クエストの予感
昼下がり。
ユアン店長と二人、カウンターの内側に並んで腰かけ、ぼんやりとしている。
ただそれだけで幸せを感じる。
だが、そんな幸せも長くは続かない。
来訪者が邪魔をする。
「王や貴族は、間違ったことをしているのだ」
うるせえんだよ、くそおやじめ。
クソ客にもいろいろあるけど、俺が一番扱いに困るのが、おしゃべりおじさんだ。
道具屋というのは買い物のための場所だ。それは子どもだって知っているはず。
それなのに買い物をせず、ひたすら話をしようとする。
意味がわからない。
話の内容も、天気の話とかならべつに大した問題じゃない。
でも、政治はちょっとな……。
王様の悪口とか、ヤバいじゃん。誰かに聞かれてるとかそういう問題じゃないけどさ……。
なんか、ヤバいじゃん?
しかし、このおじさんの正体は何なのだろう。
顔に見覚えがないので、近所の人ではないと思う。
服を見る限りでは、ちょっとお金持ちっぽくも見えるけど、その割には暇人っぽい行動をしている。
「君たちにも聞こえるだろう。第三身分の悲鳴が」
「はぁ」
俺は、生返事を返すしかない。
こんなのの相手はしたくないのだが……隣にいる店長が排除行動に移らないのに、店員の俺が勝手な真似をするわけにはいかない。
そして客のような物体として店内に存在するからには、無視するわけにもいかない。
しかし、悲鳴? 聞こえないなぁ。
第三身分って、俺も含まてれるんだよね?
「……確かに、パンの値段は上がってるみたいですね」
「そうなのだ。それと言うのも、貴族が無駄遣いをやめないのが原因なのだ。さらに王があちこち戦争を仕掛けて、戦費を使い過ぎる」
「戦争と、パンの値段って関係あるんですか?」
関係ないと思うんだけど、どうなの?
「もちろんあるさ。食料は、他国から買う事もできる。しかし、戦争をしていれば、相手は売ってくれなくなるし、他の国も足元を見るようになる。しかし、民がひもじい思いをしている時は、食料を与えるべきだ。そうでなければ、なぜ今まで王に従い税を払ってきたのか? 無意味ではないか?」
「はぁ……」
ハルタンには、政治がわからぬ。
人にとって大事なのは日々を生きる事だろ?
畑を耕し、羊を追い、道具を作り、パンを焼く。
眠り、遊び、歌い、踊り、物語を聞き、恋をする。
それで十分だろ? 何が問題なんだよ。
人から尊敬を集めておみこしワッショイされるのがお望みか? そんな事しても、最後は石を投げられるようになるのがオチさ。
そういうのは避けていく方向で考えると……。
政治って言うのは、つまり……村長がクソ野郎だったらどうするかって話だよな?
どうするって、何をやってもダメ。どうにもならないよ。
実際、どうにもならなかった。
俺のそんな思いも知らず、おしゃべりおじさんは、まだ話を続けている。
「さらにウルエボ病が蔓延している。これも、貴族たちの怠慢が原因なのだ」
「聞いたことない病気ですね」
「国の南部で広がっている伝染病だ。もうすぐこの辺りにもやって来るだろう」
「伝染病……」
それはちょっと困るな。俺や店長が罹ったら困る。
「伝染病なら、封じ込めればいいのでは?」
急にユアンが口を挟んでくる。おしゃべりおじさんはそちらをチラ見し、すぐに俺に視線を戻す。
女だと思って下に見ているのかな?
店長の方が偉いんだけど、わかってる? ……わかるわけないよね、こんな人に。
「もちろん、やっているとも。名もなき村がいくつ潰された事か……だが、病気はまだ収まってはいないようだ」
「ウルエボ病は、ボーンドラゴンの骨があれば治療できるはずですよね?」
軽視されたのが気に入らなかったのか、ユアンはちょっとムキになっている。
頬を膨らませているのがかわいい。
さすがに、おしゃべりおじさんもユアンの方を見る。
「よく知っておるな。そうだとも。薬の作り方はわかっている。だが貴族たちは市民のためにそれを用意したりしない。自分の贅沢を続けるだけなのだ」
そうは言っても、ボーンドラゴンの骨なんて、そんな数がある物じゃないよね?
〇
おしゃべりおじさんは、その後も言いたい事を好きなだけ言い放ってから、何も買わずに帰っていった。
何か買えよ! 本当に何しに来たんだ?
まあ、クソ客はクソだからこそクソ客なのだ。これは仕方ない。
俺はユアンに聞いてみる。
「店長は、どう思います?」
「うーん……。あんまり言いたくないけど、この国、最近様子がおかしいから……」
様子がおかしい?
まあ、勇者だった俺に対する扱いは、なんかいろいろ酷かったけど、俺に全く責任がないかって言われると微妙だから、なんとも言えない。
それより難しいことは、俺にもわからないし。
ユアンは少し考え、しゃべりだす。
「レアオリャン公爵って知ってる?」
「え、レアオリャンって、この町の名前ですよね?」
正確に言うと、この店があるのはレアオリャン市の範囲外だけれど、旧城壁まで、歩いて二十分ぐらいの距離だ。
「レアオリャン公爵は王族の分家で、この国では王様の次に偉いんだけど、去年の終わりごろに、フニャから追放されたの」
「え? フニャ市から追放ですか?」
フニャ市は、この国の首都だ。
国で二番目に偉い人が首都から追放された? そんな事ができるのは国で一番偉い人だけだよね?
もしかして、ケンカ? 王族同士でケンカしてるの?
「その追放は、すぐに解除されたみたいだけど……。で、今から二か月ぐらい前に、ヒドイネ州っていう所で、かなり規模の大きな暴動があって……」
「暴動、ですか?」
「かなり死人も出たみたい」
怖いなぁ。だから政治の話って嫌いなんだよなぁ。
「その人たちは、なんで暴れたんですか?」
「私もよくわかってないんだけど……、王様が新しい法律を作って……それで、地方の裁判所の権利を縮小して、中央の裁判所が大きな力を持つようになる、はずだったの」
「え? それって独裁では?」
「どうかなぁ……。改革が必要なのは事実だから、見方にもよると思うけど」
結局、お金がないと何もできないのは、個人でも国でも同じか。
「とにかく、その法律を発行するためには、地方裁判所が権利を手放す書類に各州の裁判官がサインしないといけなかったの。でも、ヒドイネ州の裁判官は、それを拒否しちゃった。それで、なんか無理やりサインさせたらしいんだけど……その後、いろいろあって、気が付いたら大騒ぎになってた、って……」
ユアンも、実際に見たわけではないらしい。
こういう話はザカートのおっさんが好きそう。
ザカートは、なんかコウモリみたいな人だけれど、俺を脱獄させてくれたので、一応感謝はしている。
「でもその話、レアオリャン公爵は関係ないんですよね?」
「表向きには関係ないって事になってる。まあ、ヒドイネ州の総督はレアオリャン公爵なんだけど……」
「ええ……」
そんなの子どもでもわかる。絶対、レアオリャン公爵が逆恨みで邪魔してるでしょ。
「で、その騒動の直後に、勇者の処刑が発表されて……」
「え? それって、俺の話ですよね?」
「うん……」
意味がわからん。
なんで俺の名前が出てくるの?
自分には関係ない話だと思ってたのに、いきなりど真ん中に放り込まれちゃったよ?
「あの、もしかして、俺が脱獄したせいで?」
「それは気にしなくていいよ。ハルタンが処刑されても、国の借金は減らないから」
「……それは、そうだけど」
なんか難しくてよくわからないけど、いろいろ大変なことになってるってのはわかった。
国の借金とか暴動とかは、俺が何をしてもどうにもならないだろう。
せめて、伝染病の方だけでも、何かの助けになりたい。
「ウルエボ病、でしたっけ? 薬は足りてないんですか?」
「まあ、安い物ではないと思うけど……」
「ボーンドラゴンって、どこにいるんですかね?」
「どうだろう……。確か、この近くにあるダンジョンは、骨系の魔物が多かったような気がするけど……」
なるほどね。
やはり、ダンジョンに行くしかないみたいだな。