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30話

 俺は覚悟を決めて、女帝以上に単刀直入に切り出すことにした。

「承知いたしました。ではパルネアの処遇について、ロイツェンの要望をお伝えします」

 俺は大きくふっかける。

「パルネアは聖灯教の国家です。パルネア全土は友邦であるロイツェンが保護したいと考えております」



 もちろんそれをグライフ側が了承するはずもない。ディオーネが発言する前に、カルニーツァとかいう提督が口を開く。

「そいつぁ呑めねえ話だ。そうでしょう、陛下?」

 女帝は無言だったが、肯定の意なのは明白だった。

 先走った発言のように見えるが、カルニーツァ提督はちゃんと計算している。



 女帝はまだ何も言っていないので、何の責任も負わなくていい。でも俺の提案を拒否できた。いい連携だ。

 俺はカルニーツァ提督に向き直る。彼に向かって話しかける体裁で、女帝と交渉を開始した。

「いけませんか、カルニーツァ殿?」

「そりゃそうだろ。パルネアを分捕ったのは俺たちだ。あんたらに分け前はやらねえ」



 単純明快だが、切れ味のいい回答だ。言質を取らせないようにとか、そんな発想が微塵もないのがいいな。役人っぽい回りくどさがないおかげで、こっちもやりやすい。

 彼の言い分はもっともだったので、俺は素直にうなずく。

「確かにその通りです。しかしその理屈で言えば、貴国は分捕ったパルネアから兵を退いたのですから、今は誰が分捕っても構わんでしょう」

「てめぇ……」



 ニヤリと笑うカルニーツァ提督。「兵を退かせたのはお前らだろ」なんて無駄なことは言わない辺り、よくわかってる。

 俺はさらにこう言う。

「何よりもロイツェンはパルネアの王族を保護しております。パルネア王室は未だ健在であり、パルネアの臣民も王室を支持しています。どちらがパルネアを統治すべきか、明らかではありませんか?」



「おいビュゼフ将軍、こいつはとんだ悪党だな」

 カルニーツァ提督に話しかけられたビュゼフ将軍は、露骨に迷惑そうな顔をする。

「使者に対する非礼はやめたまえ。彼が悪党なのは認める。パルネアではさんざん苦渋を飲まされた」

 あんたもかよ。当たり前のように四面楚歌だ。



 俺が困りきっていると、ディオーネがクスクス笑い始めた。

「確かに今の状況で、我が帝国がパルネアを統治できるとは思えません。兵も撤退しておりますから。ですが」

 スッと真顔になる女帝。

「退いた兵はまた送れば良いだけのこと。パルネア人が抵抗しようが関係ありません。我が国が奪うと決めたものは何であれ、我が国が奪い取ります」



 特に凄んでいる訳でもなく、口調も穏やかなものだったが、異様な迫力があった。これが帝王という存在か。

 俺は圧倒されつつも、かろうじて踏みとどまる。



「お待ち下さい、陛下。貴国が本当に欲しいものは『パルネア王国』ですか? もしかして『凍らない港』ではありませんか?」

 その言葉に女帝ディオーネは一瞬沈黙する。

 それからこう言った。

「確かにその通りです」

 よし、「針」に食いついた。俺は慎重に「糸」をつかむ。



「であれば、陛下は既に欲しいものを既に手中に収めておられます。『凍らない港』は、パルネア征服以前に手に入れておられますね?」

 パルネアとグライフの紛争の発端は、両国の間にある港だ。それぞれの港が小さな国家であり、これらは既にグライフ帝国が占領している。グライフに近く寒い場所ではあるが、海流の影響で真冬でも凍ることはない。



「港の帰属について抗議してきたパルネアは武力で黙らせました。しかしパルネアをグライフ領にするには困難が多すぎます。今回の遠征でおわかり頂けたはずです」

 周囲が沈黙で満たされる中、俺は訴えかける。

「戦争は勝つことよりも、うまく終わらせる方が遙かに難しいものです。今なら終わらせられます。不本意な撤兵なのはわかりますが、必要になったらまた戦争を始めればいいのです」



 気まずい沈黙の後、ディオーネが口を開いた。

「あなたの言葉に真理が含まれていることは認めましょう。ですが、ロイツェンにとって一方的に有利な話ですね」

「私はロイツェンの外交官ですので。外交官は『愛国心あふれる詐欺師』なのだと、どこかで聞いたことがあります」

 元の世界で聞いた記憶があるが、誰の言葉だったか。



 するとディオーネは微笑む。

「我が南征軍はほぼ無傷で帰国していますから、弾薬の補給と休養さえ終われば再度侵攻できます。ロイツェンに防げますか?」

「厳しいでしょうね」

「であれば、決定権は我々にあるということですよ」

「仰る通りです」

 俺はうなずくしかないが、もちろんこれぐらいで引き下がる俺ではない。



「ではパルネア人が抵抗をやめるまで戦い続けますか? 荒れ果てた土地にグライフ人を入植させ、新たなグライフ領にするまでやる覚悟はおありでしょうな?」

 何十年かかるかわからないし、ロイツェンも全力で妨害するだろう。

 女帝は淡々とうなずく。

「必要であればやりましょう」

 こりゃ手強いぞ。しょうがない、最後の譲歩だ。



「もう少し良い方法があります。ロイツェン国内にいるパルネア王族と停戦の協定を交わすのです。パルネアという国家の存続を認める代わりに、いくつかの条件を引き出せるでしょう」

「具体的には?」

 ああもうしょうがねえ。大サービスだ。用意しておいた手土産をぶちまけることにする。



「パルネア国内の主要な港をいくつか、グライフ海軍に開放するようパルネア王室に働きかけてみます。寄港地として水などの補給を受けられます」

 凍らない港が欲しいのなら、使わせてやろう。海軍は女帝と仲良しらしいから、海軍へのプレゼントだ。これで海軍は納得するだろう。



「それとパルネア国内でのジャーム教の布教許可も。領主や領民をジャーム教に改宗させ、パルネアを少しずつ切り取ることができます」

 こっちはジャーム教へのプレゼントだ。

 もっともパルネアではグライフ人への憎悪が極限まで高まっているので、そうそう簡単に布教はできないはずだ。



 最後にもうひとつ、女帝へのプレゼントだ。

「無益な紛争を防ぐ為に、ロイツェンの港に大使館を御用意します。ロイツェン沿岸部はとても温暖で穏やかな気候ですので、保養にもなりましょう」



 ディオーネには遺伝病を患う弟がいる。俺の読みでは彼女は弟を帝位の重圧から解放する為に、帝位を奪い取ったはずだ。

 弟は幽閉されているそうだが、亡くなったという話は聞いていない。

 よかったらロイツェンで保養させない?

 皇帝の弟を預かっておけばロイツェンも安心だ。思い切った賭けだが、どうだろう。



 ドキドキしながら彼女の反応をうかがっているが、特に表情は変わっていない。ダメだったか?

 と思ったら、ディオーネはすんなりうなずいた。

「良い条件です。それなら散った兵たちにも申し訳が立つでしょう。パルネアへの働きかけをお願いできますか?」

「はい、ただちに」

 どうやらまとまったようなので、急いで話を進めよう。



「ではグライフ側からの要求をパルネア王室にお伝えしますので、文書にして頂けますか? 後ほど、こちらの者をよこします」

「わかりました」

 ディオーネが目配せすると、グライフの外交官たちが起立する。彼らは俺に恭しく頭を下げると、退出していった。



 最後にディオーネは俺をじっと見つめて、にっこり笑う。

「とても有意義な歓迎会になりました。ではまた後ほど」

「はい」

 俺はかろうじてそう答えると、心の中で大きく溜息をついたのだった。

 怖かった……。




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