自称魔王、前
昨日のことを覚えている、一昨日のことも、それよりも前も。
昨日は誰かと仲良くした、あるいは誰かと対立した。
世界には味方がいて、敵がいる。
クソ客は、敵でも味方でもない。
あいつらは、こっちに身に覚えがなくても来る。
〇
その日も、俺はいつものように店番をする予定だったのだけれど、ガラシアが来た。
今日のガラシアは、ズボンをはいていた。
洞窟の中に来るときにすらドレスを着ていたガラシアが、ズボンを?
「ハルタン君。あなたは、戦いに出たいのでしょうね」
「ええ。まあ、そうですけど」
「これから、裏庭でノインの戦闘訓練をする予定なのですが、あなたも参加しますか?」
「はい。ぜひ」
俺は反射的にそう答えてしまうが、すぐに思い直す。
「あ、でも、店番があるのでダメですね……」
ガラシアは微笑む。
「大丈夫です。ユアンが言い出したことなので」
「店長が?」
「店番は、パメラにお願いすることになっています」
「お任せですー」
ガラシアの後ろからエルフが出てきて、いつもの俺の席に座る。
〇
俺たちは、店の裏庭に出る。
ジッキンはテラス屋根の下で、相変わらず、鎧をカンカン叩いている。
「あら、ジッキンさん。ちょっと騒がしくなりますけど。ご勘弁を」
「ああ、構わんよ……いや、見学させてもらおうか」
ジッキンは、白いあごひげをなでながら俺の方を見る。
なんか採点されてる気がするんだけど、その点数を何に使うんだ?
……え? もしかしてユアンに報告されるの?
そうだとしたら手を抜けない。
俺は、気合を入れるために木刀を素振りし……ガラシアが止める。
「あ、待って下さい。その木刀は、ちょっと模擬戦で使うとまずいですね」
「ダメですか?」
「死にます、ノインが」
「え……」
これ、そんなに危ないか?
頭に当てたら危険と言われれば、そうかも知れないけど。
ガラシアは別の木刀を差し出してくる。
「今日はこっちを使ってください。練習用の柔らかい木で作られた物です。硬い物を叩くと、普通に折れるので気を付けてくださいね」
「はい」
受け取った木刀を何度か素振りしてみる。
すごく軽い上に、なんかしなっている気がする。実戦では使えないな。
いや、本当なら、硬い木刀も実戦に持っていくような物じゃないんだけど。
「ハルタンも、物好きだにゃ。こんなのに参加して、何が楽しいにゃ」
ノインは準備体操しながら言う。
今日は胸が揺れないように固めに縛ってあるようだ。
「ノインさんは、寝てる方が好きでしょうね」
「当たり前だにゃ」
「でも、ダンジョンに行く予定があるなら、訓練もやるしかないでしょ」
「そりゃそうにゃ。でも強いて言うなら、ダンジョン行きもサボりたいにゃ」
今日は、ガラシアたちがいる代わりに、ユアンが出かけている。
何も教えてくれないんだけど、もしかしてみんな、俺の知らない所でダンジョンに行ってるのだろうか? たぶんそうだろう。
俺も参加メンバーに加えてもらえるよう、頑張らなければ。
「じゃあ、始めましょうか。とりあえず、ノインとハルタン君で模擬戦をしてみてください」
ガラシアが言って、俺とノインは裏庭の中央で向き合う。
ノインは俺の持つ木刀を指さす。
「なんでハルタンは武器が許可されてるにゃ? 不公平にゃ」
「種族差ですよ。それとハルタン君は、剣聖のスキルの都合上、武器なしで戦う事は想定されませんからね」
「にゃ……」
「もちろんスキルは使ったらダメですよ、危ないので」
さて、どこから攻めるか。
スキル禁止となると、攻め手が限られる。
ノインは特に構えず、少し背を丸めて立っている。隙がないようにも見えるが。
「そりゃっ」「うにゃっ?」
俺はノインの顔目掛けて突きを放つ。ノインはぐにゃりと体を曲げて避け、一歩下がる。
ノインは俺の目を見つめながら、一歩ずつ横に歩く。俺の左側に回り込むつもりか。
俺もノインの目を見つめる。ノインは手を顔の前に構え……
「しゃっ!」
急に背をかがめて下蹴りをしかけてきた。
俺は飛びのきながら、足元に木刀を振り下ろす。うっかり跳華衝 (ちょうかしょう)を放ちそうになった。
スキルは禁止だ。それに、たぶん練習用の木刀は折れてしまう。
「にゅふふ」
ノインは俺の方を見て笑みを浮かべる。
用心深いなぁ、と言いたげだ。
なるほどね。俺にスキルを誤発動させて、判定負けに追い込む気か。
俺はノインにスキルの内容を細かく教えていない。だが、前回、洞窟での戦いを盗み見されて、ある程度手の内はバレているはず。
一方、こっちはノインの戦闘スキルは一つも知らない。同じ手は使えない。
「能ある猫は爪を隠すとはこのことか」
「それはなんか違うにゃ」
ノインは、更に身を低くして下から襲うぞと言わんばかりの格好になる。なるほど?
俺は、あえて視線を下げ、下段だけに警戒しているように見せた。
次の瞬間、ノインは真上に飛び上がった、上からの奇襲。俺の読み通りに。
俺は身をかがめて攻撃範囲から逃れながら、空中のノインの腹目掛けて木刀を振る。
「にゃ?」
ノインの体が空中で半回転し、俺の木刀を足で受け止める。
さすが猫、身の動きが軽い。
……あ、待てよ? こいつもしかして、空中行動系のスキルとか持ってたりする?
俺はちらりとガラシアの方を見る。
「今のはスキル使ってませんよ。惜しかったですけど。強いて言うなら、これが真剣だったら刃の所には乗れないんですけど……。どうしようかな、今日はセーフでいいか」
判定はセーフだった。だが推測は当たりか。
だとすると、次も上から攻めてくる? いや、地面を素早く走るのも猫の特性だ。下も危ない。
これは片方のルートを攻めづらくして、一択に追い込むのが基本だろう。
俺とノインが三度目の攻防に入ろうとしたところで……
「なにかしら。宮殿と呼ぶにはあまりにもみみっちい場所ね」
なんか、あまりにも不遜で失礼な笑い声が聞こえた。
まさか裏庭にもクソ客が来るとは……。
この前の女騎士がまた来たのかと思ったら、違った。知らない女だ。
「私が、こんな所に押し込まれたら、きっと三日も経たずに心が折れると思うわ。意外と庶民的なのね」
ユアンの道具屋を、ずいぶんとぼろくそに言ってくれるものだ。
俺はその女を観察する。
緑色の服。構造は簡素だが、その素材は布でありながら瑞々しく、まるで生きた樹木の葉のようにも見える。
金髪とエルフのような尖った耳。なんとなく、全身から燐光が出ているようにも見える。
そして手にはグニャグニャした木の杖。ユアンが持っている杖とデザインが似ている気がするが、スズランの花のようなものが大量についている。
「あなた、どうしてここが……」
ガラシアが驚いていた。知り合いだろうか?
この女は亜人というか、もはや亜神に見えるが、そんな知り合いが?
……でもガラシアも堕天使だしな。
「ふん。どこの誰だか知らにゃいが、あんまり強そうに見えないにゃ!」
ノインが言うなり、突撃した。
身を低くして、地を這うような軌道で……。
一方、女は杖を少し持ち上げた。シャランと鳴り響く鈴の音。
「ウインド・スウィープ」
「にぎゃぁっ!」
ノインが吹っ飛ばされて壁にたたきつけられた。
女は、別に乱れたわけでもないのに、左手で自分の髪をなでる。
「ウインド・スウィープ。これは足下への遅い球を、ほうきで掃くように横に捨てる技ですわ」
自分で解説すんのやめろ。
ノインの動きを、遅い、って言いたいんだな。俺の目には結構速く見えたけど。
とりあえず、ノインより強いのはわかった。
その女は、俺を見ると微笑みかける。
「初めてお目にかかる方もいらっしゃるようね? わたくし、フェルデラシア・ティクス・ユリフラテスと申します。長くて覚えられないなら、ルデラと呼んでくださって結構よ」
はあ、ルデラね。
直前の言動がなければ、多少は魅力的に見えたのかも知れないけどな……
俺は、表面上は礼儀正しく頭を下げる。
「お初にお目にかかります。ハルタンと申します」
「あら、あなたが?」
なぜか名前だけは知られていたようだ。
まさか勇者に関して知っているのか? ヘビ女の関係者には見えないが……。
しかし、王宮などでこんな人間離れした存在に会っていたら、さすがの俺でも覚えているはず。
やっぱり、ユアンの知り合いだろうか?
俺は、ちょっとルデラを持ち上げてみる。
「……高貴な生まれの方だとお見受けします。立ち振る舞いに優雅さが見えますので」
「そうでしょうとも」
「この俺の目から見ても、ユアンの百分の一ぐらいの優雅さはありますよ」
「なっ。なんだとぅ!」
ルデラは簡単にキレた。
やはりか。
ヘタな挑発を繰り返すやつは、むしろ自分が挑発されるのに弱い。
特にこいつの場合、自分をユアンのライバルだと思ってるっぽいから、ユアンと比較して下げるだけで冷静さを奪うことができる。
ちょろいちょろい。
まあ、怒らせた後どうするかは、何も考えてなかったんだけど。





