店員の朝は早い
夏が続くかと思えば、もう風は涼しい。
雨が降り、風が吹き、実った麦の穂が揺れる。
遠くから聞こえるは、収穫を楽しみにする農夫たちの声。
まあ、噂によると、今年は凶作になるらしいんだけどね。
〇
店員の朝は早い。
レアオリャン市、周辺某所。閑静な宿場町の一角。
ここに一つの道具屋が建っている。
その二階の一室が、プロ店員、ハルタンの寝泊まりする部屋だ。
彼の仕事は、決して多くの人に知られるものではない。
住み込み店員の真実を求め、我々は彼の一日を追った。
「いや、あの……我々って誰の事にゃ?」
ノイン? ツッコミはいらないよ。っていうか見てるなら手伝ってくれ。
「猫は寝る生き物にゃ、二度寝にゃ」
まったく……。
店員の朝の仕事は掃除から始まる。
店内を箒で掃き清め、埃を外に出す。
良い売り上げは良い印象から。良い印象は清潔さから。店内を清潔に保つのは大事な仕事だ。
もちろん店の前を綺麗にするのも重要。だから次は表通りの掃き掃除だ。
朝日がまぶしい。
今日も、いい一日になるだろう。
「ハルタン。朝ごはんできたよ」
おっと、ユアンが呼んでる。行かないと。
〇
朝食を終えた後は、カウンターで客を待っていた。
ドアが開いて、ハンマーと木箱を背負ったドワーフが入って来る。小柄だががっしりした体格、男性、白い口ひげ。角がついた変な帽子。
ドワーフは俺の顔を見るなり言う。
「よう、クソ坊主、まだ追い出されてねぇのか」
「……」
俺が返す言葉もなく黙っていると、ドワーフは真っ白な口ひげをなでながら、煽ってくる。
「なんかやらかしたって聞いたぞ。エフィリウスの姉さんに迷惑かけたんだってな?」
「……」
エフィリウスはガラシアの家名だ。こいつ、なんでこの前のダンジョンの件まで知っている。
「どうした、だんまりか? 実はもうすぐ追い出されるのか? ほれ?」
耐えろ、俺。
こいつは俺を怒らせて不祥事を起こさせ、それをユアンに報告するのが目的なのだ。だから全てを無視して耐えなければいけない
史上最悪のクソ客、と言いたいところだが……こいつはそもそも客じゃない。
強いて分類するなら、従業員だ。しかも、ユアンとの付き合いは俺より長いと来ている。
だから叩き出すわけにはいかない。
名前はジッキン。鍛冶ドワーフだ。
ジッキンの声が大きな独り言が聞こえたのか、ユアンが店の奥から出てくる。
「こらこら、ハルタンをあまり虐めないでね」
「おっと、お嬢。おはようございます」
ジッキンは、ユアンの前では礼儀正しくするのだ。本当、なんなんだこいつ。
「例の物は、どこです?」
「奥の倉庫にある。今すぐ始めるの?」
「もちろんです」
ユアンとジッキンは店の奥に入って行く。
俺は黙ってそれを見送るつもりだったのだが、ユアンは俺の方を見る。
「いい機会だから、ハルタンも見に来て。ノイン?」
「店番は任せろにゃ、ふわぁぁぁぁ……」
まだどこか眠そうな顔のノインは大きなあくびをしながら、俺と入れ替わる。
これカウンターで寝ちゃわない? 任せて大丈夫?
まあ、いいか。めったに客なんて来ないからな。
良い売り上げのための良い印象? 俺はもう、諦めたよ。
〇
店の奥の倉庫。窓もない暗い部屋、俺たちはランプを持って中に入る。
そこには、木箱が積みあがっていた。
ジッキンはその一つを開ける。中に入っているのは金属の鎧だ。
中央が大きく凹んでいるし、端の方も形が変わっていた。
ジッキンは顔をしかめる。
「ボコボコじゃないですか。しかもこれは、レアオリャン市の衛兵隊の鎧ですぞ」
「直せそう?」
「それは、直せると思いますが、何でこうなったんです?」
「魔獣狩りに行ったら、大物に一部隊まるごと蹴散らされたんだって」
この十個ぐらいある鎧が、全部そうなのか?
ダンジョンで死にかけてるのって、俺だけじゃなかったんだな。
「身内で直さず、外注にした理由は?」
「あまりにも被害が大きくて、雇いの鍛冶屋だけじゃ手が足りなかったんじゃないかな……ここにあるのは、全体の一割ぐらいだと思う」
「なるほどね……」
ジッキンは納得したように頷く。
「じゃ、さっそく作業に取り掛かりたいんですが……、ここはちょっと暗くないですか?」
「そうね。どこでやる?」
「いい部屋がないなら、裏庭か何かでやりますが?」
「わかった。ハルタン、お願いがあるんだけど……」
ああ、これ俺の仕事だね。
とりあえず、箱を一つ持って道具屋の裏庭へ運ぶ。
裏庭に、テラス屋根みたいな所があって、そこで作業する事になった。
「とりあえず、今日は三つほどやる」
ジッキンに言われて、あと二箱を運ぶ。
最後の箱を持ってきた時には、ユアンはどこかに行っていて、ジッキンは、背負っていた道具箱から小さなハンマーを取り出し、鎧の金属の凹んだ所を裏側からカンカンと叩き始めた。
「おい、ハルルンよ」
「……ハルタンだ」
「おまえ、お嬢をどう思っている?」
「店長は、命の恩人だ」
俺は正直に、当たり障りない事を答える。
正確に言うと、助けてくれたのはザカートとガルシアなんだけど……。
あの二人は、ユアンが何も言わなかったら、ユデンブロ監獄なんかには侵入しないだろう。
ジッキンが聞きたかったのは、そういう事じゃないとは、わかっていた。
だが他の情報を与える気はない。
「俺はな、お嬢のお父上、ブロマラック様には目をかけてもらった」
「はぁ……」
ブロマラック? それがユアンのお父さんの名前……いや、家名かな?
よくわからないけど、きっとユアンのお父さんも、いい人だったんだろうな。
「お嬢には、幸せになる権利がある」
「当然だな。俺もそう思う」
「しかし、お嬢には立場もある。だから、おまえのような、いい加減な男と一緒になってはいけないのだ。それはわかるな?」
「ああ。負ける気はない。俺はいつかおまえを超えて見せる!」
「は?」
ジッキンは、俺が何を言っているのかわからなかったのか、首を傾げる。
惚けてごまかしても無駄だ。
おまえがユアンを狙っているのは知ってるんだぞ。
……違うの?
〇
昼手前。
全裸で緑ボディーペイントの女が来店する。
来たな、ヘビ女め。
「例の物は揃っているかニョロ?」
「ありますよ。今持ってきますね」
俺は、隣でふにゃふにゃ言いながら寝ているノインを、踏まないように避けて、カウンターから出た。
隣の部屋から箱を持ってくる。中身は、金槌六本と、釘千本。
二階で何かしていたユアンも降りてくる。
ヘビ女は、大量の釘を見て、感心している。
「ほぉー、よくこんなに集めたニョロ」
「いや、あなたが注文してから作ったんだと思いますけど」
集めたってなんだよ。道端に落ちてたのを拾ってきたとでも思ってんのか?
「いっぱいあって数えられないけど、これ、本当に千本あるニョロ?」
え? それ、俺に聞くの?
「えっと……七グロスって言ってたから、ええと、一グロスが、十二の十二倍で……」
「千八本」
ユアンが即答すると、ヘビ女は首を傾げる。
「いや、そういうことじゃなくてさぁ。まあ、いいか。実際に家を建ててみればわかるニョロ」
どことなくクソ客の気配が残る発言。こういうの、店員としてはちょっと不安になるんだよなぁ。
途中で足りなくなったら全部俺らのせいになるわけ?
ユアンは手慣れた物で、ヘビ女の発言をスルーして、会計に移る。
「六百マロンです」
「はいよ」
ジャリンと銅貨が詰まった袋を差し出される。
俺は袋の中の十二マロン硬貨を、頑張って数える。
えーと、十枚のタワーを作って……よし五本できた。
「ちょうどです」
「当然ニョロ。じゃ、また来るニョロ」
ヘビ女は、金づちと釘の入った箱を抱えて帰っていった。
ユアンは笑顔でそれを見送り、ヘビ女が扉を閉めてから五秒待って、ノインの方を見る。
「あの、ノイン。どうしても寝たかったら、せめてお客から見えない所にいて……」
まったくだよ!





