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おとめげーむの世界らしい(友人談)

ナリシフィアは侍女と馬車の前で別れると、1人で教室を目指した。

侍女には学園内で情報収集をさせ、放課後に合流することになっていた。常のことなので、ナリシフィアは侍女を連れ歩かない風変わりな令嬢と認識されている。

教室に入ると真っ先に、いつものかしましい声が耳についた。


「サヴェンヒェル様、今中庭の薔薇が見頃を迎えたようなのです!」


馬車の中でも話題にあがっていた人物、隣の組のアマリリス・コートマール公爵令嬢だ。

輝く金髪はナリシフィアの知る限りずっと同じ髪型で縦巻きにされており、いつも自信に溢れた佇まいと、目力のあるつり気味の目は一目見れば誰の記憶にも残る。

高位貴族の誇りを身にまとい、鉄壁の美貌でもって周囲を威圧する微笑の持ち主。まるで女王のような風情を醸し出している、それが彼女だ。

そんな彼女が毎朝足を運んでまで会いたい人物というのは、教室のほぼ中央に位置する場所に席を持ち、いつでも絶やさぬ王子様然とした微笑みで着席している。

自分が話しかけられていることは解っているはずなのに、そうか、と実に素っ気ない返しをしていた。しかし礼は欠かない程度に微笑み返しをしている為、会話が良好に成立している雰囲気だけは保たせている。

その人物はサヴェンヒェル・ナタースヒリア・ヴェスタジアといい、王子様然としているどころか、本物のこの国の皇太子だった。


「いつも根を詰めておられますもの。良かったらご一緒に、季節を感じに参りませんこと?」


白皙の肌に、切れ長で涼しげな目元。瞳の色は薄い灰色で、表情が無ければ一見すると冷たく捉えられかねない美貌であったが、優しげな微笑を絶やすことはなく。見ている者に眩しささえ感じさせる。

光を透かしてみると紺色に見える黒髪が、彼のゆったりした動きにあわせてサラサラ揺れた。

その様を潤んだ瞳に映し、頬を上気させて好意を解りやすく示す令嬢の様子を、教室中が息を潜めて静かに見守っている。

次に皇太子が口にするだろう返しも、つれないものであるだろうと予測できるからだ。


「薔薇ならばうちの庭でも咲いている。季節の移ろいは早いな」

「でしたら」

「ナリシフィア、おはよう」


不自然に台詞は遮られる。

2人のやり取りに一切関心を寄せず、自分の席を目指して優雅に歩みをすすめていただけだというのにナリシフィアは声を掛けられた。

皇家とメイダース家の微妙な関係は貴族達も察している。それはその子息子女にも事情は伝わっており、日頃なら有り得ない事態に、教室内にいた他の生徒達が一瞬だけ驚愕にざわついた。

突然のことに驚いている内心を隠して、ナリシフィアは微笑み淑女の礼で応じる。


「ごきげんよう、殿下」

「進捗状況はどうだ?」

「生憎取りかかり始めたばかりでして。まだ情報を集めているところなのです」

「そうか、意外だな。そなたは賢い故、すぐに発覚するものだと思っていたのだが」

「もったいないお言葉、ありがとうございます」


皇家からメイダース家の人間に授業以外で必要以上に声を掛ける光景など、誰も目にしたことはない。ましてや世間話を和やかに繰り広げることなど、誰が想像出来ただろうか。

表面上は穏やかな微笑を湛えあう2人は、さも何の確執もなく良好な関係に見えることだろう。

しかしサヴェンヒェルの席近くに立ち止まり、おっとり返答をしながらナリシフィアは高速で考えを巡らしている。

この時期に、昨日の今日で迎えたこの朝に、敢えてナリシフィアに声を掛けてくる理由は何か。

進捗状況の確認などする必要はない。昨日の放課後賭けを持ち掛けられたというのに、今朝の段階で進展などあろうはずもないのだ。

では何故わざわざ、今までの対応を突然崩す必要があったのか。

教室中の視線が突き刺さる居心地悪さと、サヴェンヒェルを挟んで向かい側から向けられる刺し貫かんばかりの眼光を受け止め、ナリシフィアは察した。

これは妨害行為なのだと。

ナリシフィアに下手に注目を集め、動きづらくさせる。そしてサヴェンヒェルの最大の防波堤であるアマリリスの嫉妬心を、自分に向けさせる為の画策だ。

現に彼女は、サヴェンヒェルとの会話を中断させた元凶であるナリシフィアを、悔しさを込めてきつく睨み付けてくる。

ナリシフィアは表情筋を最大限押し留め、ひきつらせないように顔を保った。


「まぁ、ゆっくり探すといい。どのような判断を下すのか、楽しみにしている」


フッと、唐突に極上の笑みを浮かべて、サヴェンヒェルがナリシフィアを流し見た。

最後の一言には何故か艶が含まれ、耳に直接入り込んで下腹部を蹂躙してくるような、暴力的な何かを感じた。

一瞬、自身が周囲と隔絶された錯覚を起こし、視界の中でサヴェンヒェルの姿以外の全てが(かす)みかけたナリシフィアだったが、寸でのところで持ち直した。

様子を窺っていた子女達から、悲鳴に似た感嘆の溜め息が漏れたからだ。

日頃の皇太子の微笑ではなく輝かんばかりの神々しい笑顔に、彼女達は心臓を鷲掴みにされたようである。

自分が向けられたわけでもないのに感動に涙ぐむ者や、顔を真っ赤にして息を荒くする者、気を失いかける者が続出した。

教室の惨状に極力反応しないよう、努めて冷静に素っ気なく、ナリシフィアは「承知いたしました」と返して礼をとり、席についた。

アマリリスからの物凄く激情を孕んだ視線が絡み付いてくるが、全く気づかない素振りをする。


「おはよう、シフィー。珍しいね、皇太子様と話すなんて」

「おはようございます、シア。これには色々と、訳がありまして」

「貴族って大変なんだね」


周囲の惨事が目に入らないのか、のほほんと挨拶をしてくる友人に、ナリシフィアは自然と安堵して肩から力が抜けた。

そうして初めて、自分の体が強張っていたことを自覚した。

サヴェンヒェルと対峙すると、どうにも得体の知れない感覚や畏怖を覚えて落ち着かなくなる。気持ちを静める為に、体に自然と力が入ってしまうのだろう。

第2学年から知り合い、学年が上がっても変わらず隣の席に座ってくれている少女に微笑みかけ、1限目の教科書を準備する。

互いに愛称で呼びあう程仲の良いこの少女は平民で、名をアナリシアという。

明るい茶髪に生命力の溢れる瑠璃色の瞳、表情はいつもくるくると良く変わり、性格は明るい。可愛らしい顔立ちと、守りたくなるような小柄な体で、時々突拍子のないことを言いはするが、思い遣り深い優しさがあり、ナリシフィアは彼女をとても好ましく思っていた。

夜組に在籍していることからも彼女の優秀さは解ろうというものだが、本人は自覚がないようで「あー、チートだったらなぁ」とよくわからない言葉を度々口にしていた。

チートとは、場違いなほど能力が高い、圧倒的な優秀さのことらしい、とナリシフィアはこの友人から教えられていた。

ナリシフィアには耳慣れない言葉を使う彼女は、自分のことを“てんせいしゃ”と言っていた。

てんせいというのは、別の人生を生きた後に、また他の人間として生まれることらしい。

別の世界の宗教の概念である、と説明された。

アナリシアには、別の世界で生きた記憶と、その知識があるらしい。

その為、ナリシフィアの知らない単語を使ったり、普通では考えられないようなことを思い付いたりするようなのだ。

ナリシフィアはこのような人間に今まで出会ったことがないし、もちろん記録を見る限りでは、そんな人物の記述など残っていない。

貴重な症例として届け出るべきなのだろうが、ナリシフィアにはそのような選択肢はない。

アナリシアはその奇抜な思考と思い立ったらすぐ実行に移す行動力のせいで、天才と変人の境界が曖昧な人物として周囲から認識されていた。

このままの評価を持続させておいた方が、アナリシアにとって自由で気楽な毎日を送ることができるはずであるし、なによりナリシフィアは、彼女の行動を阻害するようなことになる真似はしたくなかった。


「シフィー、とうとう最終学年だねぇ」

「そうですね」

「あー、このままイベントもスチルも見れないまま卒業しちゃうのかぁ。マリアちゃんともクラス被らなかったしなぁ」

「平和が一番ですよ、シア」


このような会話を彼女と成立させることができるのは、彼女の幼なじみとナリシフィアだけだろう。

アナリシアの発言の中から謎の言葉を拾う度、ナリシフィアは地道に意味を確認してきたのだ。

それによると、どうやらこの国のことをアナリシアは前の人生の中で見たことがあるとのことで、“おとめげーむ”という物語と学園名や登場する人物が一致しているらしいのだった。

それによれば、“ひろいん”のマリアという平民が様々な“攻略対象”を相手に恋愛を繰り広げ、最後は“はっぴーえんど”、幸せな終わりを迎えたりするらしい。「迎えたりする」という表現方法なのは、選択によっては良くない終わり方をすることもあるから、ということだった。

“ひろいん”のマリアという少女は、隣の組のマリアのことだと判断できる。いや、それしか該当者が居ない。

彼女がそのような重要な役割を担っていたとは露とも思わなかったが、アナリシアの話しを聞いた当初ナリシフィアは戦慄したものだった。

“ひろいん”は“攻略対象”に婚約者がいようがお構い無しに付き合い、複数の青少年と同時に恋愛をし、“悪役令嬢”から嫌がらせをされてもその付き合い方を見直そうとはしないのだという。更には本来なら平民程度には荷が重いような事件に首を突っ込み、“攻略対象”と解決に導くことで真実の愛を見つける、という展開となるらしいのだが。

物語上なら良いのかもしれないが、現実であればゾッとするものだとナリシフィアは感想を抱いた。

複数の青少年と付き合うなど目立つことをすれば、それは嫌がらせも受けるというもの。

それに本来任せるべき兵士や、責任ある貴族がいるにも関わらず、学生だけで事件に首を突っ込むなど、もっての他である。平民は守られるべき民なのだ。そのような危険に率先して身を投じるなど、正気の沙汰ではない。

話を聞いて思わず、マリアを殿下から遠ざけておいて良かった、などという安堵を覚えたが、アナリシアの話は他の世界の話であるので十割受け止めるのではなく、半分くらいに留めておこうと思い直したのだった。

少し冷静さを欠いてしまったことを反省した。

その理由は、攻略対象の1人にサヴェンヒェルも選ばれていると聞いたせいもある。

自分が将来仕えるべき皇太子が、1人の少女に多勢の青少年で侍るなど、そんな愚かであってほしくはなかった。




閲覧、評価、ブクマありがとうございます。

ありきたりな話ですが、書いている途中の文章が全消えした時のやるせなさは尋常ではありませんね。

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