第十四話:はい。単純に私はあの時(以下略
なんかコレ、なろうコンの二次選考を通して頂けたみたいですね(遅い)。
本作に付き合ってくださっている読者の方々に、通して下さった審査員の皆様。ありがとうございまする。
錬金釜の前に立ってかき混ぜ棒を握っているシャルが、近くの椅子に腰掛けている俺の方をチラッチラッと見ながら、何やら嬉しそうにしている。
「お師匠さま。その、付き合わせてしまって申し訳ありません。……えへへ。でもちょっと、嬉しいですっ」
「そうか。まぁそう気にするな。たまには、弟子の仕事ぶりも見てやらないとな」
いや、めっちゃ気にするよとか内心思いながらも、俺はそんな師匠っぽい返事を返してやった。
「はいっ、お師匠さま。ありがとうございます!」
そう見えない尻尾を振りながら返してくるシャルに……俺は少しばかりイイ気分になる。
フフッ……。こう、微妙に上から目線にやるのがコツなんだよな。
師匠っぽいふるまいって確かにしんどいけど、こうしてうまく決まると……稀に楽しくなっちゃうことがね。実はあるんだよね。
……あれ。なんか調教されてないかコレ……?
…………ま、まあ、そんなことはともかく。
俺たちが今どこで何をしているのかというとだな。
屋敷の一室、調合部屋の中で、シャルの方は仕事、俺の方はまぁ特に何もせず、こんな感じに適当に座ってボケーッとシャルの仕事ぶりを眺めている。
そしてなんでこんな状況になってるか、の方は……。
簡単にいきさつを説明するなら、
『あっ、仕事の時間だ……』
と、捨てられた子犬みたいな目をしながら、俺の袖をひしひしっと掴んできたシャルを、悲しいことに俺は振り切れなかった……みたいなそういう感じ、だろうか。
普段はもう少し、というかかなり聞き分けが良いはずのシャルティアさんなんだけど、どういうわけか今日は妙に甘えてくるんだよな……。
特に、さっきの”自己の認識がどうたらこうたら”とかいう謎な話の後辺りから、この弟子、なんかめちゃくちゃ引っ付いてくる……。
さりげなく身体を離しても、意識のはざまを絶妙について、いつのまにか密着距離にいるっていう。
ホラーかよ。フツウに怖いって。
……うーん。やっぱりあれかなあ。
何言ってるのかさっぱりわからなかったから、脳をスリープモードに切り替えて、適当にふむふむ言ってたんだけど……。
やっぱりそれがマズかったのだろうか……。あそこに何か、俺には伺いしれぬ分岐があったのかもしれない……。
まーでもと、俺は思い直した。
こういう甘えモードは今までの経験上、そう長続きしない(はず)だ。仕方ない……。この程度なら、おおらかな気持ちで受け入れてやろうではないか。
幸い今の俺には、ちょっと前まで頻繁に俺の部屋に侵入してきていた別のお子様がなぜか最近はこなくなったお陰で、大分精神的に余裕がある……。
弟子の些細な要求くらい見逃してやるのが――、”大人”というものだろう。
養ってもらっているくせにそんなエラそうな事を考えていると、
「それで。そのぅ~」
と、膝をこすり合わせてもじもじとし始めるシャル。
なんだろう。……ああ、そうか。トイレだな、きっと。
さっきまでちょっと飲み食いしすぎたしね、仕方ない仕方ない。
別に調合中にトイレ行ったくらいで、お前のお師匠さまは怒ったりしないから。
「ああ。我慢なんてしないでいいぞ」
一応コイツも女の子だしと、珍しく気を使った俺は直接の言及はせずに頷きかける。
「そ、そうですかっ!? じゃ、じゃあその」
するとよほどトイレに行きたかったのか、ぱあっと顔をほころばせるシャル。
しかしそんな嬉しそうなシャルは、片手を……なぜか俺に向かって……差し出してくる……。
えっ……。俺は思わず冷や汗をかいた。
さ、流石にトイレにまで一緒に行くのはちょっと……。
どこまで一緒にいたいんですかね。
そこまでは流石に我慢して欲しいっつーか、さっきの恥じらいは一体なんだったんだよ。
この子、知らない間になにか変な性癖でも芽生えちゃったの……?
と、俺が内心で怯えていると、
「さ、さっきの思い出話の。初めての調合のときみたいにっ。お師匠さまに傍でじっくり、調合を見てもらいたいですっ! お願いしますっ!」
「い、いやそれは……。……ん? 調合?」
「はい。調合……ですが?」
シャルはキョトンとした。
「そうか。調合、か。それなら、いいぞ。…………!?」
俺はホッとした。
……そしてホッとしたあまりに、思わずオッケーしなくていいことにオッケーしてしまったことに言ってから気付く。
「わぁ! うれしいですっ」
ごめん……いまのナシにできないっすかね。
そう思うも、既にシャルは俺の返事にニッコニコで、今更取り消しとかできそうにない雰囲気である。
えぇ……。マジ?
というか、こういう詐欺のテクニック聞いたことあるような……。
俺は現実逃避をした。たしか、最初に無理筋な要求してからマシな要求するヤツだったか……。
……。
……。
まぁ、今回は俺が勝手に引っかかったんですけどねッ!
というか冷静になってみれば、『トイレもお手々繋いで一緒にいこう』なんて流石に言うわけないよな! アホかな!
そして、そんなアホな俺をシャルはニコニコしながら手招いてくる。
「じゃあ、コッチ。コッチに来て下さいっ」
諦めた俺は仕方なく立ち上がって、あの時のようにシャルの背後に立つ。
……クソっ。どうしてこんなことしなきゃいけないんだ……。
錬金術なんてもうッ! 自分用の胃薬とか作る以外じゃやりたくないんだよォッ!
そんな風に内心で不平をこぼしつつも、俺は、シャルのまだまだ小さい背中越しにかき混ぜ棒を握った。するとシャルは、
「えへへ……。なんだか、とってもなつかしー、かんじです」
若干、あの頃のようにたどたどしい口調で、しみじみと言葉を紡ぐ。
「……そうだな」
身体の前面に感じる、シャルの温かい体温。彼女の髪から漂うほのかに甘い匂い。
そして周囲の薬草棚やコンテナから香る、錬金術師の工房特有の自然臭。
少し悔しいが……、確かに懐かしい感じはしなくもない、か。
うーん。あの時は、拾った子供がここまで才能溢れる子供だとは思いもしなかったなぁ……。
いや、でも……。
俺は当時のことを思い出しながら口を開く。
「確か、あの時のお前は素材に……。溶けつつあった骨の”魔力”に当てられたんだったか」
俺が昔を思い出しながらそう言うと、シャルは頬を赤らめて恥ずかしそうにもじもじとした。
「う、うぅ。そ、そうでしたね。お恥ずかしい限りです」
お恥ずかしいというか、あのいっちばん初めからコイツ割りとおかしいことしてたなって話である。
どうおかしいって、それは……。…………あれっ?
……いやそうだ。ここは、シャルに説明させよう。
ほら、こう……師匠らしくね!
なんだか急に(!)師匠としての使命感が沸き起こるのを感じた俺は、シャルに説明を促した。
うわ、やっべえな~。俺今、めっちゃ師匠してるわ~。
やっべえ。まじやっべえわ~。
「今更だが、我が弟子シャルティアよ……。あの時のお前に何が起きていたのか、お前の口から説明してみろ。偶には”基本”も振り返ってみないとな」
俺がそんな事を言いつつ一旦手を離し横にずれると、シャルはハッとした顔をして俺の方を向き口を開く。
「は、はいっ! わかりましたっ。えっと――」
§§§
錬金術において”調合”という行為は、魔力を遮断する性質をもつ合金で作られた”錬金釜”に、スライムの体液を元に改良が施された”ウーズ流体”を満たし、そして”高次魔力制御棒”――大抵は単に”かき混ぜ棒”と呼ばれる、釜内部限定で人の持つ魔力感覚を拡張する効果を有する制御棒――で、内部の魔力にコンタクトすることで行われる。
もちろん、ウーズ流体の反応性を操作するために、途中で釜の温度を上げ下げしたり、あるいはかき混ぜたり、何か別の薬剤を加えたり~なんてことは確かに行う。
確かに行うが、そういった”手順”以上に、釜内部の魔力をいかに”認識”し、”解釈”し、”分類”し、”再構成”するかといったところがすごく重要になってくる。
どうしてそんなことになっているのかというと……外界から遮断され、素材から抽出された高濃度の魔力が満ちる釜内部の空間は、いわゆる”自然の法則”がそのまま成立しているわけではなく、単に支配法則の一つへと矮小化されてしまっていることに根本的な原因がある。
まぁ一言で言ってしまえば、日常でごく普通に起きる現象が、釜の内部でもそうとは限らないのだ。
――素材を投入し、触媒を投入し、釜の温度を変え、かき混ぜる。
そういった過程を通して、俺たち錬金術師は釜内部でもっとも優位に働く支配法則を変化させ、望む魔法概念を抽出し、アイテムを作り上げるのである。
理論的には、なんだったかな……。ほら、あれ。こ、こ……孤立、界のあれをこうしてこう……! みたいな話……!
……いや、もういいか……。そんなの知らなくてもレシピ通りにやりゃ、(簡単なのは)調合できるし……。
……みたいなことを(最後は除いて)本当は説明しないといけないのだが、とっさに噛み砕いて説明するなんて難易度高すぎたので、当時の俺はさくっとその辺は後日に飛ばすことにした。
骨がしこたま溶け込んだ釜をシャルティアと一緒にグルグルとかき混ぜながら、
「錬金術、というと難しく聞こえるかもしれないが……。ざっくり言うとこの釜に放り込んだ素材をなにか別の役に立つアイテムに作り変える術のことだ。今使っている機材の説明は…………また、そのうちしてやろう。今日はまー、軽く雰囲気を掴むくらいでいいぞ」
我ながらざっくりしすぎかもしれない……。
まーでも大体こんなもんだよね。多分。
そんな俺の言葉に、真下で踏み台に乗ってかき混ぜ棒を握るシャルティアは緊張した様子でコクリと頷いた。
「わ、わかり、ましたっ。ふんいき、ですねっ」
「うむ。雰囲気だ。じゃー始めるぞ」
俺はもっともらしく頷き、作業を開始する旨を告げた。
「まずは……。骨を溶かすところは殆ど終わっているから、”支える”力を捉えるところからか」
俺はかき混ぜ棒に意識を集中し、軽く自身の魔力を通す。
「わわっ……」
すると感覚が”広がる”体験に驚いたか、シャルティアが小さく声を上げる。そんなシャルティアに俺は軽く解説してみることにする。
「こうして広がった感覚を使って……中の魔力に干渉、あー。触れていくわけだ。ちなみにお前は今、どんな風に感じているんだ?」
「は、はいっ。え、えっと……。………………」
シャルティアの返事を待ちながら、俺は支える力とやらを探っていく。
それはそうと、なんで俺がこんなことをシャルティアに聞いたのかと言えば……。
それは、イメージ力、なんて言い方をしてしまうと若干陳腐な感じはあるが……魔力認識というものには実際、イメージ力が大事なんだよ~なんてことが知られているからである。
まー多分、正確なところをいうと、俺達がイメージ”している”というより、魔力という未だあやふやな力の塊の方が俺達にイメージ”されてやっている”といったほうが正しいのかもしれないが。
基本的に神様でもない限り、魔力という力を”ありのまま”に捉えることなんて出来ない――。
そんな考え方が、魔法師・錬金術師みたいな魔力を扱う人間の間では主流な考え方となっているのだ。
俺たち人間は、魔力をイメージし、定義づけることで、大いなる力を自分たちにも扱えうる力へと、ちっちゃくまとめているのである。
……って、あれ? 返事遅いような?
作業を進めながら思考をフラフラとさせていたせいで、ようやくその事に気づいた俺は、
「どうした? 別に難しく考えなくてもいいぞ。感じたままを言ってくれればいい」
と言葉を投げかけてみた。すると、
「………………。……ぅぅ…………」
「……?」
今度は小さく唸り声が聞こえ始める……。
その声に流石に不審に思った俺は、一旦釜の中から意識を切り離して、シャルティアの様子を伺ってみた。
「……んん?」
――身体をプルプルと震わせて、顔を真っ赤に染め、額や首筋から幾筋も汗を流している少女がそこにはいた。
――っておい! 急にどうしたんだよ!
目を丸くした俺はかき混ぜ棒から片手を離して、シャルティアの肩を揺すった。
「シャルティア! おい、大丈夫か?」
「は……ぃ……。だいじょ、ぶ、です……。ちょっと……”あつい”、だけ……」
いや、全然大丈夫なようには見えないんですけど!
なんだか苦しげな表情で、かき混ぜ棒をギュッと握りしめるシャルティア。
確かに釜の近くは暑いっちゃ暑いが、それ以上に”熱”を感じているような……?
……って、まさか?
俺は釜の中で溶けかかっている骨を見て……ふと、さっきまで見ていたレシピにあった『熱いよ~、溶ける~』というアレな吹き出しを思い出す。
……コレは”そういう”影響を受けてるってことなのか? えっ、そんなことあるの?
ちょっと落ち着いた俺は、半信半疑ながらも応急処置的な指示を出してみた。
「……ちょっと、それから手を離してみろ」
「っ! は、はぃ」
かき混ぜ棒から手を離すシャルティア。すると彼女は、
「…………あ、あれ? あつく、なくなりました……」
なんて言って、目を白黒させている。
え、マジでそういうことなの? 俺は目が点になった。
いや、素材の魔力というものの”真の実態”を考えるに、ありえなくはないのかもしれないが……。えっ、そんなことあるの?(二回目)
「多分お前は……。骨の魔力と同調しすぎたんだろう……な。あ、同調ってわかるか? 同じように感じる、みたいなことだが」
「おなじように、かんじる……。ご、ごめん、なさいっ。なんか、わるいこと、ですよね……っ。きっと……っ!」
汗を浮かせた少女が涙まで浮かべて俺の方を慌ただしく見てくる。
「いや、別に悪いことというか……。少なくともお前が思ってるような悪いことではないから、まぁ落ち着け。ほら、タオル」
俺も作業を中断し、傍にあったタオルをシャルティアの頭に放る。
そして分からなかったら今は聞き流せと前置きを置きながら、俺も口に出して考えをまとめてみた。
「また後日と思って全く説明していなかったが……。錬金術師の調合では、薬師みたいな人間の調合とは違って”素材の魔力”を積極的に活用してモノを作る。そうすることで、ただ自然の法則に従った反応だけでは作れないような”効果”を持つモノが作れるようになるんだが……。
ここでいう”素材の魔力”というのは、簡単に言ってしまうと――”その素材が歩んできた歴史”のことを指すんだ」
「れきし……ですか? その……。ものがたりの、なかのひとの、じんせい……。みたいな……?」
「物語? あ、ああ。確かに物語といえば物語か」
どうせわからないだろうと思いながら話していたことに、予想外に真剣な目を向けられて少し戸惑ってしまう。
なんだろうと思いはしたものの、同時に二つのことを考えられるほど上等な脳みそは持ち合わせていないので、俺はとりあえず話を続けることにした。
「話を戻すと、素材には土地の魔力によって”そのものしか持たない歴史”――お前の言う”物語”が刻まれている。……とまぁ、俺たち錬金術師は解釈しているんだが。
そしてさっきも言ったように、錬金術では”素材の魔力”を活用してモノを作る。つまりは”素材の歴史”のうち必要な、欲しい部分だけを”魔法概念”という名の力に変えて道具を作っている、ということになる」
「ほしいぶぶん、だけ……」
「うむ。で、まとめるならだ。多分お前は、釜の中で煮込まれている骨の、刻まれつつあった最新の歴史を感じ取った……ということになるんだろうな」
もっとも……。今、現在進行系で刻まれている魔力なんてものは本来ならあまりにも薄すぎて――歴史としてあまりにも”希薄”すぎて、認識できるレベルではないはずなんだけどなぁ……。
というかそんなの、本当にあるの? だってもうほとんど溶けてるじゃん。
うーん……。俺は首を傾げた。まぁあるとは一応仮定して考えるなら……。
これは、レシピのイラストを見て、シャルティアは心のどこかで骨を擬人化して考えていた~みたいなことなんだろうか。
それで、つい骨の気持ち(?)を想像してしまって、過剰に反応してしまったとか。
……いやでもそんなことだけで認識できるようになるなら、割りとなんでも出来てしまわないか?
例えばほら、適当にその辺の、いわゆる”火精”の力なんて含んでないようなタダの石ころでも拾ってきてさ。
釜に放り込んでしまえば――もれなく触ったら”熱く”感じるモノが作れてしまうということになる。
まぁ、流石に抽出できる魔法概念の純度は低いだろうから、”ちょっと熱い”止まりなんだろうけど……。
…………まぁきっと、なにかよく分からん別の原因があったんだろう。
ウンウンと頷いた俺はそういうことにした。
ほら、今めっちゃ大量に煮込んでるからとかそういう。元は一万分の1でも百掛けたら百分の一になるとかそういう。
……俺は微塵も感じないけどな! おかしいね!
そしてこうやって俺が納得するまで、シャルティアもタオルで首筋の汗を拭いながら、眉を歪めて何事か考えていたようだったが、
「あの……。ほしいぶぶん、だけということは……、いらないぶぶんは、どうするん、ですか? その……、すてちゃうん、でしょうか」
と、なんだかウルウルとした悲しげな目で聞いてくる。一体、何にそこまで感情を揺さぶられているのか、ぶっちゃけさっぱりわからなかったが、とりあえず俺は正直に答えてやることにした。
「ああ、そうだ。大体はポイだな。他の調合に使えそうな魔法概念があるなら、一応抽出して取っておくことはあるが、それにも限界があるしな」
「そう……ですか。……ぽい。いらないのは、ぽい」
小さく俯いて何か聞き取れない声で小さく呟いていたシャルティアだったが、すぐに顔を上げると、笑みを浮かべてこう提案してきた。
「あの、おししょうさまっ。もう、だいじょうぶ、なので……。つづき、できます! その、ふんいき、べんきょーしたいです!」
「お、おう……? そ、そうだな。のんびりしている暇はないんだった。よし、続きをするぞ」
そのシャルティアの言葉にハッとした俺は、慌てて時計を見るとシャルティアとともに錬金釜に向かって調合を再開した。
――実はここでひとつ、危ないフラグが立ってしまっていたのだが、その時の俺には当然、知るよしもないことであった……。
§§§
「――まったく必要じゃない場面で、ダメダメな”恣意観測法”もどきを無意識にやってしまって、本当にあの時のお師匠さまには申し訳なかったと……」
そうペコペコと謝ってくるシャルの言葉に俺は、ほう……と言葉を漏らした。
あれって一応理屈とかあったのか。五年後に初めて知る新事実である。
……ところで”恣意観測法”って、なにかな? なんかどっかで聞いたような気もするけど。
俺はつぶらな瞳でシャルティアを見つめた。
するとそんな俺の様子に一体何を感じ取ったのか知らないが、シャルが慌てた様子で両手を振って、更に言葉を続けてくる。
「い、いえ。すみません。よく考えてみたらそんな上等なものじゃないはず……ですよね。”基本”だから……ええっと。あれ……なんだろ。その、すみません。ちょっと、時間をください!」
「あ、ああ。構わないぞ」
いや、多分基本じゃなかっただけだと思うけど……。
すまんね……。自分の言葉を訂正できない師匠で。俺はすこし遠い目をした。
一方のシャルは、ワタワタしながらも髪飾りに手を触れる。すると、その蝶の形をした髪飾りから青い光がボワッと発せられ、彼女の頭を一瞬包み込んだかと思ったらパッと消えた。
……おい、何したんだ今。
俺は心の中でツッコんだ。
「――わかりましたっ!」
「!! わかったのか」
「はいっ。そういうことだったんですね……。流石はお師匠様です。すぐに何か体系化された技法と結びつけて、思考を停止してしまうのは確かにダメなこと、ですね……。ごめんなさい。それと、ありがとうございます」
「う、うむ。そうだな。ちゃんと気づけたか。流石は我が弟子だ」
何が何だかさっぱり分からなかったが、俺はとりあえずそういった。
シャルの尊敬の眼差しが痛い……。もはや物理的に痛い。
主に胃の辺りが。
「確認するまでもないとは思うが……。一応説明してもらえるか?」
「はい。単純に私はあの時、認識する対象がズレてしまっていたんだと思います。あの薬、”一薬万骨”は、シンプルでなおかつ、あの当時のお師匠さまが目をつけられた通りの優れた特性を持つ薬ですが……。調合の初期段階において、初心者がひっかかりやすい、ちょっとしたトラップがある……んだと思います。
あの調合において、一番肝心なのは既に溶けた骨の魔力の方。まだ溶けていない骨本体ではありません。そっちはまだ、抽出時間が足りていないために、根源力たる”支える”力がまだ、私たち人間の種族的な認識力の限界に引っかかっているからです。
それなのに私はあの時、実際に目で見えるモノに囚われて、根っこの力を探すために、それと深く同調しようとしてしまいました。
そしてまた別に。非常にミクロな魔法概念である”支える”力が満ち満ちたあの錬金釜の孤立界は、高度なカオス化がおきていたはずです。そんなある意味で”原初の混沌”に近い法則が働いている釜内部で、まだ完全な形を残している本体の魔力を捉えようとすれば、それは恐らく、”骨の歴史”そのものを大変な精度で、それはもう、レンズにレンズを重ねたかのような倍率で、認識してしまうことになったでしょう。
あの時の私がやってしまったミスは、恐らくはそれじゃないかと思うのですが……、お師匠さま。どうでしょう……?」
……ハッ。終わったのか……?
別に聞かなきゃ良かったとか思ってないよ……?
……そんな内心はつゆと漏らさず、俺は腕を組んで満足そうに頷いてやった。
「その通りだ。やはり聞くまでもなかったか」
「えへへ。ありがとうございますっ。勉強になりましたっ」
シャルは俺に向かって嬉しそうにえへへと笑みを零した。




