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第五話:実験的料理

深夜にこっそり。


 「っ! ゃぁ!」


 嬉しそうにマントの中に潜り込んでいったポチと、初めての体験だからか慣れない声を上げる子供に背を向けて歩きながら俺はひとりうんうんと頷いた。


 ポチはいいぞぉ~。

 確かに最初はぷるぷるした感触に驚くかもしれない。

 だがじきに良くなるはずだ。


 それに普段は薬草の切れ端を食べているから分泌液も身体に良いし、“肩こり解消用のマッサージ技術”も仕込んであるから寒さで固くなった体もすっかりほぐしてくれることだろう。


 俺のような普段、寝てばっかりでろくに運動しない人間で、しかも固いベッドで寝ている人間だと、二十七でもこう、時たま身体がぎしっというからな。

 ポチはそういう点でも実に役に立つスライムなのだ。


 そんなおっさん臭いことを考えながら、俺はカゴと洗浄したガラス容器を手に取って素材棚の前にたどり着くと、首をかしげる。


             「ひぁぁ…………」


 食べる物自体は昨日面倒だからまとめて作り置きしたモアピジョンの煮込みでいいとしても、あれだけだとパサパサした肉とクズ野菜くらいしか具が入ってなくて味気ない。

 あの子供に食わせることを考えるなら栄養も足りないだろう。


 大体せっかくちょろまかすことに成功したのに倒れられては何のために拾ったのかわからなくなるからな。

 しばらくはガリガリで体力がないだろうしいきなり何かさせるのは無理だとしても、出来れば一日も早く俺に優雅な生活を送らせてほしいものだ。

 そのための先行投資と考えれば、なけなしの素材を多少奮発してやっても……良いだろう。


 そう思った俺は、適当にその辺の素材棚にあった前処理済みの薬草数種と木の芽に、昨日おばちゃんに押し付けられた新鮮な人参(なんでこの季節に、しかも家庭菜園で採れるのかは激しく謎だ)をカゴに入れる。


 それから今度は、抽出液をずらっと並べている保存棚の前に行き、再び首をかしげる。


        「ぃぅっ!」


 味がマシで栄養ありそうなの、なんかあるかなあ。

 ああ、これにするか。この中で魚の頭が浮いてるやつ。

 料理用じゃないし美味いかは知らないが、蛇とかカエルとかトカゲよりはましだろう恐らくきっと。少なくとも栄養はある。これが一番大事。


 そんなことを考えながら魚の抽出液をいくらかガラス容器に移した後、最後にもうちょっとサービスしてやるかと思った俺は、魔封瓶をずらっと並べている棚の前に向かった。


 その中から体力回復用のポーションの生成につかう低質の賦活概念を抽出した紫の魔粘体が入った魔封瓶から、スポイトを使って先程のガラス容器の中に数滴注ぐ。


 ……一応なにを入れたのか説明しておくと、錬金釜に溶かし込んだ素材は通常、ある種の『魔法概念』として術者が観測する『素材の効能』と、それが抜けた『物質としての組成を保ち、いくらかの解釈しきれなかった、あるいは解釈せずに残した魔力を含む素材』に錬金釜の中で分離される。


         「ぁぅぅ………っ!」


 これはスライムたちが彼らなりの法則に従って腹の中でやっていることと同じことで、錬金術師はさらにその『効能』だけを仮初の『魔粘体』という形で物質として抽出する技術を持つ。

 俺が今ガラス容器の中に入れたのは、まあ純度はあまり高くはないのだが、『賦活』という体内の魔力に働きかけて自然治癒力を加速させる類のものである。


 ちなみにその魔法概念というやつは術者の技量やセンス、知識によって認識できる幅が随分と異なっており、こういった所にまず一つ、いわゆる努力や才能と言うものが効いてくる。

 俺は才能もだが、何より努力する気があまりないので、さほど上等なものを抽出することが出来ず、まー平凡な感じのものしか作れない。


 それでも一応、誰にでも真似できる技術ではないので、多少の金にはなるのだが。

 技術職の良い所である。


 ……なんだかこういうことを語っていると、だんだん料理というより錬成の準備をしている気になってきたがまあそういう感じだ。


      「……にゃぁ……っ!」


 しかし大体使う素材……具材はこの程度でいいだろう。


 後は工房の隅にある床下の保冷庫から昨日の作り置きを取ってきて、その中に全部ぶち込んで温めてやればそれっぽいのが出来るはず。


 というわけでちゃっちゃと作り置きを取ってきた俺は、適当に調味料を足してガラス棒でかき混ぜながら肉やら薬草やらが入ったガラス容器を加熱用の魔道具を使って温める。


 いい感じになった気がしたあたりで味見をしてみる。


 …………。

 魚のエキスが微妙に生臭くて邪魔だ……。


 「……うん。まあ酒でごまかすか」


 そう思った俺はちょっとだけ残っていたシードルを適当に加え、酒精を飛ばす。


 「……うん。まあなんか甘くはなったな」


 栄養と食いでがあったらもうなんでもいいか。

 食えりゃあいいんだよ、食えりゃあ。

 それにお子様はきっと甘いの好きだろうしもうこれでいいだろう。


        「…………(ばたっ)」



§



 ちょうど俺が料理を終わらせたくらいに、背後で細々と上がっていたポチと子供が戯れる音も止む。


 中々ナイスタイミングである。さすがはポチ。

 そう考えながら、スープを入れたガラス容器二つを布越しに手に持って振り返る。



 ――するとそこには。





 し、死んでるだと……!?





 というわけもなく。


 ぐたっとへたり込んだ『すこしヘタったオレンジ髪の、十はいっていないだろう痩せた少女』がいた。


 俺がやった黒のマントをぎゅっと抱きしめながらも顔をちょこんと出して、少し赤くなった顔で荒く息をついている。

 そして俺が見ていることに気付くと、目の端に涙を滲ませながら俺にじとっとした視線を向けてくる。


 髪はすこし湿気ているが、顔などはさほどベタついてはいない。

 まあポチは捕食……じゃない。食事の際に粘液をあまり残さないようにしつけているしな。ちなみにポチは満足したのか、そそくさと勝手に壺の中に戻っている。えらい。


 ――しかしそれにしても。


 「へえ? お前、女だったのか」


 まあ正直、性別なんてどうでも良かったから気にしてもいなかったのだが。

 強いて言えば、体力があるだろう男の方が良かったかもしれない。

 だがまー、女でも取り立てて問題はないだろう。


 それよりも俺は恨みがましい目で見上げてくる少女に、


 『なんだ、こいつも無表情以外の表情もちゃんと作れるじゃないか』


 なんて思って、少しホッとしていた。


 ………………いやほらあれだろ。


 もし感情失ってるとかなら、流石に俺の手にあまるしな。

 だいたいそんなことになっていたら、立派に俺にヒモ生活を送らせてくれるまでどれほどかかるかわかったもんじゃない。それはすごく困るじゃないか……。


 そこまでうんうんと頷きながら考えた俺は、キレイになった少女に声をかけてみる。


 「どうだ、すっきりしたか」


 「…………はぃ」


 ポチの薬効成分が含まれた分泌液のおかげかわずかに色艶を増した顔で、恨みがましそうに俺を見上げながらも返事をする少女に思わず笑いそうになる。


 だがしかし、まだちゃんと話をしていない段階で緩んだ所を見せるのはダメだなと思った俺は意図して威厳がありそうな顔をする。


 「よし、じゃあ次は飯だ。ほらあっちの机で食うぞ」


 俺はそう言って、黒パンが一個と水瓶が置いてあるテーブルを顎で示した。

 すると、少女は初めて俺が手に持っていたスープの匂いに気付いたようで、


 「え……」


 と小さく声を上げて困惑した表情を浮かべると、俺と俺が手に持つスープを見比べて動かなくなった。


 なんだ? 腹減ってるだろうに。よくわからんやつだな。

 もっとスラムのガキっぽくガツガツすればいいのに。

 俺はなんかしようとして変に遠慮されると面倒くさく感じるタイプだ。


 ちなみに、何かしてもらえるのが当然と思っているやつも鬱陶しく感じる。

 まったく信じられないよな。てめえは何様のつもりなんだよってなあ!


 「どうした。早く来い。冷めるぞ」


 俺はそう急かしながら先に席に着きスープをテーブルの上に置いてから黒パンの真ん中に水をかけて無理やり引きちぎる。


 そんな俺の様子を少女は座り込んだまま固まった表情で見ていたが、やがてゆっくりと立ち上がった。

 最初はゆっくりとそして段々小走りで駆け寄ってきた少女は、なれない様子でやや高い椅子に登って俺の正面の席に着く。


 そして目の前で湯気を立てているスープと半分に割れた黒パンを少し震えながらじっと見つめる少女に、俺は声をかけた。


 「黒パンはスープに付けないと硬いぞ。スープは熱いから気をつけろ。……あーもしかして、食器の使い方とかわからないのか? こうやって刺して使うんだ」


 見本をみせるために俺は分離していた肉をフォークで突き刺して口に運び、黒パンをスープにつけてふやかす様子を見せてやった。


 そしてそんな俺のことを無言でじっと見ていた彼女だったが、やがて俺の仕草をそっくり真似するように湯気を立てる肉をフォークで突き刺して口に運んで噛み締めると――――、








 ――大粒の涙を零しながらまるで聖人のごとき穏やかな笑みを浮かべた。







 痩せた頬に次々と流れる涙。

 そしてその涙を拭うこともなくただひたすら、心の底から幸せそうにおぼつかない手で食事を続ける幼き少女。


 食事中に色々聞こうと考えていた俺は、そんな少女の様子に思わず言葉を失ってただ視線を奪われたのだった。



§



 

 そしていくらかの時が過ぎたあと、少女はスープを一滴残らず飲み干して、綺麗にすべての具とパンを食べ終えた。


 『賦活』の効果、薬草の薬効、あるいはポチによって肌に丹念に塗り込まれたであろう分泌液の効能だろうか。


 最初に出会ったときとはまるで見違えるように生気を取り戻した少女は涙を拭うと、少し前までの無表情はどこへやら、俺をじっと見つめながら、口元をほころばせて幸せそうに笑っていた。

 俺に向けられたその透き通った緑の瞳にもまた、もはや最初に出会った時の奈落は感じられない。


 正直なところ、どうしてこの幼き少女がここまで激変しているのかは俺にはさっぱりわからず、内心でひたすらに首をかしげていた。


 俺ってなんかしたっけ?

 身体キレイにしてやって、いろいろごちゃまぜの飯くわせただけじゃん。


 たったそれだけのことで、なんかこう『私、救われました!』みたいな顔なんてするんだろうか。

 いや実にチョロくて結構なんだけどさ。


 まあいいか。

 きっとこう、マッサージ効果とか満腹感で脳がおかしくなったんだろう。


 よくあるよくある。

 酒飲みながら賭け事でパーッと使ってツキが来てる時とか、後で絶対後悔するのに超幸せだもん。

 お前もいっときのふわふわした幸せで俺のために尽くすことになって後悔するが良い。


 そんな下衆いことを考えながら、なんかさっきは黙り込んじゃったけどとりあえず真面目な顔をつくった俺は話を進めようとする。だが、その矢先。


 少女が先に自ら口を開いた。


 「あの……」


 食事のおかげか、声も子供らしいやや高い声になっている。

 それから少女は、なんだか地に足がついていない微笑みを浮かべながらよいしょと椅子から降りて立つ。


 「どうした? 厠か?」


 マントを掴んで身体に引き寄せていた少女は、そんな俺の一言にじとっとした目を向ける。

 

 「……まほうつかいさま、さっきからそういうの、わざと、なんですか?」


 「? さっきとはなんだ。わざとも何もないが」


 「くすっ。いえ……、なんでもないです。あの…………。まほうつかいさま、わたしはもう、いいですから」


 そう言ってごくりとつばを飲み込んだ少女はやはりどこかふわふわしたおかしな笑みを浮かべる。 

 俺がなにがいいんだ?と聞こうとすると、その出先を食うように少女は続ける。




 ――その、続けられた言葉は俺を呆然とさせる。




 「まほうつかいさま。いろいろ、ありがとう、ございました。ごはんも、とっても、とっても、おいしかったです。こんなわたしに、こんなにたくさんのすくいをあたえてくれて、すごくうれしかったです。だから、こんどはわたしがさしだすばん。どうか、わたしを――」






 「――いけにえにつかってくださいっ!」






 「…………???」


 何言っちゃってるのこの子?

 俺は思わず黙り込んで、少女の顔に何か答えが書いてないか探してしまう。

 

 いけにえ? 生贄のことだよな。なにその発想、すごい怖いんだけど……。

 どうして俺がそんな人生が一瞬で不可逆変化を起こしそうなことをしないといけないんだ。

 俺のモットーは『欲望に忠実に、されど面倒事は避けよう』って感じなのに。

 

 なんて考えていると、ふと視界の中に例のドクロが入ってくる。

 ドクロ……。



 …………。

 ……………………。

 ………………………………。


 

 ああああああああああああああああ!


 うっそまじかよ、俺ってマジでバカじゃないの。

 普通そんな凡ミスする?

 あれとかこれとか合わせたら、俺の乏しい想像力でも分かっちゃうわ。


 ハハハハハ。

 

 これきっと俺のことをそういう系(・・・・・)のヤバイ魔法使い、だと思ってるんだな。


 そして俺が普段適当にしか使わない頭を必死に動かしていた間ずっと無言でいたせいで、目の前の少女は必死で笑みを維持しながらも段々涙が溜まってきてしまっていた。


 それを確認して俺は慌てて口を開く。


 「あー、えっとだな――」


 「わたしじゃ、まほうつかいさまの、おやくにたてませんかっ!」

 

 「いや、ちがっ――」


 「お、おねがいしますっ! わたし、わたしのてをとってくれたまほうつかいさまのためになら、なんでもささげられますっ! でもこんなわたしにささげられるのなんて、わたししかないからっ! だからっ!」


 「そんな物騒なはな――」


 「わたし、わたしはこんどこそ、ひとりぼっちでおわりたくないのっ! おねがいしますっ!」


 こ、こいつ……。い、いちいち俺のセリフの出先を食うんじゃねえええええ!

 わざとやってんのかそれ! 説明できないじゃねえか!!!

 大体生贄になりたがるってどういうことだよ、まったく気持ちが伝わってこねえよ!!!

 俺に理解できる言葉と理屈でしゃべってくれ!!!


 はあ、なんかだんだん胃が痛くなってきたわ……。お願いだから話を聞いてくれ!



 ――そしてシビレを切らした俺が、興奮してなんかトリップしてる少女を取り押さえようと思わず立ち上がると。








 「わたし、いけにえになりますっ!」







 少女はそう言ってバサリと黒のマントを床に落とした。

 そしてすっぽんぽんになった身体で今度は熱を発している錬金釜に向かって走り出す!



 はああああああああ!?!!!???

 なにしてくれてんのおおおおお!!?!?!??



 だいたい『いけにえになりますっ!』ってなんだよ!!

 そんなセリフ聞くやつなんてこの世で俺くらいじゃないの!?

 こいつ、やることなすこと過激すぎる!!


 「おい、待て、落ち着け!!!」


 俺はそう叫びながら椅子を踏み台にしてテーブルを飛び越え、意外なほどの速さで走る少女を追いかけようとするが、既に少女は錬金釜の間近にまでたどり着いていて絶対に間に合わない。


 俺は時が遅くなったように感じる。

 そのゆっくりとなった時の中で『ああ、俺の人生ってこれで終わるんだな……』と内心でびっくりするほど冷静になりながら、ハハハと嘆息する。


 小心なこの俺が殺人とか耐えられるはずがない。

 さらば、俺の夢の安楽人生。こんにちは、罪人生活……。



 ――そんなふうに、俺が人生に虚しく諦めを付けていると。



 事態は予想外の結末にたどり着いた。






 「ぽてっ」






 錬金釜の近くに転がっていたドクロ。

 それをこの生贄志願の少女が踏んづけてすっ転んだのだ。


 それを見て俺は思った。

 人生って些細なことでどん底に落ちかけたり、救われたりするんだなと。


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