店員とハーフエルフと秋の空
ルデラが去ったすぐ後にパメラが出てきた。
出てこれなかっただけで、壁越しに状況をうかがっていたらしい。
念のため、ノインを診察。
骨折していたようだが、すぐに治癒させた。
今日の訓練は中止になった。
ノインは寝ている。ジッキンは鎧の修理を再開した。
ガラシアは姿を消した。道具屋の近くに潜んで、何かを警戒しているらしい。
俺とパメラは店のカウンターで、来ない客を待つ。
パメラは、ぼんやりと宙を見ていた。何か考えているようにも見えるし、何も考えていないようにも見える。
この小柄なエルフの少女について、俺は何も知らない。
「なあ、パメラ、ちょっと聞きたいんだけど」
「はいです?」
俺が声をかけると、パメラは可愛らしく首を傾げる。
「エルフって、二種類いるのかな?」
「どういうことです?」
「いや、なんか……ルデラは、明らかにパメラと雰囲気が違ったなと思って……」
例えば、パメラは布でできた服を着ている。人間が着ていてもおかしくないような服だ。
単に今、そう言う服装なだけとも考えられるが……。
戦ってわかることもある。
ルデラの服は、服ではなかった。まるで植物系の魔物を切ったような手ごたえだった。
そういう物をパメラが身に着けている所を、うまく想像できない。
ほかにも、光の粒子を常時まき散らしていたりもしないし……。
パメラは頷く。
「その話ですか。やっぱり言わないとダメですか?」
「無理に聞き出そうってわけじゃないよ。嫌なら無理に言わなくてもいいし」
「……いえ、少し語らせてもらいましょう。あの女は、いずれ必ず再来します」
パメラは何か確信を持ったように言うと、俺の方に向くように座り直した。俺もそちらを向いて座り直す。
パメラは、自らの胸に手を当てる。
「実は、厳密に言うと、私はエルフではないのです」
「そうなのか?」
「ハーフエルフ、と呼ばれます」
ハーフエルフ?
「それって、エルフとは違うの?」
「なんと言ったらいいか、エルフは生き物と言うより、精霊や、神に近い存在なのです。そして、肉の体を持ちません」
肉体を持たない?
「ルデラは、人間そっくりな格好をしていたけれど……あれは違うの?」
「それは概念を対象に理解できる形に翻訳しているのです。一種の変身のような物だと考えてください。エルフの本体はエネルギー体のような物で、触れることもできません」
何を言っているのか、半分ぐらいわからなかった。
エルフって、そんな幽霊みたい存在だったのか?
「一方、私はハーフエルフです。このように肉の体を持ち、生き物としての制約に囚われます」
「うん?」
「エルフとヒューマンが子どもを作ると、ハーフエルフとなります。これは……エルフの文化では、宗教的によろしくない存在として扱われるのです」
「宗教的に?」
どういうことだ? 悪霊とかそんな扱いなのだろうか?
正直に言えば、人間の宗教でも、堕天使は微妙に扱いが良くないんだけれど、それは亜人全体に言える事でもある。
エルフにとってのハーフエルフとは?
パメラは言う。
「エルフの間に生まれた子どもはエルフです、肉の体を持ちません。一方、私は、肉の体を持っているわけです。で……もし私が」
パメラの手が、胸から、下腹へと下がっていく。
「もし、私が誰かと子どもをつくったとしましょう」
「う、うん……」
この年下の少女からそんな話を振られると、妙な気分になる。
いや、ハーフエルフなら、実年齢は俺より上なのかも知れないけど。
「その子どもは、高い確率で肉の体を持って生まれてきます。それなら問題ないのですが……」
「問題ないの?」
「ありません。肉の体を持つ者が地上に満ち溢れても、エルフにとっては些末事です。しかし……かなり低い確率とはいえ、ありえるんです。エルフが生まれてしまう事が」
「それの、何が問題なの?」
仲間が増えて喜ぶとか、そういうのじゃないの?
俺が理解できないでいると、パメラは困ったように言う。
「いや、ですから、肉の体を持つ者からエネルギー体が生まれてしまうのですよ? なんというか、宗教的に、非常に都合が悪いのです」
「人間にはよくわからない話だな……」
宗教観の問題か……。
「エルフのアイデンティティーに関わっているんです。自分たちが天上から生まれた存在なのか、大地から生まれた存在なのか。その辺りがはっきりしていなくて、割と曖昧なのを、ごまかしてるんです」
「あー……なんとなくわかった」
つまり、ハーフエルフからエルフが生まれる可能性があるのなら……最初からエルフ要素を持っていないはずの生き物からも、エルフが生まれてしまう可能性も否定できない。
そうなると、最初のエルフの親は何者だったのか、という疑問が生まれる。
エルフたちは、考えがそこにたどり着く前に宗教の教義を完成させてしまったのだ。天上由来だと根拠もなく決めつけて、おごり高ぶっていた。
だから、そこを掘り返されると都合が悪い。
「いや、でも、そんな理由でハーフエルフを憎むのか?」
「正確には、私の親の片方となったエルフが、種族全体から裏切り者扱いされている、という事ですね。ハーフエルフへの悪感情は、そのついでみたいな物です」
酷い話だな。
「でも、パメラの親も、その事は理解していて、それでも人間と、子どもを作っちゃったんだ」
「そりゃもう、大恋愛だったんでしょうね。種族的アイデンティティーを自ら放棄したわけですから……」
よくわからんが、凄いんだな。
「その事については、どう思ってる?」
「んー、どうと言われても……。もし、私が普通のエルフに生まれていたら、それは私じゃありませんよ」
「それはそうだけど……」
「ここにはいなくて、あの女と一緒に生活していたのでは? その私は、今の私とは全然考え方も違うだろうし、どっちが幸せかなんて、わかりませんよ」
どうかなぁ。
話を聞く限りだと、パメラは今の自分自身に疑問を感じないわけではないようにも聞こえる。
完全エルフに生まれていたなら、そんな疑問は浮かばなかっただろうし……。
俺のそんな思いを見抜いたように、パメラは言う。
「私の母。人間だったんです。もう寿命で死んでしまいました。私にとっては短い間でしたけど、それでも優しいヒューマンでした。あの母の子どもとして生まれた事は、決して悪い事ではないと思うのです」
「そっか……」
パメラは、今の自分を肯定している。
だから迷ってはいないし、恐れてはいない。
エルフも、そう言う考えを持つようになれたらいいのだけれど。
「それじゃあ、魔王については?」
「んー……。魔王ですか」
ルデラは、自分がいずれ魔王になるかのように言っていた。
「魔王って言うのはですね、アリタニブの制度で、何人かいる候補が争って、次の王を決めるって言うやり方なんですけど……あの人も、候補の一人なんですよね」
貴族っぽいな、という気はしていた。
「候補は他に五人いて、ええと……ゴブリンの将軍、黒翼の竜、青髪の獅子、堕落の使徒、邪眼の……、あっ」
「あ?」
指折りながら名前を並べていたパメラは、急に口を押えた。
「すみません。今のは私の口から教えたらいけないような気がします。忘れてください」
「う、うん。聞かなかったことにするよ」
そんなにまずい話には思えなかったが、なんでだろう。
俺に魔王関連の話を聞かせたら、
「でも、そんなのが集まってもエルフには勝てないんじゃないかな。だって、神でしょ?」
「……それが、そうでもないんですよ。エルフって言っても、なんか死ににくいだけですからね。さっき、あなたがやったみたいなやり方で泥をかぶるなんて、しょっちゅうですよ。はっきり言って、他種族から尊敬を集めているというほどでは……」
「そっか……」
なんかキラキラ輝いていたのにな……。
「というか、エルフ内では敵視されている私の父親とかの方が『一般の存在と結婚していて親しみがある』なんて言われちゃってるレベルなので……」
「え……、もしかしてエルフって嫌われてない?」
「そりゃもう、他種族を見下しまくりですからね。好かれる要素なんて一つも……」
「そっか……」
力があるなら、それを目当てに集まる者もいるんじゃないの? と思うけど……。そういう動機で集まって来るのって、大体が悪い奴だからな。なかなか難しいんだろうな。





