第二話:事後収拾 ―賢明な軍人―
「蔵匿」とは罪を犯した者をかくまうことです。
俺達がI‐3区画Cライン52番地の現場に到着すると、二体の屍が無愛想なお出迎えをしてくれた。それぞれの手の甲には泥のついた羽つきタグが打ち込まれていて、注視するまでもなくCOAの連中の仕事と見て取れる。連中、というよりはある一人のガンナーと言ったほう
が適切か。俺は短いため息をついた。
一人は腹部に一発。さっきまでのどしゃ降りで浅い泥田と化した地面に顔を突っ込んでいた。拳銃がジャケット裏のホルダーに収まっているのを見るに、応戦する間もなく銃撃されたのだろう。
もう一人は多少は悪あがきしたらしい。顔のど真ん中に黒い穴をあけて雨上がりの空を仰いでいた。右手には安物のスタームルガーが握り締められている。
軽武装の野良に有無を言わさず例外執行とはね。エネルギーホールの発生を回避しているとはいえ、あの新入りは度を越している。無闇な殺しは認定エグゼと野良どもの抗争をあおるだけだ。
そして困ったことに、マージとのよしみで奴の蔵匿をうやむやにしたのは俺なのだ。やれやれ。面倒な根回しがまた増えたようだ。
「やはりCOA所属ガンナーの危険判断は性急すぎます。ここ三ヶ月で八件の例外執行ですよ。この死に方じゃ、事前説明があったとも思えない。彼らの行動に何らかの制限を科すべきではないでしょうか」
士官学校を卒業したばかりのフリント少尉が熱っぽくしゃべる。彼は年ほどに若く、それゆえに実直すぎるところがあった。
「まあ、いいさ。連中の迅速な執行のおかげで俺達はのうのうと自分の仕事ができるんだ。たかが無認可エグゼキューターの取り締まりでドンパチやるのはごめんだろう? 」
「彼らに殺させた犯罪者の死体を回収するのが、僕たちの仕事だとおっしゃるんですか」
俺の顔からガキの悪戯を見つけたときみたいな笑みがこぼれる。
「士官学校ではそう教わらなかったのかい? 市民の安全守るため、どんな駒でも使いきる。それが法律様に規定された俺達のお仕事だ」
そう言うと俺は話を切り上げ煙草の紙パッケージを取り出す。フリント少尉はまだ何か言いたげだったが、諦めてデバイスで状況記録をとりはじめた。この種の案件の事後収拾はタグ読み取り、写真撮影、短いレポート作成で済んでしまう。それが終われば遺体収容トラックの到着を待つのみだ。新人の場慣れにはちょうどいい。
「物的証拠より本件はエグゼキューター法例外規定第三項に基づく緊急時自己防衛権の行使による合法殺人であると推定。これよりインディビジュアルタグの解析を開始します」
毎度のことだがフリント少尉はマニュアル通りの発声報告をする。俺は赴任二日目でそれをやめたが、この愚直な青年はいつまで続けるのだろうか。
「インディビジュアルタグ解析を完了。COA所属のエグゼキューター、ジェイド・ナッシュビルと判明。年齢27歳、男性、LB−73式プラズマガンを2丁所持。本データをセントラルバンクに転送します」
ジェイド・ナッシュビル。嘘だ。おそらく予備のタグバンカーをあのガキに貸し与えているのだろう。ジェイドは好戦的な性格ではあるが、戦力差のある相手に自ずから銃口を向けることはない。
たとえ多対一の状況にあっても、プラズマガンは拳銃に対して圧倒的な優位性を持つ。短時間ながらプロテクトフィールドを張れるLBシリーズなら尚更だ。プラズマガンとそれを持たぬ者の対峙は、一方に天秤の分銅をにぎられた命の取引でしかない。
ふと、指先に挟んだままの煙草に気づく。手早く火をつけ、終末の気配を孕んだ空気とともに吸い込む。この忘れられた工業地帯に、雨上がりの爽快さはなかった。雨雲は消えかけていたが、青空のかわりに空を満たしているのは強情なスモッグだ。
また厄介な捨て犬を拾っちまったな、マージ。