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クソ客、店内に立つ


 いつも正しい道を選べるわけじゃない。


 よく考えて、正解だと思う道を進んだつもりでも、後から見れば間違いだらけだったことなんて、いくらでもある。

 失ってから初めてわかる大切さ、取り戻したいという想い、叶わないと知る絶望。

 それでも、きっと、次はうまくやれるだろう。

 そんな風に思える清々しい朝だった、クソ客が来るまでは。


「買い物に来てやったニョロ」


 その生命体は、店内に入り込んできた。俺が三十分ほど前に鍵を開けた正面の入り口からではなく、カウンターの横にある窓からだ。


 俺は「きさまは脳みそ腐ってんのかボケエ!」と怒鳴りつけそうになる心を必死に抑え、営業スマイルで対応する。


「お客さん、いつも言ってるじゃないですか。窓から入って来るのはやめてください」


 すると、クソ客は必ずこう返してくる。


「店員よ許せ。私はヘビの姫である。それゆえに人間と同じ扉から出入りするのは誇りが許さぬニョロ」

「そうですか……」


 俺はその客の姿を上から下まで眺める。


 ヘビの姫というのが何を意味するのか、俺は知らない。この世界のどこかには、本当にそういう魔物が存在するのかもしれない。

 しかし俺の目の前に立つそれは、明らかに人間、少なくとも人間の女性の形をしていた。

 そして全裸だ。

 全裸の肌の上に塗料を塗りたくっている。緑のボディーペイント、アオダイショウ。

 表を歩くにしては、かなり個性的な格好と言える。


 ヘビ女は挑発的な(と本人は思っているようだ)ポーズで、俺に微笑みかける。


「なんだい君。この私に惚れたかニョロ?」

「……」


 ほとんど全裸の女性が目の前に立っている。

 なのに、健全男子であるこの俺が、ちっとも嬉しい気持ちにならないのはなぜだろう。


 外見がキモイからだろうか? あと行動と言葉遣いも、人としてどうかと思う。


 一応、客である存在に対して、そんなことは言えないので、俺はテンプレ対応に努める。


「今日は、何をお探しですか?」

「そんな反応しかしないの? まあいいけどにょろ」


 ヘビ女は少しがっかりしたのか、頭の上で両手を組むと、店内をぐるっと見渡す。

 この室内に見るべきものなどない。


 板張りの床、古びたテーブルと椅子がいくつか。それ以外に家具はなし。


 ここは道具屋だが、万引き防止のために、商品は店の奥に置いてある。


「とりあえず、髪染めを持ってきてくれニョロ」

「少しお待ちください」


 俺は隣の部屋に行って、髪染めの入った箱を持ってくる。

 箱をカウンターに置く。色とりどりの瓶。


 ヘビ女は、どの色を買うか迷うように一つ一つの瓶を指さしながら、ついでのように話しかけてくる。


「ところで君は、聖剣に選ばれた勇者だったと聞いたが、本当かニョロ?」

「なっ?」


 俺は動揺を隠せない。

 こいつは、それをどこで知った?


 何にしても、その情報が広まるのはまずい。

 だって俺は脱獄アンド指名手配中の身なのだ。


 この情報が広がり、国家権力が動くようだと、俺一人の問題ではなくなり、ユアン店長やその友人にまでも迷惑がかかってしまう。

 口封じ、するか?


 俺はカウンターの裏をちらりと見る。

 そこには木刀が設置してある。

 今は店員だが、一応、元勇者。相手がオーガだったとしても瞬殺できる自信はある。


 俺の葛藤を見抜いたかのように、ヘビ女はニヤリと笑う。


「髪染めは、赤い色にしようかな。君の返り血をごまかせるように」


 なんだこいつ。俺と戦い、しかも勝つ気でいるのか?


「店員だと思って、舐めてかからない方がいいですよ」

「ふふん。私はこう見えても、戦いの神に全てをささげた部族の出身。強そうな相手には、戦いを挑んできたが、一度も負けた事がない」

「本当ですか?」

「万が一負けたら、その相手には必ず従う。それが掟だ」


 すごい。なんか一世代で滅びそうな部族だ。よく今まで生き残って来たな。


「君は、こんな店の店員で腐るような男ではない。私と共に、もう一度戦いの道に生きてみないか? ニョロ」


 思い出したように語尾で個性を表現するの、やめろよ。


「お断りです……」

「そうかい?」


 店長の美少女ぶりを見たら、俺の気持ちがわかるさ。……いや、ヘビ女は店長と会ったことあるけどね。


「けど、そうですね……強い者に従うのが本当なら、俺が勝ったら、次からは人間用の入り口を使うようにお願いします」


 本当は、二度と来ないで欲しかった。

 だが、問題アリとは言え、一応は客だからな。店長の許可なく出禁にするわけにもいかない。


「欲がないヒトだ。でも君みたいな生き方は、嫌いじゃないよ」


 ヘビ女は微笑みながら、両腕を顔の前で構える。

 俺は、ゆっくりとした動きで、カウンター裏から木刀を取り……、一跳びでカウンターを乗り越えた。


双斬脚そうざんきゃく!」

「ツインスネーク!」


 ガシッ、ガシッ、ボゴォォッ。


 俺が振り下ろす木刀の軌道が、二本に分裂する。

 俺は聖剣を失ったが、剣聖のスキルツリーまで失ったわけではない。


 スキルの効果により、一本の木刀でも同時に二発の斬撃を放てる。

 それに対して、ヘビ女は両腕で同時に防御して見せた。強いと言うのは嘘ではなかったようだ。

 そしてヘビ女は、俺が放った左足のキックで腹を蹴られ、空中を水平に吹き飛んで、扉から外に出て行った。


「ボグェェェェェッ?」

「ふっ、またつまらぬ客を蹴り出してしまった」


 甘いな。双斬脚は剣技であって、剣技ではない。一瞬で二回の斬撃はフェイント。本命は最後の蹴り技なのだ。


 俺は赤色の髪染めを手に取ると、店の外に出る。

 石畳すらない土のままの道、平屋や二階建てがならぶ街並み。

 馬車が作った轍を乗りこえて、俺は歩く。


 ヘビ女は、店の向かい側の塀に叩きつけられていた。

 その前に髪染めを置く。


「髪染めは赤色でよろしいでしょうか?」

「お、おう……いくらだニョロ?」

「24マロンです」

「ニョロ……」


 ヘビ女は震える手で12マロン硬貨を二枚、差し出してくる。

 全裸なのに、どうやってお金を持ち歩いているのだろう。

 まあ、深く考えるのはやめておくか。


「ちょうどです。お買い上げありがとうございました」


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