異変
朝起きて、真っ先にカレンダーを見て日付を確認する。よし、間違いない。今日はNの誕生日だ。ちらっと机上に目を向けると、そこには聡明な僕が熟考に熟考を重ねて選んだ誕生日プレゼントが置いてある。ニチャアと笑みを浮かべ、それを鞄に入れた。
待ちに待った部活の時間だ。Nが部室に着くやいなや、女子どもが近寄っていく。
「N、誕生日おめでとう!」
「はい、プレゼント」
「ありがと~」
彼女は人気者。僕にふさわしい人だ。絶対にSになんか盗られてはならない。
ちんけな奴らが離れていったと同時に、僕は彼女に近づく。
「N、部活終わりに、ちょっと……」
Nは一瞬嫌そうな顔をしたように見えたが、すぐに笑顔になった。僕の勘違いだったみたいだ。早く時間が過ぎないものかと、今日はずっとそわそわしていた。
やっと部活が終わった。Nは指示通り、人通りの少ない階段の陰で待ってくれていた。
「で、何か用?」
「う、うん。あの……、誕生日おめでとう」
「ああ、ありがと」
僕は震える手を必死に抑え込みながら“それ”を差し出した。
「これ、プレゼント」
「……なにこれ」
「ふひっ、僕の家の合鍵」
Nはプレゼントを二度見した。バナナとマンゴーの食品サンプルの付いた鍵だ。どうやら彼女は僕の優しさに面食らったようだ。ああ、そんな表情の君も可愛いよ。
「え……、何を……」
「これでいつでも遊びに来てね。もちろん……、うふふ、夜中でもいいよ」
Nは開いた口が塞がらないようだ。どこか遠くを眺めている。今どんなことを考えているんだい? きっと僕とあんなことやこんなことを……。
「あ……ご、ごめん! 今日は用事があるからもう帰るね!」
そう言って彼女は足早に去っていった。
N……、待ってるよ……。
「『今日は、Nに誕プレを渡した。彼女はとても喜んでいるようだった。きっと今夜来るだろう。楽しみだ』っと。よし」
僕は毎日日記をつけている。まあ、最近はNの観察記録のようになっているが。
しかし、もう夜の二時だというのに彼女は一向に来ない。僕の住所は以前教えたから知ってるはずだけど……。
まあいい。少しだけ仮眠をとって到着に備えよう。
起きるとすでに朝だった。Nは来ていない。ズボンもパンツも穿いている。おかしいなあ……。
そんなことを考えていると、机の日記が開かれているのに気づいた。異変を感じた僕は、ベッドから這い出て中身を見る。
「え……」と声を漏らした。昨日の分の下に何か書かれていた。
今日の部活中、五時三十六分、Nが射抜かれそうになる。阻止せよ。現在の好感度、十万。
なんだ。なんだこれは。
誰が書いた? 僕はこんなこと書いてない。親か……? いや、こんな訳のわからない悪戯はしないだろう。いったい誰が……。
あ、と一つの結論に至った。Nだ。
昨晩、彼女は来ていたんだ。でも、僕は寝ていたし、起こすのも悪いと思って日記に書き置きをしたんだ。変なことを書いてるけど、好感度十万とあるし、彼女なりの照れ隠しだろう。可愛いなあ。
僕は上機嫌で家を出た。五時三十六分、その数字を胸に刻み付けた。