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25話

「聖灯教にどうして宗派がいくつもあるのか、姫はご存じですか?」

 俺の問いかけに、姫はロイツェン派とパルネア派の教典を見比べながら答える。

「わかんないわ」

「ですよね」

 ロイツェン国内では割と繊細な話題に属するため、聖灯教の宗派について詳しく知る機会は少ない。



 政治と宗教と民族の話題は、いつだって時と場所を選ぶ。

 俺も正直あんまり触れたい話題ではなかったが、政治と宗教と民族の話をするのが、今の俺の仕事だ。

 この授業はオフレコ発言だから何を言っても大丈夫だが、姫に変な思想や価値観を植え付けたらロイツェンが滅ぶ。

 何より、家庭教師としての責任がある。



「えーとですね。この間、ロイツェン建国前の話をしたでしょう」

「えっ?」

 おい。

「したでしょう?」

「う、うん! したわよね! 覚えてる!」

 本当に覚えてる?



 俺は若干の不安を押し殺しつつ、慎重に言葉を選んだ。

「大パルネア帝国は聖灯教による支配で、長きに渡って領土を統治しました」

 俺は神様がいるのか知らないが、宗教に様々な価値があるのは間違いない事実だ。

 特に支配者にとって、宗教ほどありがたくて厄介なものはない。



「聖灯教の普及前は、他部族の捕虜は奴隷でした。奴隷が畑を耕し、人々の生活を支えていたのです。ですがそれでは効率が上がりません」

「あー、反乱とか起きそう。でしょ?」

 お、なかなかいい反応だ。こういうところは世間知らずのお姫様じゃないな。



「そうです。反乱とまではいかなくても、農作業も熱心にやりませんしね。どれだけ働いても、別に生活が良くなる訳じゃありませんから」

 しかし聖灯教は奴隷を禁止し、異教徒に対してもそれなりに慈悲ある処遇を定めた。

 特に改宗者は同胞として迎え入れ、一般市民に近い待遇を与えたという。



「聖灯教は当時としては非常に先進的な宗教で、パルネア大帝国繁栄の礎となりました」

 多神教が主流だった時代に一神教だったのも大きい。

 やっぱり神様が一人だと信者の統率力が違う。

「ただ、何百年も昔の戒律のままだと、やっぱり時代に合わなくなってくるんですよ。法律と同じです」



 あんまり余計なことを言うと俺が異端審問に呼ばれてしまうので遠慮するが、とにかく聖灯教は時代に合わなくなりつつあった。

「で、ロイツェン大公国はパルネアから独立したときに新しい宗派を作りました。それがロイツェン派、別名『赤炎派』です」



 マリシェ姫がノートを取りながら首を傾げる。

「前から思ってたんだけど、火って普通は赤くない? 後からできた方が赤いのよね?」

「薬品を燃やせば青や緑の炎も簡単ですよ。まあ現実味のある炎色ですし、ロイツェン派は現実路線なのでいいでしょう」

 実際は染色技術の都合だったようだが、あんまり余計な話をすると姫が混乱する。



「聖灯教ロイツェン派は徹底した現実路線、世俗主義です。戒律でも世俗の法に従うよう定めています。大公家が作った宗派ですから、当然ですけどね」

 今ではロイツェン人の大半はロイツェン派だ。

「一方で、従来の聖灯教の教義を重んじる人々もいました。いわゆるパルネア派、別名『青炎派』です」



 こっちは理想主義というか原理主義というか、俺たち現代日本人が想像する宗教家のイメージに近い。清貧と勤勉を美徳としている。

 もちろん大公家からはあまり歓迎されていないが、聖灯教のルーツでいえばパルネア派が本家筋だ。

 だから弾圧も排斥もできず、今に至っている。



「パルネア派はパルネア王国との関係が噂されていて、どうにも扱いが難しいんですよ。姫もパルネア派の処遇など、発言には気をつけて下さい」

「わかったわ。……具体的にどうすればいいの?」

 難しい質問だ。



「まあ、モノが宗教絡みですからね……。宗派が違うとはいっても、やはり尊重しないとまずいでしょう。姫だってロイツェン派のことを悪く言われたらキレますよね?」

「え? ううん?」

 おいおい。

 でも、ロイツェン派の神官たちは大公の忠実な家臣みたいなものだし、畏敬の念が薄くなるのも仕方ないか。



「姫、本当に宗教関係は気をつけて下さいよ。パルネア派の神官にとっては、姫なんか大した存在じゃないんですから」

「何よそれ、失礼ね」

「しょうがないでしょ、あの人たちは『神様とそれ以外』っていう区分けが最初にあるんですから。姫は『それ以外』の方で、まあまあ偉い人です」



 大公家の者にも、不審な死に方をした者がちらほらいる。

 パルネア派に暗殺されたという噂もあるぐらいなので、姫にも用心してもらわないといけない。

「幸い、私はパルネア派とも少しコネがあります。ロイツェン派の取りまとめは姫の仕事になりますが、パルネア派関係で困ったら私に相談して下さい」



 俺がそう言うと、姫はにっこり笑ってうなずいた。

「はい、先生!」

 妙なとこで素直だな……。


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