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いつの間にか“いべんと”が発生していたらしい

教師が見守る中、何人かが幻を見せる宝具の発動を成功さていく。

平民でもできたのだからと勇気を貰った者や、アナリシアとスキロの仲の良さを見せつけられそれどころではなくなった者、それぞれ思う所はあるだろうが成功すると気持ちが軽くなるようで、授業開始時より和やかな雰囲気となっている。

自然と列も乱れ、好きな場所から他の生徒の宝具の発動を眺める生徒が増えていく。

アナリシアに触発されたのか、花束や庭園の景色を再現する者の割合が多かったが、魔力の扱いが雑だったのか、想像力が足りなかったのか、花が色彩の鮮やかさに欠けたり、景色が滲みはっきりしているとは言い難いものもあった。

しかし幻を発動させることが出来る、というのが第一目標の授業なので全く問題はない。

宝具は魔法具に比べ魔力制御が難しいので、初回で発動させられるだけで十分に素晴らしい成果と言えた。


「かわいい鳥!生きてるみたいだね」

「飛び方が秀逸ですね」


自分が素晴らしく瑞々しい花々の幻を再現させたということを鼻にもかけず、アナリシアは他の生徒の作る幻を楽しげに眺める。

スキロは他人の作る幻に興味がないのか殆ど反応を見せず、専ら彼女の発言に返答をするのはナリシフィアだった。

あまり長い時間は宝具を発動させないので、順調に半数程の生徒が宝具を手にした後。

1人の少年に宝具が回った際に、なんともいえない空気が漂ったのをナリシフィアは感じ取った。


「では、ブライアン・ラフロー伯爵令息、どうぞ」


教師に促され、少年が宝具に魔力を込める。

しかしナリシフィアは胸騒ぎを覚える。

空気を伝ってくるのが先程までの清浄なものとは違い、どこか禍々しいドロドロしたものに感じた。


「ラフロー様、何をしようとされているのです!」


たまらず、ナリシフィアは早足で最前列まで歩を進める。

突然鋭い声を上げた級友に驚いたのか、一斉に生徒達は談笑をやめ、声の主であるナリシフィアに注目が集まる。

アナリシアは唐突な友人の行動についていけないのか、その場で困惑気味にナリシフィアの愛称を呼び掛けてくるだけだったが、ナリシフィアは構っていられなかった。

声を掛けられたブライアン・ラフローはギョッとしたような顔をしたが、魔力を込めるのをやめようとはしない。

左手はただ宝具の台座を持ったままだったが、玉に添えている右手が何かを握りこんでいる。生徒達の誰よりも前に出たことでそれを目にして、ナリシフィアは直感した。

その手から、嫌な気配がするのだ。


「何を持ち込んだのですか?それをお離しくださいっ」


叫ぶでもなく凛とした声で呼び掛ければ、彼女の傍らに立つ人影があった。


「ブライアン・ラフロー。巫女の末裔たるメイダース家の令嬢ナリシフィアが、そなたの持つものは良くないと申している。即刻宝具の発動を中止せよ」


予測不能な事態に混乱し身動き出来ずにいた教師より先に、反応を示したのは皇太子であるサヴェンヒェルだった。

微笑みに王者の風格を伴って威厳溢れる声で命じれば、動揺したのかブライアン・ラフローの注ぐ魔力量が一気に膨れ上がった。


「お下がりください、殿下!」


咄嗟にサヴェンヒェルの前に体を躍らせ自らの身を盾にしようとしたナリシフィアだったが、その腕を力強く後ろから引かれて体勢を崩してしまう。


「きゃっ」


転倒の予感から、高位貴族の令嬢としてはあるまじき悲鳴が口から飛び出した。地面との衝突に備えて思わず目を(つぶ)ったナリシフィアだったが、勢いの割にはポスッと衝撃の少ない柔らかな感触に背中があたるだけであった。次いで、腹に身体を抑えてくるように回されたものがあり、それが腕だとわかる。

誰かに優しく、身体を受け止めらたのだ。

理解するより先に、膨れ上がった魔力を叩き込まれた宝具が硬質な音をたてて弾けた。

目を開けているのが難しいほどの閃光の中、誰よりも最前で正面から対峙していたナリシフィアだが、欠片となった宝具のつぶてが飛来し肌を傷付けてくることはなく。


「結界の、魔法具」


閃光が止んで目を開けてから、現状の理解が追い付いた。

どうやらナリシフィアはサヴェンヒェルに引き寄せられ、その腕の中で守られたことで、彼の魔法具の展開する結界によって怪我を免れたらしかった。

目の前に広がる半透明の薄い幕が消えていくのを視認しながら、ナリシフィアは思い出す。

尊い御身の皇族だけが、授業中でも魔法具の持ち込みを許可されている。

魔法具なので発動しても規模が小さく、国を守っている程の強固な結界は張れないが、それでも少人数を守るには充分なものだった。

不測の事態に動転し皇太子を守るべく行動したものの、ナリシフィアはサヴェンヒェルが魔法具を所持していたことをすっかり失念していたのである。


「ナリシフィア、そなたの皇家への忠誠心は解るが、女の身でわたしの盾になろうなどとするな。肝が冷えるだろう」

「申し訳ありません、殿下。魔法具のことを失念しておりました。差し出がましい真似をしてしまい、挙げ句、お手を煩わせることにもなり、謝罪の言葉もごさいません」

「よい、そなたが無事なら」


殊勝な態度でひたすら謝るナリシフィアに、サヴェンヒェルは思いの外優しい声音で受け答えをする。

まだ彼の腕はナリシフィアを離さずガッチリと腕が固定されたままだったが、将来の臣下が自分を庇おうとしたために怪我をしていないか、サヴェンヒェルが心配をしている為だと判断した。

自分が無事であることをどう伝えれば分かりやすく、納得を引き出せるのか。一時思案したナリシフィアだったが、左の肩口に重みを感じて思考が中断された。


「まったく、そなたは本当に男心がわからぬ奴だ。どうしてくれよう」


ナリシフィアにしか聞こえない程度の囁きだった。

それが何故だか色香を含んで、背筋をゾワリと震わせる妖しくも艶やかな低い声音で、耳に直接流し込まれたのだ。

あの静謐(せいひつ)だ。

他の音の一切が遮断されて、まるで夢心地のように手足の感覚が遠くなり、身体の自由がきかなくなる。

サヴェンヒェルの声のせいで、ナリシフィアはそれ以外が意識の外に全て追いやられ、自分が何をすべきかという先を見据える思考さえも手放しそうになってしまう。

カクンと、膝から力が抜け落ちそうになり、慌てて意識を持ち直し無意識に止めていた呼吸を再開した。

酸欠になりかけていたとでもいうのか、頭がクラクラした。


「大丈夫か、ナリシフィア」

「はい、殿下。私は無事ですので、どうかお離しください」


ざわめきが戻ってきた世界で、ナリシフィアは目の前の光景に冷静さを取り戻した。

心臓が五月蝿いくらい脈打っていたが、命の危機を感じとったための正常な反応だと思い込む。


「ラフロー様っ。医務室へお連れ致しませんと」


少しよろめきそうになる足腰を叱咤し、宝具の破片により血塗れとなった少年の元に駆け寄る。

動き出した世界で、他の級友達も何事かとブライアン・ラフローを取り囲み始め、辺りは騒然となる。


「一体何が起きたんです!こんなこと、今までありませんでしたよ」


冷静さを欠いているわけではないだろうが男性教師が悔しげに吐き捨てれば、酷く静かで落ち着いた声でサヴェンヒェルが応じる。


「わたしはこの現象に心当たりがある。宝具に認められていない魔力を無理に込めようとすれば、宝具は破損されるものだ」


いつも穏やかな微笑みで飾るその秀麗な顔を、酷薄な微笑で彩り、時期皇帝たる皇太子は誰もが頭を垂れ膝を屈したくなるような絶対的な気配を湛えて断言した。


「ブライアン・ラフローは異物を持ち込んだ。如何な思惑あってのことか、捕らえて尋問する。実技は中止せよ」


教師はその宣言に首肯し、授業の中止を決定する。

他の教師を呼ぶために男子生徒が1人、学舎へ戻され。何人かの男子生徒で手分けして、意識を失い倒れ込んだブライアン・ラフローのぐったりした体を運び始める。

子女達は遠巻きにその様を眺めて、痛ましげに顔を見合せ、口元を扇子で隠しヒソヒソと囁きあった。


「シフィー、大丈夫?」

「ええ、シアも何ともないですか?」

「うん、あたし達は後ろの方にいたから。シフィーも無事で良かった!」


心配して駆け寄ってくる友人に安心させるように微笑み返せば、彼女は少し興奮気味に、しかし声は抑えて訴えた。


「まさかイベントが発生するとは思わなかったよ!この目で(なま)スチルが見れるなんて!!」

「そうなのですか?まぁ、いつの間に」


アナリシアから、“いべんと”は乙女の憧れの“むねきゅんしゅちゅえーしょん”が詰まったものだと聞いていたナリシフィアは、“むねきゅんしゅちゅえーしょん”に該当しそうなことが授業中にあったかを思いだそうとし、瞬時に思い浮かんだのはスキロとアナリシアが寄り添う森の花畑の幻影のことだった。

なるほど、確かにあれはとても美しく、想いあう2人の姿が高名な画家の描いた最高の絵画のようで、調和されながらも幻想的でいて、つい微笑ましくずっと見つめていたくなるような瞬間だった。

スキロも“おとめげーむ”の“攻略対象”の1人であるとのことだったので、アナリシアは当事者として“いべんと”を体験できたのだろう。


「良かったですね、シア」

「うん!ありがとね、シフィー」


機嫌良さそうな友人に釣られて、ナリシフィアは異常事態による警戒と疑問を一旦思考の端に追いやり、可愛らしい友の素直な喜びに同調し目を細めた。

閲覧、ブクマ、評価、ありがとうございます。

やっと殿下のターンでした。

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