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第一話:雨中で踊る阿呆ども ―あるガンナーの最期―

 

 そいつに出会ったら必ず死んじまうって類の怪談話。あんたも一度は聞いたことあるだろ?


「会った奴が死ぬなら、最初にその化け物の話を言いふらした奴も死んでるはずだろ? 死者が噂話をするのか? ばかばかしい」


 っておなじみのツッコミが入るわけだが。大方の人間はここで与太話を切り上げる。怪談なんてのは話の間を持たせるためのちょっとしたカウントにすぎない。まあ、少しひねくれた奴は、


「化け物を見たら即死してしまうわけではなく、目撃してから死ぬまでにいくらかの時間差があるのかもしれない。その時間内に化け物の話を第三者に伝えてから死亡すれば、化け物との遭遇により目撃者は死亡した、との因果関係が第三者により推測でき、件の話は相当の真実味を帯びる」


 なんてしたり顔でのたまうのかもしれない。だがそんな会話のラインも踏めない似非インテリちゃんは人間関係からはじかれるのが常だ。だから見たら死ぬ化け物なんて誰も心から信じちゃいない。おれもその一人だ。その一人だった。

 

 リーデル通りの酒場で片割れのビンスに『恐るべき子供』の話を聞かされた時も、おれは乾いた笑いをホールに響かせるだけだった。『旧式』持ちのガキが野良エグゼどもを片っ端からつぶしているそうだ。旧式持ちの生存者、しかもそいつが年端もいかないガキだなんて怪談以上のうさんくささだ。ビンスも端から信じていない様子で、あれこれとほら話をつけ足してはおれの反応を楽しんでいた。いつも通りのくだらない、ほんとうにくだらない馬鹿話だったが、その積み重ねでおれたちはガキの頃から二十年コンビをやってきた。嘘も誠も話の手管ってやつだ。


 だがどうしたわけか、その馬鹿げた化け物がおれの前方二十五メートルに突っ立っている。カーテンのように降りしきる雨と、張り付いた長い前髪に隠れて顔つきはわからないが、身長は百五十センチほど、華奢な体躯を退屈そうにぶらつかせる様は、まったくただの子供だった。ただひとつ、ガキには重そうな腕部一体型旧式生体プラズマガンを除いては。こんな薄汚い裏通りで旧式様とご対面とはね。全くふざけていやがる。


 奴との間にはたっぷり水につかった段ボール束、ビール瓶ケース、ゴミ袋の山。非常に残念ながら障壁になりそうな物は皆無。おれは流れ物のスタームルガーを構えながら、化け物めがけて猛然と走りだした。1999ドルで買ったばかりのジーンズに泥が跳ね上がるが、気にもしない。これが拳銃同士の撃ち合いなら、相手から離れるほど痛い思いをしなくて済むが、プラズマガンに関しちゃ全くの逆だ。プラズマのエネルギーホール発生最短有効距離は約二十メートル。有効範囲内で命中すれば骨まで消し飛ぶ代物だが、範囲外なら単なる携行火器。当たらなければ無傷、命中しても体のどこかに穴が開くだけで済む。もっとも死は避けられないだろうが、原子レベルで吹き飛ぶよりはましな死に方だ。たとえば化け物の足元で静かに丸まっているビンスのように。


 走りながらのショットには自信があったつもりだが、それは人間相手のときに限るようだった。化け物相手では勝手が違う。奴はけだるそうにステップを踏みながら、おれの銃弾をかわしていく。そのたびに奴の口元がわずかにゆがむような気がした。まったくふざけていやがる。これじゃあガキの遊びにつきあうやさしいオジサンだ。


 まるで手もとが定まらない。腹の底から火だるまの臓物を吐き出しそうだ。もう何度引き金を引いただろうか。先に尽きるのはスタームルガーの弾丸か、おれの命か。はじかれた銃声が行き場もなく雨音に消え入るのを、おれは他人事のように聞いていた。距離十メートル。未だ奴は銃口を上げない。有効範囲内で撃たなかったのは、奴なりのあわれみなのだろうか。

 

 三メートル。おれはようやく奴の顔面をこの目に捉えた。紅潮した頬、濁りのない濡れた眼球、折れそうなほど繊細な顔周のライン。いかにも少年らしいキャンバスの上には、血を啜る化け物が張り付いていた。



 スタームルガーのトリガーがカチャリと音を立てる。反動は返ってこない。奴の口の両端が醜くつり上がる。雨音が消えた。奴はたぶん、笑っている。



 おれの意識はそこまで。ましな死に方だったことを願う。 

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