表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/73

14話

 ロイツェンの街道はやはり整備されていて、とても快適だ。

「大砲を牽引した馬車とかでも、これなら楽だろうな」

「ええ。ロイツェン軍の大砲の幅に合うよう、その都度拡張してるそうですから」

 俺の感想にハンナがうなずく。

 ということはやっぱり、グライフ軍の大砲も運びやすいんだろうな。



「それに広いな。俺の故郷の日本は山ばかりで、こんな広大な平野部は少なかった。戦列歩兵が突撃隊形のまま前進できそうだ」

「あー、そうですね。麦畑を踏み分けながらになりますから、ロイツェンの兵士にさせる訳にはいきませんけど」

 グライフ軍の兵士なら可能ということだな。



 俺とハンナは今、国境付近の小高い丘で小休止している。訳あって白い軍服はマントで隠し、護衛の近衛兵二人は先行して偵察中だ。

 俺の隣に腰掛けたハンナが、水筒を片手に山を指さす。

「あの山が国境で、山の麓にはパルネアの村があります」

「てことは、いつグライフ兵が出てきてもおかしくはないな」

「山のロイツェン側には国境警備師団が展開していますし、地元の山岳猟兵大隊も駐留しています」

 てことは、後で挨拶に行かないといけないな。めんどくさいなあ。



 しばらく待っていると、護衛の二人が戻ってきた。

「クロツハルト様、山向こうにはグライフ軍はいないようです。国境警備師団長、山岳猟兵大隊の兵士、それと地元の農民が証言してくれました」

「わかった。国境警備師団長と山岳猟兵大隊長には、これから挨拶に行く」

 今回、手みやげ代わりに公女殿下の私的な感謝状を持参している。特に公的な効果はないが、軍内部での出世には多少役立つだろう。



 俺は国境警備師団長に挨拶し、同席してくれた山岳猟兵大隊長にも挨拶した。公女殿下の名代として、彼らの忠誠と働きぶりに感謝の意を伝える。

 マリシェ公女の感謝状を手渡すと、案の定喜んでくれた。僻地での勤務は退屈な上、戦争にならないと手柄も立てられない。だが次期大公から書面で感謝されれば、出世の足がかりぐらいにはなる。



「公女殿下も大公殿下と同じく、我ら末端の軍人にまで気をかけて下さるのですな。まことに畏れ多くもかたじけないことでございます」

「公女殿下からの書状、家宝といたします。殿下にはよろしくお伝え下さい」

 偉い人だと手紙一枚でこの威力なんだな。姫が気配りできる人になってくれて良かったが、そうでなかったらいろいろと面倒なトラブルが起きていたに違いない。



 国境警備師団長は俺に何度も頭を下げた。

「もちろん、クロツハルト邦爵とお会いできたのも大きな喜びです。『鉤爪のクロツハルト』といえば、ロイツェンで知らぬ者はおりませんからな」

 鉤爪……。俺は先日賜ったばかりの自分の紋章をチラリと見る。これか。俺は苦笑するしかない。



「過分な評価に恐縮してしまいます」

「いえいえ、公女殿下が師と仰ぐ傑物と評判ですぞ。どうか今後とも、よしなに」

 ここの国境警備師団長は伯爵で、建前上は邦爵の俺より下位になる。

 ただ俺は先日爵位をもらったばかりの新米貴族なので、実際の貴族社会では下っ端もいいところだ。何百年続いた家柄かで偉さが決まるから、一年未満の俺なんか雑魚中の雑魚だ。



 たぶん国境警備師団長は、俺が公女殿下のお気に入りだと思っているんだろう。軍内部での出世、もっと言えば中央への復帰を願っているに違いない。

 俺はそう判断し、彼に甘い餌をちらつかせる。

「今回の動乱は、ロイツェンにとっても国家の一大事です。ロイツェンの命運は師団長閣下たちが支えておられると言っても過言ではありません。公女殿下もそれは重々御承知です」



「おお……。畏れ多くも何たる名誉、我が身が引き締まる思いです」

 大仰な仕草で二人が敬礼してくれたので、俺は文官らしく一礼する。

 戦争が絶えないこの世界では、軍の指揮官たちは戦争での手柄を望む傾向がある。そうなると「戦うか、戦わないか」という微妙な状況で判断を任されたとき、「じゃあ戦う」と決断しやすい。



 しかし今それをされるとちょっと困るので、無理に戦わなくてもいいように手柄を渡しておく。彼らはこのまま、ここに駐留しているだけで功績になるのだ。

「では私は公女殿下の使者として、パルネア領に赴きます」

「御武運を……あ、いや、クロツハルト殿は文官でしたな。幸運を祈ります」

 国境警備師団長はそう言って、笑顔を向けてくれた。



 その後、国境の峠を越えてパルネア領に入った俺たちだが、早々に足止めをくらった。

 ハンナが望遠鏡を覗いて、俺を振り返る。

「クロツハルト殿、前方の平原に四十人ほどの歩兵小隊が見えます。グライフ帝国の軍旗のようですが」

「帝国陸軍の……ええと、あの紋章は憲兵隊だ。大急ぎで駆けつけたって感じだな。テントしかないが、街道沿いに検問所もある」



 グライフ軍もロイツェン軍の動向は見張っているだろうから、目立つ格好の高官がやってきたらすぐに報告するだろう。

 そしてグライフ軍のお偉いさんと接触する前に、とりあえず足止めして事情を聞こうって腹積もりだな。

「こっちは使者だ。挨拶して行こう」

「りょ、了解」

 ハンナたち近衛兵三人は、ごくりと固唾を飲んだ。



 検問所に近づくと、やっぱり足止めされた。

「ロイツェンの紋章官殿とお見受けする!」

 訛りのあるロイツェン語で呼びかけられたので、俺は馬を止めた。

 歩兵たちが行く手を塞ぐように、ばらばらと飛び出してくる。全員、マスケット銃と剣で武装していた。



 俺は馬上から、憲兵隊長らしい軍人に声をかける。階級は……よくわからんが、あれは下級将校だな。一応、貴族だろう。

「私はロイツェン公国の紋章官、クロツハルト邦爵だ。マリシェ公女殿下より、グライフ帝国陸軍のビュゼフ将軍に宛てた書簡を預かっている。お通し願おう」

 俺はわざとロイツェン語で言う。グライフ語もロイツェン語に似てるからしゃべれるんだけど、しゃべれないような顔をしていた方が有利だ。



 すると憲兵隊長は直立不動で敬礼し、俺にこう返してくる。

「この街道は封鎖しており、何者も通さぬようにとの厳命であります! 申し訳ありませんが、お通しできません!」

「そうはいかぬ。両国の外交上、必要な通行だ。それとも貴官は外交上の権限を持っているのか?」

 この手の交渉では、権力を振りかざして尊大に振る舞った方が手っ取り早い。



 思った通り、憲兵隊長は困ったような顔をした。

「しかし閣下、これも我々の任務です。ここはお通しできません」

「では別の道を行けというのだな?」

「はっ!」

「通してくれるのならどこでも構わぬが、通れる道はあるのか?」

 すると憲兵隊長は真顔で答える。



「本官が知る限り、通れる街道はありません」

 役人っぽい応対だな。どういう人物なのか、だいたいわかった。

「では引き返し、海路で書簡を運ぶしかないか。グライフ海軍は陸軍より物わかりが良いといいのだが」

 俺が海軍の名前を出すと、憲兵隊長は嫌そうな顔をした。対応はそっけないが、感情が顔に出るタイプか。ラッキーだ。



「貴官の所属と名をお聞かせ願おう」

「……本官はグライフ帝国陸軍、第三十四憲兵隊所属のジョスカ・キルネフ二級憲兵官であります」

「キルネフ殿か」

 よしよし、ますます嫌そうな顔をしているな。俺はわざとらしく溜息をつく。



「仕方ない、陸軍の街道封鎖で難儀したことを公女殿下に報告せねばならんな。その上で海路で書簡を運ぶとしよう。急ぎの用件なのだが……」

 そう言い残して馬の向きを変えると、憲兵隊長は少し慌てた。

「も、紋章官殿!」

「何かな、キルネフ二級憲兵官殿」



 憲兵隊長は渋々ではあるが、こう言う。

「本官が書簡をお預かりして、憲兵隊を通してビュゼフ閣下にお届けすることもできますが……」

 この対応は怒鳴りつけてやってもいいなと思ったが、下手に揉めて撃たれたり拘束されたりすると困る。彼らの方が武力は上だ。



 それに怒鳴るのはどうも苦手なので、ここはクールに攻める。

「お心遣いは感謝するが、公女殿下の書簡を他人に預ける訳にはいかん。子供の使いではないのでな」

「も、申し訳ありません」

 だいぶ恐縮している。悪い人じゃなさそうだ。



 さて、ここからが本題だ。

「私もキルネフ殿も、お互いに役目がある。私は引き返すが、貴官の職務には敬意を示したい。回り回って貴官が上層部から叱責されぬよう、うまく取りはからおう」

「御理解、感謝いたします」

「その代わりと言っては何なのだが、近くの村で一晩休ませては貰えないか? 引き返すと山中で日が暮れてしまう」

 俺はニヤリと笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2018年1月25日にMFブックスより書籍化されました。
Amazonでも好評発売中!
※このリンクは『小説家になろう』運営会社の許諾を得て掲載しています。
漂月先生の他の作品はこちら
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ