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04話

 ある日、俺は大公に呼び出される。いつもの教育相談だと思って油断していたら、予想外の用件だった。

「グライフ帝国がパルネア王国に攻め込んだようだ。パルネアに潜伏させている『草』から情報があった」



 北のグライフ帝国と、西のパルネア王国。

 グライフ帝国は建国以来の宿敵だ。聖灯教とは違う宗教を国教としており、言語も文化も違う。

 一方、パルネア王国はロイツェン公国と同じ聖灯教国だ。とはいえ前身だったパルネア帝国はロイツェンの離反で崩壊しており、数百年経った今でも微妙な距離感だという。



 この違う意味で面倒臭いふたつの国が、戦争状態に突入したというのだ。

 俺は少し考え、大公に訊ねる。

「これは危機でしょうか、それとも好機でしょうか?」

「はは、やはり君は抜け目がないな。いい軍師になるぞ」

「御冗談を」

 軍師なんて絶対にお断りだ。向いてない。



 ベルン公は手を組み、慎重な口振りで言う。

「できれば好機にしたいが、危機であることは疑いようもない。パルネアがグライフに占領されてしまえば、国防について根本から見直さなくてはならなくなる。そこでだ」

 大公は俺をじっと見つめた。



「グライフ帝国、いや女帝ディオーネの腹の底を知りたい。君は私の知らない地域の歴史を知っている。少しばかり意見を聞かせてくれ」

 そう言われましても。

 俺は無難なことしか言えないぞ。

「軍事力などを考慮した上で、ロイツェンよりパルネアを攻める方が簡単だと思ったのでしょう。それにパルネアには港が多数あります。私の故郷にも北の方に大国がありましたが、不凍港を重視していたようです」

 冬に凍ってしまう港じゃ、海軍にとっては不便だからな。戦争はいつ起きるか……あるいは、いつ「起こす」かわからない。



 大公は小さくうなずく。

「ふむ……。女帝ディオーネが不凍港を欲しがっているのは間違いないだろう。彼女は海軍からの支持が強いし、何より経済を重視している。それだけに周辺国は『グライフは海上交易に活路を見いだし、領土的野心を捨てた』と考えていた」

 確かにそう見える。

 でも俺は知っているぞ。俺のいた世界で、船がどれだけ強力な存在だったか。

 大航海時代の教訓がある。



「御前、それはむしろ逆でしょう。航路を開拓し海軍を強化することで、グライフ帝国は遠方にも領地を、つまり植民地を持つことが可能になります」

「植民地か……大パルネア帝国時代の概念を、また聞くことになろうとはな」

「あの頃とは経済の複雑さも、船の性能も格段に違いますから」

 俺は元の世界で学んだ植民地支配と貿易について、大公に簡単に説明した。



「大陸南部の港を占領し、そこに軍事拠点と陸上戦力を置けば立派なグライフ領です。飛び地ではありますが、海上から兵力や物資を送り込めますので孤立はしません。守るのも大変そうですが……」

「いや、君の意見は正しそうだ。グライフ帝国の海軍は、近年かなり増強されている。パルネア王国やその周辺の小国では、まるで相手にならんだろうな」



 大昔のパルネア帝国崩壊のとき、小さな国がいくつも誕生している。グライフ帝国とパルネア王国の間にも、港を持つ小さな国がいくつかあった。

「今回、パルネアに隣接する自治領の帰属をめぐって、グライフが喧嘩をふっかけてきたようだな。これらの港は歴史的にグライフ領なので、パルネアは支配をやめよ、と」

「お決まりのパターンですね」

 戦争する気まんまんのやり方だ。



 プライドが高いことで有名なパルネアは、売られた喧嘩を速攻で買い取った。パルネアとグライフの間にある小国は、いずれも聖灯教を信仰している。民族的にもパルネア人と同じだ。

 だから「同胞を守れ」とパルネア王が叫び、誇り高きパルネア王立騎士団とか聖灯騎士団とかが剣や盾を振り上げた。

 結果は言うまでもない。



「既にパルネア北部貴族たちの連合軍が、スーザンチウム平原の会戦で大敗した。壊滅だそうだ。王弟シュザム公や従兄のカルパンザ伯を始めとして、有力貴族が多数戦死している」

 案の定、酷いことになってるぞ。

 だいたい鎧を着込んだ長槍兵でマスケット銃と戦おうってのが無茶なんだ。

 マスケット銃相手じゃ、歩兵鎧なんか大した役に立たない。騎兵用の重甲冑でさえ、ただの的だ。



「あまり他国を悪く言いたくはないのですが、完全な自殺行為ですね」

「完全な自殺行為だな。あの女帝が勝ち目のない喧嘩などふっかけるはずもない。確実に勝てると判断したからこそ、喧嘩をふっかけたのだ」

 恐ろしい国だ。

 俺はロイツェンがガチガチに軍備を固めていたことに感謝する。軍隊はあんまり好きじゃないが、今はそんなこと言ってられない。



 大公は手を組んだまま、俺をじっと見る。

「さて、軍師よ。次はどうなる?」

「軍師ではないですが、ロイツェンが救援しない限り、パルネアが近日中に占領されることぐらいならわかります。救援なさいますか?」

「いいや」



 即答された。謀反人ギルベルム卿をそそのかし、ロイツェンを内部から切り崩そうとしていたのがパルネアだ。

 大公はいろいろ考えた末に、「助ける価値なし」と判断したようだ。俺も異論はない。



「ではパルネアが占領されるとして、その次ですな。パルネア海軍の船は大した戦力になりませんが、グライフ海軍がパルネアの港を使えるようになります」

「そうだな、それが問題だ。グライフ海軍には『海賊提督』を始め、荒っぽい連中がそろっている。軍艦も最新鋭だ」

 最新鋭といっても帆船なんだが、旧来の帆船よりも搭載量や速度などに大きな違いがあり、戦えばその差は一目瞭然だという。



 大公は机上に置かれたロイツェンの地図を示す。

「パルネアの港で補給を受けられるようになると、グライフ帝国の軍艦がロイツェンの港に攻撃可能になる。さらにこの首都は大河のほとりにあり、河口から河川砲艦で遡上が可能だ」

「首都が火の海になってしまいますね」



 パルネアはなんだかんだ言って同盟国なので、海側からの侵攻はロイツェンもあまり警戒していない。パルネア海軍が弱すぎるというのもあって、ロイツェンの海防は割と手薄だった。

 だがこれで事情が一変してしまった。大至急、守りを固めなくてはらなくなる。



「まずいですな、御前」

「ああ、非常にまずい。提督たちもこの点を懸念している。そこでだ」

 大公は椅子から立ち上がった。

「私は軍港のあるシュッテンバウム城に行く。ここに作戦本部を置き、私が直接海軍の指揮を執ろう」

「御前がですか? 確かに良い案ではありますが、それでは……」

 首都が空っぽになっちゃうじゃないか。陸路でもロイツェンに侵攻できてしまうから、それは慌てすぎな気がする。



 すると大公は、いつものニヤリとした笑みを浮かべる。

「さて、ここからが本題なのだが……」

 来たぞ、来たぞ。

 今度は何をやらせる気だ、このおっさん。



   *   *   *



 俺は溜息をつきながら、マリシェ姫に数学の授業の中止を告げた。

 はしゃいでいる姫に、俺は言うべきことを言う。

「大公殿下が首都を離れられますので、これからは姫が玉座を守ることになります……」

「わあ、大変ね。でも私も成人だし、この大仕事を無事に……って、なんでそんなに落ち込んでるの?」

 そりゃ落ち込むよ。



「姫、御自分の重責が本当にわかってますか?」

「ええ。国政の代行をしてればいいんでしょ? 私もだいぶ仕事を覚えてきたし、何とかなるってば」

「いえ、そうではなくてですね」

 まずい、やっぱり状況を理解してない。



 俺は地図を引っ張り出して矢印をあっちこっちに書きながら、姫にもわかるように説明した。

「総司令官である大公殿下が南の沿岸部に釘付けにされますので、北側の国境の山岳地帯はどうしても手薄になります。こっちから攻め込まれる可能性があります」

 俺の説明に、マリシェ姫がガッツポーズのまま硬直する。



「えっ?」

「ていうか、それが大公殿下の作戦なんですよ。自分がわざと首都を離れれば、グライフ帝国は陸路でロイツェンに侵攻してくるはずだって」

「ええっ?」

「つまり姫が陸軍の指揮を執って、グライフ帝国と戦うんですよ」

 姫の顔からサーッと血の気が引く。

「む、無理……」

 大丈夫かな、この国……。


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