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29話

「わがまま姫を次期大公に育てあげろ!」

アラサー塾講師、異世界で姫様を育成することに!


漂月先生が描く『異世界クイーンメーカー ~わがままプリンセスとの授業日誌~』が、

本日1月25日より全国の書店で発売です!


本雑誌連載の30話以降も、いち早く読めるのは書籍版だけです。

読者の皆様、何卒ご贔屓&応援よろしくお願い申し上げます。


担当編集者より。



 パーン、パーンと甲高い音が鳴る。

「おい待て、こら! クソ野郎ーっ!」

 俺が叫び、窓から銃を振り回す。

 ハンナの軍馬と俺の乗用馬にまたがって、近衛兵たちが遠ざかっていくのが見えた。

「クロツハルト殿、危ないですよ! もうほっときましょう!」

 ハンナが俺を引っ張り、鎧戸を閉めた。



 俺とハンナは壁を背にして腰を下ろし、小さく溜息をつく。

「どうかな?」

「うーん、なかなかの名演技だったとは思いますが……」

 ハンナは手にしていた棒のようなものを、俺に手渡す。

 短い竹刀のような竹の棒だ。竹板を束ねて作られている。



 彼女は不思議そうな顔をしていた。

「クロツハルト殿は、どうしてシュナイツァー家秘伝の『竹砲』をご存じなんですか……?」

「俺の祖国にも竹は生えているんだよ。そいつを叩いたり燃やしたりすれば、いい音が鳴るのは知ってる」

 剣道やってたからな。



 ハンナは小さくうなずき、銃に持ち替えた。

「なるほど……。ロイツェンには竹は生えていませんから、ほとんどのロイツェン人は竹の音を知りません。これは当家秘伝の道具なんですよ」

「じゃあ外の連中も、今のが発砲音だと勘違いしてるだろうな」

 俺たちに装填の時間を与えず、すぐに突入してくるはずだ。



 侵入口は正面の扉だけ。他に扉はないし、一階の窓は全て鉄格子で補強されている。

 出入りに不便な造りだが、籠城するには最適の構造だ。



「さて、と……」

 ハンナが銃を構え、石壁に開いたスリットから外を狙う。俗に言うところの「銃眼」、あるいは「鉄砲狭間」というヤツだ。

 もっともこれが建てられた頃は弓が主流だったから、「弓狭間」と言った方がいいのだろうか。

 などと考える。



 その瞬間、ハンナが叫んだ。

「来ました。撃ちます」

 乾いた銃声が轟き、俺はハンナに自分の銃を手渡す。

「ほい次」

「はい!」

 間髪入れずにまた銃声。



 ハンナが報告する。

「二人倒しました。残りは隠れてます」

 まだ装填中だと思って突撃してきたのに、立て続けに二人やられたらそうなるだろうな。いい腕前だ。

 さらにハンナは追撃として、さっきの竹の棒で背嚢を叩いた。

 パーンという軽快な音が轟く。銃声そっくりだ。



 ハンナがニヤッと笑う。

「鳴らすのには少しコツがいりますけど、銃声そっくりでしょう?」

「うん、まあ銃声そっくりなのは認めるんだけど……シュナイツァー銃術って、騎士の銃術じゃなかったのか? これってせこくない?」

「騎士ですから、主君の為に絶対に勝たないとダメなんですよ。名誉ある敗北より不名誉な勝利です。手段は選びませんよ」

 そういうものか。



 俺の生還のためにも是非そのまま不名誉な勝利をつかんで欲しいところだが、敵はこちらが二人しかいないことを知っている。

 連続してこれだけ発砲音がすれば、何かおかしいと気づくと思う。白煙も発砲炎も見えないんだから。

 もし気づかないとしても、二人じゃこんな射撃間隔は維持できないことはわかるだろう。



「あと六人か……」

 稼いだ時間で何とか弾を込めたが、俺たちの銃は三挺しかない。俺とハンナの長銃、それにハンナの護身用の短銃だ。

 そしてハンナが冷静に告げる。

「また来ました。扉に手をかけています」

「撃て撃て」

「はい」

 今度は本物の銃声が轟き、外から呻き声が聞こえた。



 さらにもう一発。

「二人倒しました」

「よしよし」

 百発百中だな。いいぞ。

「あっ、でも扉を破られました」

 ぜんぜんよくない。



「あんなに分厚い扉をか!?」

「蝶番が錆びてたみたいですね」

 だから撃たれても構わずに突っ込んできてたんだな。



 建物内部に敵が突入してきたが、俺たちは慌てない。

 ここの階段は一つだけ、しかも一番上を板で塞げるようになっている。敵は今頃、階段内部でひしめきあっているはずだ。

「では」

 ハンナが火種を手に微笑むと、導火線に火をつけた。



 鈍い破裂音が連続して轟き、建物が一瞬微かに震える。

「ぎゃっ!」

「ぶぁっ!?」

 階下で悲鳴が聞こえ、それから静かになった。



 ハンナがうなずく。

「いかがですか、シュナイツァー銃術の奥義『無影弾幕』は」

「『対人地雷』っていうんだ、それは」

 彼女は狭い場所で火薬を爆発させたのだ。



 なお、爆薬には鉛玉や鉄釘を大量に仕込んである。爆発に巻き込まれた連中がどうなったかは、だいたい想像がついた。

 えぐい。

 勝つためには手段を選ばないとはいえ、これのどこらへんが「騎士の銃術」なんだろう……。



 まあいいや。

「敵は応援を呼びに行っている。今のうちに急いで逃げよう」

「はい、クロツハルト殿」

 ハンナがそう言い、階段を塞いでいた分厚い板をどけた瞬間。



「がああぁっ!」

 血塗れの男が獣のような雄叫びをあげて、ハンナにぶつかってきた。

「きゃっ!?」

 体重差がありすぎて、ハンナが吹っ飛ぶ。

 まだ動けるヤツがいたのか。



 男は左手がズタズタに裂けていたが、他の負傷は軽いようだった。右手に持った剣を、刺突のために構える。

「このクソアマあぁっ!」

「う……」

 ハンナは壁で頭を打って、意識が朦朧としているようだった。

 銃は床に転がっている。

 間に合わない。



 俺はとっさに床を蹴って飛び、持っていた竹の棒で男の右手首を打った。

「コテェエエエエェイ!」

 剣道部時代の癖で、つい叫んでしまう。

「ぐぁっ!?」

 男が剣を落とし、身を屈めた。



 反撃されたら、アマチュアの俺に勝ち目はない。俺は反射的に手首を返し、抜き胴の要領で横薙ぎにブン殴る。

「ドーッ!」

 胴の位置にあるのは、敵の顔面だ。

「ぶあっ!」



 敵が顔を押さえてのけぞったところに、無我夢中でもう一撃。

「メエエエェン!」

 この叫び声、冷静に考えるとちょっと恥ずかしいな。

 そんなことを頭の片隅で一瞬だけ思ったが、その間にも体が勝手に動いて敵を攻撃する。



 だが問題がひとつあった。

 これって竹刀と同じような構造の棒なので、殺傷力があんまりない。

 怯ませてるだけだ。

 やっぱり銃だ。銃を拾わないと。



 そう思ったとき、背後からハンナの冷静な声がした。

「撃ちます」

「うわっ!?」

 俺はとっさに横っ飛びにジャンプし、ごろごろと床に転がる。

 その瞬間、狭い部屋に銃声が大きく轟いた。



「うぶぉ……」

 男の胸、心臓の辺りが真っ赤に染まる。致命傷だ。

 マスケット銃は射程や命中精度はあまり怖くないが、威力だけは現代の小銃と遜色ない。下手するとそれ以上にある。

 男はそのまま、床に倒れて動かなくなった。



 壁にもたれて座ったまま、ハンナがホッと溜息をつく。それから顔をしかめた。

「いたた……」

「おい、大丈夫か?」

「たぶん……。それより他の生き残りを始末します」

 銃剣をつけたマスケット銃を構え、ハンナが階段を覗く。



「……他はパッと見てわかるぐらい、しっかり死んでいますね。今の男だけ、仲間の体が盾になったんでしょう」

「そうか……」

 俺は立ちこめる血と火薬の臭いに気持ち悪くなりながら、それでも笑みを浮かべた。



 ハンナは首を傾げる。

「さっきの剣術、凄い迫力でしたね。見たこともない技でした」

「俺の故郷に伝わる剣術、『剣道』だよ。もう実戦から離れて久しい、心身鍛練のスポーツさ」

「ケンドー……ですか」

 ハンナはうなずき、それから笑う。



「かっこよかったですよ、クロツハルト殿。あとかけ声も」

「かけ声のことは言うな」

 現役の頃は気にもしてなかったけど、やっぱりこのかけ声はロイツェン人にも相当変らしい。

 いいじゃないか、これで気合いが入るんだから。

 話題変えよう。



「とにかくお前が無事でよかった」

「クロツハルト殿のおかげですよ。命を救われました」

 ハンナははにかみながらそう言い、それから俺に敬礼した。

「あなたは私の戦友です、クロツハルト殿」

「ああ、そうだな」

 俺もハンナも、一人だけじゃ生き残れなかった。

 彼女は俺の戦友だ。



 外に出ると、俺たちは村はずれで馬を一頭見つけた。敵の誰かが乗ってきた馬らしい。

「私が手綱を取ります。クロツハルト殿、一緒にどうぞ」

「そいつは楽でいいな」

 なんせ乗馬はロイツェンで少し習っただけで、まだ馬を走らせることもできないんだ。



「じゃあ失礼するよ、戦友殿」

 俺はハンナの腰に手を回す。鍛えてはいるが、やはり女性の細い腰だ。それにとても柔らかい。

 何だか猛烈に恥ずかしいが、戦友だからと自分を納得させた。

 今は早く、ここから逃げないとな。



「先行している衛兵たちは、もう安全な所まで脱出できたかな?」

「どうでしょう。うまく首都と山荘にたどり着けばいいんですが」

 逃げたふりをして脱出させた二人の衛兵は、それぞれ大公と姫の元へ向かっている。

 大公は首都にいるし、姫はロイツェン北部の山荘にいるはずだ。

 襲撃を知らせる使者がたどり着けば、後は大公が何とかしてくれるだろう。



「はっ!」

 ハンナが手綱をくれて、馬が軽やかに歩き出す。もっと早く走らせたいが、二人乗せているから無理はできない。

 カッポカッポと馬に揺られながら、俺はつぶやく。



「今回の襲撃、俺たちはたぶん本命の標的じゃない。俺たちは大して偉くはないが、大公直属の家臣だ。リスクを考えると殺す理由がない」

「では……あっ、姫様!?」

 ハンナがハッとしたように叫ぶ。

 俺はうなずいた。

「俺もハンナも、姫の教官だ。今は次期大公の継承問題が起きているところだし、姫と無関係とは思えないな」



 事態は急に緊迫してきたところだが、ここでハンナは肩越しに俺を振り返る。なぜか赤面していた。

「あ、あの、お話の腰を折るようで大変恐縮なんですけど、こうやってクロツハルト殿に腰を抱かれていると、その、なんですね」

 なんですねって、なんですか。



 彼女は耳まで真っ赤になる。

「こう、密着して上下に揺られていると、まるで、あれです、私とクロツハルト殿が、なんか……」

 あー、わかった。わかりました。

 恥ずかしいからやめてくれ。



「ハンナ、そんなこと言ってる場合じゃないだろ……」

「でっ、ですよね! でも馬術演習でさんざん、教官たちからロイツェン騎兵ジョークを聞かされたもので!」

 セクハラじゃん。

 これだからロイツェンの軍人さんは嫌なんだ。

 品がねえ。



「いいから早く。まだ敵の勢力圏なんだぞ」

「わわ、わかってますってば!」

 大丈夫かな、この戦友。


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