30話
漂月先生の『異世界クイーンメーカー ~わがままプリンセスとの授業日誌~』が、
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読者の皆様、何卒ご贔屓&応援よろしくお願い申し上げます。
担当編集者より。
俺はハンナに馬の手綱を任せたまま、馬上で揺られていた。
さて、どうやって逃げ延びようか。
「ハンナ、ここはギルベルム領だ。出会う人間は全部敵だと思った方がいいだろう」
「そうですね。領民が私たちに味方する理由はないですから、ギルベルム卿に有利になるよう動くと思います」
領主といえば神様も同然だ。
早くここから逃げないと。
「街道沿いは危ないが、山の中の行軍はもっと危ないな」
俺が言うと、ハンナがうなずく。
「はい。二人乗りの馬で険しい山道を歩けば、狼や山賊の餌食になりかねません」
やっぱり、このまま街道を進むしかないか。
待ち伏せされてたら終わりだが、ここで無駄な時間も使えない。
「ハンナ、何かあったらお前だけでも逃げてくれ」
「私よりクロツハルト殿の方が、我が国にとって重要な人材です。その頼みは聞けませんね」
「頼んでるんじゃない、命令だ」
戦える人間に後を託した方がいい。
しかしハンナは深い切り通しに馬を進めながら、首を横に振る。
「なおのこと聞けません。あなたは私の上官でも主君でもありませんから。戦友ですよね?」
否定はしないけど、頼むから言うこと聞いてくれ。
俺が溜息をついたとき、切り通しの前後から数人の農民たちが現れた。
手には斧や鍬を持っている。
なんか嫌な雰囲気だ。
ハンナが無言で、馬の鞍に吊った銃に触れる。
俺も身構えたが、相手は十人以上いた。
ただの農夫にしか見えないので雑兵以下の相手だが、数が多い。おまけに遮蔽物もなかった。
銃が苦手な状況だ。
「振り切れそうか?」
俺がささやくと、ハンナが首を横に振る。無理か。
この馬は鍛え抜かれた軍馬じゃないし、二人も乗せている。おまけに騎手も馬も疲れ切っていた。
となると、後は……交渉で切り抜けるしかないか。
ハンナが馬上から農民たちに向かって声をかける。
「こちらは大公殿下の紋章官殿である。何用か?」
貴族らしく、軍人らしく。よく通るいい声で。
ハンナは威厳をもって、敢えて偉そうにしている。
こういうのは好きなやり方じゃないが、今は手段を選んでる場合じゃない。封建社会のロイツェンでは、身分差はてきめんに効く。
ただひとつ問題があった。
田舎の方だと、国家元首の大公より領主の方が偉いことだな。
案の定、農夫たちはハンナの言葉に少し怯んだ程度だ。包囲を解いてはくれない。
これ、身分を明かしたのは逆にまずかったんじゃないか……?
農民たちは怯えつつも身構える。
「わ、悪いけど、大公様のお役人でも通す訳にはいかん」
「そうじゃ、怪しい余所者は誰も通すなときつく言われとる」
誰に?
ギルベルム卿だろうか。
どちらにしても、ここで足止めをくらうのはまずい。
しょうがない、ここは覚悟を決めよう。
「ハンナ、俺が馬から降りて連中の気を惹く。一人ならこの馬で逃げきれるはずだ」
「だ、だめですよ!? 何言ってんですか!?」
「俺はまあ……ほら、小物だから見逃してもらえると思う」
無理かな?
「それなら私が残りますから」
「無茶言うな、俺は馬術初心者だぞ。逃げきれる訳がない」
言い争ってる場合じゃないんだよ。
俺はさっさと馬から降りて、農民たちに名乗りをあげる。
「私は紋章官のクロツハルトだ。公務でここを通る。邪魔立てするなら大公殿下への反逆と見なされるが、いいのか?」
その途端、彼らは互いに顔を見合わせる。
「クロツハルト様!?」
「あのクロツハルト様か!?」
「黒髪の聖者の!?」
なんだなんだ。
彼らの視線が再び俺に集まってきたので、俺はうなずいた。
「紋章官のクロツハルトといえば、私しかいない」
「じゃ、じゃあ……」
妙な雰囲気になってきたところに、向こうから青い法衣の中年男性がやってきた。
「皆、どうしました? その方は?」
すると農夫たちが一斉に答える。
「聖者のクロツハルト様です、オリグ様」
「ほう……!?」
聖灯教パルネア派の法衣をまとった人物は、早足でこちらに近づいてくる。
彼は俺に丁寧に会釈すると、こう名乗った。
「聖灯教青炎派のオリグ正灯師にございます。聖ユートニウス救児院に莫大な寄付をなさった、あのクロツハルト様に間違いございませんか?」
「莫大かどうかは知らないが、蓄えの半分を寄付したクロツハルトなら私です」
思えばバカなことをしたもんだ。
後悔はしてないけど。
するとオリグと名乗った神官は、法衣が汚れるのも構わずに地面に膝をついて俺に頭を垂れた。
「お会いできて光栄です、クロツハルト様」
なんなの?