ノス森洞窟ダンジョン、ボーン・ドラゴン戦
薬の材料となるボーン・ドラゴン。
ボーン・ドラゴンはどこにいるのか。
カバを倒してから、さらに洞窟の中を歩く。
松明を持ち先を行くサノテが、ふと俺の方を振り返る。
「覚えてるか? 砂漠の聖堂での事を」
「あ、ああ……」
忘れるわけないだろ。
あれは、俺たちが、公式に勇者パーティーとして活動した最後の冒険だった。
バード砂漠の真ん中にあった、古代遺跡。
そこで俺は、パーティーメンバーとはぐれてしまった。
そして鎧の悪魔と出会い、一騎打ちをした。
結果は、痛み分けと言った所か。
鎧の悪魔にはかなりのダメージを与えたが、討伐には至らなかった。
一方、俺は聖剣を失い……。その後、いろいろあって、王都にしょっ引かれ、処刑判決を受けた。
「俺は、ずっと、あの時の事を……」
サノテは何か言いかけ、口を止めた。足も。
何があったのかと俺は進む先を見て、すぐに理解した。
広場が作られている。
さっきのカバの時の数倍の広さがある。
それだけ大きな魔物の縄張りなのだろう。
「……」
「……」
俺とサノテは顔を見合わせ、無言で頷きあい、警戒しながら前に進む。
とは言っても、こうこうと炎を燃やす松明を掲げているのだ。敵が気付いていないわけがない。
暗闇の中から、巨大な魔物が姿を現す。
外見は、骨でできたドラゴンそのものだ。
長い首、巨大な胴体、コウモリを思わせる骨組みだけの羽、そしてこれまた長い尻尾。
頭部は俺たちの頭よりはるかに高く、洞窟の天井につっかえている様な感じだった。
眼の穴は骨になってもまだ鋭く、まなざしの奥に、青い炎が灯っている。
『フィイイイイイイイイイイィ』
こちらを威嚇するように、甲高い笛を吹きならすような鳴き声が響く。
「なかなか強そうじゃないか……」
俺は木刀を構える。さっきのカバより手間がかかりそうだ。
サノテが言う。
「頭蓋骨の内側に、コアがある。あれが薬の材料だ。ここでは砕くなよ」
「わかった」
「とは言え、岩よりも固いから、間違って砕くような物じゃないけどな」
さっきと同じように、俺は左側、サノテは右側に回る。
ドラゴンは、サノテの方を追って首を回すが、剣の距離まで頭を下げることはしなかった。
俺はドラゴンを観察する。
首は高い位置にあり、攻撃が届かない。
足を止めてから、胴体に飛び乗るか?
どうにも決め手が見えない。
たぶん、一番わかりやすい倒し方は、頭部のコアを胴体から切り離す、だと思うのだが。
どうやってその状況を作り出すか。
そんな事を考えていたせいで、一瞬足が止まってしまった。
気が付けば、ドラゴンの頭が180度回転して、俺の方を見ている。
うなり音を立てて尻尾が降られる。
「うおっと?」
俺はしゃがんでそれを避けた。
だが、ドラゴンは尻尾を振り戻す。今度は地面を這うような低さで。
……待てよ? ここ、弱そうだな。
「狙突 (そとつ)」
俺は振られる尻尾を飛び越えながら、骨の一つを狙って木刀を突き出す。
ズザザザザザザ
俺が上から抑えつけた尻尾は、地面にぶつかり、勢いのまま横に振りぬかれた。
岩肌はゴリゴリと抉られるが、骨の尻尾も無事では済まない。
骨がガタガタと小刻みに震えてひびが入り、そこから先は、勢いのまま千切れ飛ぶ。
吹き飛んだ尻尾が、遠くの方で鍾乳石を砕き、その欠片が洞窟内を跳ねまわる。
『ガアアアアアアアアッ!』
ドラゴンの叫び声が、地面を揺るがす。
「とうっ!」
向こうの方で、サノテが何か仕掛けた。ドラゴンの片足がこける。
ドラゴンは必死に身をよじって、態勢を立て直そうとする。
だが、俺も対角線上の足を攻撃。
ドラゴンは体を動かした勢いのまま足が滑り、俺の方に倒れてくる。
ここにいると、押しつぶされるか?
後ろに跳んで、もう一歩下がって、……そしてドラゴンは俺の目の前で横倒しになった。
向こう側からサノテが叫ぶ。
「ハルタン、行けるか!」
「おう!」
俺は背中側から、サノテは腹側から。
ドラゴンの胴体の骨を砕く。
「破岩衝 (はがんしょう)」
「ディレイ・アタック!」
ガキュン、ボゴッ!
『ギアアアアアアアアアアアアアッ』
ドラゴンは四肢と羽をバタつかせて暴れる。
人間で言うなら背骨を胸骨を同時に破壊されたような物、致命傷だ。普通なら、もう動けまい。
それでも、このまま転がっていては本当にやられると理解したのだろう。
膜のない骨組みだけの羽で羽ばたき、ドラゴンの体が浮き上がり、正立した。ドラゴンの体の前半だけが。
「え? ちょっと……」
俺が砕いた背骨から後ろは、メキメキ音を立てて前半から脱落し、接続が解除されてバラバラになり、骨の山になった。
こいつ、胴体の半分を捨てた? トカゲのしっぽじゃないんだぞ?
「ぐわぁっ?」
向こうの方からサノテの悲鳴。何があった?
「おい? 大丈夫か?」
「あ、足が挟まっただけだ。それよりドラゴンを!」
確かに、サノテが攻撃を回避できない状態なら、俺がドラゴンをひきつけるしかない。
ドラゴンは、投げ出した松明が届かない暗闇に逃げようとしている。
だが、千切れた背骨の断面から、火花がチリチリと明滅している。
逃がすと思うか!
俺はドラゴンを後ろから追いかける。
胴体を引きずるようにしながら逃げるドラゴン。その速度は速くない。
追いつき、肋骨が作る空洞に飛び込んだ。
「破岩衝 (はがんしょう)」
狙うは、胴体の前端。首の付け根。
ここを破壊して、胴体から切り離した。
胴体を構成していた骨が崩れてくるが……
「昇波斬 (しょうはざん)」
上方向に斬撃を放って埋まるのを防ぐ。
残骸となった骨を蹴散らして外に出ると、首と頭部だけになったドラゴンは、地面に転がっていた。
『ア、アアア、アアアア……』
それでも、バチバチとあちこちから火花を散らしながら、ヘビのようにのたうって逃げようとする。
首を構成する骨一本一本が長すぎるのか、うまく移動できていない。
俺は難なく追いつくと、首と頭蓋骨のつなぎ目を破壊した。
眼の光が消える。
「なかなか、しぶとかったな」
邪悪なドラゴンのわりに、いい根性をしている。
あー、でも、冷静に善悪で語るならば、どうなんだ?
人が寄り付かない洞窟で静かに暮らしていたドラゴンと、薬のためとはいえ洞窟に踏み込んで狩りをする俺たち。
どちらが邪悪なのか、冷静に考えると……うん。
今は、深く考えるのはよそう。
俺は動かなくなったドラゴンの頭を抱え、明るい方に戻る。
骨の山の傍にサノテが倒れていた。
腹から血が流れている。
え? なんでだ?
「サノテ? おい、大丈夫か?」
俺は慌てて駆け寄るが、サノテは苦しそうに息をするだけだ。
顔から血の気が失せている。
放っておくと命に係わる傷のように見えた。
サノテの負傷は、ボーン・ドラゴンの胴体が崩れた時に、落ちてきた骨が刺さった傷のようだ。
サノテはあの時、足が挟まれた、と言ったはずだ。
挟まれた足が抜けさえすれば、すぐ動けるような物だと思っていた。
だが、これは……。
「嘘を、ついたのか? 本当は大ケガしてたのに?」
「うるさいな。正直に言ったら、おまえはどうした? 逃げるドラゴンを無視して俺を手当てしたのか?」
「……」
「それでドラゴンを取り逃がすんだろ。おまえはそう言うやつだ。それじゃ俺がケガしただけ損だろうが……」
「けど、おまえ……」
サノテの言い分は正しいのかもしれない。
でも、本当にそれでいいのか?
「ボーン・ドラゴンの頭を、こっちに持ってこい」
サノテは息も絶え絶えに言う。
俺はサノテの隣にボーン・ドラゴンの頭を置いた。
サノテは剥ぎ取りナイフを手に、ドラゴンの口の隙間に腕を突っ込む。
ブチブチと音がした。
そしてサノテは、ドラゴンの頭蓋骨の奥から、コアを引っ張り出す。
片手の上からはみ出すぐらいの大きさの球体。
「取れたぞ。ちゃんとした奴に渡せば、百人か二百人分の薬が作れるさ」
「バカ。そんなこと言ってる場合か!」
昔みたいに、治癒ポーションを持ってくればよかった。
今回は、そんな用意はない。勇者だった頃とは、何もかもが違うのだ。使える予算とかが!
俺はコアを荷物に押し込むと、松明を手に取り、サノテに肩を貸すように立ち上がる。
「ほら、帰るぞ。とにかく洞窟を出て……ヘビ女の村まで行ければ、何とかなるかも知れない」
だが、そう簡単にはいかないようだ。
『オアアアアアッ!』『オアアアッ!』『オアッ!』『オアッ!』『オアッ!』
俺たちの帰路を塞ぐように、闇の中から姿を現す物があった。
骨のカバ、ボーン・ヒポポタマス。それが五匹。