製の頑丈そうな扉がある。ここは寺院か博物館か、はたまたどこかの国の宮殿か。周囲を見回してみても誰もおらず、そしてなんの気配もしなかった。


 かなり空気の悪い場所だ。

 グレイルは思わず咳き込み、片腕で口許を覆ったが効果はない。


「どこだよ、ここは……」


 グレイルの背を、嫌な汗が伝った。

 こういう経験は初めてではない……。


(もしかして俺は……。また、なのか? また、別の世界に飛ばされちまったってのか……!?)


 グレイルは心の中で叫び声を上げ、行き場のない握った拳を脇へと振った。


 



 オーストラリアのキャンベラ出身の日系二世、グレイル・カルスは今年47歳になる書道家である。日本人であった祖父の影響で書を始め、それを極めるために20歳で日本へ渡った。以来ずっと日本暮らしだ。


 日本文化を愛するグレイルは和食が好物で、酒も日本酒オンリー。日本に来て念願の書道家にもなったし美人のヤマトナデシコとも結婚した。


 トレードマークは水色と黄緑に分かれた髪の毛。車を走らせるのと格闘技が趣味で、今回訪れた箱根へもスポーツドライビングの遠征がてらの観光で寄ったのだ。


 それが急にこんな場所に飛ばされてしまった……。


「クソ……またかよ。正直、帰り道を探すのも骨が折れるんだがな。勘弁してほしいぜ」


 ひとまず誰か話のできる人間を見つけなくては、知らない世界で動きようがない。グレイルは水色と黄緑に真ん中から染め分けたオールバックを掻きながら、このおかしな建物を探索することにするのだった。


 しかし、行けども行けども人の気配がしない。


 建物の壁や回廊は手入れがロクにされていないのか、埃っぽいし汚れている気がする。通りかかった中庭は植物が枯れてしまっていた。花壇の土もかなり乾燥し、痩せ細っている上に、色がおかしい。


「うわ、気色悪ぃ。ホント何なんだ、ここは」


 グレイルはだんだんと気味が悪くなってきた。


「まるで廃墟じゃねぇか。もしかして、誰も、いないのか?」


 自分で自分の考えにゾッとする。このままでは水も食料もなく、空気の悪いこの土地で乾いていくだけだ。


(おいおい! 今までもいきなり放り出されてきたが、これはマジでないぞ!? 何か俺にやらせたいミッションがあって連れてきたワケじゃねぇのかよ!)


「おい! 誰か! 誰かいねぇのか!」


 叫ぶが、何の答えも帰ってこない。グレイルは回廊を駆け抜け、建物の内部を見て回る。しかし、どこもかしこも施錠されていて、入れる箇所はない。


「クソッ」


 だがそのとき、舌打ちするグレイルの耳に、小さいがオルゴールの奏でる音色が聞こえてきた。誰かがいる。ようやく掴んだ手がかりを頼りに、グレイルは建物の中を進んでいった。


 音を辿っていくとやがて、大きな両開きの扉にぶち当たった。腐りかけのカーペットが敷き詰められた廊下と分厚い扉は、コンサートホールを彷彿とさせる。その重そうな扉が半開きになっているおかげで音が聞こえてきたのだろう。


 グレイルがコッソリ覗いてみると、扉から真っ直ぐに伸びた青いカーペットの先に、立派な玉座があるのが見えた。そこには、膝を抱えた少年が目を閉じてオルゴールの音色に耳を傾けていた。


(なんだアイツ……)


 白金の髪に小さな王冠を載せ、冷えた部屋で毛皮のマントにくるまっている少年は、まだグレイルに気がついていない。まるで天使のような幼気で可愛らしい造作をした彼は、同時に痛々しいくらいに細く、儚げだ。


 こんなところで何をしているんだろうか。


 グレイルは音もなく講堂へ滑り込むと、カーペットの上を進んでいった。近づいていくにつれ、その子どもの様子がよく見えるようになる。


 最初は泣いているように見えた。ギュッと目を瞑り額にシワを寄せている彼の手許で、オルゴールが物悲しい旋律を奏でている。まるで小さな王子を慰めるように。


(まさかこんな小さな子どもが、ここに一人きりじゃあないよな……)


 グレイル声をかけようか迷っていたとき、少年がふと目を開けた。ハッと息を飲み、瞬間的に強張った表情からは怯えが伺える。


「なぁ……」

「っ!」


 玉座から落ちたオルゴールが絨毯を小さく叩くのと、少年が振り払うように腕を真横に薙ぐのとは同時だった。


「“氷の槍(アイス・ランス)”!」


 少年がいきなり訳のわからない言葉を叫ぶ。と同時、氷でできた槍のような物が真上から降ってきた。


「!?」


 グレイルはそれを見事な反射神経で回避した。

 これまで多種様々な格闘技を修めてきたグレイルだからこそできた離れ技だ。


 さすがにもう50近くなってきたので、全盛期と比べれば体力と反射神経の衰えは隠せないものの、まだまだ現役と言える精度を誇れるのは今も欠かさないトレーニングの賜物である。


「いっ、きなり何すんだてめえこのやろお!?」

「チッ! もう一度くらえ! “氷の槍(アイス・ランス)”」


 今度は横一列にいくつもの氷の槍が突き出されるようにして迫ってくる。グレイルはそれをジャンプして縦に避けた。


「なにっ!?」


 そしてそのまま玉座に向かってドロップキック!

 186センチ、90キロ越えの大柄な体から繰り出されるグレイルのドロップキックを受けて、少年は己が体を預けていた玉座ごとふっ飛ばされた。


「がっ……は……」

「一応、手加減だけはしておいてやったぞ」

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