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26話

 ロイツェン大公家の宮殿に、グライフ帝国陸軍の制服を着た老将がゆっくりと歩いてくる。

 背後には彼の参謀や従軍神官などが付き従い、一行の左右はロイツェンの近衛兵たちが固めている。

 謁見の間に到着した彼らを出迎えたのは、軍服姿の少女だ。



 ビュゼフ将軍が膝をつき、恭しく礼をする。グライフ人の王族に対する作法だ。彼の幕僚たちもそれに倣う。

「お初にお目にかかります。グライフ帝国陸軍将軍、エルニッヒ・シュツェット・ビュゼフ伯爵であります」

 内心ではたぶん「こんな小娘が次期大公か……」と思っているはずだが、見事な挨拶だ。



 さあ姫、次はあなたの番ですよ。俺は隣にいる姫を見つめる。

 マリシェ姫は落ち着いた態度で、グライフ語で言葉を発した。

「マリシェ・ルドリア・フォーンハウト・ロイツェンよ。見知り置きなさい」

 発音も抑揚も声の大きさも早さも完璧だ。練習の成果が出ているな。

 姫はそのまま、グライフ語で語りかける。



「ビュゼフ将軍。パルネアでの軍務、お疲れさまでした」

 姫には悪気なんて全くないんだろうけど、今ビュゼフ将軍が物凄く嫌そうな顔をしたぞ。遠回しに「お前のパルネアでの戦いはこれで終わりだ」って言ってるのと同じだからな。

 だがさすがにビュゼフ将軍も幕僚たちも、そんなことで騒ぎ立てたりはしない。



 俺がハラハラしながら見守っていると、姫は続けてこう言う。

「帰国途中のグライフ軍が、無事に帰還できるよう祈っております。我が国は帰還の邪魔立てはいたしません」

 少なくとも表向きには敵意がないことを示す。

「ただ、ロイツェンはパルネアの混乱を望みません。宗派は異なりますが、同じ聖灯教の国です」

 そして自国の立場を明確にする。

 悪くない運び方だ。十五歳でこれなら満点といってもいい。



 それからどう話を繋いでいくのかと、俺は固唾を呑んで見守る。だいたいの流れは教えたが、細かい部分は姫の自由にさせるつもりだ。それで何とかなる相手を連れてきた。

 姫には本当に困ったときの為にいくつかの常套句を覚えさせているが、今のところ姫はそれを使っていない。

 さあ、次はどうする?



 ビュゼフ将軍はまだ発言を許されていないので、姫のターンが続く。

 ここまで姫は十分に王者の威厳を演出していたが、しょせんは十五の小娘だ。百戦錬磨の老将は、姫の威厳がハリボテではないかと疑っているだろう。

 すると姫は不意ににっこり笑った。

「堅苦しい辞儀は、これぐらいにしておきましょうか。ビュゼフ将軍、お会いできて嬉しいわ」



 いつもの明るい雰囲気になった姫は、壇上から降りてビュゼフ将軍に歩み寄る。異例の展開だ。ロイツェン側もグライフ側も、はっきりと動揺している。動揺してないのは俺だけだ。

 お手並み拝見といこうか、姫。

 姫は急に変な質問を将軍にぶつけてきた。



「ビュゼフ将軍。あなたはロイツェンでも名を知られている名将よ。軍務において、あなたが最も気をつけていることは何かしら?」

 老将は驚きつつも、冷静に受け答えする。

「最悪の結末を回避することです、殿下。絶対に避けねばならない状況を回避すれば、少なくとも『最悪の結末』にはなりません」

「手堅いのね。具体的にどうするの?」



「まず具体的な目標を設定し、それを達成する計画を立てます。次に過去の経験から、その計画に起こり得る困難を想定します。計画に修正を加え、場合によっては計画そのものを破棄します」

「経験と想像力が物を言う作業ね」

 ふむふむとうなずいている姫。姫は理解力が高いので、いきなり聞いた話でも要旨をまとめられる。



 そのことにビュゼフ将軍は気づいたようだ。どうせただのポンコツプリンセスだと思っていたんだろうが、その子はただのポンコツプリンセスじゃないぞ。

 凄いポンコツプリンセスだ。……すみません姫、間違えました。

 姫は俺の内心には気づいていない様子で、こう問いかける。



「それで最悪の結末は避けられる?」

「いえ、計画の実行段階においても決断力が必要です。変更や計画中断を恐れる余り、最悪の結末を迎えてはなりません。最悪の結末さえ避けられるのなら、敗北を受け入れる覚悟も必要です」

「勇敢なのね。さすがは名将だわ」

 本気で感心している様子で、姫はメモを取り出した。おいおい、ここでメモを取る気か。



 何か熱心にメモしてから、姫はにっこり笑った。

「そして将軍は今回も『最悪の結末』を避ける為に、私の招きに応じて下さったということね」

 ビュゼフ将軍の言葉と今の状況を、無理なく繋げてみせた。この土壇場での度胸と頭の回転は、やっぱり普通の十五歳ではない。

 うーん、恐ろしい生徒だ。



 ビュゼフ将軍はかなり驚いていたが、将としての威厳を失うことはなかった。恭しく頭を下げる。

「仰せの通りにございます、殿下」

「ロイツェンにも優秀な将軍は多いけれど、他国にもあなたのような名将がいることを私は嘆くべきね。ディオーネ陛下が羨ましいわ」

 姫はビュゼフ将軍を称えつつも、ロイツェン軍の将軍への配慮を忘れていない。さらにグライフの皇帝を羨んでみせることで、忠義者のビュゼフ将軍の誇りを満たした。



 俺が十五歳のときにこんな会話は絶対無理だったので、これはやはりとんでもない逸材だと思う。教え子の成長っぷりに興奮してきた。

 姫はよっこいしょと壇上に戻ると優雅に振り返り、ビュゼフ将軍にこう言った。

「貴国との間に争いが起こらないよう、公女として最大限の努力をします。この件が落ち着いたら、ぜひまたロイツェンにいらして下さい。国賓として遇しましょう」

 最後はきちんと公女らしくキメて、謁見は無事に終了した。



   *   *   *



 控え室に戻った姫は、へなへなとソファに崩れ落ちる。

「き、きき……緊張したぁ~……」

 間抜けすぎる声に、思わず俺は吹き出してしまった。笑いながら俺は姫を褒める。

「いえ、お見事でしたよ。感心しました」

「えっ、そう?」

 ガバッと身を起こしてくる姫。元気じゃないか。



「どこがどう見事だったか、教えて先生」

「あ、はい。お教えしたことをきちんと踏まえつつ、借り物ではない自分の言葉で語っておられたのが好印象でした。特に質問の使い方が巧みでしたよ」

「それ、先生が教えてくれたのよね?」

 姫はクッションを抱いて、ごろごろくつろいでいる。



 そう、質問というのは情報を聞き出す手段だけではない。お互いの心理的な距離を縮めることにも使える。「私はあなたに興味があるんですよ」とか「あなたの話が聞きたい」というアピールになるからだ。

「上手な質問は相手に好感を抱かせます。あと無理にカッコつけなかったのは正解でした」

「ボロが出るものね」

 ちょっとがっかりしてる姫に、俺は笑いかける。



「取り繕った態度は相手に伝わります。ビュゼフ将軍にしてみれば姫は孫ぐらいの年ですから、あまり背伸びしない方が好印象でしょうね」

 ぶっちゃけた感じで質問をどんどんぶつけていったのは、十代の若者らしくて俺はいいと思う。ビュゼフ将軍も温厚な人なので、好ましく思ってくれたんじゃないだろうか。



「正直、姫がここまで立派に謁見をなさるとは思ってませんでした。姫の人格や聡明さを見誤っていたことをお詫びします」

「いっ!? い、いいのよ、そんなの! やっ、ちょっと照れる……」

 クッションにぐりぐり顔を埋めている、軍服のお姫様。オンとオフのギャップが凄い。



「ともあれ、お疲れ様でした。後のことは私にお任せ下さい」

 姫がクッションから顔を上げる。

「後のこと?」

「はい、姫の仕事はここまでです。本当に危ないことは大人がやります」

 俺は大公からの命令書を懐に収めると、姫に微笑んでみせた。

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