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12話

 今日も射撃場に、パァンという乾いた音が響く。

「あはっ、命中ぅ!」

「はい、良い照準です。しかしゆっくり狙って当てるのなら、子供にでもできます。照準は一瞬、照星だけで狙いを定めてください」

「わ、わかったわ……やってみる」

 マリシェ姫はハンナ教官から、実戦的な射撃術を教わっているところだ。



 俺はというと、隣でロイツェンの歴史書を積み上げたままぼんやりしていた。

「姫、歴史の講義がまだなんですが……」

 しかし姫は振り向きもしない。

「待って、もう少しでコツをつかめそうなの」

 発砲音と共に、もうもうと立ちこめる白煙がこっちにまで流れてくる。



 ハンナがニコニコ笑っていた。

「この猛特訓を最後までやり遂げれば、殿下も一人前の射手です! がんばりましょう!」

「うん!」

 いや、やる気になってくれてるのは嬉しいんだけど。

 俺は姫を鉄砲の名人にしたい訳じゃないんだ。



「姫、射撃の訓練ばかりしている訳には参りませんよ?」

「わかってる。わかってるけど……」

 慣れた手つきで銃身内部の掃除をして、次の弾薬を装填する姫。メチャクチャ早い。もう趣味や嗜みの水準を超えている。

 ハンナ教官の声が飛ぶ。

「殿下、近衛隊の射手は十五秒で射撃姿勢まで持っていきます。あと三秒、縮めて下さい」

「わかったわ!」

 いや、だから。



「ハンナ、君は姫をどうしたいんだ……」

 すると近衛将校のハンナは、にっこり笑う。

「それはもちろん、ロイツェン随一の射手に……あれ?」

「『あれ』じゃないだろ!?」

 ロイツェンの軍人さんはすぐこれだ。

 職務熱心すぎて、目的と手段が入れ替わる。



 このままだと、ロイツェン大公国唯一の跡取りが凄腕スナイパーになってしまうぞ。

 とはいえ、彼女の熱意は大事にしてやりたい。

 ここで姫から大好きな銃を取り上げるのは、少しもったいない気がした。

 こういうときはあれだ。

 姫が大好きな銃を架け橋にして、他の科目にリンクさせればいい。



 俺は素早く授業計画を立て直し、姫に声をかける。

「ところで姫は、銃と弓の違いについてご存じですかな?」

「え? 弓?」

 パァンと盛大にぶっ放して、姫がこちらを振り向く。立ちこめる白煙で顔がよく見えない。

 撃ち過ぎだろ。



 俺は溜息をついてから、こう説明した。

「銃は弓と比較されがちですが、構造も用いられ方も大きく異なります。なぜ今はロイツェン軍に弓兵隊がいないのか、わかりますか?」

「えー……?」

 撃ち終わった銃を抱えて首を傾げる姫だが、その手はもう次弾の装填を始めている。

 現時点ですでに俺より巧いし、基本動作が徹底されていた。



 くそっ、負けてたまるか。何がなんでも歴史の授業だ。

「古来より人は戦うために、物体を投射してきました。物を投げる能力を持つ生き物はほとんどいません。この力は人が生きていく上で非常に強力なものだったのです」

 アウトレンジから一方的に、しかも多数でひとつの標的を攻撃できる。

 人間の集団から石や槍を投げまくられたら、たいていの獣はやられてしまう。



 ここから一気に説明を重ねてもいいが……。ちらりとマリシェ姫の顔を見ると、まだ射撃に未練がありそうな顔をしている。

 これは説明だけしても、頭に入らないパターンだな。

 よし、こういうときは発問だ。



 俺は急いでペンを取る。

「最初は投石紐。投げ槍に、弓。そしてクロスボウが、古代の戦場で活躍しました」

 四つの武器名を一列に並べる。

 それから別の場所に、『銃』と書いた。

「ですが銃だけは、これらの投射武器とは決定的に異なっています。わかりますか?」



 マリシェ姫とハンナが顔を見合わせる。

「ハンナ、わかる?」

「いえ……銃以外のことには全く興味がありませんので」

「私も」

 二人ともそれじゃダメだろ。



 俺は重ねて質問することにした。

「簡単ですよ。姫、さっき銃を何発ぐらい撃ちましたか?」

「え? えーと……十発ぐらい?」

 撃ちすぎだ。

「どこか筋肉痛になってませんか?」

「なる訳ないじゃない」

 なぜか得意げに胸を張るマリシェ姫。



 俺はにっこり笑った。

「そう、それです。女性が続けて十発撃っても、まだまだ撃てる。こんな武器はなかなかありませんよ」

「あ、あー……。なるほど」

 マリシェ姫は早くも気づいたようだ。

「弓だとこんなに撃てないんだ?」

「使う弓にもよるでしょうが、甲冑を貫くほどの射撃を十回繰り返すのは相当きついと思いますよ。日頃から鍛えてないとできません」



 俺はさっき書いた四つの武器を、ペン先で示した。

「それまでの飛び道具は全て人力でした。だから力の強い者だけが、優秀な射手になれたんですよ」

「クロスボウは? ほら、ハンドル回して弦を巻くヤツがあるでしょ?」

「ああ、あれなら可能かもしれません」

 実際、クロスボウはかなり強力な兵器だったようだ。



「とはいえ威力のあるクロスボウは重く、巻き上げ機を付ければさらに重くなります。威力や射程で銃に匹敵する大型クロスボウとなると、持ち運ぶだけでくたびれますよ?」

「ちぇっ……」

 それだけロイツェンの銃が優秀ということなので、そんなにむくれないで下さい。



「それにハンドルを回したところで、結局は射手の腕力次第です。非力な者は弦を素早く巻き上げられません。でも銃は違います」

「そうね、私でもあんなに撃てるもの。ほら見てよ、全部的に当たってるでしょ?」

 ほんとだ。腕を上げたなあ。

「素晴らしい技量です。短期間でよくここまで上達なさいましたね」

「でしょう?」

 へへんと胸を張る姫。

 上達が早いのも銃やクロスボウの特徴だ。一方、長弓兵の育成には数年かかるという。



 さて、仕上げに入ろう。

「こうして飛び道具の変遷を見ていると、何かわかりませんか? おおまかな傾向があるはずです」

「ん~?」

 マリシェ姫は首を傾げて、それから答える。

「そうね……どんどん仕組みが複雑になってるわ。それと、だんだん扱いやすくなってる? かな?」

 おお、素晴らしい。



「そうですね。生産技術の発達で武器は複雑化していますし、扱い方は逆に簡単になっています。武器が進歩すると、十分な戦力を持った兵士を短期間で作り出せるんですよ」

 だから子供にアサルトライフルを持たせて戦場に送り込んだりする外道が出てくるんだが、こちらの世界ではまだそこまで武器は進歩していない。

 でも時間の問題だろうなあ。



 さて、姫の学習到達度をチェックしておくか。

 かなり理解してくれているようだが、念のためだ。質問してみよう。

 そう思ったとき、マリシェ姫はふむふむとうなずきながら俺を見上げた。



「じゃあ、これからも武器はどんどん複雑になって、どんどん扱いやすくなるのね?」

「おそらくそうなるでしょう。……よくわかりましたね」

 俺が質問しようと思っていたことを、マリシェ姫は聞かれるより先に答えてきた。

 やっぱりこの子、メチャクチャ頭いいぞ。



 姫が今まで歴代の家庭教師を追い出し続けてきたのは、この子が勉強嫌いだとか、わがままだからとかではなさそうだ。

 教えるヤツが下手クソだったんだ。

 そして姫は、教え方ひとつでどこまでも伸びる。



 俺は教え子の将来性に胸が高鳴るのを感じながら、にっこり笑ってみせる。

「こんな風に未来のことが何となくわかるのも、歴史の楽しみのひとつなんですよ」

「ほんとね……興味深いわ」

 姫はにっこり笑う。

 それから彼女は逆に質問してきた。



「それで? クロツハルト殿は、未来の銃はどんな風になると思っているの?」

「え?」

 いや、知ってますけど。

「聞かせてちょうだい?」

 それを言ってしまうと、この世界で第一次世界大戦が始まりかねないから……。



 マリシェ姫は無邪気に笑う。

「私はね、銃はもっと簡単に、子供でも扱えるようになると思うわ! 弾込めも、もっと簡単にできると思うの」

 やばい。正解に気づき始めた。

「クロツハルト殿も、同じことを考えてるんでしょう? ねね、どうしたらいいの?」

「いや……それは」



 俺は自分が今、歴史の分岐点に立っていることを自覚する。

 鉛弾と火薬を紙で包んだ紙薬莢が、現在の主流だ。これに雷管もセットにして金属製の薬莢にすれば、現代の銃に近づく。

 まあでも、金属製の薬莢は高度な工業製品だから、今のロイツェンじゃ無理だよなあ。



 だから俺はにっこり笑って、こうごまかす。

「ロイツェンの工業生産力や科学技術がもっと高まってからでないと、何とも言えませんね」

「ふーん……」

 マリシェ姫は俺をじっと見つめてから、大きくうなずく。

「わかったわ。私が大公になったら、そのへんも何とかしてみせるわ。だからそのときには正解を教えてね、クロツハルト殿」

「期待していますよ、姫」

 やれやれ、うまくごまかせたぞ……。

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