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皇太子の側妃

何故皇太子に婚約者が居もしない段階で側妃の話題が持ち上がっているかというと、皇太子が誰と結婚するかによって、ナリシフィアが側妃として皇家に召し上げられるかどうかが決まるからだったら。

この国は自由恋愛が認められており、貴族でも平民でも、お互いが想いあっているなら身分に関わりなく結婚できた。

想い合う者同士なら、魔力を高めあうことができるからだ。

しかしそのせいで生じる弊害もあった。

平民、もしくは下位貴族の出自の皇后が立つこともある、ということだ。

実際、過去に何度か平民や下位貴族から皇家に嫁いだ者もいるのだが、その者達が円滑に皇家に馴染めたかというと、そうでもない。

まず、教養が足りず周りの話についていけないことや、皇家主宰の夜会や茶会をしっかり取り仕切るのが難しいこと、正しい立ち居振舞いが身に付いていない為に外交で他国から侮られたり、失笑されることもあった。

それだけならまだ言い訳のしようもあるが、本人達も努力が報われないと、途中で求められる水準の所作や教養を身につけるのを放棄したり、「こんなはずじゃなかった!」「なんで助けてくれないの!」と夫である皇帝との仲が険悪になったりすることもあったのだという。

一番酷い教訓として歴史書に残っているのは、今から300年程前のことだ。

とある平民上がりの皇后が、他国からの使者に対して「他所の国のお話を聞かせて!」「もっと面白い話はないの?」と、持ってきていた取り引きの話を無視した話題ばかりを持ちかけた。

臣下の制止も聞かずに、有益な話をすることなく、ただただ退屈凌ぎの話をねだったのだ。感覚としては、村に来た旅芸人と同じだったのだろう。

皇帝が不在だったため皇后に同席を求めていたのだが、それは失策であったと判断した臣下が、たまらず皇后を退室させたが、時既に遅く。

使者は「そちらのご意向はよく解りました」と笑顔で予定の日程を繰り上げて帰り、その後、その国との国交は断絶したという。

要は、仕事の話をさせないということは、うちと交易をする気はないのですね、と受け取られたのだ。

当時の皇帝から謝罪の書状や贈り物をしたが、(ことごと)く突き返されてしまい、その国の王からも遠回しな表現方法で「不快である」と書かれた文が送られてくれば、諦めるしかなく。現在に至るまで関係の修復は出来ていない。

また別の皇后の話であるが、およそ350年程前、あわや他国と戦争になりかけたこともあったという。

その国には皇国とは違う神の信仰があり、互いにどのような神を信仰しているかという点に関しては不可侵でいることで、両国は友好を保っていたという。

当時下位貴族から輿入れしてきた皇后は、知識が足りず、その王族の前で自国の神を最上であると褒め称えてしまったのだ。

臣下が事前に宗教に関する話は控えること、と言っていたのだが、皇国には神話という概念はあっても宗教という概念はなく、他国で言うところの宗教というものが何かよく解っていなかったのだ。

結果、相手国から宣戦布告され、なんとか謝罪を重ねて開戦は免れたものの関係は冷えきり、今なお冷戦状態である。

そんな状況に何度も見舞われれば、対策を講じなければならなくなるもので。

それまでは、皇帝と皇后の愛を揺るがぬものにするため、側妃を(めと)るという案は有り得ないものだったのだが。外交や政務に関わる部分だけを担ってもらう側妃の存在が必要なのではないか、と臣下達が押し切り法案を可決させた。

皇帝に限り側妃を設けることができる、というものだ。

しかしその法律は諸刃の剣だった。

下手な相手を側妃に据えれば、身の程を弁えずに、皇帝と皇后の仲にヒビを入れようとしかねない。

側妃は役職であるということを全面的に示さなければ、自らの欲に目が眩んだ貴族が皇家に取り入ろうと、こぞって娘を差し出しかねなかった。

そこで側妃を排出する家系を1つに絞ることで、混乱を避けることとした。側妃は役職なので、子を産ませることはない。血を取り入れるわけではないのだから、同じ貴族家から何代も入ってきても問題なかった。

側妃であるため、大々的に婚礼の儀を執り行うこともないため、同じ家から何人嫁ごうとも国民に知れ渡ることもない。

貴族達は暗黙の了解として受け入れているため、問題にはならない。

後はどの貴族に白羽の矢を立てるか、という話になった際、満場一致で名前が挙がったのがメイダース侯爵家だった。

家柄も申し分なく、建国の当初から皇家を支え続ける由緒ある血筋なのだ。

ましてやメイダース家なら巫女の家系。

巫女は生涯に渡って純潔を守るものである。

メイダース家の令嬢が側妃となっても、皇家に仇なすことはない。揺るぎない忠誠心があり、神に仕える者としての貞操観念がしっかりしている為、皇帝に懸想し寵愛を得ようとすることもない。

しかしメイダース家だって、あっさりその申し出を受け入れたわけではない。巫女を継ぐ者を皇家に嫁がせてしまえば、誰が巫女をするというのか。

周囲は言った。皇家は神の末裔であり、巫女が仕えるのは当然。側妃は嫁いだとしても純潔は守られるのだから、巫女のままである、と。

詭弁でしかない。だがメイダース家は一応の納得は見せた。なるほど巫女として仕えるのか、側妃という名で仕事は増えるが、巫女は続けられるのか、と。

そんな理由から、メイダース侯爵家は代々側妃を排出することとなり、その役目に尽力する為、宝具も返納したのである。

生まれてくる娘に一律、高い教養や立ち居振舞いといったものを身につけさせる為、側妃教養を施さねばならず、また、巫女としての教育もしっかり行う為だ。

以来、一族は一丸となり側妃教育を本家の娘に行い、ついでに皇家の皇子や皇女の恋を応援、手助けすることとなった。

早い内から皇后となる者の人となりを知り、将来良好な関係を築くためでもあるし、何より、皇家の人間にいち早く相手を見つけてもらい、周囲を落ち着けたかったからでもある。

しかし皇家はそのことから、メイダース侯爵家をよく思わないようになった。皇帝が渋々認めたとはいえ、側妃の法案は臣下達が押し付けたようなものである。

そしてそれは、皇帝の選んだ相手に難があるだろうと、ずっと先の未来まで危惧されているということなのだ。

面白いわけもない。

恋愛結婚が主流とはいえ、上位貴族に至っては政略結婚も横行しているので、貴族からしてみればその婚姻に何の問題もないように思える。しかし皇家は殆どが恋愛結婚だ。その為、政略の為でしかない側妃の存在に、抵抗感があるようであった。

また、皇后となった者も当然、側妃が居るとなると面白くない。自分の皇后としての資質が周りに疑われているのが、目に見える形でわかるのだ。おまけに、万が一皇帝の愛がそちらへ移ろわないとも限らないと、警戒心が湧いてしまう。

結果、メイダース家の並々ならぬ忠誠心に対して、皇家の方はメイダース家を遠ざけたがり、政治分野から姿が消える、という事態となっていた。

するとメイダース家の方では益々忠誠を示そうとし、皇家の安寧と愛を守る為皇子の様子を見守り、恋をするのに最適な環境を整えることを人知れず行った。まったくもって過剰な気遣いなのだが、それで成婚まで至った例もあるらしいので、その気遣いは今日まで続いている。そして皇家の意を汲んで、表立ってはあまり関わらないようにするという形の仕え方が確立されてしまった。

こうしてメイダース侯爵家は、とても面倒な立場となったのだ。

そのような事情があるため、ナナリディアには側妃の役目を果たせないと、一族の誰もが思っている。

側妃は求められる役割以外は行わず、自己主張せず、あまり目立たない者でなければならない。

ただでさえ皇家から嫌われ、警戒されているのだから、当然の配慮である。

ナナリディアはその条件の正反対の性質を持つ。どう考えても求められる役割をこなすどころか、心証を悪くするだろう。

因みに、現在の皇后陛下は公爵家出自であり、教養も所作も品位も申し分なかった為、側妃は必要なかった。

お陰で皇家に嫁がずに済んだ伯母は、無事巫女のみを継ぎ“ナフィリシア”となった。

ナリシフィアも、もしサヴェンヒェル皇太子殿下が血筋、家柄、教養のしっかりした相手に懸想し、婚約関係になったのなら、晴れて“ナフィリシア”を継ぐことが出来るのだ。

日頃の観察結果による見立てでは、サヴェンヒェルがそういった令嬢を意識している様子はないため、自分が側妃を回避することは難しいだろうとナリシフィアは予測しているのだが。


「ナナリディアは何故、それほどまでに殿下のことをお慕いしているのですか?」


直接会ったことはなく、せいぜい遠目からしか見たことのないだろう相手に、そんなに熱を上げる理由がナリシフィアにはさっぱり解らない。

まして、家の持つ役割を無視して、無理を通そうとする程の情熱を抱くなど、何が妹にそうさせるのか。

純粋な疑問でもって問いかけたのだが、ナナリディアは一瞬侮蔑したような目をした後、わざとらしく驚いて見せた。


「お姉さま、お気は確かですの?あれほど麗しく、多才で品があり、非の打ち所のないお方、惹かれない方がおかしいというものですわ。貴族院でもサヴェンヒェル様は噂の的ですのよ」


それはつまり詳しい人となりは一切解らず、表面的な印象のみで判断しているということらしい。


「殿下は、今は名前は明かせないそうですが、心に決めておられる方が居るとのことですよ」

「それはお姉さまが聞いてきたのでしょう?信用なりませんわ」

「私の言葉がですか?殿下の発言としてですか?」


ナリシフィアが嘘を吐いていると思うのか、皇太子が真実を口にしていないと思ったのか。

どちらにせよ、良い兆候ではない。

皇族の言葉を捏造したとなれば、内容如何によっては相応の罪に問われる。普通に考えれば、そういった偽りを述べることは自身の品位を貶め、無駄に危険性を抱え込む愚かな行為だ。実行する旨味がない。

また、皇太子の発言と解っていて、真意を汲もうとせずに意見を真っ向から否定するなど、臣下にあるまじきことである。ナリシフィアの伝える言葉は間違いなく皇太子のものなので、不敬以外の何物でもなかった。

ナナリディアは自らの発言の危うさと愚かさを、わかっていないのだろうか。


「お姉さまでは、サヴェンヒェル様の真実のお言葉を引き出せないでしょう?お姉さまには荷が重いと思いますの」


妹の主張に益々理解が及ばず困惑するナリシフィアの右隣から、深い溜め息が聞こえた。


「これだから、話のわからない者と食卓を囲みたくはないのです。食後の紅茶も不味くなろうというもの。先に休ませてもらいますよ」


冷笑を浮かべてカルディナントが席を立てば、「私も明日の授業に向けて備えたいので、失礼ながらお先に休ませていただきます」とナリニティアも部屋から出ていった。

勝利したとでも思ったのか、ナナリディアはニヤリと笑う口元を隠そうともせず、勝ち気にナリシフィアを見下してくる。

侯爵は頭が痛いとばかりに眉間を揉みほぐし始め、状況が飲み込めない侯爵夫人は首を傾げながら、みんな今日は疲れたのね、とほんわか呟いたのだった。


ブクマ、評価ありがとうございます。

やっと物語の冒頭部分が一区切りです。

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