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自称魔王、前

 昨日のことを覚えている、一昨日のことも、それよりも前も。

 昨日は誰かと仲良くした、あるいは誰かと対立した。

 世界には味方がいて、敵がいる。


 クソ客は、敵でも味方でもない。

 あいつらは、こっちに身に覚えがなくても来る。



 その日も、俺はいつものように店番をする予定だったのだけれど、ガラシアが来た。

 今日のガラシアは、ズボンをはいていた。

 洞窟の中に来るときにすらドレスを着ていたガラシアが、ズボンを?


「ハルタン君。あなたは、戦いに出たいのでしょうね」

「ええ。まあ、そうですけど」

「これから、裏庭でノインの戦闘訓練をする予定なのですが、あなたも参加しますか?」

「はい。ぜひ」


 俺は反射的にそう答えてしまうが、すぐに思い直す。


「あ、でも、店番があるのでダメですね……」


 ガラシアは微笑む。


「大丈夫です。ユアンが言い出したことなので」

「店長が?」

「店番は、パメラにお願いすることになっています」

「お任せですー」


 ガラシアの後ろからエルフが出てきて、いつもの俺の席に座る。



 俺たちは、店の裏庭に出る。

 ジッキンはテラス屋根の下で、相変わらず、鎧をカンカン叩いている。


「あら、ジッキンさん。ちょっと騒がしくなりますけど。ご勘弁を」

「ああ、構わんよ……いや、見学させてもらおうか」


 ジッキンは、白いあごひげをなでながら俺の方を見る。

 なんか採点されてる気がするんだけど、その点数を何に使うんだ?

 ……え? もしかしてユアンに報告されるの?


 そうだとしたら手を抜けない。

 俺は、気合を入れるために木刀を素振りし……ガラシアが止める。


「あ、待って下さい。その木刀は、ちょっと模擬戦で使うとまずいですね」

「ダメですか?」

「死にます、ノインが」

「え……」


 これ、そんなに危ないか?

 頭に当てたら危険と言われれば、そうかも知れないけど。


 ガラシアは別の木刀を差し出してくる。


「今日はこっちを使ってください。練習用の柔らかい木で作られた物です。硬い物を叩くと、普通に折れるので気を付けてくださいね」

「はい」


 受け取った木刀を何度か素振りしてみる。

 すごく軽い上に、なんかしなっている気がする。実戦では使えないな。

 いや、本当なら、硬い木刀も実戦に持っていくような物じゃないんだけど。


「ハルタンも、物好きだにゃ。こんなのに参加して、何が楽しいにゃ」


 ノインは準備体操しながら言う。

 今日は胸が揺れないように固めに縛ってあるようだ。


「ノインさんは、寝てる方が好きでしょうね」

「当たり前だにゃ」

「でも、ダンジョンに行く予定があるなら、訓練もやるしかないでしょ」

「そりゃそうにゃ。でも強いて言うなら、ダンジョン行きもサボりたいにゃ」


 今日は、ガラシアたちがいる代わりに、ユアンが出かけている。

 何も教えてくれないんだけど、もしかしてみんな、俺の知らない所でダンジョンに行ってるのだろうか? たぶんそうだろう。

 俺も参加メンバーに加えてもらえるよう、頑張らなければ。


「じゃあ、始めましょうか。とりあえず、ノインとハルタン君で模擬戦をしてみてください」


 ガラシアが言って、俺とノインは裏庭の中央で向き合う。

 ノインは俺の持つ木刀を指さす。


「なんでハルタンは武器が許可されてるにゃ? 不公平にゃ」

「種族差ですよ。それとハルタン君は、剣聖のスキルの都合上、武器なしで戦う事は想定されませんからね」

「にゃ……」

「もちろんスキルは使ったらダメですよ、危ないので」


 さて、どこから攻めるか。

 スキル禁止となると、攻め手が限られる。

 ノインは特に構えず、少し背を丸めて立っている。隙がないようにも見えるが。


「そりゃっ」「うにゃっ?」


 俺はノインの顔目掛けて突きを放つ。ノインはぐにゃりと体を曲げて避け、一歩下がる。

 ノインは俺の目を見つめながら、一歩ずつ横に歩く。俺の左側に回り込むつもりか。

 俺もノインの目を見つめる。ノインは手を顔の前に構え……


「しゃっ!」


 急に背をかがめて下蹴りをしかけてきた。

 俺は飛びのきながら、足元に木刀を振り下ろす。うっかり跳華衝 (ちょうかしょう)を放ちそうになった。

 スキルは禁止だ。それに、たぶん練習用の木刀は折れてしまう。


「にゅふふ」


 ノインは俺の方を見て笑みを浮かべる。

 用心深いなぁ、と言いたげだ。


 なるほどね。俺にスキルを誤発動させて、判定負けに追い込む気か。

 俺はノインにスキルの内容を細かく教えていない。だが、前回、洞窟での戦いを盗み見されて、ある程度手の内はバレているはず。

 一方、こっちはノインの戦闘スキルは一つも知らない。同じ手は使えない。


「能ある猫は爪を隠すとはこのことか」

「それはなんか違うにゃ」


 ノインは、更に身を低くして下から襲うぞと言わんばかりの格好になる。なるほど?

 俺は、あえて視線を下げ、下段だけに警戒しているように見せた。


 次の瞬間、ノインは真上に飛び上がった、上からの奇襲。俺の読み通りに。

 俺は身をかがめて攻撃範囲から逃れながら、空中のノインの腹目掛けて木刀を振る。


「にゃ?」


 ノインの体が空中で半回転し、俺の木刀を足で受け止める。

 さすが猫、身の動きが軽い。

 ……あ、待てよ? こいつもしかして、空中行動系のスキルとか持ってたりする?

 俺はちらりとガラシアの方を見る。


「今のはスキル使ってませんよ。惜しかったですけど。強いて言うなら、これが真剣だったら刃の所には乗れないんですけど……。どうしようかな、今日はセーフでいいか」


 判定はセーフだった。だが推測は当たりか。

 だとすると、次も上から攻めてくる? いや、地面を素早く走るのも猫の特性だ。下も危ない。

 これは片方のルートを攻めづらくして、一択に追い込むのが基本だろう。


 俺とノインが三度目の攻防に入ろうとしたところで……


「なにかしら。宮殿と呼ぶにはあまりにもみみっちい場所ね」


 なんか、あまりにも不遜で失礼な笑い声が聞こえた。

 まさか裏庭にもクソ客が来るとは……。

 この前の女騎士がまた来たのかと思ったら、違った。知らない女だ。


「私が、こんな所に押し込まれたら、きっと三日も経たずに心が折れると思うわ。意外と庶民的なのね」


 ユアンの道具屋を、ずいぶんとぼろくそに言ってくれるものだ。

 俺はその女を観察する。

 緑色の服。構造は簡素だが、その素材は布でありながら瑞々しく、まるで生きた樹木の葉のようにも見える。

 金髪とエルフのような尖った耳。なんとなく、全身から燐光が出ているようにも見える。


 そして手にはグニャグニャした木の杖。ユアンが持っている杖とデザインが似ている気がするが、スズランの花のようなものが大量についている。


「あなた、どうしてここが……」


 ガラシアが驚いていた。知り合いだろうか?

 この女は亜人というか、もはや亜神に見えるが、そんな知り合いが?

 ……でもガラシアも堕天使だしな。


「ふん。どこの誰だか知らにゃいが、あんまり強そうに見えないにゃ!」


 ノインが言うなり、突撃した。

 身を低くして、地を這うような軌道で……。

 一方、女は杖を少し持ち上げた。シャランと鳴り響く鈴の音。


「ウインド・スウィープ」

「にぎゃぁっ!」


 ノインが吹っ飛ばされて壁にたたきつけられた。

 女は、別に乱れたわけでもないのに、左手で自分の髪をなでる。


「ウインド・スウィープ。これは足下への遅い球を、ほうきで掃くように横に捨てる技ですわ」


 自分で解説すんのやめろ。

 ノインの動きを、遅い、って言いたいんだな。俺の目には結構速く見えたけど。

 とりあえず、ノインより強いのはわかった。


 その女は、俺を見ると微笑みかける。


「初めてお目にかかる方もいらっしゃるようね? わたくし、フェルデラシア・ティクス・ユリフラテスと申します。長くて覚えられないなら、ルデラと呼んでくださって結構よ」


 はあ、ルデラね。

 直前の言動がなければ、多少は魅力的に見えたのかも知れないけどな……


 俺は、表面上は礼儀正しく頭を下げる。


「お初にお目にかかります。ハルタンと申します」

「あら、あなたが?」


 なぜか名前だけは知られていたようだ。

 まさか勇者に関して知っているのか? ヘビ女の関係者には見えないが……。

 しかし、王宮などでこんな人間離れした存在に会っていたら、さすがの俺でも覚えているはず。

 やっぱり、ユアンの知り合いだろうか?


 俺は、ちょっとルデラを持ち上げてみる。


「……高貴な生まれの方だとお見受けします。立ち振る舞いに優雅さが見えますので」

「そうでしょうとも」

「この俺の目から見ても、ユアンの百分の一ぐらいの優雅さはありますよ」

「なっ。なんだとぅ!」


 ルデラは簡単にキレた。


 やはりか。

 ヘタな挑発を繰り返すやつは、むしろ自分が挑発されるのに弱い。

 特にこいつの場合、自分をユアンのライバルだと思ってるっぽいから、ユアンと比較して下げるだけで冷静さを奪うことができる。

 ちょろいちょろい。


 まあ、怒らせた後どうするかは、何も考えてなかったんだけど。


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