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24話


「さて、今日は歴史の補講です」

 俺はマリシェ姫を見つめ、それからなるべく努力して優しく微笑んだ。

「人間は覚えたことの九割を、翌週までに忘れてしまいます」

「うん」

「ですから、姫の歴史の小テストがひどい点数だったとしても、それは姫がバカだという意味ではありません」

「う、うん」



 俺は崩れそうになる微笑を、頑張って内側から保持する。

「大事なのは、覚えたことが定着するまで反復することです。これは決して、懲罰的な授業ではありません」

「う……うん」

「ですからこれは単に、姫が予習復習をサボった。それだけです」

「わかったから、ねちねち責めるのやめなさいよ!」

 本当は姫の頭をぐりぐりしながら、「い~い~度胸~だ~!」って叫びたいんですよ?



 俺は公女殿下に恭しく一礼した後、ロイツェン建国前の歴史について説明を始める。

「隣国のパルネアは、昔は巨大な『大パルネア帝国』でした。北はグライフ領の南半分、東はロイツェン、そして周辺の小国も全部、大パルネア帝国の属州だったのです」

「でっかいよねえ」

「でっかいですよね」



 この古代ローマ帝国のような大帝国も、ローマ帝国同様に衰退の時が訪れる。

「パルネア帝国成立時の法律が、だんだん時代に合わなくなってきましてね。世の中が進歩すると法律もそれに合わせないといけないんですが、やりたがる皇帝がいなかったんですよ」



 改革に失敗するぐらいなら、自分の代は今のままにしておこう。なあに、自分の代は別に問題ないさ。

 こうして後の世代にツケを回し続けた結果、帝国はガタガタになった。



「国力が低下した上に、民衆がバラバラになってしまいました。特に貧困層の生活が成り立たなくなって、村を捨てて山賊や海賊になる者が続出。反乱も起きて、属州では長官が就任式で暗殺されるほど荒れ果てます」

「うっわー……」

 姫は統治する側の人なので、かなり引いている。

 教訓にして下さいね。



「気づいたら『大パルネア帝国』は形だけのものになっていました。北のグライフで、族長たちが団結してパルネア北部を切り取ります。南部や西部の沿岸部では、属州が小国としていくつも離反」

「あ、それで東部はロイツェンになった! でしょ!?」

「ええ、そうです」

 でもそれ、見ればわかるよね。



「ロイツェン州の長官は、パルネア帝国から大公の位を授かっていました。かなり強い自治権を認められていたんですよ」

「で、そのまま独立しちゃったのね」

「ええ、ロイツェンに配置されてる全兵力は長官のものですから」

 腕組みした姫が、しみじみとつぶやく。



「悪いヤツねえ」

「あなたの御先祖様ですよ、マリシェ殿下」

「あ、そうか」

 大丈夫かな、この子。



 割と悪辣な方法で独立したので、パルネアは今でもロイツェンを憎んでいる。

 憎んではいるが、同時に帰ってきて欲しいとも思っている。

 家業を継いだが没落した兄と、それを見限って家出した弟みたいな関係だ。



「今のパルネアの国力は、ロイツェンより劣ります。理由はいろいろあるんですが、ロイツェンは代々の大公が精力的に国を発展させていきましたからね」

「ふふん、まあ私の御先祖様だものね」

 さっき『悪いヤツ』って言ってなかったか。



「ロイツェンにしてみれば迷惑な国ですが、やはり文化や言語は共通する部分が多いので、敵として戦うのも気が引ける相手です」

「ロイツェンの西側の貴族たち、パルネア風の礼服着てるものね」

「ええ、パルネアの影響は根強いです。処遇を誤れば、ロイツェン西部の領主はパルネア側に寝返りかねません。気をつけて下さい」



 国境が接している分、ロイツェン西部の領主たちが置かれている状況はシビアだ。

 マリシェ姫も納得したのか、大きくうなずく。

「頑張るわ」

「さすがは姫です。では……」

 俺は微笑みながら、用意した紙束を取り出した。



「これ、私が徹夜で作成したロイツェン史の問題集です。次回までに全部解いておいて下さい」

「えっ、ちょっ……これ全部!?」

「今聞いたことも、たぶん九割忘れてしまいますからね。残り一割の積み重ねで、十割まで持って行くんですよ」

 二度と忘れられない日にしてやる。


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