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21話

「姫、あの兵士たちを御覧下さい」

 俺が指さした先を姫が見つめる。広い練兵場で、新兵たちが行進の練習をしていた。百人ほどいる。

 姫が感心したようにうなずく。

「威風堂々の行進ね。栄光あるロイツェン軍にふさわしいわ」

 否定はしない。あの新兵たちは集団行動をほぼマスターしたところだ。



 だが俺が教えたいことは別にある。

「姫がもし同規模の兵力を潜ませているグライフ軍の指揮官だとしたら、ロイツェン兵に対して攻撃を敢行しますか?」

「そうね……。あれが新兵だとはわからないし、それに武装して隊列も組んでるから即応されそうね……」

 しっかり考えている姫。昔だったら「とりあえず突撃させるわ!」と即答していたはずだ。



 やがて姫は俺にしっかりと答える。

「もう少し待つわね」

 時計をチラリと確認してから、俺は重ねて問う。

「それはなぜですか?」

「もうすぐお昼ごはんの時間だもの。このまま気づかれないのなら、休憩中を攻撃した方が楽でしょ?」

「お見事です、姫。どうせなら楽にやっつけましょう」



 俺はうなずき、こう返す。

「だからロイツェン軍では、炊事の焚き火に背を向けるような形で隊列を組みます。食事は交代で摂り、常に警戒態勢を敷いていますね」

「うん、さすがね」

 警戒中とはいっても兵力も戦闘力も低下するし、空腹の兵も食後の兵も戦うのは苦手だ。襲撃チャンスであることに変わりはない。



「軍隊に限った話ではありませんが、最大の力で戦える状況というのは限られています。従って名将は部下が最大の力を発揮できるように工夫し、逆に相手が最大の力を発揮できないよう、策を巡らせます」

「ふむふむ」

 我が親愛なるミリオタ姫は、軍事関連になるとグイグイ食いついてくるから楽だ。



「姫は今、パルネア国内にいるグライフ帝国軍が最大の力で戦えないよう、着実に弱体化を進めておられます」

「えっ? あ、うん」

 ちょっと待て、今の間は何?……まあいいか。

「パルネア人の抵抗勢力を指揮して、グライフ軍の弾薬補給路を遮断。一方で備蓄されている弾薬を消耗させ、慢性的な弾薬不足に追い込んでいます」



 姫はちょっと首を傾げてから、上目遣いに俺を見る。

「……それやってるの、先生じゃない?」

「歴史的には姫の仕業になります」

「仕業って……」

「別に『武勲』でもいいですよ」

 同じことだ。



「私は軍人ではないので理論的なことはわかりませんが、相手に全力を発揮させないことが重要であるのは間違いありません。そしてその駆け引きは、戦闘が始まる前に九割がた決着がついています」

「ほえー……」

 姫はバカみたいに呟いてから、ふとこう言った。



「私、名将っていうのは少ない兵でも大軍を撃破できるような人だと思ってたわ。千の兵で万の敵を打ち破るような」

「いやまあ、それは間違いなく名将でしょうけど。かなり危ない賭けが必要ですし、勝ったとしても損害が大きいですよね?」

 どうせなら楽に勝ちたいよね。



「姫の仕事は一万の敵に対して同数、あるいはそれ以上の兵力を用意することです。できれば十万ぐらい」

「ロイツェン軍全部かき集めても、そんなにいないわよ……」

「そうです。だから相手の戦力を削りましょう。一万人いても実質的に千人分ぐらいの戦力しかなければ、楽に勝てます」



 こういう話はちょくちょくやっているのだが、姫の思考に深く根ざすまでは時間がかかる。一度ちょっと聞きかじっただけの知識では、実践レベルには程遠いからだ。

 いろんな局面で指摘して、少しずつ覚えてもらうしかないだろう。反復は学習の基本だ。



 そんなやりとりの後、姫は俺に質問した。

「で、今回の視察とそれが、どう関係してるのか知りたいんだけど」

「それもそうですね。今回のは姫の作戦の仕上げですよ」

「私の作戦じゃない……」

 拗ねてる姫。



 今、俺と姫はパルネアとの国境地帯に来ている。山脈の向こうはパルネア領だ。

「ロイツェン陸軍の協力を得て、ここで新兵の大規模な訓練をしています。強化合宿みたいなものですね」

「それを私が視察して、みんなを励ましてるところよね」

 公女殿下がこんな僻地まで来てくれた上に、演習を見学して苦労をねぎらってくれているのだ。

 新兵もそうだが、特に上層部の将校たちが感激しているという。



「でもこれの何が『仕上げ』なの?」

「ロイツェン側から見れば、単に山奥で演習をしているだけです。しかしグライフ側から見れば、これはどんな光景でしょうね?」

「えー?」

 首をひねる姫を、俺は励ます。



「姫は文学に親しんでおいでですから、登場人物それぞれの心情をうまく読みとれるでしょう? 女帝ディオーネになった気分で眺めてください」

「なるほど」

 姫は深くうなずいてから、唐突にグライフ訛りのロイツェン語で叫び始めた。



「オー! なんということデショー! 我が愛すべき帝国のすぐ隣で、こんな大軍が集まっているトハー! ショックデース!」

「……姫?」

 急にどうしちゃったんですか?

 すると姫は完全に「女帝ディオーネ(※イメージ)」のノリで、俺にまくしたてた。



「全くけしからんデース! この大軍は我が領土を攻撃する意図をもって集められたに違いアリマセーン! そうでなければ、あの勇ましくて美しいマリシェ公女が陣頭指揮を執るナドありえないことデース!」

「えーと……はい、もう結構です」

 俺は姫のこういう性格が大好きなんだけど、周りにいる陸軍の将兵が変な顔してるのでやめてください。

 とりあえず褒めとこう。



「お見事です、姫。隣人が刃物を持ってうろついていたら、恐ろしく感じるのが人の常です」

「なるほどネ! よくわかりマシター!」

「やめなさいってば」

 外国人の真似をするのが、だんだん楽しくなってきちゃったらしい。本当に子供だ。



 俺は咳払いをして周囲に「今のは授業の一環です」と断っておいてから、姫に向き直る。

「そう、まさにその通りなんですよ。グライフ帝国側からは侵攻準備にしか見えません。守備隊の増強という見方もできますが、そう見えないように行軍や野戦の演習を繰り返しています。侵攻用の物資も調達して、それっぽくしてますしね。公女殿下の視察も、御指摘の通りですよ」

 これも陸軍の協力あってのものだ。以前、陸軍のお偉いさんたちにしっかり御挨拶しておいたのが役立った。



 すると姫は突然、「ふーむ」と老人のような低い唸り声を出す。腕組みをして、もっともらしく眉をひそめていたりする。

「これはあれじゃのー、我がパルネア占領軍の後背を攻め、弾薬輸送路を断つ作戦に違いないのー。そうは思わんか、婆さんや」

「誰が婆さんですか。もしかしてそれ、ビュゼフ将軍のつもりですか?」

「えへへ、そう!」

 頭痛くなってきた。



 でも姫は偉いぞ。凄いぞ。

「見事に応用なさっていますね。女帝にとって一番心配なのは本国の領地を攻められることですが、遠征軍の司令官にとっては敵中に孤立することが最大の恐怖です」

「やったー! 大正解!」

「皇帝と将軍は立場的にかなり近いのですが、それでも物事の感じ方はずいぶん違うんですよ」



 立場や視点の違いを理解することは、社会規範や礼節の話だけではない。外交や軍事においても非常に重要だ。

 やったやったとはしゃいでいる姫に、俺は微笑みかける。

「本当に御立派になられました、姫。私はとても嬉しいです」

「あっ……う、うん。私も、嬉しいかなって……」

 急にしおらしくなり、うつむいてしまう姫。口元がにやけている。



 だが俺は、こう付け加えるのを忘れなかった。

「この策が本当にうまくいくかどうかは、まだわかりません。答え合わせはこれからですね」

「きっとうまくいくわ。でももし、うまくいかなかったら……」

 姫は「にへっ」と笑う。

「次の策を考えましょ、先生」

「はい、そうしましょう」

 姫の成長を改めて実感して、俺は恭しく頭を下げたのだった。

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