18話
パルネアの首都に拠点を置くグライフ帝国陸軍では、占領統治と残党討伐が頭痛の種になっていた。
「また反乱です、閣下」
「今度はどこだ」
ビュゼフ将軍は書類に次々に目を通しながら、副官の報告を聞く。
「ティゴール地方の旧ミセル男爵領で、少数の暴徒がティゴール第七集積所を襲撃しました。駐留部隊が応戦し二名を斬殺、暴徒は退却した模様です」
「よろしい。こちらの被害は」
わざわざトップに報告してくるということは、「普通の反乱」ではないはずだ。
案の定、副官は困り果てた声を出す。
「その直後、弾薬庫から出火しました。延焼が早く、消火活動が間に合わなかった為、駐留部隊長の判断で総員退避。弾薬庫は全焼したとのことです」
「第三、第八集積所から物資を補給しろ。もう開始しているな?」
こんな指示はビュゼフ将軍がする前に、現地の司令官がやっているはずだ。
すると副官はますます困り果てた声で報告する。
「それが……途中の橋が崩落しており、輸送に手間取っているとの報告です」
「どうも妙だな。では徒歩で渡河させたのかね?」
「はい。しかし川底にロープが張られていて、弾薬の一部を喪失。現在、残った弾薬を輸送中とのことです」
「いかんな」
集積していても「なぜか」目減りするのが物資だが、輸送するとますます目減りする。兵の横流し以外にも、輸送中の事故で失われるからだ。
しかしこの一連の流れが、ビュゼフ将軍には気に入らなかった。
「偶然かも知れんが、動きが組織的すぎる。ミセル男爵はどうしている?」
「降伏して軍の武装解除に応じた為、身柄を首都に移送しました。家族は使用人と共に屋敷に監禁しております。手紙ひとつ出しておりませんし、屋敷から出るものはゴミ一つに至るまで検査しているそうです」
ふーむと髭を撫でて、ビュゼフ将軍は唸る。
「現地の聖灯教神殿はどうだ?」
「集会を禁止しておりますし、神官たちも監禁しています。おかげで警備や捜査の手が足りません」
「ますます妙だな……」
ビュゼフ将軍の経験では、貴族か神官のどちらかが首謀者だ。
(秘密の指揮系統が存在しているな)
そこまでは見抜いたビュゼフ将軍だったが、現地にいないこともあってそれ以上はわからなかった。
わからないが、対策は急務だ。
「本国との国境地帯でも、街道の橋や峠で崩落が頻発している。おかげで輸送が滞り、そこに山賊たちが襲撃をしかけてくる有様だ」
「地元民の組織的な抵抗でしょうか」
「おそらくな。だが輸送隊にこれ以上護衛はつけられん。それに今回の弾薬庫焼失にしても、報告が不自然だ」
ビュゼフ将軍は腕組みする。
「敵の作戦目標が集積所の弾薬であるのなら、わかりやすく『襲撃』する必要はあるまい。密かに放火してしまえばいい。完全に目的を達していることからも、敵が無能でないことはわかる。つじつまが合わん」
「では例によって、虚偽の報告でしょうか。知らないうちに放火されていたことを襲撃と偽った、とか?」
「処罰逃れの虚偽報告が横行するのは、我が軍の悪しき伝統だな。情報部に調べさせろ」
だが副官が首を横に振る。
「現地の憲兵隊が火災跡を捜査中とのことで、情報部は追い返されています。憲兵隊からの報告を待てと」
「職分が一部重なっているせいか、喧嘩ばかりしているな」
帝室の遠縁であるせいか、ビュゼフ将軍は情報部寄りだと思われている。憲兵隊が何かにつけて嫌がらせをしてくるので困っていた。
ビュゼフ将軍は溜息をつき、この件についての検討を終わらせた。
「気にはなるが、そこらじゅう反乱だらけだ。それに僻地の領主たちが頑強に抵抗を続けていて、我が軍の力はそちらに向けねばならん」
「ではこの件は、憲兵隊に任せますか?」
「彼らがそうしろと言っているのだから、そうさせてやろう。だが報告内容に不審な点があれば査問対象だと……」
そう言いかけて、ビュゼフ将軍は苦笑する。
「いや、厳罰主義では処罰逃れが横行するばかりだ。不審な点があれば再度報告を求める。憲兵隊の捜査力を見せてみろと伝えなさい」
「はっ」
副官も苦笑し、将軍に敬礼した。
* * *
「良いお手並みです、姫」
俺はパルネアからの密書を読み、満足げにうなずいてみせた。
「この調子でグライフ軍の弾薬をどんどん枯渇させましょう」
「わかったわ」
姫もうなずき返し、せっせと命令書をしたためる。
しかし十五歳の子供に、なんてことさせてるんだろうな。俺もひどいが、この世界もひどい。何とかならないものか。
そうは思うが、姫が頑張ってくれないとロイツェンにグライフ軍が侵攻してくる。防衛できる可能性が高いとはいえ、万が一ということもある。
グライフ軍の戦力をしっかり削っておこう。
「姫、こちらが国内の聖灯教パルネア派に宛てた手紙になります。特に何も確約はしなくていいので、とにかく応援メッセージをお願いします」
「任せといて」
文面の作成は我々役人の側でやってもいいのだが、俺は姫が自分の言葉で語ることに重きを置いている。多少拙い方が逆に人の心を打つことがあるし、これぐらい自分で考えられない大公では先が思いやられる。
「えーと……うーん……。『パルネア派のみなさん』、いや『青炎派のみなさん』がいいわね。そっちの方が喜ばれるし……。ええと……」
うんうん唸りながら、一語ずつ記していく姫。下書きなので何度も線を引いて消し、また言葉を連ねていく。
「『青い炎の』……違うわね、『青き炎の』……」
文学の授業の成果が発揮されているようだ。もともと姫の文学的素養は低くない。独特の世界を築いているので、たまに変な単語が飛び出すが。
作成された下書きは俺がチェックした後、大公家の宗教担当秘書官に回す。問題なければ姫が清書して、俺がロイツェンの聖灯教パルネア派のお偉いさんに渡しに行くことになる。
手紙一通書くのにも大変な手間だが、公女殿下の手紙ともなれば歴史に残る代物だ。後々でトラブルの種にならないよう、よく吟味する必要がある。
姫が下書きを終えた後、ちょっと休憩して疲れた笑顔を見せた。
「執務室で戦争してる気分ね、軍師殿」
俺は軍師ではないが、言いたいことはわかる。
「あながち間違っていませんよ。今回の戦争、姫の戦場はここですから」
最前線で指揮刀を振り上げるのが戦争とは限らない。優雅な内装の執務室で、椅子に座ったままする戦争もある。
俺は姫と一緒に紅茶を飲むことにして、ソファでくつろぐ。ついでに軽く授業もする。
「名将が戦場で活躍すれば確かに勇名は轟きますが、本当の名将は戦争になる前に相手を敗北させます」
「でも、それじゃ勇名は轟かないでしょ?」
「おっしゃる通りです。誰も褒めてはくれないでしょう」
俺は紅茶を一口飲み、ティーカップを置いた。
「ですが私も姫も、誰かに褒められる為に働いているのではありません。ロイツェン人を一人も死なせずに勝利できるのなら、公女として最高の勝利ではありませんか?」
「確かにそうだわ」
割とあっさり納得した姫。最近ますます聡明になってきた気がする。
俺はにっこり笑うと、姫を褒めた。
「お見事です。姫は今、すんなりと納得されましたが、これに納得できない者も大勢いるのです。あなたがそのような人間でなくて、本当に良かった」
すると姫は顔を赤くして、そっとうつむいた。
「ま……まあね……。うん。ふふ、えへへ。いひひ」
「笑い方は本当に良くないですね」
「もうちょっと褒めたままにしといてよ! 褒められる為にやってる訳じゃないけど、先生には褒められたいの!」
また怒られてしまった。この子めんどくさい。




