31話
俺たちは街道沿いの小さな村に案内され、そこの礼拝堂兼集会所に通される。
馬を休ませている間、俺たちも白湯と茹でた芋などを振る舞われた。
貧しい村なりのもてなしに、俺とハンナは警戒心が弛む。質素だが、温かい食事は心が落ち着く。
だがこれに口をつける前に、この村の立場について少し確かめておかないといけない。
「私はこの村の神官で、ここの村人は全員青炎派です。あなた様のことは、青炎派の神官たちの間では噂になっていまして」
オリグ正灯師はそう言って笑った。
「宗派の違う青炎派寺院に、多額の寄付をなさった正真正銘の物好き……いや聖者と評判になっております」
今、物好きって言ったよね?
「クロツハルト様の御寄付により、聖ユートリウス救児院は見違えるほど良き学び舎になりました。私も実際に足を運び、見学させて頂きましたよ」
まあ、あれだけ寄付すればな……。
オリグ師は禿げ上がった頭を撫で、にこにこ笑っている。
「あのやんちゃなカルツ君が、あんなにしおらしく他人に感謝しているところは久しぶりに見ました」
やんちゃなんだ。
何となくそんな印象はあったが。
「カルツ君が手当たり次第に神官たちにあなたのことを語ったので、ロイツェン国内の青炎派神官であなたのことを知らぬ者はおりませんよ」
「そうですか……」
やめろよ照れくさい。
しかしこんな郵便もネットもない時代に、よくそんなに情報が拡散したな。
不思議に思っていると、オリグ師はこう言った。
「我々青炎派は常に、赤炎派……つまりロイツェン派の脅威に曝されております。そのため、こうした噂はすぐに広まるのですよ。御不快に思わないで下さい」
「いえ、むしろ情報の広まり方の早さに感嘆しているところです」
「ははは、いえいえ。赤炎派とは同じ神を奉じるため、信徒の奪い合いが激しくて。我らは少数ゆえに、どうしても連絡は密になりますな」
マイノリティの団結力、というところか。
そういうことなら多少は安心しても良さそうだ。
何より、俺たちを殺すつもりなら村に連れてくる前にできた。今だって、俺たちを捕縛するぐらい簡単なはずだ。
そもそも馬を預けている以上、俺たちは逃げるに逃げられない。
警戒するだけ無意味だな。
そう思っていたところに、村人たちが駆け込んでくる。
「オリグ様、怪しい連中が三人来ました。今、助灯師様たちと押し問答をしてます」
オリグ師は少し考える表情になり、こう返す。
「風体は?」
「赤炎派の行商人のようですが、剣と銃を持ってました。あと、黒髪の外国人を探しているそうです」
どう考えても俺だ。
オリグ師は俺を見つめて微笑んだ。
「何か事情がおありのようですな?」
「おそらく刺客です。大公殿下にお仕えする紋章官を、公務中に襲ってきた連中ですよ」
殺人未遂は何であれ犯罪だが、公務中の紋章官を襲うことは極めて重い罪になる。紋章官は特殊な役職であり、戦時でも敵軍から攻撃されることがない。
その紋章官を襲撃したのだから、ロイツェンの法律では明確なテロリストだ。
オリグ師はうなずき、俺とハンナに言う。
「では彼らはこちらで何とかします。お二人は奥の部屋に隠れていて下さい」
こうなったら信じるしかないが、何するつもりだ?
* * *
礼拝堂の「奥の部屋」は隠し窓つきだった。礼拝堂の様子が見える。
しばらくすると、行商人の格好をした男たちが三人、ぞろぞろとやってきた。
行商人にしては歩き方が変だ。大事な商品を背負っているはずなのに、荷物にまるで頓着していない。
剣の鞘だけやたらと使い込まれているし、間違いなく刺客だろう。
男たちの一人が、オリグ師に会釈する。
「あんたがここの神官か。聞いた通り、俺たちは男を探しているだけだ。邪魔せんでくれ」
「男、ですか」
「ああ」
会釈した男がうなずく。
「馬でここを通ったはずだ」
「ふむ……。本当にこの道で間違いありませんか?」
「その男は訳ありでな。ギルベルム領から最短距離で逃亡する必要がある。迂回する余裕はない。だから危険を承知で、この街道を通るしかないはずだ」
まずいな、手の内を読まれてるぞ。
オリグ師は軽くうなずき、にっこり微笑む。
「なるほど、わかりました。ギルベルム様の領内で人探しということは、領主様の御家臣ですかな?」
男たちが互いに目配せし、最初の男が首を横に振る。
「いいや、違う。勝手に探しているだけだ」
「では大公様の御家臣でしょうか?」
「違う。どちらでもない」
男たちが少し苛立ったように答えるが、オリグ師は穏やかなままだ。
「では、どこの御家臣でもないのですな?」
「そうだ」
男が鬱陶しそうに答えた瞬間、オリグが微笑む。
「承知しました。実はあなた方にお見せしたいものがございます」
もしかして裏切る気か?
俺はヒヤリとしたが、オリグは床に立てられている長い燭台に手を伸ばす。
次の瞬間、オリグは燭台の柄を台から引き抜いた。
「むんっ!」
燭台だと思っていたものが、一瞬にして三叉槍になる。隠し武器だったのか、あれ。
「ぐぅっ!?」
先頭の男はとっさに腕で防いだが、その腕に三叉槍が深々と突き刺さる。致命傷ではないが、かなりの深手だ。
オリグは槍を抜き、さらに柄で相手を打ち据えた。
「ぬおぉっ!」
「がっ!?」
頭をぶん殴られ、そのまま倒れ伏す男。
他の男たちは距離を取り、素早く剣を抜いた。
「てめえ!?」
「このクソ坊主!」
二対一じゃ勝ち目はない。
俺とハンナは礼拝堂に駆け込もうとした。
だがそれよりも早く、銃声が轟く。
礼拝堂に駆け込んだ俺たちが見たものは、筒のような銃を持った農民たちと、動かなくなった刺客たちだった。
農民たちは旧式の「鳥撃ち筒」を構えたまま、にこやかに談笑している。
「おい誰だ、火薬込め過ぎじゃろう。見てみい、壁板に弾がめり込んどるぞ。獣を狩るときとは違うんじゃ」
「俺じゃないぞ。ほれ見ろ、俺のはこいつの頭を撃ち抜いとる」
あんたら、殺伐としすぎだろ。
まあでも、この時代の農民にとっては余所者の命なんてこの程度だよな……。命の価値が恐ろしく安い時代だし。
燭台に偽装した槍を構えたオリグ師は、俺たちを見てにっこり笑う。
「青炎派の祭具は、いずれも武器として使えるようになっていましてな。永きに渡る争いの歴史を物語っております」
それはそれで興味深いけど、今気になってるのはそっちじゃないよ。
オリグ師は三叉槍で、まだ生きている男の首根っこを押さえつける。
「三人の刺客のうち、この者はクロツハルト様の事情をよくご存じのようだ。いろいろ知っているとみて間違いないでしょう」
「尋問するおつもりか? 素直に吐くとは思えませんが」
するとオリグ師はまた笑う。
「なに、造作もないことです。異端審問の要領でやりましょう。拷問のひとつもできないようでは、正灯師は務まりませんから」
おっかねえ。