5 悪役令嬢と避暑地の猫
わたしの名前はミー。猫にはありきたりな名前だ。それでもご主人様が付けてくれた名前は嬉しい。わたしのご主人様はたまにしか現れないリリアーナさまだ。縦ロールの金髪は彼女のトレードマークだ。
今年初めて知ったことがある。リリアーナ様にクララ様という妹がいたことだ。同じ金髪に同じ顔なのに縦ロールでないだけで印象がまるで違う。でもわたしは彼女が大好きになった。
クララ様はわたしのご主人様の大切な妹。今まで一度も会わなかったのは不思議だけどクララ様の優しい雰囲気が好きだ。
「ミーはいいわね。私も猫になりたいわ。猫になって運命から逃げ切ることができたら良いのに」
それはいいわ。わたしもリリアーナ様とお外で虫を追いかけたりしてみたいわ。
わたしがリリアーナ様と久しぶりの逢瀬を楽しんでいると王子が訪ねてきた。この王子のことをリリアーナ様は自分の婚約者だとわたしに紹介した。猫に王子を紹介するなんてリリアーナ様くらいだと思うんだけど、王子は気にした風もなくわたしに目線を合わせて
「わたしはアンドリュー・オルティーニ。よろしくね」
と言ってくれた。王子はとっても優しいお方だった。それなのにリリアーナ様はあの王子には気をつけないといけないといつも口にする。いつかあの王子に処刑されるかもしれないと言う姿は真に迫っていて、本気でそう思っているようだった。楽天的な性格のリリアーナ様がこれほど気にされるということはこの王子には何かあるのかと思い探ってみることにした。
実はこのアンドリュー王子は最近うちのお屋敷の前を行ったり来たりと怪しい行動をするのだ。何しろ王子なので一人で外出は出来ない。王子の付き人も一緒に行動しているので目立つ目立つ。そしてわたしを見つけると嬉しそうに笑いポケットの中から煮干しを取り出してくれる。わたしは煮干しに釣られたわけではないが無視するのも悪いと思いそばまで行くと必ず抱きかかえられてリリアーナ様の所に連行される。どうもリリアーナ様に会うためのダシにされてるようだ。
この様子からするととてもリリアーナ様が言うような悪い人には見えない。それにとてもリリアーナ様に惚れているようなので処刑されることはないと断言できる。
リリアーナ様の妹のクララ様もわたしと同じ意見のようだ。
「リリアーナ様、殿下はリリアーナ様に惚れています。とても処刑だの追放だのするようには見えません」
「クララ、お姉さまと呼んでほしいと言ってるでしょう? それにまだ王子とアリスのイベントが始まっていないからなのよ。始まったら終わりなの。私のこの縦ロールと一緒で逃れることなどできないのよ」
リリアーナ様はどれだけストレートパーマをかけようとも直ぐに元に戻ってしまう縦ロールの髪のことにいつも触れる。私はリリアーナ様らしいこの髪型が好きだが彼女はこの髪型は呪いなのだといつも言っている。
もしこの髪がストレートになればリリアーナ様も妙な考えから解放されるのかもしれない。そしてアンドリュー王子と幸せな結婚をして、できれば避暑地の猫ではなく王宮で一緒に暮らしたい。それがわたしの密かな夢だ。そのためにもリリアーナ様の髪をストレートにできる魔法を探さないといけない。有名美容師の方々でも無理ならもう魔法しかないと思う。リリアーナ様が避暑地から去られたら猫の国に里帰りしよう。猫の国にあった気がするのだ。頑固なくせ毛もストレートにする魔法の液体が。リリアーナ様のために必ず手に入れよう。
でも今はリリアーナ様の足の上でうたた寝を楽しむ。その側でアンドリュー王子は羨ましそうな顔でわたしを見つめている。きっと彼はリリアーナ様のように猫になりたいと思っているのだろう。