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昼食の誘い

「ナリシフィア今から昼食だろう?生徒会室で摂ると良い」


第4限が終わるとすぐ皇太子から有無を言わせない笑顔で声を掛けられ、本来なら有り難く拝命するべきその申し出に顔をひきつらせないようにしながら、ナリシフィアは丁寧な態度で断った。


「大変有り難いお誘いではありますが、私は生徒会役員ではございませんので。そのお話をお受けするわけにはいかないのです」


休み時間を使ってサベヴェンヒェルの意中の相手探しをしようとしていたのだが、どうやら彼はまともに調査をさせてくれる気はないようだと判断できた。

サベヴェンヒェルの行うことごとくが調査に対する妨害のように感じられ、まだ初日にも関わらず一向に進まない調査状況に、ナリシフィアは微かな先行きの不安を覚える。


「そうか、それは残念だ。昨日そなたの為に時間を設けたことで、少し書類仕事が滞っているのだが。心あるそなたのことだから、自ら察して手伝いを申し出てくれるかとも思っていたのだが。見込み違いだったようだな」


普通ならあり得ない要求に目を剥いて、ナリシフィアは困惑を(あらわ)にする。

生徒会室は誰でも入り浸れるような、気軽な場所ではない。

それは一般生徒の目に触れさせる必要のない書類や、素行に問題のある生徒の調査書のような個人情報を取り扱った物、各種行事や活動にまつわる予算決定前の案等、情報漏れがあっては困るものを取り扱っているからであり。用もなく立ち入ることや、まして、役員でもないのに書類仕事に携わることは、基本的には推奨されていない。

ごく稀に、繁忙期に優秀な生徒を助っ人として生徒会室に出入りさせることのできる特例はあるが、今が繁忙期かと言われるとそうでもない。

生徒会室にナリシフィアを連れ込む理由としては、弱いものがある。


「あぁ、気にすることはない。本日の実技実習の件でもやることが増えて猫の手も借りたいほどだが。なに、生徒会役員でもないそなたを巻き込むようなことではないな。悪かった、忘れてくれていい」


日頃のサヴェンヒェルらしからぬ物言いに引っかかりを覚えるも、確かに実技演習の件はナリシフィアも気にかかっていた。

しかし、あれだけのことが起きれば学園側の調査機関も動き出すだろうし、生徒会だって対処するはずなのだ。

一般生徒であるナリシフィアが首を突っ込んでいい案件ではない。

それくらい皇太子自身も解っているはずだというのに、敢えてその話題を振ってくるということは、何かあるのかもしれない。

次第に表情を難しいものに変えながら、ナリシフィアは思案する。


「まぁ、メイダース家の一員ともあろう者が、皇家からの要請を断ることなどありはしないだろうが、今回はわたし個人からの頼みだからね。わたしに力を貸したくなるような魅力と信頼がない、ということなのだろう」


残念だ、と言葉とは裏腹に微笑みを絶やすことなく呟いて離れていこうとするサヴェンヒェルに、ぎょっとする。そんな言い方をされては、彼個人に対して何か含む所があるようではないか。まさかその結論に持っていく為に、ムリな話をしてきたのだろうか。なんという回りくどさか。

いよいよ観念して、ナリシフィアはその疑いを払拭しなければならなくなってしまった。


「殿下、お待ちください」

「どうかしたのか、ナリシフィア」

「私程度の力で殿下のお役に立てるか自信はありませんが、もしよろしければ、ご指示を頂けないでしょうか」

「それはわたしの力になりたいと、そういうことかな?」


はい、と返答するも、サヴェンヒェルはしかしなぁと困ったように肩を竦める。

あれだけネチネチと遠回しに協力を求めておいて、拒否させる気はないくせに、遠慮するようなフリをしてみせるとは。

何の意図があるのかは知らないが、ナリシフィアが自発的に協力を申し出た形にしたいのだろう。


「是非、私の力をお役立てください、殿下」

「悪いね。でもそこまで言ってくれるなら、感謝するよ」


とても綺麗な人好きのする笑顔で応じて、サヴェンヒェルは満足そうに頷いた。


「では行こうか」


振り返ることなく先に教室を出ていくサヴェンヒェル。

ナリシフィアは持参した弁当を取り出すと、隣席から友人のアナリシアが心配げに声を掛けてきた。


「シフィー、大丈夫?」

「ええ、心配いりませんよ」

「なんか皇太子様、いつもとちょっと違う感じがするね」

「そう、ですね。確かに、何故でしょう」


お互いに首を傾げあい、サヴェンヒェルの去った出入り口へ目を向ける。


「シアもそう感じたのですね?」

「うん、あんなに話してる皇太子様も珍しいしね」


確かに、と頷きナリシフィアも同意する。

サヴェンヒェルに何らかの思惑があるのは確かなのだが、如何に何年も皇太子を見守ってきたナリシフィアでも、彼のそういった面をうかがい知ることは出来ない。

誰もが共通して認識している皇太子像は、いつも微笑みを絶やさず泰然としていて、誰に対しても平等で肩入れや差別もすることのない、上に立つ者として極めて理想的な姿である。

それが先ほどのサヴェンヒェルは、まるでナリシフィアが彼に対して悪感情を抱いているかのように周囲に誤解させかねない、いやらしい言い回しをしてきたのだ。

メイダース家の長女であるナリシフィアに積極的に声を掛けてくるのも、今までにはないことなのだ。

今日だけで、今までのサヴェンヒェルの印象を壊しかねない出来事がどれほどあったことか。

疑問は一旦置いておき、ナリシフィアはサヴェンヒェルの後を追いかける。ゆったりした歩みで生徒会室を目指しながら、自身の予測が及ばない事態に頭を悩ませ、生徒会室で待ち受けているだろう皇太子への警戒を強めるのだった。





「ではひとまず昼食にしようか。そなたはそこの長椅子にでも掛けるといい」

「おそれいります」


サヴェンヒェルは先にテーブルに着き、紅茶を飲んでいた。

ナリシフィアが来たのにあわせ、侍従に命じて自分も食事に切り替える。

まさか皇太子と向かいあい、同じテーブルで食事を摂ることになるとは思っていなかったナリシフィアは、指し示された椅子に腰を降ろしながら意識して微笑みを絶やさないようにした。

皇族と一緒に食事をするなどということは大変名誉なことであるが、特に親しくしているわけでもない間柄であり、至近距離で常に所作を見られるともなると緊張を強いられる。

自らの貴族としての振る舞いに自信がないわけではないが、まかり間違って粗相をしてしまうことになってはいけない。

弁当を広げ、音をたてずに皿とカトラリーを取り出しながら、ナリシフィアは自らの手で食事の準備を整えた。


「そなた、何故侍女も共に来ているというのに、給仕をさせないのだ?」

「カーミラには他にやるべきことがございますので」

「自分で弁当箱から皿に移して食べているのか?」

「お恥ずかしい話なのですが、この箱のままでは上手く切り分けられないのです。それに、箱に傷がつくと家の者に捨てられてしまいますので」

「そういうことを言っているわけではないが。給仕をさせれば済む話だというのに、難儀なことだ。まさかとは思うが、その皿も自ら洗い持ち帰っているのではあるまいな?」

「よくお分かりになりましたね」


やはり普通の高位貴族の令嬢とは違う行いが目につくのか、早々にサヴェンヒェルから指摘を受けた。

恥じ入るように返答しながら、日頃連れ歩かない自分の侍女の存在を把握しているとは、さすが皇太子は気にしていないようでいてよく見ているものなのだなと感心した。

それに、予想に反して会話が普通に成立している。

あの圧迫感に似た空気や、静謐を思わせる声も、表出を抑えているかのようで。ナリシフィアのした警戒は空回りをしたと言っても良いほどだった。


「メイダース家というのは、(まこと)律儀なものだね。そうまでして校内の問題事を無くし、調停してまで、均衡を保ちたいというのかい?」

「それが我が一族の役目ですので」

「皇族が在学しているからといって、そのように毎度気を回す必要はないのだよ。もっと自らを(いたわ)ってほしいものだね」

「そうは言われましても、これが我が一族にとっては当たり前のことでございますので」


そしてやはり、メイダース家の者が何を思い、表立たずに何のために動いているのかも理解しているのだ。

皇太子が想いを通わせることができる相手を(うれ)いなく得られるよう、メイダース家の者は周辺環境をととのえる。

校内に問題があっては、自身の色恋事など後回しにせざるを得ないのが皇族というものだ。己を滅して国民に尽くし、平穏と安寧を築く為に身を粉にする。

彼がそういった働きにばかり尽力しないで済むように、(あらかじ)め問題になりそうな事態を予測して芽を摘み、何か問題が発覚すれば大事になる前にいち早く対処する。

生徒会案件となるような大きな事態ではなく、生徒間の些細な問題の内に解決させることで、メイダース家は校内の秩序を人知れず守っていた。

その為に侍女には自身の世話をさせるのが目的ではなく、校内の情報集め専門として着いてきてもらっているのだ。


「そうか。まぁ、いい。今日はその皿はうちの侍従に洗わせる故、そなたは何もする必要はない」

「そのように気を遣っていただくわけには」

「よい。実はそなたには聞きたいこともあってね、時間も惜しいのだ」

「聞きたいこと、でございますか?」


やっと本題らしきものに話題が到達したようで、ナリシフィアは改めて姿勢を正した。


「あぁ、なに、難しいことではないよ。本日の実技でのことだ。そなた、何故ラフローが何かをしでかすと解った?」

「何故、とおっしゃられましても。あれだけ禍々しい気配がすれば、解るというものですが」


サヴェンヒェルがしてきた質問の意味が解らず、思わず眉尻を下げながら返答する。

あのような異常な気配は、誰もが当然気付くものではないのだろうか。

そう思うのだが、サヴェンヒェルはわずかに眉根を寄せて難しい顔をつくる。


「禍々しい気配?それはどういうことかな?」

「殿下は、いつも魔力を使う時に何か気配を感じられませんか?」

「いや、魔力の高まりは感じるが、気配といものはあまり解らないな。ナリシフィアはどういったものを、いつも感じているのかな?」

「いつもは……そうですね、早朝の空気のように澄んだ気配を感じております」

「ラフローは違ったというのかい?」

「はい。ラフロー様からは清廉な気配も感じはしましたが、それにも勝る禍々しい気配が、主に握られた手の中から感じ取れました」


両目を細めて話を聞いていたサヴェンヒェルは、ふむ、と頷き、目の前に手の平に収まる程度の大きさの塊を置いた。


「では、これを見てどう思う?」

「これは!」


それは真っ赤な、濁ったような色合いの石だった。

つるりとした表面で見た目は綺麗だ。

しかしそれは、実技の際に感じた禍々しさは感じ取れなかったが、見ているだけで胸騒ぎを覚える、酷く気分を逆撫でし不快感をもたらす、あまり長くは直視したくない代物だった。


「これは、とても嫌な物です。どこでこのようなものを!」

「ラフローが握っていた。他国ではこれを、魔石と呼ぶようだね」

「魔石……我が国への持ち込みは、制限されているはずですが。何故このようなところに」

「不明だ。肝心のラフローがまだ意識を取り戻さないものでね。奴の周辺を洗っているところだよ」


息苦しさを覚え、無意識に胸に手をあてる。

ブライアン・ラフローが握っていたというのなら、あの禍々しい気配に何か関係のあるもの、いや、十中八九あの気配を放つ魔力の源だろう。

魔石とは、他国には存在している魔力が貯蔵できる石のことだ。ナタースヒリア皇国においては他国の魔法が使えないこともあり、例えば研究目的のような何らかの明確な理由のない限り、持ち込みを禁じられている物なのだ。

持ち込むなら事前の申請をして皇帝から許可を得た後、しかるべき場所、方法で保管し、持ち込んだ者はその魔石の数の報告と、使用した場合はその理由を魔法省に述べなければならない。

それは国家での実験として扱う必要があるもの、として見られているということで、不用意に使用すれば何が起こるのか危険度も不明なものなのだ。

学園の授業中に使うなど、もっての他だ。


「禍々しい気配の正体というのは、これで間違いなさそうか?」

「はい、殿下。おそらくですが、我が国の魔力とは根本的に違うものが、この中には秘められているようなのです。恐ろしい気配が致します」


やはりか。と思案げに口元に手をやり、サヴェンヒェルは魔石をにらみ据えると、ナリシフィアの様子に気づいたように気遣う目を向けてくれ、侍従に石を下げさせた。

閲覧、ブクマ、評価、ありがとうございます。

気付けば1ヶ月近く開いてしまいました。最低でも月1更新はしていきたいです。(希望)

展開を進める為に、大分描写説明を削りました(当社比3割減くらい)。雰囲気が伝わり辛いでしょうが、話の流れはちゃんと読者様に伝わっていればいいなぁ、と願っています……。解りづらかったら申し訳ありません。

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