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11話

 マリシェ姫は今日も、火縄銃をぶっ放すのに忙しい。

「だんだん上達してるのが、自分でもわかるってのがいいわ」

 標的を見ると、確かに命中率は格段に上昇している。

 まあ……一応誉めておくか。

「五発中、四発が的に収まっていますね。しかも最初の頃と比べて、狙いをつけるのも弾を込めるのも早くなっています」

「でしょう?」

 弾を込めながら、嬉しそうにニコッと笑う姫。

 意欲的なのは素晴らしいんだけどな。



「ですが姫、他の学問もしませんと」

「えーやだ」

 やだじゃないよ。

 親の顔が見たいぞ。……いや、毎日見てた。

 大公の「強い意志を持つ子を育てる」という教育方針はおおむね間違ってないとは思うが、それだけだと家臣が大変なので、もう少し何とかして欲しい。



「これから法学の授業ですよ。法務官たちも暇じゃないんです」

「やだってば」

「やだじゃないです。大公直属の法務官が講師役に来てくれる予定になっています。俺も同席しますし」

 今のままじゃ、姫が大公になったときに思いつきでメチャクチャな法律作りそうだし、体系的な法知識を身につけてもらわないと。



「それがますますやだ……」

「大公直属の法務官たちはエリート中のエリート、最高峰の法律家たちなんですよ。現役の法務官から教えてもらえるなんて、どれだけ贅沢なことかわかってますか?」

「そういうものかな?」

 そうだよ?



 俺は姫の頭をつかんでぐりぐりしたい衝動に駆られたが、相手は次期国家元首なので我慢する。

 それに姫にとっては、法務官たちも大勢いる家臣に過ぎない。

 しょうがないので、俺はなるべく穏やかに説得することにした。



「姫、なんでそんなに法学の授業を嫌がるんですか?」

「法学の授業が嫌なんじゃなくて、銃の練習をもっとしたいのよ」

「好きなことばっかりやろうったって、そうはいきませんよ」

「違うんだって!」

 急に大きな声で叫ばれた。



 姫は俺に向き直ると、愛用の火縄銃をギュッと抱きしめる。

「私、今まで何をやっても全然誉めてもらえなかった。『公女ならこれぐらいできて当然』だとか、『公女なのにこんなこともできないのか』って」



 今までの教官、みんな偉い学者とかだったらしいからね。

 姫みたいな素人の小娘じゃ、どうあがいても彼らの要求水準には届かなかっただろう。

 そして俺のいた世界の教授たちと違い、こちらの世界の学者たちは教育の素人だ。素養のある者、理解力のある者にしか教えられない。



 そう考えると、姫も気の毒だよな。

 スライム相手に苦労しているような低レベル勇者が、いきなり世界最高クラスの魔王と戦わせられているようなもんだ。

 俺が内心で同情していると、姫は火縄銃を抱きしめながら俺に訴えかけた。

「でもこれだけは、銃だけは誉めてもらえたの! あなたに!」

 いや、誉めたけどさ……。



 射撃教官のハンナによると、姫の射手としての素質や実力は十人に一人ぐらいのレベルらしい。

 十人に一人というのは素晴らしい素質だ。そこらの雑兵としては優秀な部類に入るだろう。

 でも俺の世界で言えば、部活の主将になれる程度。強豪校ならレギュラーになれるかどうかも怪しい。



 冷たいようだが、はっきり言っておくか。

「姫の銃の素質は確かに優れていますが、一流の兵士として通用するほどではありません。今の十倍訓練したって、近衛隊には入れませんよ」

「えっ……?」

 ああ、ごめん。

 でももっと言う。



「姫は姫にしかできない役目があります。私はあなたに好きなように生きて欲しいと思いますが、あなたの立場がをそれを許してはくれません」

「でも……」

「銃は嗜みのひとつとして大事にして下さい。ですが、他にもっとやらねばならないことがあるんですよ」

 大人の理屈だなあ。

 自分で言っておいて何だけど、これじゃ十五歳の少女を説得できない気がする。



 思った通り、マリシェ姫は納得しなかった。

「でも私、今はこれをやりたいの!」

 趣味に打ち込みたい時期ってあるよね。

 姫はまだ十五歳、現代日本なら中学三年生か高校一年生ぐらいだ。

 だがここはロイツェンで、この国では姫は来年成人する。

 モラトリアムはもう終わりだ。



 マリシェ姫は俺に背を向けて、銃の弾込めを始めてしまう。

 俺は姫を叱ることもできたが、やめておいた。

 これ以上、この子を追い詰めてはいけない。

 たぶんこの子は、味方だと思っていた俺から厳しいことを言われて傷ついているんだ。



 すると姫は銃を構えながら、ぽつりと呟く。

「結局あなたも、お父様に命じられたからやってるだけなのよね」

 違うとは言い切れない。大公の頼みでなければ、姫に勉強を教えるつもりなんかなかった。

 そもそも俺は大公の家臣だし、それ以上の何かを求められても困る。

 俺は君のお兄さんじゃないんだよ。



 塾で教えてるときも、こういう問題はあった。

 親しくなった生徒の中には、「先生と生徒」以上の親密さを求めてくる子もいた。

 でも俺は会社から給料をもらう身で、就業規則もある。うちの塾の場合、生徒に自分のファーストネームを教えるのも禁止されていた。



 困ったな。

 なんて言えばいいのか悩んだとき、俺は別のことにハッと気づく。

 マリシェ姫、今さっき弾込めしてたよな?

 少し前にも弾込めしてた。

 その間、発砲したか?

 まずい!



 俺は射撃姿勢になっている姫に駆け寄る。

「いけません、姫!」

「ほっといてってば!」

 姫が叫ぶが、そうじゃないんだよ。

 でも間に合わない。



 今にも引き金を引きそうな姫を、俺は無我夢中で突き飛ばす。

 その瞬間、銃が暴発した。

「ぐっ!?」

 なんか痛い。

 でも思っていたような、「銃身が破裂して全身ズタズタになる」って感じじゃない。



 即死じゃないのならいい。

 自分の傷は後回しだ。

「姫、御無事ですか!?」

 すると姫は尻餅をついたまま、俺を見上げながらガタガタ震えだした。

「な、何……? 今、何が……?」



 俺は痛みを無視して笑ってみせる。

「姫、二回弾込めをしたでしょう? 銃の中に二発分の火薬が入ってたんですよ」

 現代の銃なら安全設計がもう少しキチンとしているはずだが、なんせ近代化以前の銃だ。強度が足りない。



「こんな初歩的なミスをしているようじゃ、射手としては二流以下ですね……いてて」

 銃を見るとネジや火蓋など、細かい部品が吹っ飛んでいた。俺の腕に突き刺さってるのはそれか。

 銃身は何ともない。

「なるほど、弱い部分から爆発の圧が逃げるから、一番丈夫な銃身は壊れないのか」

 勉強になるな。



 だがマリシェ姫は顔面蒼白のまま、近くにいる近衛兵たちに叫ぶ。

「誰か! 誰か来て! クロツハルト殿が怪我を!」

 たちまち大騒ぎになり、俺はほとんど有無を言わせずに屈強な近衛兵たちに担がれて、そのまま医務室送りになった。



   *   *   *



「腕の傷は案外深いね。縫うほどじゃないが、痕は残っちまうかも知れんな。ま、イイ男は傷もたくさんあるもんだ。前より男前になるよ」

 古傷だらけの老軍医に笑顔で包帯を巻かれ、俺は苦笑するしかない。

「かたじけない」

 治療が終わったところで、医務室に姫がやってくる。



「あの、クロツハルト先生は……」

 すると軍医が笑顔で、俺の肩をバシバシ叩いた。

「なに、あの程度の傷で死ぬ者などおりゃしません。クロツハルト様はお若いですし、傷はすぐに治るでしょう」

「そう、良かったわ……」

 ホッとする姫に、老軍医が余計なことを言う。



「腕の傷は残るかも知れませんが、銃を撃つのもペンを持つのも不自由はせんはずです」

「傷が残っちゃうの!?」

 ほらみろ、泣きそうな顔してるじゃないか。

 だから軍人さんは嫌なんだ。

 デリカシーってもんがねえ。



 俺は笑顔でシャツを羽織る。

「大丈夫ですよ、姫。どうせ服を着るんです、傷が残っても見えません」

「でも、でも……」

「女性とは違いますから、男はこんなもの気にしませんよ。むしろ兵士たちには好印象です」

 実は子供の頃から、武器の古傷って憧れてたんだよなあ。



 俺は全く気にしていなかったが、姫は目がじわりと潤んで、今にも泣き出しそうだった。

「ごめんなさい、先生……ごめんなさい……」

「大事な教え子が無事なら、それでいいんですよ」

 俺は立ち上がると、姫を促した。

「さ、そろそろ法学の授業です。行きましょうか」

「はい、先生!」

 なんか呼び方変わってない?



 なお、このときの腕の傷はやっぱり痕が残り、鉤爪で引っかかれたような古傷になった。

 ちょっとかっこいいなと思ったが、低気圧の日に鈍く疼くので少し困っている。

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