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28話


 森の中の廃村は、思った以上にボロボロだった。

「たぶんここ、五十年ほど前の疫病で住民が逃げ出したんだよな」

「詳しいですね、クロツハルト殿……って、私たち大丈夫ですか?」

「地理の授業の下調べで、この地方の疫病のことも調べたからな。心配しなくても、大抵の疫病は住む者がいなくなれば消える」

 土壌や野生動物にウィルスや菌が残ってるとか、実は感染症じゃなくて重金属汚染だったとかなら知らないけど。



 それよりも今は籠城する建物を選ばないとな。

 すると衛兵が朽ちかけた神殿を指さす。

「シュナイツァー隊長、あれにしましょう」

「そうね、御加護がありそうだし……」

 ハンナがうなずいているが、俺は挙手した。



「お前の指揮下に入ると言ったばかりで何だが、あそこはやめておこう」

「なんで?」

「あの神殿、村の集会所だった場所だ。開口部が広くて多い。四人じゃ守りきれないぞ」

 俺は不信心者なので、神の御加護よりも防御力を優先したい。



 ハンナたちもプロの戦争屋なので、それはすぐに理解した。

「確かに……。でもどれにすればいいですか、クロツハルト殿? 他に堅牢な建物が見当たりません」

 民家は神殿以上にボロボロだし、板壁も穴だらけだ。

 俺は村の様子をざっと見渡した後、ふと大事なことを思い出した。



「水車小屋にしよう」

「水車小屋?」

 首を傾げている兵士たちを促し、俺は馬を進める。

「説明は後だ。俺たちが尾行に気づいたことは、敵も気づいている。すぐに襲ってくるぞ」



 廃村の水車小屋は、丈夫な石造りの二階建ての建物だった。川の水は枯れていたが、今は関係ない。

「これなら銃弾を防げますし、火を放たれても簡単には燃えませんね」

 兵士たちが分厚い木の扉を閉め、かんぬきをかける。



 俺は自分の予想が当たって嬉しくなり、ちょっと自慢したくなった。

「水車小屋は村の大事な財産、特に支配者にとっての財産だからな。略奪や破壊に遭わないよう、頑丈に作られていることが多いんだ」



 俺が知っているのはロイツェンではなく中世ヨーロッパの事情だが、小麦を粉にする水車小屋は重要な施設だった。

 現代で言えば食品加工場と発電所を兼ねているようなもので、大抵は領主の所有物だったという。



 水車小屋の番人も領主の手下みたいなものだったらしい。

 小麦は製粉しないと食べられないが、領主は村人に石臼の使用を禁じて水車小屋を使わせたそうだ。

 そして水車小屋の使用料を取る。大事な収入源だ。

 もちろん村人からは恨まれるので、水車小屋は一揆などに備えて防御を固めていたらしい。



「結局、こっちの世界も同じようなもんか……」

 水車小屋がこれだけ堅牢に作られているということは、こちらの世界でも同じことが起きたのだろう。

 人間ってヤツは本当に欲深い。



 二階の鎧戸の隙間から外を見ると、廃村の入り口に敵らしい連中がやってきたのが見えた。

 ハンナが望遠鏡で偵察し、敵の数を数える。

「巡礼や行商人に偽装した兵士が八人。訓練された動きですが、銃はありません」

「ギルベルム卿の手下かな?」

「可能性は高いですね。領内で他の貴族がこんなことしたら、絶対にモメますし」



 何でこんなことするんだろ。

 ロイツェンの紋章官は大公直属の官僚だ。地位は高くないものの、意図して襲撃すれば大公への謀反とみなされる。

 まさか軍旗の意匠が認められなかったぐらいで、こんなことをするはずがないし……。



 まあいいや、とにかくこの場を切り抜けてから考えよう。

 外を見張っている兵士が叫ぶ。

「相手は戸惑っているようです。あっ、一人どこかに行きました」

 まずいな、応援を呼ぶ気か?



 古来より籠城というのは「待っていれば状況が好転して敵がいなくなる」という場合にしかやらない。

 味方の救援が来るとか、敵の兵糧が尽きるとか、そういう可能性に賭ける戦術だ。

 そこらへんは全員プロなので、よくわかっている。



 俺はハンナをじっと見つめた。

「救援は来ないよな……」

「来ませんよね。こんなとこで紋章官が襲われるなんて、誰も思いませんし」

「敵が諦めて帰るってのもないよね?」

「ないでしょうね……。どう見ても刺客です」

 籠城してる場合じゃないな。



「仕方ない、この四人でできることをやろう。馬は裏手につないであるな?」

「はっ、厩舎がありましたのでそこにつないでおります」

 兵士が即答する。

「君たちは馬術の心得はあるか?」

「はっ、騎兵としての訓練を受けております」

 さすが選り抜きの近衛兵たちだ。



「なら話は早い。これはハンナの判断次第だが……」

 俺は笑うと、彼らにプランを提示した。


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