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06話

「姫、明日の物理の授業なんですが……。なんだこれは」

 俺は姫の執務室に入った瞬間、目を疑った。

「なんで銃だらけなんです?」

 するとマリシェ公女殿下は振り向いて、得意げな顔をした。



「グライフ帝国の奇襲に備えて、執務室を要塞化してるの!」

 銃架がずらりと並び、その全てに火縄銃とフリントロック銃が置かれている。小さな火薬樽まであった。

「意味のないことしないでくれませんか。執務室は重要書類が多いので、火薬類の持ち込みは厳禁です」

 俺は衛兵を呼び、全部片づけるように命じた。



 拗ねている姫の顔を見て溜息をついてから、とりあえずフォローはしておくことにする。

「確かにグライフ帝国の奇襲は怖いですが、姫が戦ってもどうしようもありませんよ。むしろ暴発や火災で姫の御身に何かあったら大変です」

「あ、心配してくれてるんだ……」

 ちょっと嬉しそうな姫。



 俺はここぞとばかりに力説する。

「当たり前でしょう。姫は我がロイツェンの宝ですし、何より私の大事な教え子です。怪我ひとつさせたくありませんよ」

 いいことを言ったつもりだが、なぜか姫はまた拗ねてしまった。

「教え子……教え子かあ……」

「何か御不満でも?」

「ふーんだ」

 何を怒っているのかわからない。高貴な方はこれだから困る。



 ただマリシェ姫が過剰に奇襲を警戒しているのは、俺が元の世界の奇襲作戦をいろいろ教えたせいだろう。一度にいろいろ教えすぎた。

「グライフ帝国の動きについては、ロイツェンの陸軍と海軍が全力で監視にあたっています。大公殿下直属の密偵たちも動いているとか」

「あ、密偵たちなら私も父上から紹介されたわ! あのね、意外と……」

「それ聞いたら私が処罰されかねないのでやめてくれませんか」

 いくら公女の顧問とはいえ、触れてはいけない国家機密はある。



「それはそれとして、パルネアは滅亡寸前のようです」

「め、滅亡……」

 隣の国が滅亡寸前になれば、お姫様としては怖いだろう。ガタガタ震えながら、羽ペンを剣みたいに握りしめている。

 俺は大公のいるシュッテンバウム城からの報告書を姫に渡した。



「パルネアの首都にグライフ帝国軍が迫りつつあるようで、大公殿下の『草』も避難したそうです。しばらくは王室近辺の情報が入りづらくなりますね」

「へえ……。草ってなに?」

「あのですね」

 俺は軽い頭痛を感じながら、そういえば教えてなかったかなと気を取り直す。



「他国に長年住んで、代々密偵を務める者たちです。非常に貴重な存在ですので、具体的に誰なのかは大公家の成人にしか教えられません」

 すると姫がポンと手を打った。

「あー、ニュベルク家とかのことね」

「ちょっ、姫! 今のは聞かなかった! 私は聞きませんでしたよ!」

 どうして俺にだけ、こんなに簡単に秘密を漏らすんだ。



 しかし姫は不思議そうに首を傾げる。

「いいでしょ、先生は私の軍師なんだから。隠し事はしないわ」

 軍師を引き受けた覚えはないぞ。

「そうは言っても、大公家の外に漏らせない情報はダメですよ。私が謀反を起こしたらどうするんですか」

 だが姫は俺を見上げ、にっこり笑う。

「先生が謀反を起こすようなら、この国はどのみちおしまいよね?」

 どういう意味?



 でも今の姫はとても威厳があり、堂々としていた。カリスマのようなものを感じる。

 俺は顔がちょっと熱くなってくるのを感じ、視線を書類に落とした。

「信頼の証として嬉しく思いますよ。えー……それでですね」

 なんでこんなに照れてるんだ、俺は。



「既にパルネア首都近郊からは、貴族や使用人たちが続々と逃げ出しているようです。包囲される前に持てるだけの財産を持って逃げようという魂胆でしょう」

「そうね、勝てないのに無理して戦って死ぬことはないわ」

 以前の姫なら「貴族が命を懸けて戦わなくてどうするの!?」と叫んでいただろうが、最近は勇ましいことを言わなくなった。実際に襲われた体験が、彼女を少し大人にさせたのだろう。



 俺はうなずきつつ、もうひとつの報告をする。

「それは同感なんですが、パルネアとの国境地帯を警備するロイツェン軍からは、難民の報告がほとんどありません」

「ふーん」

 反応の薄いマリシェ姫。

「うん」

「『うん』じゃないですよ。ロイツェンに逃げ込まないとしたら、彼らはどこに逃げてるんですか?」



「あー……そっか。国内に留まっててもグライフ軍がそのうち来るし、他に逃げ込めそうな国ってなかなかないわね」

「グライフ帝国と渡り合えそうな聖灯教国家って、たぶんロイツェンだけですよ。ロイツェンにはパルネアと縁の深い貴族や聖職者たちもいますし、パルネア貴族の避難先としては最有力候補でしょう」

 なのに、ロイツェンにはほとんど誰も逃げてこない。

 何かがおかしい。



「理屈に合わないことが起きているときは、何かを見落としているんです。私はただの紋章官で、これといった権限がありません。姫の方で注意しておいていただけますか?」

「そう、そうね。うん。そうする」

 うんうんと何度もうなずいてから、姫は嬉しそうに笑う。

「さすがは先生よね! お父様が教えてくれそうなことを、ちゃんと教えてくれるんだから!」



 いや、これぐらいは気づく人がいくらでもいると思いますよ。

 たぶん「マリシェ様に伝えるとめんどくさそうだし、クロツハルトにやらせとけ」って思われてるだけで。

 姫が十年以上にわたって広め続けた自らの悪評は、そう簡単には消えない。

 ここで姫の実務能力を見せつけて、貴族や軍人たちの信頼を獲得しないとな。今はまだ「暗殺者殺しのおてんば姫」でしかない。



 俺が姫の今後の活躍に期待をしていると、彼女は俺を見てニヤリと笑った。

「で、先生はどう考えてるの?」

「いや、憶測ぐらいしか出てきませんよ」

「いいからいいから。ヒントちょうだい、ヒントヒント」

 子供か。子供だった。



「国境へ至る街道が封鎖されてる可能性がありますね。貴族が家族と財産ごと逃げようと思ったら馬車を使うでしょうから、整備された街道を封鎖されると逃げられません」

 姫はちょっと考え込み、俺の言葉を検討しているようだ。



「封鎖……。封鎖してるのは誰?」

「もちろん、グライフ軍でしょう」

「何の為に? 貴族を逃がさないのが本当の目的なの?」

 姫は頭をフル回転させているようなので、俺も余計なことは言わずにサポートに専念する。



「今回の軍事侵攻の理由を考えると、貴族の逃亡阻止の為だけに街道を封鎖するというのは考えにくいですね。本国から送り込んだ貴重な兵力ですから」

「じゃあ、街道を封鎖する本当の目的は?」

 俺も頭をフル回転させ、そして慎重に吟味してから答えを出す。



「実際にグライフ軍が街道を封鎖しているかは不明ですが、もし封鎖しているとすれば……。ロイツェンへの侵攻を計画しているのではないかと」

「どうして?」

 矢継ぎ早に飛んでくる質問を、俺は必死に受け止める。



「今回の件は街道を封鎖しているというよりも、グライフ軍がロイツェンとの国境地帯にいるので街道を使えない、というのが真相だと思います。だとすれば、ロイツェンへの侵攻は選択のひとつでしょう」

 もちろん、違う見方もある。



「ただ、ロイツェン軍がパルネアに介入してくる可能性を警戒しているだけかも知れません。獲物を横取りされたくはないでしょうからね」

「あー、なるほど。襲う側の気持ちになって考えると、いろいろ見えてくるものね」

 深くうなずくマリシェ姫。うんうん、成長してるなあ。先生嬉しいです。



 姫は腕組みしていっぱしの戦略家みたいな顔をしながら、バッと俺に振り向く。

「どれも憶測の域を出ないわね。こういうときはどうすればいいの?」

「ええと、信頼性の高い情報を集めるのが先決ではないかと。それも早急にです」

 情勢は刻一刻と変化し、古い情報に価値はない。それにこの世界、軍を動かすにも時間がかかりすぎる。初動の早さで勝負が決まる。



 姫は大きくうなずくと、力強く叫んだ。

「ではすぐに、情報を集めさせるわ! 大公家直属密偵のユゴー隊とシュメル隊を呼び出して!」

「聞きませんでした! 私は何も聞きませんでした!」

 俺は国家機密お漏らし姫の横で、耳を塞いで叫んだのだった。

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