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12話

 俺は宮廷図書館で植物図鑑を借りたついでに、グライフ帝国について改めて調べることにした。

 俺が一番気になっているのは、グライフ帝国の宗教だ。

 現代日本人の俺は信心というものはほとんど持っていないが、文明が未発達な社会において宗教は途方もない影響力を持っている。この世界では「無宗教」は「無国籍」と同じか、それ以上に危険な状態だ。

 俺は姫との授業を思い出した。



『姫はあまり信心深くないので、ちょっと心配なんですよ』

『なんで? 生まれたときに入信の儀式はしてるし、成人のときにも拝礼の誓言をしたわよ?』

『いや、そういう手続きの話じゃなくてですね』



 俺は姫との面倒ながらも楽しいやり取りを思い出しながら、書物のページをめくる。

『信仰というのは社会で生きていく為の共通規範でもあり、未知や恐怖に立ち向かう心の拠り所でもあるんです』

『そういうものなのね』

『はい。それに価値観や哲学でもありますし、何よりも社会保障の大きな部分を担っています。弱者にとって信仰は生きる為に必要な全てを与えてくれる力なんですよ』

『はー……』



『姫は神様の言うことなんか全然聞かずに、自分で考えて自分で決めてますからね。私はそういうの好きなんですが、信心深い人の気持ちを傷つけないように配慮はして下さい』

『あ、なるほどね。わかったわ』

 本当にわかったんだろうか。



 俺は苦笑しつつ、調べたことをメモしていく。俺の予想は徐々に確信に変わりつつあった。

 そして最後の書物を読み終えたとき、俺はニヤリと笑う。

「『失着』だな、女帝」

 俺は立ち上がると、急いで外出することにした。



 ロイツェン公国は聖灯教という宗教を信仰しているが、その中にロイツェン派とパルネア派がいる。

 もともとがパルネア帝国の国教だから、オリジナルに近いのがパルネア派、別名「青炎派」だ。ロイツェン派は独立後、大公家が統治の為に作った宗派らしい。

 で、俺はパルネア派の神官たちから妙に好かれている。



 理由は簡単で、パルネア派の救児院で育った少女・コレットを、メイドとして厚遇したからだ。彼女の出身である聖ユートリウス救児院には多額の寄付もしている。

 今日はその聖ユートリウス救児院に来た。



「クロツハルト様、お久しぶりです。コレットから話はいろいろ聞いていますが、やはり直接お会いできると嬉しいですよ」

 聖ユートリウス救児院の院長を務める青年神官・カルツが俺を笑顔で出迎えてくれた。

 見るからに穏やかな青年だが、よく見るとところどころにヤンキー風の面影がある。昔は相当やんちゃだったと聞いている。



「クロツハルト様が邦爵位を授かり、公女殿下の後見人となられたことに、我々青炎派も喜んでおります」

 少数派であるパルネア派信徒たちは、俺にかなり期待してくれているらしい。俺は親パルネア派だと思われているし、確かに交流が深い。

 あんまり期待されても大したことはできないんだけど。



「クロツハルト様の寄付で、救児院も見違えるように立派になりました。おかげで子供たちも衣食住を気にすることなく、勉学に励んでいます」

「それは何よりです。ところで……」

「我が救児院の子たちは、全員が読み書きできるようになりました。例のクロツハルト算も習得し、一桁の掛け算は即答できますよ」

 九九のことだね。相変わらずぐいぐい迫ってくるな、この人。

「嬉しく思います。それで……」



「最近はコレットが休みの日に来てくれて、子供たちに勉強を教えてくれるようになりました。メイドの仕事があるのにお休みをたくさん頂けて、コレットも私も感謝しております」

「いえいえ、あの子には休暇が必要です。あのですね……」

「クロツハルト様の御恩に何か報いねばと、神官一同で頭を悩ませているところなんですよ」

 お前ちょっと黙れ。



「カルツ殿、だから今日は力を貸りに来たんですよ」

 ようやくそう言うと、カルツはパッと顔を輝かせた。

「マジかよ、やったぜ!」

 そう叫んでから、ハッと我に返るカルツ神官。

「……いえ、大変失礼いたしました。それで、どのような?」



「今更改まるような間柄でもないと思うんですが……。実はグライフ帝国のパルネア侵攻の件で、宗教者としての助言を頂きたいのです」

 するとカルツ神官は表情を引き締め、力強くうなずいた。

「お任せ下さい。何でもお答えいたしましょう」



 俺はカルツ神官に、今パルネアで起きているであろうことを予想してみせる。

「グライフ帝国の国教は『ジャーム教』、ロイツェン語に直訳すると『唯一教』です。教典を読んだ感じでは一神教でしょう。異教徒にはかなり厳しいのではありませんか?」

「ええ、かの国の教えは非常に厳格で妥協点がありません」



「そこでパルネアがグライフに占領された場合、聖灯教徒たちがどのような処遇を受け、どう感じているかをお聞きしたいのです。おそらく相当な反感を募らせているのでは?」

 するとカルツ神官はすぐにうなずいた。

「それは間違いないでしょう。我が青炎派は厳格な教義を持ちますが、異教徒に対する寛容の精神はあります。いつか改宗してくれるかもしれないと期待しているからです。しかしジャーム教徒は違う」



 カルツ神官は苦々しい表情をする。

「彼らは異教徒に対して改宗を期待しません。彼らの教義では異教徒は汚れきった存在であり、改宗しようが悔い改めようが、死後に魂が焼き尽くされることが決定しているからです」

 想像するのも腹立たしいと、カルツ神官は眉をひそめる。

「グライフ人がパルネアの聖灯教徒を支配するとしたら、間違いなく圧政になるでしょう。またパルネア派の聖灯教徒も異教徒の支配など受け入れませんから、確実に不和が起きます」



 予想通りだ。異教徒の土地を征服するのは、歴史的にも非常に困難がつきまとう。異世界でもそれは変わらないらしい。歴史の知識が役に立ったな。

 世俗の権力と宗教の権力。人々を束ねる両輪のうち、宗教側は完全に脱輪している。

 そしてもう一方の車輪である世俗の権力も、パルネア王が戦死濃厚だから期待できない。



 王が存命で「グライフ軍に従え」と貴族や民衆に命じれば、まだ事態収拾の可能性はあった。だがグライフ軍はパルネア王の身柄を確保するのに失敗したようだ。そして王位継承順位の高い者は全員ロイツェンにいる。

 こうなるともう誰にも止められない。

 グライフはパルネアを攻め落としたが、自分の領地にはできない。仮に領地にできるとしても、弾圧と懐柔を繰り返して何十年もかかる。



 俺が黙ってニヤニヤ笑っているせいか、カルツ神官が不思議そうな顔をした。

「クロツハルト様、大丈夫ですか?」

「あ、いえ。パルネアの聖灯教徒解放ができそうなので、思わず安堵していたところです」

「それは心強いことです。彼らも私たちと同じ青炎の信徒、どうかお助け下さい」



 カルツ神官がまじめな顔で頭を下げてきたので、俺はうなずく。

「全力を尽くします。つきましては、青炎派の秘密の人脈をお借りしたいのですが」

 俺の言葉にカルツ神官は一瞬驚いたが、フッと苦笑する。

「お見通しですか」

「ギルベルム卿の謀反のとき、あなた方の水面下での連携は見ましたからね。パルネアの青炎派ともツテがあるのでしょう?」



「困ったな。それは本当に秘密なんですが、あなたに頼まれたら嫌とは言えませんし……」

 カルツ神官はしばらく頭を掻いて「うーん」と唸っていたが、最後には根負けしたように溜息をついた。

「……しょうがねえ、ダチの頼みは断れねえ。こうなったら隠し事はナシです。クロツハルト様、とことんお付き合いしましょう」

 悪ガキのように目を輝かせて、カルツ神官は俺に微笑んでくれた。


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