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五十嵐真宵の幻想郷出張録  作者: スイーツミー
1/1

依頼

 表参道五丁目の裏路地には、赤煉瓦と白い石材によって積み上げられた西洋かぶれの一軒家がある。それは鉄筋コンクリート造の住宅が大半を占める軒並みの中でも、 とりわけ異色を放っていた。

 つまりそれは、他の建築物より目立っていると言う事でもあり、いやでも人目を引いてしまうということ。

 だがそれは、あくまで裏路地という場所での話だ。

 表参道の大通りには海外の高級ブランド店や高級レストランなど、煌びやかでモダンな雰囲気を醸し出す店々が連なり人々が集まる。


「今夜は随分と冷えるな。こんな日はブランデーでも飲みながら家でゆっくりしたいもんだ。どうだ?今夜、我が家で一杯しないか」


「折角のお誘いだが、今夜は遠慮させて貰うよ。今日は学会の論文に一区切りをつけたいんだ。それに今日は君達ケニー夫妻の結婚記念日だろ?」


「……アッハッハッハッハ!!こりゃ参った。手ぶらのまま帰ると顔を赤くしたカミさんに滅多切りにされちまう。ルイヴィトンの財布でも買ってやらないとなぁ。あとブランデーも」


「そうしてあげた方がいい。家族は大切にな。それとこれは俺からのささやかなプレゼントだ。受け取ってくれ」


「こりゃなんだ?随分とイカしたキーホルダーじゃないか」


「御守りだよ」


「こりゃ失敬」

 

 大通りに連なる店先は鮮やかで多彩な電飾で飾り付けられており、それは夜の暗闇の中を明るく照らしつつ人々の視線を惹きつける。洒落た街灯は足元を優しく照らし、多くの人々の心地よい喧騒が大通りを包み込むように鳴り響く。そんな多くの人だかりの中で僕らはその雰囲気に気付かぬ内に溶け込んでいた。


「ちょっと前に地中海まで仕事に行ったんだ。その時、私の教え子が珍しい岩石を発見してな。それを研磨してハムサって御守りに取り付けたんだ。邪眼を撃退する効果があるって聞いて君にピッタリだと思ったんだよ。何かと良く狙われるだろ?」


「アッハッハッ確かにそうだな。私にピッタリの御守りだよ」


「まぁキーホルダーにでもなんでもしてくれ。私はそろそろ行くよ」


「あぁ気をつけてな。そしてありがとう。いい夜を」


「お前も気をつけろよ。じゃあな」


 そう言いながら街灯の光が入らない路地裏に足を向けた。

 表参道とは打って変わり、街灯の光が建物の隙間から漏れ、ゴミの匂いを放つ路地裏には派手な服装に身を包んだ女性達がタバコを片手に談笑してたり、年季の入ったボロいコートを身に纏った男性が力なく座り込んでいたりしている。

 光が入らなくなるほど入り混じった路地裏をひたすら進み、緑色の特徴的な看板が掛けられた電柱を右に曲がると、例の一軒家が姿を現わす。

 その大きな窓からは温かい電球色の明かりが漏れ、真っ暗な路地裏を暖かい光で照らしていた。

 いつのもように酷く音が鳴るドアを開け、中に入る。


「………」


「ただいま。今日も一歩も外に出なかったのか?」


「タバコが切れたから買いに出た」


「そうか」


「貴方の分も買っておいた。カウンターの上に置いてある」


「お、ありがとな」


 摩訶不思議で奇妙奇天烈で、その空間を言い表すにはどのような言葉を用いればいいのか自分でも良く分からない。

 壁一面を覆い尽くす奇抜なガラスの装飾品は電球色の光を自ら放ち、その暖かな光は館の中にビッシリ生えている植物を照らし、どこか芸術的なものを感じさせてくれる。

 近くの物置には玩具の兵隊が並べられており、彼が座っている向かいのカウンターには古本やカートン単位のタバコが乱雑に積み重ねられ、本来なら酒が置かれるであろう奥の棚にも多くの古本とガラクタが並べられている。


「客は来たか?」


「金髪の女妖怪が一匹」


「仕事内容は?」


「白い封筒だけ渡して消えたよ。あんたに渡して欲しいってさ」


「どれどれ、どんな内容だか」


 相変わらず私の大きな古本に顔を隠したままタバコを咥えて白い封筒を渡してくれる。彼の名前は五十嵐真宵といい私の弟子だ。


 たま紐付き封筒を開け一枚の紙を取り出す。随分と達筆で書かれた、その見慣れた文字は懐かしいものだった。

 

「ちょっと行ってくる」


「論文は?まだ出来てないんだろ」


「物事には優先順位ってもんがあるんだよ。女性を迎えに行く方が文字と睨めっこしてるよりよっぽど有意義とは思えないか?」


「俺をバカにしてんのか?」


 ムッとした顔で本から目を離す。久しぶりに見た彼の顔は酷いものだった。鋭く怖い目の下にクッキリと描かれた隈にアインシュタインのようなボサボサの髪。頼むから寝てくれと言わんばかりの形相に少し戸惑いを感じつつ、ちゃんと質問には答える。


「いいや。本を読むことも確かに重要だ。新しい知識を得ることで自分の世界が広がり、多くの視点を持つことが出来る。本は人を成長させ、人生を豊かにしてくれる。だが、本が人生の全てを教えてくれる訳ではない。たまには他の事柄に目を向けるのも必要だと思うんだけどね」


「うっせぇ。俺の勝手だろ」


「お前は一つの物事に夢中になり過ぎだって言いたいんだ。少しは睡眠を取っても良いんじゃないかな?」


「魔法使いに睡眠はいらねぇ。それはあんたが言った事だぜ」


「だけど脳の機能は著しく低下する。機能の基礎能力や低下速度は普通の人と比べたら大きく違うかも知れないが、脳や他の臓器も基本構造は同じなんだ。ただ、我々と人間との決定的違いは」


「寿命がない。世の理を理解するため世の理から抜け出した我々は生も死も観測的事象に過ぎず、常に凡ゆる事象に対し、観測者であり解析者であり、理解者にならなければならない。つまり知識を蓄える媒体である己の肉体をも世の理の外に出した我々の肉体は強健で堅牢だが、観測者でもある我々は人一倍、己の肉体を労わらなければならない。んなこと百も承知だって」


「そうか」


「……分かったよ。あんたの言う通り寝てやるよ。久しぶりの二週不眠に少し興奮してたみたいだ」


 五十嵐真宵。彼を拾ってからもうそろそろ10年が経つのか。彼の知に対する探究心というか執着心は今までのどの魔法使いよりも貪欲で執拗だ。体術に関しても興味があるようで、東洋の医学書やら武術書に目を通すこともよくある。彼のあくなき知的探究心を満たすためには、そろそろ魔法学校にも通わせた方がいいのだろうか....

 

「早く行かなくていいのか? 女迎えに行くんだろ?」


 おっと、そうだった


「それじゃあ行ってくる。暖かくして寝なさい」


「分かったよ。お休み」


「うん。お休み」


 

























ーー◇ーー


 暗闇の中で黒い矛先が月の光に照らされながら雨のように降り注いでくる。それは質量を持った闇だった。本を隠すなら本の中に。木を隠すなら森の中に。闇を隠すなら暗闇の中にと、それを視覚で捉えることは不可能に近かった。月の光で薄っすら黒光りしても、全てを把握する事は人間の私には出来ない。なので最終的には耳と勘に神経を集中させるしか方法はない。風を切る音を一つ一つ聞き分け、それでも捉えられないものは勘で、迫り来る無数の矛先を刀で斬り払う。


 どれくらい時間が経っただろうか。息継ぎする事も思うように出来ず頭に酸素が回らない。体全体に熱が篭り汗が流れ、疲労はピークを迎え徐々に動作が乱雑になっていった。

 すると当然ながら、捌ききれない矛先が肌を掠め、体力を少しずつ削っていく。腕の筋肉は悲鳴をあげ、頭は次々と迫り来る矛先を捌くことしか考えられずにいた。一瞬でも気を抜けば矛先は体を貫き、次々と体に風穴をあける事になるだろう。死の恐怖が疲労で悲鳴をあげる体を強制的に動かし続けていた。

 半ば半分諦めかけていたその時、気付けば雨は止んでいた。

 しかし気を緩める訳にはいかない。気を極限まで張り詰め、柄を握り直す。しかし、足は気付かないほど小刻みに震え恐怖心に耐えていた。

 


 ……死にたくない



 風の通り過ぎる音が、木々の騒めく音が、必死に呼吸する音が耳を防ぎたくなるほど大きく感じられた。

 これといった打開策は思い浮かばず、死への恐怖心を抑え込むのに必死だった。肌を掠った無数の擦り傷がジンジンと熱を放ち始め、徐々に痛みが舞い戻る。それがより一層、死への恐怖心を駆り立てていった。

 まるで心が押し潰されそうな感覚だ。目からは小さな涙粒が頬を伝い、傷口に染みこむ。



 スゥーー……ハァーー……



 御札は残り2枚。封魔針は残り5針。

 策は尽き、これといった弱点は見当たらない。

 体はまだ動ける。

 ならどうする。

 来た道を突っ切って逃げるか?

 いや、今は下手に動かない方がいい。月の光で地形は多少見えなくもないが、暗闇と言う、あまり視界が頼りにならないこの状況下で奴は私の事が良く見えている事だろう。

 つまり私は相手の掌の上にいるのか...


 それがどうした!!!


 能力、体力、機動性は暗闇という状況下において全て奴の方が有利。戦い勝つ確率は限りなく低い。だけど、もし私が逃げれば今すぐにでも人里に向かい人々を食い尽くしてしまうだろう。体制を整えるなど甘ったるい考えは通用しない。逃げる体力は考えるな!!奴を仕留める事に集中しろ!!

 

「破ッッ!!」


 霊力を最大限に込めた札を空中に投げ、暴力的な閃光が御札を中心として暗闇に覆われていた辺り一帯を明るく照らしつけた。

 視界が開け、空中に一つの黒い球体が浮いているのを確認すると同時に体が勝手に動き出す。

 木々の間を交互に飛び上がって相手の頭上にまで移動し、頭から先まで刀を力任せに振り落とした。しかし手応えはなく、切り離れた二つは光の消えた暗闇へと姿を消していった。

 それと同時に後ろから猛烈な風切音が聞こえてくる。


 (来た!!)

 

 空中で体を無理矢理捻らせ、刀で迫り来る質量を持った闇を受け流しながら近くの枝に着地する。

 

「そこかぁぁぁぁ!!!」


 手に封魔針を3本挟み、攻撃してきた方向に向かって思いっきり投げる。途中で鉄が弾ける音と共に複数の風切音が此方に迫って来た。

 

 (数は三つ。普通なら避けて様子を見たい所だけど……)


「ナメるなぁぁぁぁ!!」


 そう言いながら彼女は視界の利かない暗闇へと身を放り出した。

 
































 








ーー◇ーー


 暗く窮屈な階段を降り、何の文字かも分からない古びた看板の掲げられたドアを開けると、リズミカルなジャズをバッグに魅惑的な美声が出迎えてくれた。エロティックな薄暗い室内には、その歌声に酔いしれる客達がワインやカクテルなど各々が好みの酒を片手に円卓に座っている。


 彼女は照明で照らされたステージからは遠く離れた隅の円卓に座っていた。


「待たせてすまないな」


「別にいいわよ。最近仕事も順調で忙しいんでしょ?」


「まぁ、そうだな。人脈も増えてきたし依頼数も増えてきたからね。海外出張も増えちゃったりして時差ボケも増えちゃったよ。しかも今回は、まさか八雲紫。君だとはね」


「あら、そんな珍しい事かしら?」


「...それでさっそくだけど、今回の依頼の事なんだが」


「貴方って確か弟子を持ってたでしょ?」

 

「そうだが……それが?」


「貸してもらえるかしら?」


「…………」


 秋風魔法店。彼が店主を務める店の名前だ。

 主な仕事の内容はトラブルシューター。怪異の退治。他にも魔術に関する材料や薬の販売。時には大学で臨時教授として呼ばれ講義する事もある。要は金さえ貰えれば何でもするといった、よろず屋の真似事をしているようなものだと理解してもらえればありがたい。

 そんな彼も長年、この仕事を続けて来た。だが今回のような仕事の依頼は初めてで彼も少し混乱していた。なんせ紫に自分ではなく弟子に用があるというのだから無理もない。

 

「………幻想郷に連れて行くのか?」


「勿論よ」


 しれっと答える彼女の顔は薄ら笑みそ浮かべたまま、ステージに視線を向かせている。


「理由を聞いても?」


「博麗神社の巫女が妖怪との戦いで大怪我を負い、昏睡状態になったのが今から一ヶ月前の話。代わりの巫女は未だ見つからず、人里では妖怪による被害が増えて混乱状態。巫女がいない事で博麗式五十結界にバグが発生、博麗大結界に異常が出はじめてる。今は私の式達で何とか対処している状態よ。だけど結界の修復に専念したいから、妖怪退治を巫女の代わりに貴方の弟子にお願いしたいの」


「……話が見えないな。俺の弟子は魔法使いなのに、わざわざ巫女の代わりとして仕事を頼むのか?それに怪異退治は俺の専門分野だ。何も俺の弟子を使う必要はないと思うんだが」


「言葉が足りなかったみたいね。私が他の巫女を見つける間に、彼には怪我を負った巫女の手伝いをして欲しいの。詳しくいうと、彼女の身の世話から仕事まで。彼女の代理として貴方の弟子を紹介して少しでも人里の人達を安心させたいの。それには長期滞在になる可能性も少なからずあるから弟子に方がいいんじゃない?それに、いい経験になるかもしれないわよ?」


「本当かよ? 他に何か企みでもあるんじゃないか?」


「見抜ける?」


「無理だな。お前の頭の中は俺でも分からん」


「じゃあ契約成立でいいかしら?」


「はぁ....あいつを幻想郷に滞在させる事になるのか」


「いつごろ返せるかは断言できないわ」


「何でよりによって俺の弟子を?」


「貴方の弟子だからに決まってるじゃない」


 しれっとした口調で彼女の顔は相変わらずステージに視線を向かせていた。


 嬉しいこと言っちゃってくれるねぇ……


「分かった。ただし条件が二つ」


「私が出来る範囲でなら」


「俺も紫ちゃんを信頼して預けるんだ。あいつをちゃんと見てやってくれないか? 毎日とは言わねぇ。気が向いたらでもいい。俺にとっちゃあ、あいつは家族みたいなもんだからさ」


「前の弟子とは扱いが真逆ね」


「俺もずいぶん長いこと生きてきたが、失敗から学ぶ事もあるのよ。それはお互い様だろ?」


「分かったわ。あの子は私が責任を持って預かるから心配しないでちょうだい」


 自分を信用して貰いたいのだろうか。彼女は足を組み直しながら体と視線を此方に向けた。


「お前がそう言ってくれると俺も安心して胸を撫で下ろせるってもんだな」


「二つ目はなんなの?」


「……話が変わるんだが、つい最近ルーマニアで吸血鬼共が集まっているらしくてな」


「何処でその情報を?」


「バチカンのラテラノ大学からの情報だ。先日、そこから俺に仕事の依頼が来てな。来週辺りに行く事になってるんだ」


「内容は?」


「ヴラドファミリー。ドン・ヴラド・ツェッペシュの首だよ」


「……ヴラド・ツェッペシュ。人として死んでから怪異へと変異させられた稀代の吸血鬼。それが私と何の関係が?」


「奴が幻想郷に目を付けたかもしれん」


「……それもラテラノ大学の情報?」


「これは知り合いの情報屋から聞いた話だ。まぁ別段、珍しい話でもないだろう。あまり知られてないとは言え、幻想郷を狙ってる連中は少なくない。だが、ヴラド公が狙ってるとなると……」


「厄介ね。本当に」


「そこで二つ目の条件だ。もし幻想郷にヴラド公が現れたら真っ先に俺を呼んでくれ。まぁ幻想郷に現れる前に俺が見つけて首を取ればいい話だが、あいつら吸血鬼を仕留めるのは難しい」


「分かったわ。依頼料は」


「俺が今までお前から依頼料を取った事があるか?」


「……フフ。確かにそうね」


「代わりと言っちゃぁ なんだが。もし時間さえ良ければ一緒に酒でも飲みながら話さないか? お前の顔を見るのも随分と久しいんだ」


「今日の予定はもうないわ。今夜は久ぶりに仕事忘れてストレスでも発散しようとしてたの。私も色々と苦労してるのよ」


「ハハッ。お前の酒癖に付き合えるのは俺ぐらいしかいないだろうよ。思う存分飲みな。ブランデーでも頼むか?」


「お願い。出来れば強めのやつで」


「この店で一番強いやつだな」

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