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建国の巫女

皇太子になにがなんでも婚約者を据え、“休眠”前には婚姻をしてほしいと考えている貴族は少なくない。

その相手が自分の娘、もしくは自らの属する派閥の令嬢であれば尚良し、最悪平民でも良い。そう考えている者も後をたたない。

平民が皇太子妃になったとして、派閥には一切影響が出ない為だ。誰が後見になるかで多少の波風はあるかもしれないが、それはそれである。

ともかく皇太子に想い人が居るのか否か。まだなら自分達にとって都合の良い相手を推すことは可能か。今貴族間では、もっぱらそういったことに関心が集まっているのが現状である。

そしてナリシフィアの父であるメイダース侯爵は、その情報をいち早く入手できる立場に居る。

その為、登城すると何かと理由をつけて貴族達に呼び止められ、情報を聞き出そうとする彼らの餌食となるのだった。


「そろそろ伯母様をお訪ねしても大丈夫でしょうか?」

「はい、約束の刻限はもうすぐとなっております」

「では参りましょう」


はい、お嬢様、と丁寧なお辞儀と共に、侍女達が数人付き従う。

ナリシフィアは学園からの帰宅後、真っ先に伯母に訪問うかがいをしていた。制服からドレスに着替えている間に、「夕節拝後なら」と了承があったため、それまでの時間を自室で過ごしていたのた。

夕節拝とは、日が暮れ始めてから神に感謝の祈りを捧げ、完全に太陽が隠れるまで決められた拍子で舞い、神を讃える言葉を空へ向かって古語で(そらん)じるという、メイダース家本家のみに伝わる、トヴァヒコル神への崇拝を表す独自の神事だ。

同じように朝節拝もあり、日が昇る頃に始め、水平線からすっかり太陽が顔を出すまで続ける。1日2回、欠かすことなく毎日、ナリシフィアの伯母によって、それは神に捧げられていた。

神事に取り組む前には必ず冷水で(みそぎ)をし、神に相対するに相応しい衣装を身に纏う。

夕節拝後に訪うということは、伯母が普段着のドレスを身に纏い、身支度を整え終えるまでの時間を配慮する必要があった。

日がすっかり落ち薄暗くなった周囲を、侍女が照明の魔法具で足元を照らしながら離れまで先導する。

魔法具とは、魔力を込めることで何らかの効果を発揮出来るようにされた石を、その力を発揮しても石が壊れたり力を暴走させてしまわないよう、補助する術式の組込まれた素材で覆ったものだ。多くはその石に宝石が使われているため、一見して宝飾品のように美しい創りだった。魔力さえあれば平民でも使うことの出来る、国民に広く浸透している道具だ。

やがて屋敷の横手にこじんまりとした、2階建ての1軒家が見えてくる。

白い壁に紺の屋根という特徴は屋敷とそう変わりないが、離れの窓という窓に()まっているのは色とりどりの色硝子だ。

日のある内なら色硝子の色彩の鮮やかさ、光を反射してキラキラ輝く様を見ることができたが、今はほとんど確認できない。

その硝子は各々が違う模様を描いており、1枚1枚を順を追って見れば、建国神話の場面ごとを表した硝子絵であることが知れた。

嘗て皇帝陛下より下賜された宝具を保管していた、“聖域の館”である。

貴族は宝具を管理、維持するのも役割の1つだ。

皇帝は多種多様な宝具をトヴァヒコル神より賜っており、その宝具の多くは各貴族達に、皇帝への忠誠の象徴として1つ1つ下賜された。有事の際には皇帝陛下の命のもと、所持する貴族が宝具に魔力を込め、その力を発動させるのである。

そして宝具を賜った貴族の方は、それを適当に管理するにはいかない。保管するための専用の建物“聖域の館”を大なり小なり建て、しっかりとした台座に宝具を安置するのである。

“聖域の館”の取り決めは特にないが、窓という窓に建国神話に関する硝子絵を張ることが主流であり、如何に素晴らしい硝子絵が張られているかでその貴族の経済状況、権威が見えた。

故に、貴族達はこぞって素晴らしい模様を窓に嵌め込もうと競ったものである。

何故ならこの国には神殿の文化はなく、“聖域の館”こそがその役割を担っているからだ。

他国では国民が神殿に赴き神に祈りを捧げるというが、ナタースヒリア皇国においてはわざわざ神の偶像を奉った建物は1つも存在しない。信奉する神から賜った宝具こそが、そもそも神聖視すべきものであり、宝具自体に対して祈りを捧げることが、神を崇拝していることそのものなのだ。

なので国民は神に祈りや感謝を捧げたい時、その領地を治める貴族の屋敷に赴き、“聖域の館”の外観を眺めながら、領主により定められた場所から礼拝をする。

警備の観点から、屋敷の敷地内においそれと入れる訳にはいかないので、平民用に”聖域の館“が見やすく出入りが出来る、拓けた場所を確保しているのだ。もちろん、警備の兵は常駐している。

民は外観を見て祈りを捧げるのだから、一層美しければそれが更に人を呼び込み観光の目玉となることもあった。

貴族はその“聖域の館”の美しさだけでなく、万全の警備態勢においても自らの力を見せつけることが出来るのである。

メイダース家も例外ではなく、聖都にある“聖域の館”よりも領地のそれはもっと大きくきらびやか、且つ荘厳で緻密であった。

そもそも、わざわざ聖都の屋敷にまで“聖域の館”を持つ貴族は稀である。

領地を持たない法衣貴族であるならいざ知らず。メイダース家は古参の貴族なので領地も充分にあり、聖都へは用のある時に逗留するくらいで主として領地に籠っているのだ。

娘達は役割上、聖都に居ることの方が多いが、侯爵自体は政治にほとんど参画していないのだから領地経営に精を出している。

わざわざ宝具を安置するための“聖域の館”を、2ヶ所に造る理由としては、他の貴族とは“聖域の館”の用途が違うことにある。

メイダース家は現在宝具を所持していない。

嘗ては賜っていたのだが、別の役割で皇家に対しての忠誠を示す為に、皇帝に返納したのだ。一度下賜されたものを返納したと公言することは皇帝に対する不敬と捉えられかねない為、対外的には元々下賜されていないということにしている。

では“聖域の館”は現在空(から)なのかと言われれば、そうではない。

メイダース侯爵家の“聖域の館”には、この国唯一の巫女が居る。

建国神話にも登場する、建国に貢献した巫女の由緒正しい血筋の、その末裔。

当代ナフィリシア、“建国の巫女”の役割を継いだ者である。

ナリシフィアは侍女を率いて離れを(おとな)い、出迎えてくれた女性に対して淑女の礼をとった。


「お時間をいただき、ありがとうございます、伯母様。ご健勝のご様子でなによりです」

「良いのですよ、ナリシフィア。何か報告があるのでしょう。面倒事に、巻き込まれているようですね?」

「さすがお耳が早いのですね」

「ええ、籠っていてもこれくらいは存じていますよ」


女性はおっとりとした話し口調で、ナリシフィアに席に着くよう許可を出す。

艶やかな灰色の髪を結い上げ、白く透明感のある肌と歳を重ねても衰えない美貌が、実際の年齢よりも彼女を若く見せていた。

年齢としては50代に差し掛かろうというところ。ナリシフィアの父であるメイダース侯爵よりも歳嵩(としかさ)で、侯爵の姉にあたる人物だ。

白を基調とした淡色の質素な装いは、彼女の楚々とした美しさと調和が取れており、浮世離れした神聖さを醸し出していた。

全体的な色彩と印象はナリシフィアに近いものがあり、隣に並べば姉妹と間違えられる可能性もあった。

ナリシフィアを育て上げたのはこの伯母であるのだから、(まと)う雰囲気も似てこようというものだ。

ナリシフィアが生まれながらに公の者としてある理由、その一端である。

メイダース侯爵家は“建国の巫女”の末裔である。

その為、この家の長女に生まれるということは、国唯一の巫女として“ナフィリシア”の名を継ぐことを意味している。

ナフィリシアは嘗ては“建国の巫女”の名前でしかなかったが、メイダース侯爵家においては役職名として代々受け継がれている。

それというのも、皇国歴483年に『ナフィリシアという名を女児に付けることを、今後一切禁じる』という法律が打ち立てられたことが原因だ。

本来ならメイダース家の長女には代々ナフィリシアと付けられていたのだ。トヴァヒコル神に声を届ける役割の巫女としてあれるように。

女児が本家に生まれなければ、分家から養子を貰ってでも続けていた伝統である。

最も、巫女の存在は殆どの国民が知らない。皇族と一部の貴族だけが把握しているのだ。

法律が定められた当時、皇国では子供に偉人の名を付け、我が子の将来の成功と、国へ貢献し神に遣えることが出来るように、等の願いを託すという風潮が流行っていた。

その一番人気となった名こそが、建国神話に名を残すナフィリシアだ。

神や皇帝の名は畏れ多く付けられないが、巫女ならば、ということだろう。

同名の者が多発しややこしくなった為、法律で禁止せざるをえなかったのだ。

法律を受けてナフィリシアの名は個人名として使えなくなった為、メイダース家は役職名としてそれを使うこととした。

国民に至っては(たくま)しいもので、ナフィリシアと名付けられないならば少しでもあやかろうと、雰囲気の似た名前を付けることが風潮となった。

平民は気軽にそれを続けているが、貴族の名付けの意味合いとしては少し違ってきていた。子供の名付けは、派閥の所属を表明する1つの様式でもあった。

ナフィリシアに近い名前を子に付けたがる貴族は、血筋の古い伝統と格式高い古参の者が多い。

ナリシフィアもまた、古い血筋というだけの理由ではないが、偉大な先祖の名に近い名前を授けられた1人である。

向かい合って席に着いた後、“ナフィリシア”に続いてナリシフィアも紅茶を一口飲み、本題を切り出した。


「実は本日、殿下に、意中の方がおられるのか確認をとりました」

「本来なら貴女の責務ではないというのに。まったくダンにも困ったものですね」


広げた扇子で口元を隠し、“ナフィリシア”は琥珀色の両目を細める。

メイダース家の者に共通するその瞳の色は、“建国の巫女”からそのまま受け継いでいるものだと言われている。

因みにダンとは、ナリシフィアの父であるダンヴィリード・メイダース侯爵の愛称である。


「いくら他の貴族から口出しをされているとはいえ、受け流しておけばよいものを。自分で調べるどころか娘に押し付けるとは、見下げ果てたもの。侯爵位を次代に引き渡す日も近そうですね」


鈴を転がすような美しい声音で、うっそりと囁くのは物騒で辛辣な言葉の羅列だ。

“ナフィリシア”は可愛い姪に降りかかった面倒事を快く思っていないようだった。

この程度の他貴族からの干渉も上手くいなせないようなら、侯爵など辞めてしまえと言っているのだ。

ナリシフィアはその発言には触れることなく、困ったような微笑を湛えて、音をたてることなくカップをソーサーの上に戻した。


「殿下に想い人がおられることはお認めいただけたのですが、それがどなたなのかまでは、まだ解らないのです。夏の夜会までに当ててみよ、と申し付けられてしまいました」


学校でのあらましを説明すると、“ナフィリシア”は扇子を持ち手とは反対の掌に軽く打ち付けて畳み、ナリシフィアを見つめてくる。


「そうですか。では、それまでには、はっきりするのですね」


ナリシフィアはゆっくりと頷き、肯定を示した。


「はい、おそらく。私がメイダース家にて巫女として神にお仕えするのか、神の末裔たる皇家に側妃としてお仕えするのか。どちらになるのかが、明確にされることでしょう」


ブクマ、評価ありがとうございます。

まだまだ世界観説明が続きます。

なかなかカテゴリー恋愛に叶う展開に行けず、申し訳ないことです。

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