28話
こうして俺は自分のやったことにケリをつける為、グライフ帝国へと向かうことになった。
ビュゼフ将軍の一行に付き添う形で、俺の使節団が同行する。
俺の方は護衛隊長のハンナと近衛銃兵三十人。それに大公家直属の法務官と医師、聖灯教の高位神官、民間人の通訳などが一緒だ。全部で四十人ぐらいいる。
これに加えて、俺たちが乗るロイツェン海軍の高速戦艦「銀翼号」の士官や水兵が百人ぐらい。
俺が何かやらかしたら、この人たちも巻き添えをくらってしまう。交渉は慎重にしよう。
しかしこの大所帯のトップが俺っていうのも、何だか妙な気分だな。
乗船するなり、わざわざ艦長が俺に敬礼してくる。
「閣下、個室を御用意しておりますのでこちらに」
「ありがとう」
重役気分だ。こういうのも悪くない。
大公からは「何かあったときは裏で手を回して救出するので、拘束されても早計な判断は慎むように」とのありがたいお言葉を頂戴している。
あの人、聖灯教圏内ならどこにでも知り合いがいるらしい。若いときに留学やら旅行やらでうろつきまくった成果だそうだ。姫にもそういうのをさせてあげたいな。
そんなことを考えながら、陸地に沿って滑るように進む軍艦に身を任せる。
この「銀翼号」はロイツェンが外交用に持っている特別仕様の軍艦で、艦隊戦のときは旗艦として使われることもあるという。他国の王族を乗せても大丈夫なように内装もしっかりしており、なかなかに立派だ。
しばらく仕事を忘れて帆船クルーズを楽しみたいが、俺はビュゼフ将軍のところに行っていろいろ質問する。
彼はいつも甲板で体を鍛えているので、それが終わるのを待ってから甲板で話を聞く。
「ディオーネ陛下に失礼があってはいけないので、もう少し詳しく教えて頂けませんか?」
「私が知っていることは少ない。以前にお話した程度です」
女帝ディオーネは実弟である先帝を幽閉し、帝位を強引に奪い取った人物だ。なぜそんなことをしたのか諸説あり、ロイツェンではよくわかっていない。
だがビュゼフ将軍は古株だから、いろいろ知っているはずだ。
仕方ないので、俺はちょっと意地悪な物言いをする。
「帝位継承に関しては、『そうせざるを得ない事情があった』と思っていいのでしょうか」
「お答えしかねますな」
うちの大公の調べでは、ディオーネの即位後から海軍が急速に強化されている。一方、陸軍の方にはさほど進展は見られない。
普通に考えれば、ディオーネと海軍には密接な関係があるはずだ。
そして陸軍は海軍と仲が悪い。ディオーネとも微妙な距離感ではないか。俺はそう考えた。
だがビュゼフ将軍は核心に触れる情報は決して渡さない。ちょっと攻め方を変えてみよう。
「実はロイツェンでも、少し前に大公位をめぐる謀反がありました。公女殿下の勇気と英断で事なきを得ましたが、私も殺されるところでしたよ」
あくまでも雑談を装って、俺は笑ってみせる。
「そのせいで、過剰に玉座を欲しがる方々とは仲良くできそうにもありません。しかしディオーネ陛下は名君として名高い。そのような方ではないと信じたいのです。少しでいいので教えて頂けませんか?」
ビュゼフ将軍は黙ったままだ。くそっ、やっぱり無理か。
そう思っていたら、彼は不意に口を開いた。
「その話はやめておいて、軍馬の血統の話でもしましょう」
なんで急に? でもこれはきっと、核心に触れる情報だぞ。俺は無言でうなずく。
「優秀な軍馬というのは、力強さや早さだけで決まるものではありません。従順さや忍耐強さ、馬本来は備えていないはずの猛々しさ……そういった様々な資質が必要です。血統が物を言います」
お年寄りの話は前置きが長いが、俺はじっと次の言葉を待つ。
ビュゼフ将軍は少し息を整え、それから続けた。
「血統が重要なので馬同士の交配には気を遣います。良い血統同士を掛け合わせるのが基本ですが、同じ血統を掛け合わせ続けると極端に体の弱い馬が生まれることがあります」
なるほど、そういうことか。
ビュゼフ将軍が俺を見つめて黙ったので、俺は適当に相槌を打つ。
「血統が持つ負の因子が顕現してしまったのですね。通常は潜伏して現れることはないのですが、同じ因子を持つ者同士で子を成すと顕現することがあります」
「専門家しか知らぬ血統の秘密なのに、よく御存知ですな」
「学問を教えることしか能のない男ですから」
俺は笑ってごまかす。
グライフ帝国の帝室は本来、男系男子しか帝位を継承できない。しかしこの方法だと、血統が途絶えやすい。
血統を絶やさないように無理な婚姻関係を結び続けた結果、血友病などの遺伝病が顕現してしまったのだろう。俺の元の世界でも、ヨーロッパで実際にあった話だ。
女帝ディオーネの弟は何かの遺伝病を患っていて、政務が困難だった可能性が高い。在位期間はわずか半年足らずだ。
しかし他に皇帝になれる男系男子はいなかった。彼女の兄や従兄たちは全員が病で早世していたからだ。後はディオーネと妹たちしかいないが、女子は帝位継承権を持たない。
やむを得ず、最年長のディオーネが帝位を奪うという形にして強引に帝位を継いだ。そんなところか。
ビュゼフ将軍は目を閉じる。
「ディオーネ陛下はお優しいお方です。陛下は私を信頼しておられないようですが、私の忠誠は常にディオーネ陛下ただ一人に捧げております」
「よくわかりました。いろいろお尋ねして申し訳ありません」
俺は一礼して引き下がる。かなり重要な情報だ。
だがこれを無事に本国に持ち帰れるだろうか。心配なので、途中の寄港地で大公宛てに手紙を出しておこう。
待てよ。
ディオーネ自身も遺伝病の因子をかなり強く持っているはずだ。彼女自身は発病していないかもしれないが、近縁の者とは結婚しない方がいいだろう。
しかし彼女は女帝。帝室以外から婿を連れてくると、跡継ぎは全員女系になってしまう。それを防ごうと思ったら、男系の皇子と結婚する必要がある。
しかし帝室にいる男系の若者はディオーネの弟一人だけだ。
これは彼女にとって、かなり頭の痛い問題なんじゃないだろうか。
俺はビュゼフ将軍から離れ、近くで待機していたハンナに声をかけた。
「偉い人は大変だ」
「なんですか?」
「いや、結婚相手を選ぶのも思うようにならないからな」
「そうですね。私は貴族といっても騎士階級ですので、その辺りは御配慮無用ですよ」
君なんかグイグイ来るようになってない?
「うちに嫁に来ても一族は俺しかいないし、後はがさつな使用人たちとちっこい家令ぐらいだぞ?」
家令になったコレット元気かな。しっかり仕事してくれていると思うので、帰国したら何かごほうびに買ってやろう。船縁にもたれて潮風で髪を洗いながら、そんなことを考える。
しばらくするとハンナが何か言っているのが聞こえたので、俺は顔をそっちに向けた。
「どうした?」
「クロツハルト殿、聞いてましたか?」
「すまん、聞いてなかった」
「もう……」
ハンナのことは信頼してるし尊敬もしてるけど、結婚ってなんだか怖いからまだしたくない。
ちょっと卑怯だけど、そういうのは全部片づいてからにしようよ。




