パーティーを組む
ダンジョンに行く。
俺の中でそれは決定事項となった。
まず、地図を使ってダンジョンの場所を調べる必要がある。
地図は、高価で貴重な物だ。
俺が生まれた村では、村長だけが地図を持っていて、それも周辺の村と大きな町の場所が描いてあるだけだった。
しかしこの道具屋にはかなり大きな地図があるのを、俺は知っている。
たまにユアンとザカートが二人で、テーブルに地図を広げて、難しい顔で話し合っていることがある。
あの地図には国の全体像が、描かれていた。
しかも、山とか、川とか、街道とか。俺が見た事がないぐらい、かなり細かく精細に描かれていた。
あの地図を使えばダンジョンの位置もわかるだろう。
でも、あの地図を使うのはやめた方がいいかもしれない。
勝手に広げて、うっかり汚しちゃったら弁償できないし。
そもそも、ユアンの言葉を信じるなら、ダンジョンはレアオリャン市から遠くないはず。そんな凄い地図でなくてもいい。
いや、待てよ? もしかして、地図が必要、という考え方が間違っているんじゃないか?
〇
人は不完全な生き物だ。
一人では生きていけない。
誰かと協力し、不足を補い、教えを乞うて、生きていく。
そしてまた、完全に無能な者もいない。
それならば、クソ客も何かの役に立つのだろうか?
「何か考えごとかニョロ?」
正面の扉から入って来たのは、ヘビ女だった。
前回の件で、ようやく理解してくれたのか、ちゃんと人間用の扉から入ってきてくれるようになった。よかった。
「何をお探しですか」
「今日はちょっと多いニョロ。金槌6本と、鉄釘1000本が欲しいニョロ」
え、何それ?
「新しい家でも建てるんですか?」
「まあ、そんな感じニョロ」
「……うーん。ちょっと在庫を調べてきますね」
俺は隣の部屋に行って、品物を探すが……ダメだな。
カウンターに戻る。
「今あるのは金槌3本と、鉄釘150本でした。どうします?」
「用意してくれるなら、しばらくは待てるニョロ。店長は?」
「今日はいません。明日ならいるはずですけど」
最近、何かと出かけることが多いのだ。
どこで何をしているのか。
「明日、出直して確認した方がいい感じニョロ?」
「そうですね」
忘れるほどの事ではないけど、羊皮紙に必要数をメモしておく。このために文字を覚えさせられたからな。
せっかくなのでダンジョンの事を聞いてみる。
「そう言えば、この町の近くにダンジョンがあるって聞いたけど、知ってます?」
「ダンジョン? もしかしてノス森の洞窟のことかニョロ?」
ノス森洞窟。なんかそれっぽい名前だな。
「ノス森は、私の村のすぐ近くにある森ニョロ」
ヘビ女はここまで徒歩で買い物に来るぐらいだから、そんなに遠くないはず。
「でも洞窟の中まで行ったことはないニョロ。だって骨は食えないもん」
「薬の材料人はなる、って聞きましたよ」
「それでたまに、挑戦する冒険者がいるのか……でも中に入っても、帰ってこない冒険者が多いニョロ」
ふむ。
いくら剣聖のスキルがあるとはいえ、ソロで行くのは危険すぎるかな?
同行者が必要だ。
俺は、このヘビ女を同行者にすることを考える。
それは、まずいか?
客に借りを作るのは、ちょっとなぁ……。
〇
どんな人間にも出会いと別れがある。
良い別れ、悪い別れ、悲しい別れ、嬉しい別れ。
出会った人の数だけ、様々な別れがある。
だから気を付けなければいけない。
クソ客と、初対面とは限らない!
「なんだここ。ボロい道具屋だなぁ」
ヘビ女が帰ってからしばらくして。
悪口を言いながら入店してきたのは一人の男。
若い、というか俺と大差ない年齢。金髪、皮鎧、そして腰に剣。
兵士かな。
「いらっしゃいませ」
俺は普通の客だと思って対応したのだが、違ったらしい。
そいつは、自分の顔を指さして言う。
「おいおい。ハルタン、俺だよ俺」
「どなたですか。……えっ!」
やばい、こいつサノテだ!
サノテ・ファイント。騎士団長の息子。
そして勇者パーティーの一員。
もちろん俺の顔を知っている。死刑判決を受け脱獄をしてユアンに匿われている俺の顔を!
俺は、口封じをしようかと思った。
戦えば、たぶん勝てる。騎士団長の息子がなんだ。俺は騎士団長にだって勝てたからな。
問題は、殺せるかどうかだ。人間を殺すのは、暴れ牛を討伐するのとは違う。
実力どこうこうではなく、殺意が必要になる。
サノテは、消極的とはいえ、最後まで俺に味方してくれた側だ。全く殺意が湧いてこない。
どうするか……。
俺の葛藤を見抜いたのか、サノスは呆れたように笑う。
「おいおい。まさか俺が、おまえを処刑台に差し出すとでも思ったのか? そんなことするわけないだろ」
「そ、そうか……じゃあ、何しに来たんだよ」
「別に。会いに来たらいけないかよ」
「いや、ダメとは言わないけどさ……」
そんな、友達に会いに来たみたいな言い方するなよ。俺、脱獄した身じゃん? おまえ、お偉いさんの息子じゃん。
平然と顔を合わせてるのを誰かに見られたら、後で問題になるんじゃないかな?
まあいいか。
「王都は、今どうなってる?」
「フニャ市? あー、あっちはちょっとなぁ……」
サノテはなぜか嫌そうな顔になる。
「何か、あったのか?」
「別に? ただ、どいつもこいつも問題を解決しろ解決しろって騒いでる。自分では何もできないくせにな。……あー、あと、どっかの田舎で、国王が許可してない三部会が招集されてるとかで、王様がブチ切れてたわ」
「田舎ってどこだよ?」
「どこだったかな。たしか、ヒドイネ州とか言ったっけ?」
またそこかよ。レアオリャン公爵、頑張るなぁ。
「まあ、それは無意味になったんだ。なにしろ王様が本物の三部会を開くって宣言したからな」
「そっか……なら、大丈夫なのか?」
「どうだか。むしろ大変なのはここからだろ」
サノテはため息をつく。
何が大変なのか、俺には想像もつかないが……親が騎士団長だからな、何か愚痴でも聞かされてるのかも知れない。
「おまえも、そういう話に興味持つようになったのか?」
「それは、まあ、そんな話ばかりする客が来たりもするからな」
「へぇ、こっちにもいるんだ、そういうの……」
サノテはうんざりしたように言う。
俺はふと思いついて、聞いてみる。
「なあ、ウルエボ病って知ってるか?」
「え? なんだっけ? ……伝染病だっけ?」
「ああ。南部の方で広がってるけど、薬が全然足りないらしいんだ」
「薬ね。材料が貴重な物なのか?」
「ボーンドラゴンの骨が必要だって言うんだ」
「……」
「それで、この近くにノス森洞窟って言うダンジョンがあるんだけどさ……」
「なるほどね。だいたいわかったよ」
サノテは腕組みし、うんうんと頷く。
「おまえ、行くつもりなんだろ? そこに」
「ま、まあな……」
「本当、お人好しだな。誰かに頼まれたわけでもないのに」
「勇者って言うのは、そういう物だ」
俺はかっこつけて言ってみる。
本当はもう勇者ではないのだが……これは気持ちの問題だ。
いつかユアンの前でも、堂々とそう言えるだけの実績が欲しい。
サノテは俺を値踏みするように見る。
「おまえなら、戦えるだろう。でも一人では危ないかもな。洞窟の中を迷わずに進む訓練なんて受けてないだろうし、うまくボーンドラゴンを倒せたとしても、採取のやり方なんて知らないだろ」
「ぐっ、止める気か?」
「止めたりしないさ。止めるものか」
サノテは親指を立てると、自身の胸を指さす。
「ところで俺は戦えるし、洞窟探索や採取の経験もあるぞ」
「手伝ってくれるのか?」
「もちろんだ。友達じゃないか」
「ありがとう」
俺とサノテは固く握手をする。
「いつ出発にする? 今から、はさすがにマズいよな?」
「明後日が定休日なんだ。その時でいいか?」
「いいぜ。明後日だな」
ふむ。よかった。
やっと勇者らしいことができそうだ。