店長、怒る
さて、戦闘中に、突然現れたガラシア。
取り合えず全滅フラグは折れたからオッケーでしょ、で納得してくれるほど、サノテは甘くない。
彼女についてどう説明すればいいのだろう。
真実を言葉にするのは簡単だ。
俺が処刑されそうになった時、脱獄させてくれた二人組がいた。コウモリの人、ザカート。そしてこの堕天使、ガラシア。それだけの事だ。
しかし、これを騎士団長の息子であるサノテに言うわけにはいかない。
というか、サノテの前にガラシアが出てきてしまう事が、もうヤバい。
仮にサノテが黙っていてくれるとしても、今度はサノテに迷惑がかかるからな。
「えっと……店長の、知り合い、みたいな?」
俺はどうにかごまかしてみる。
これで納得してくれるだろうか?
サノテは、不信感溢れる視線を俺に向けるが、問いただしたりはしなかった。
「おーっす。お疲れー」
暗がりから猫女が出てきて俺の肩を叩く。黄色い髪の毛から飛び出した猫耳と、ホヨンホヨンした胸。
「ノインさん、来てたんですか」
「まあね。それより、あっちの人、回復させた方がいいかニャ?」
「あ、お願いします」
「オッケー。パメラ、よろしくニャ」
「はいです」
ノインの後ろからもう一人、誰か出てきた。
金髪で尖った耳の少女、エルフだろうか? 手に長さ三十センチぐらいの細長い木の板を持っていた。魔術系の道具のようだ。
サノテの所に駆け寄り、何かの魔術を使って治療している。
「……あの、いつから見てたんですか?」
こいつら、俺の木刀が折れたとたんに出てくるなんて、タイミングが良すぎる。
「えっとね。あっちの人が「俺を捜索するために二手に分かれて」とか言ってた辺りかニャ」
ほとんど最初からじゃん!
木刀が折れる前に手伝ってくれてもよかったんじゃ……
「それで、どうしてここに?」
「ユアンに頼まれて、ボーン・ドラゴンの素材を集めに。本当はユアンも来る予定だったんだけど、なんか緊急事態らしくて、ザカートに呼び出されちゃったから、私らだけで来たニャ」
「そうだったんですか……」
ユアンも俺と同じこと考えてたのか。それなら、もうちょっと話し合っておけばよかった。
最初から五人いたら、けが人とか出なくて済んだのに。
まあ、それだとサノテとガラシアが顔を合わせちゃうから無理なんだけどね。
〇
その後、俺とサノテがボーン・ドラゴンを討伐済みであることをノイン達に伝えて、俺たちは洞窟から脱出した。
サノテのケガも完全に回復できたようだ。
とりあえず、道具屋に帰還。
サノテは、ユアンにもお礼が言いたいと言って、数日ほど近くの宿に滞在して待っていたのだが、フニャ市から手紙が来て、慌てて帰っていった。
何かあったのだろうか。
「王都で、またきな臭いことが起こっているらしい」
教えてくれたのは、おしゃべりおじさんだった。
カウンターの内側に座って店番をしていた俺は、反応に困る。
いつもなら迷惑なんだが、今回は情報源としてはありがたい。
あんまり興味ない風を装いつつ、話だけはきっちり聞くことにする。
「きな臭いこと、ですか?」
「破産宣言だ。もう聞いたか?」
知らん。
「何の話ですか?」
「財務大臣のサバエンヌが、王室の破産を宣言したのだ」
「はさんせんげん……」
何それ?
俺が理解できていないと思ったのだろう。おしゃべりおじさんは、俺の隣に座るパメラをチラ見。
そして、困ったような顔になる。
エルフは小柄だからな、子どもと思われているのかも。
パメラも、その話全然わかんないです、と言いたげな顔でおじさんを見上げるだけだ。
エルフは人間の政治に興味を持たない。
寿命や生態がまるで違うから、話が合わないのだ。
「あー、この前の女はいないのか?」
「店長は、どこかに出かけているとかで」
「張り合いがないな。まあいい」
最近、ノインもガラシアも出かけていて、パメラだけがいる。
パメラは、もしかして俺が勝手に冒険に出ないように見張っている役目かな?
俺も、さすがに店番を放り出していなくなったりはしないよ。
おしゃべりおじさんは、俺に向かって話し出す。
「この国、ヌランス王国には、莫大な借金がある。それは現状では返済不能だ」
「借金? 返済不能?」
「解決策は二種類ある。一つは、増税して金を集める事だ。増税は、ずいぶん前から議論されているが、うまくいっていない」
「それはそうでしょう」
俺だって税金が増えるのは嫌だよ。まあ、今の所、払っているのは俺の金じゃないんだけど。
「そしてもう一つが、破産宣言だ。たぶん、サバエンヌは増税を諦めたのだろう」
「破産すると、どうなるんですか?」
「借金を返さなくてよくなる」
「なんだ、問題解決ですね」
俺が安心してそう言うと、おしゃべりおじさんはブチキレた。
「バカ者が! おまえは他人に金や物を貸したことがあるか? それが返ってこなくても、なんとも思わんのか?」
う、うーん?
「……不満には思うかも?」
「それだけか? 相手を殺してでも取り立てなければならない、そういう風に考えたりはしないのか?」
「いや、それは……あの……殺すんですか?」
さすがに殺しはしないでしょ。
だが、おしゃべりおじさんはそう考えていないらしい。
「金貸しはそういう生き物だ。やつらは、貸した金を自分の命そのものだと考えている。相手の命に興味はない。取り返すのに他の手段がないなら、そうするだろうな」
「……怖っ」
俺も借金だけはしないようにしよう。
っていうか、自分の命を貸してるの?
まず金貸しをやめようよ。そんなの人間がやっていい商売じゃないよ。
「おそらく戦争になるだろう。そして、その時に軍を動かして防衛する事はできない。軍事資金はないし、誰も貸してくれない。宗教家も貴族も国民も、みんな死ぬ」
「え、破産宣言、もうしちゃったんですよね?」
戦争、なの? 俺も店員なんかやってる場合じゃないのでは?
でも……勇者として前線に出るのもどうなのか。殺すの? 借金取りを? それって、本当に正義?
俺が困惑していると、おしゃべりおじさんは、落ち着けと言うように手を振る。
「たぶん、破産宣言は撤回されるだろう。それ以外にない」
「そう、ですか」
戦争は回避か。なら一安心だ。
「だが、撤回しても金がないのは事実だ」
「え、じゃあ、どうするんですか?」
「この状態を避けるために、王は何度も増税の令を出したが、全ては裁判所に却下された。そして税金の話は三部会で決める事になった」
「え? 三部会? それ、確か、王様が開催するって言ったやつですよね?」
その話はサノテから聞いた。つい数日前だ。なら、三部会の結果が出るまで待つのが普通では?
数日の間に、状況が変わったのか?
おしゃべりおじさんは、頷く。
「その通りだ。これから議員の選挙だ。そのはずだった」
「じゃあ、なんで」
「金がないのだろう。今日の支払いもできないほどに……あるいは、金貸しからさらに金を引き出すための策略、とも考えられる」
何それ。全然、話に付いて行けない。
「えっと……三部会は、ちゃんと開催されるんですか」
「知らん。というか、三部会が開催されても何も変わらんぞ? 結局、増税しか道はないからな。そして宗教家も貴族も、絶対に自分の免税特権を手放さん」
ああ、なるほど。もしかして、この国、もうダメなのかな?
〇
さらに数日が経って。
ようやくユアンが帰って来た。
久しぶりに見たユアンの顔。かわいい。怒っていても、かわいい。
ユアンはつかつかと俺に歩み寄ってきて……俺の頬を引っぱたいた。
「このバカ者!」
え? なんで……。なんで怒られるの?
「みんなから聞いたぞ。勝手にダンジョンに行ったそうだな」
「あ、あの……」
「そして死にかけたと……偶然、ガラシアが近くにいたからよかったが、下手をすれば死んでいたんじゃないのか?」
「それは……」
ユアンの言い分が正しい。頭ではそれがわかっていた。
「いいか。ダンジョンは危ない場所なんだ。魔物と殺し合いをするんだぞ。少しの油断が死を招く」
「はい」
「ちゃんと計画を立てて、準備してから入らなければならない。それを、おまえは何やってるんだ。遊びの延長みたいな気分で入るなんて……」
「はい」
いや、ユアンが言っている事は本当に正しいのだ。
それなのに、あの時の俺は、何も考えずダンジョンに行く事を選んでしまった。
失敗が破滅に繋がるのは、バード砂漠の時に一度経験したはずだった。
この命はガラシアさんたちに救ってもらった命だ。
それなのに俺は、また同じ失敗を……。
「すみません。ちょっと、頭を冷やしてきます」
ノインが呼び止める様な声が聞こえたが、構わず俺は店の外に走り出た。