第三話:スライム
緑の瞳がいろんな意味で印象的なばっちい子供を隠すために、仕方なく、心底不本意ながらも自身が着ていた黒のマントをかぶせた俺は、途端に数倍にも増したかのように感じる冷気に震えながらも、俺の工房がある通りにたどり着く。
いや、ほんと寒いな今日。
よく他の連中はこんな気温で祭りを楽しめるわ、頭おかしいんじゃないの。
……別に悔しいからこんなことを言っているわけじゃないぞ。
俺の工房がある通りは、行政的には多分別の名称があるんだろうが、通称『遊び人通り』と嫌がらせのような名前で呼ばれていて、いわゆる下町っぽい雑然とした雰囲気の場所だ。
いや、むしろ“雑然と”というよりは“混沌と”しているかもしれない。
普通の民家もあるわ、やたら縦に長い酒場もあるわ、なぜか家庭菜園で取れた野菜売ってるおばちゃんがいるわ、包丁と釘しか売ってないのに武器屋を名乗る店があるわ、金がマジでなくならないと働かないし依頼も受け付けない錬金術師の工房があるわと、土地代が安いことをいいことに他所じゃ潰れそうな連中がここで挙げた以外にもたくさんいる。
ちなみに言うまでもないだろうが、最後は俺だ。
それでいて別にお互い仲間意識があるわけでもなく、家庭菜園のおばちゃんを除き、皆が皆、俺はアイツよりはマシだと思ってそうな辺りが救えない。
回覧板も誰かがせき止めているらしくここ数ヶ月みたことがないが、そんなちょっと確認すればいいことすら誰も気にしない。
そんな通りにやっと戻ってこれた俺は安心する。
この通りの人間なら間違いなく、俺の隣を歩いている黒い塊のことなんかちっとも気にしないだろうからだ。
実際、途中で酔っ払って邪神降臨の儀式でもやってるのかと思うような奇抜な踊りをしているアホが何人かいたが、連中は俺のことなんか見向きもしていなかった。
むしろ、俺の隣を歩いている黒い塊の方ががびくりと震えていたくらいだ。まあそのうち慣れるよ……。
――そしてようやく工房の前にたどり着き扉を空けた俺は、五秒ほど中を見てからそっと扉を締めた。
うわあ、やばい。片付けるの忘れてた。
ドクロ、ドクロ、ドクロ。
部屋中に試作品の歪なドクロが転がっていて、錬金釜の中にもぷかぷかといくつか浮かんでいるという、我ながら引く光景が中にはあった。
さながら、まるでこの巨大な釜でグツグツと死体を煮込んで何か怪しげな魔法儀式をやっている死霊術師の闇の儀式場である。
出かける前は無駄にテンション上がってたからなあ。
というかテンション上げないと、夜にスラム街に出向くなんてヤバそうなことできなかったと言うべきか。
そのせいで、片付けなんてすっかり頭から消えてしまっていたのである。
……あと念の為に言うがドクロは本物ではなく、錬金釜に動物の骨やら石やらを溶かしてイメージ投影と呼ばれる基礎的な手法で再成形することで作っているからな。人骨じゃないぞ。
それにしてもうーん。どうしようかなこれ。
このまま中に入れていいんだろうか。
俺は数秒ドアの前で悩んでいたが、寒さが割と骨身にしみてきて考えるのが面倒になってきたので、もういいことにした。
この位、中に入ってから説明すれば分かってくれるだろう多分。
外じゃ口も開きたくない。あーさむ。
ガチャッと扉を再度開けて黒い塊を招き入れ、そのままそそくさと錬金釜に近寄り魔力を込めて、暖房代わりに加熱する。
そこまでを終えてから再度扉の方を振り向くと、黒のマントから、汚れた黒い頭が相変わらずの無表情でちょこんと顔を出した。
「…………」
子供は無言で俺と部屋のドクロと熱を放ち始めた錬金釜を順番にじっと見ていたが、やがてゆっくりと錬金釜の近くに立っている俺の方に向かって歩いてきた。
あれ? 思いの外引いてないみたいだな。
さすがスラムの子供だ。メンタル強いぜ。
これは言い訳は省略してもいいかな?
俺は近づいてきた子供にさっそく目的を話そうと口を開く。
「お前には錬金術を――。……うっ……臭いと汚れが……ひどいな……」
開きはしたものの、室内でこの子供と接するとひどい異臭と汚れが俺の五感を強烈に刺激して、俺は思わず顔を歪めてしまう。
ふと思い出して、この子供の手を取った自分の手を見ていると真っ黒になっている。
……これは先に洗った方がいいかな。
あとそれからなんか適当に飯を食わせよう。
よく見たらこいつガリガリだ。まあ当たり前なんだろうが。
そう思った俺は、じっと俺を見上げて微動だにしない、少し不気味に感じるほど従順な子供に改めてもう一度口を開く。
「先に体を洗うか。少し待ってろ」
錬金術師の工房たる俺の家にはこういう時にパワフルに汚れを落としてくれるとっておきがいるからな。
――そう。プルプルとした粘体の体を持つ、環境適応力がやたらめったら高い生き物、いわゆる“スライム”というやつだ。
とりわけ身体が汚れた時にスライムを使うのは、錬金術師の常識と言ってもいい。
どんな石鹸もやつらほど汚れは落としてくれないし、それに連中はちゃんとしつければ人の指示を忠実に聞くからな。
そう、ごく自然に考えた俺はわずかに頷いた子供に背を向けスライム壺の方に向かって歩きながら、スライムに関してたまにはマジメに復習してみることにした。
さて、スライムと錬金術の関わりは大変に古い。
いやむしろ、スライムという摩訶不思議な性質をもつ生物がいたからこそ、錬金術なる物体の性質を変容させる技術が生まれた、といっても過言ではないかもしれない。
スライムには植物やら生物やらを始めとして、果ては鉱石などの無機物までも取り込む種すらいるなど本当になんでも食う奴らで、しかもスライムはそうやって取り込んだ食物を独自の法則に従って、物質的にもそして”魔法的”にも、環境に適応するための己の力に変えるという性質がある。
そんなスライムたちの性質を利用して、原初の錬金術は、錬金釜の代わりに『分化したばかりのスライム』に薬草を食わせて薬を作る、なんてことから始まったのだ。
修行時代は、まああまりマジメに修行していた記憶もないんだが、あの頃も真っ先にスライムの取り扱いを学ばされたな。
鍛冶師でいう火の扱い、魔法使いでいう触媒の取り扱い方と似たようなものといえるだろう。
それに俺自身『スライム任せにして』錬成するというのが、こう、なんとなく性に合っていて、ぶっちゃけ俺は錬金釜で何かするよりもこいつらに何かやらせるほうが上手かったりする。
まあ俺のような低レベルな錬金術師だと五十歩百歩みたいな差ではあるが、それは言ってはいけないお約束だ。
さて、そんな俺にももちろんスライムの“相棒”がいて名前を『ポチ』という。
名前に関しては、うん、俺が付けたんじゃないんでそこは割愛しよう。
スライム壺にたどり着いた俺は、壺のそこでうごめくポチに汚れた手を差し伸べて綺麗にしてもらうと同時に、ポチを腕に這い上がらせた。
俺に構ってもらえてきっと嬉しいのだろう、ぷるぷると震えていて大変可愛らしい。
あ、ちなみに言っておくが、これは別に俺に特殊な嗜好があるとかじゃなくて錬金術師なら普通の感覚だからな。
そして、ポチを腕に這い上がらせた俺は、汚れた子供のところにもどるとこう言った。
「さあ、こいつを使え。きれいになったら気持ちいいぞ」
「…………ぇ?」
緑の目をいままでになく大きく見開いて、初めてこの子供は小さくかすれた声を漏らす。
「なんだ、お前喋れるのか。遠慮するな。こいつに汚れを食ってもらったあとの爽快感は他所では味わえないぞ。さあ」
俺はそう言って、子供にポチを押し付けた。
「ふえっ!? ………っぁ………! っ! っ!」
ポチは嬉しそうに食いでのありそうなご馳走(全身がばっちい子供)に飛びついて、依然この子がくるまっている黒のマントの中にぬるりぬるりと潜り込んだ。
うんうん、俺も和む。ポチも満腹。このスラムの子もキレイになってすっきり。
実にウィンウィンじゃないか。
俺はそう思って、一人満足気に頷いた。
§
「だ、ダメですっ! お師匠さま、それ以上は思い出さないでくださいっ!! その、なんだかすごく、すごく、恥ずかしいですっ!!」
胸の辺りで両手を握りしめ、顔を真っ赤にしてそう訴えてくるシャルに、大人気なくたまにはやり返してやろうと思った俺は内心でニヤニヤしながらこう言った。
「何をそんなに恥ずかしがる必要がある。シャルティアよ、錬金術師なら体を洗う手段として石鹸の他にスライムを使うことなど何も珍しくはあるまい。あの頃の私も、錬金術師としての常識に基づいて、お前のひどい汚れを落としてやろうと思っただけのこと。そもそも、今のシャルもお前のスライムである『ルコル』と共に風呂に入ることがあるだろう?」
「あの、その。抗弁するようで申し訳ないですがっ! 今と昔は違うんですっ! 今は確かにもう照れなんて感じないし慣れちゃいましたけど……あの頃は、その、突然でいろいろびっくりしちゃったから! …………そ、それに今思うと、あの時のスライムはお師匠さまのスライムだし……」
「ククク、分かった分かった。師が意地悪だったな。回想を先に進めようか」
「も、もうっ! お師匠さま、分かってていってますね! き、きらいになら……ないけど、とってもおこりましたからっ!」
そう言って頬をふくらませるシャルに、俺は再度くつくつと笑いを漏らすのだった。
シャル、というか女の子錬金術師のためだけにスライムの設定を作ったのは内緒(笑
マジメな話、シャルが暗くなると話が暗くなるから仕方ないんだよ!!! 作者は悪くない!