第十二話(現在):来客
ゆるキャンが@1回で終わりとか、もうだめだぁおしまいだぁ。
えへへ……。
自分で作ったハチミツボールクッキーだけど、こうやってお師匠さまに食べさせてもらうとなんだかとっても幸せかもしれない……。
今日のお師匠さまはなんだかいつもよりも私に甘くて、私はもう大分ダメになってしまっていた。
ほんのついさっき、受け取るばかりの自分はダメだと戒めたばかりのはずなのに、そんな覚悟がするすると解けていってしまう。
うう……私は本当にダメな弟子だ。この、私の欲を狙いすました甘やかな試練。ごく自然な流れに絡めたお師匠さまの試しに、私は現在進行系でちっとも応えられずにいる。
こんな試練を課すなんて、やはりお師匠さまは私のことなんかお見通しなのだろう。そして実際のところはどうお考えなのかはわからないけど、それでも私が定めた覚悟を尊重してくださっているのだろう。
ここまで的確に私を揺さぶってくるなんて、もうそうとしか思えない。
でも、ほんとによかったぁ……。
納期が近いお仕事や緊急性の高い依頼は全部午前中に済ませておいて……。
私は胸の内でほっと一息をつく。
こんなふにゃふにゃじゃ絶対に変なミスをしちゃうこと間違いなしだ。
不出来な仕事をしてしまったら依頼者の人たちにも申し訳ないし、それになによりお師匠さまに顔向けできない。
覚悟を実践することもできず、その上、仕事もうまくこなせないなんて……それは、絶対に許されないことだ。
私はそう自戒して……それでもなお、ホカホカとした気持ちがこみ上げるのを抑えきれない。
そんな自分がとっても恨めしい。
お師匠さまが自分でもボールクッキーを口にしながら、私に三つ目を食べさせてくれる。私はやはりそれに抵抗できない。
さくりとした食感とともに、ハチミツの甘い味が口いっぱいに広がる。
「それにしてもこの菓子、本当に手が止まらないな。どこの店……。いや、お前が作ったのか?」
そんな嬉しいお師匠さまの言葉に、私の顔は勝手に嬉しそうな表情をして弾んだ声を上げてしまう。
「あ、はい。えへへ、ありがとうございますっ。プラティお姉さんが出張土産にくれたハチミツを使っているんです。あ、そうだ。ご存知ですか? プラティお姉さんって最近になってなんと自分でも養蜂事業をはじめたみたいなんですよ! コレはそれとは別に出張先で見つけたらしいんですけど、悔しそうな顔で渡してくれてちょっと笑ってしまいました」
……そんな言葉の裏で、私は謎めいた問答をしていた。うう……どうして私は私で私なんだろう。私とは一体何なのだろう。魔の道の一端に連なるものの定めとして、私は常に認識というものを意識しなければならない。その観点から言うなれば、私という個を私自らが観測するためには私ではない私が必要なのではないか。そういった私がいるからこそ、私がいるのではないか。……そして私はもはや自分が何を考えているのかがわからなかった……。
というのを自覚した辺りで私はハッと我に返った。
お師匠様がティーカップの持ち手をもて遊びながら、記憶を掘り返すように目をつむっている。
「プラティ……。ああ、あの女か。カヤ信者の。そういえばあの女はハチミツにもやたらと拘りがあった、ような気がするな」
「し、信者って……。ま、まぁ確かにそうかもですけど」
なんとか平常に戻った私はプラティお姉さんの様子を思い出して少し苦笑してしまう。
プラティお姉さんは、今は大蔵省で高位職についているカヤお姉さんの腹心の部下としてかなり忙しいはずだが、王城で私と出くわす度にたっぷりと二人の、特にカヤお姉さんの近況を教えてくれるのだ。
財務を、セレン硬貨の運用を最も重視する王家の意向が強く反映され能力主義なところがある大蔵省であっても、貴族ではない二人はいろいろと苦労しているだろうにそんなところは微塵も見せはしない。
それどころか趣味に投資する余裕すらみせる二人を私はお師匠さまの次に尊敬している。
……流石にその、れ、恋愛をしているヒマはないみたいだけど。
なんとなく恥ずかしくなってちょっと黙ってしまうと、それが催促と思われてしまったのか、お師匠さまが四つめのボールクッキーを差し出してくれる。……やっぱり欲に負けた私はそれをはむと受け取った。
たぶん甘味に耽溺しすぎたせいだろう、耳がなんだか熱くなるのを自覚する。
するとちょうどその時、コンコンとノックの音とともに扉の外から声がかけられた。
「旦那様、お嬢様。お寛ぎのところ申し訳ないんですが、来客です。ラムゼイ・リサック氏という方がお見えになっています。今、王都にいるキャラバンの副隊長を勤めている方のようですね。
どうにもお客さまは協会や国を通さず直接来られた口らしく……正直なところ、かなり胡散臭いんで俺の方で適当に追い返そうかとも思ったんですが、やたらと押しが強いお方でありまして。一応まだ玄関でラルドに対応させてますが、どうしましょう?」
お屋敷で雇っている猫人のルベルドさんの声。私はハッと再び我に返り、お師匠さまの顔を見る。
お師匠さまが肩をすくめて小さくうなずく。タイミングが悪いなぁ、せっかくお師匠さまとゆっくりできていたのに……なんて思いながらも、お師匠さまの了承を取った私は立ち上がってルベルドさんに返事をした。
「わかりました。今行きます。客間に通してください」
私がそう答えながら扉に近づくと、ルベルドさんがガチャリと扉を開けてくれる。……ルベルドさんは私の顔を見ると、ピクリと金色の耳を動かしちょっと笑ってこう言った。
「……やっぱり追い返しましょうか? 頬がむくれてますよ、お嬢さま。耳も赤くなっておられますし」
「む……むくれてませんっ! 赤くもなってないですからっ! は、はやく行きますよ!」
「了解です。旦那様、しばらくお嬢さまをお借りしますね」
「行ってこい。……ああ、ルベルド。その副隊長とやらの話が長くなりそうなら、適当にお前が口実をつけてシャルはこっちに戻せ。何の話かはしらんが、その手の商売人のペースに合わせてもいいことなどないからな」
そこでお師匠さまは一旦言葉を止めて、ちらっと私を見る。
「それともうひとつ。……あまりシャルをからかってやるな」
ルベルドさんは楽しげに口元を歪めながらお師匠さまに答える。
「ふふ。勿論、わかってますとも。我らにとって旦那様とお嬢様は、我らの神の次に大事な方々ですからね」
お師匠さまはそんなルベルドさんに処置なしといった風に手を挙げると、ティーカップにお茶を注ぎ始めた。
むぅ、ルベルドさん。絶対わかってない……。私はそう思って口を尖らせる。
まぁ、いつものことだけど……。
私はじとっとルベルドさんの横顔を見つめて抗議する。
だが、ルベルドさんはそんな私の視線などなんのその。さっさと次の行動に移ってしまった。
玄関の方に顔を向けたルベルドさんは、私やお師匠さまには”聞こえない”声で短く発声する。
獣人族は喉と耳を独自の魔法で強化し声ならざる声を出し、音ならざる音を聞くことができるのだ。
私達の耳では聞き取れないほどの高低さまざまな”声”に魔力の波を乗せることで、彼らはごくごく短い”発声”でも驚くほど多くの情報を伝え合う。
本来は険しい野山で複数の部族に分かれて暮らす、獣人族特有の連絡法だ。ルベルドさんはそれを使って玄関にいるラルドくんに指示を送ったのだろう。
私は小さく諦めの吐息をつくと、ルベルドさんと共に客間に向かった。
§
お仕事関係の書類を持ったルベルドさんを連れ、お茶とお茶菓子を載せたお盆を持って客間に入った私は、僅かに驚きを感じていた。ちょっと妙なモノが目に止まったのだ。
私がそれに一瞬意識を取られている間に、既に椅子から立ち上がっていた壮年の男性が破顔し、お辞儀をして口を開く。
「我らが王国の名高き錬金術師であらせられるシャルティア・レインジー殿にお会いできて光栄でございます。私は、六商会合同キャラバンの副隊長を任されておりますラムゼイ・リサックと申します。本日は急な来訪となってしまったこと、まずはお詫びさせてください」
「いえ、丁度時間が空いたところだったのでお気になさらないでください。どうぞお座りください。飲み物も持ってきましたので」
「おお、これは有り難い。それもわざわざご自身で運んできてくださるとは。ちょうど私も喉の乾きを覚えていたところでして。いやあ、お恥ずかしながら年甲斐もなく舞い上がってしまっているようですな」
「あ、あはは……」
私は苦笑しながら、向かい側にある椅子に座ったリサックさんにお茶を配膳する。
それを終えた後に、私はもうひとりに笑いかけた。
「……あの、そちらの方もどうですか?」
私と同じくらいの背丈で白い髪の少年。先程もリサックさんに続いてペコリとお辞儀をしていた少年だ。
一見したところだと荷物持ちの少年のようにしか見えないが……、そしてだからこそリサックさんも紹介をしなかったのだろうが、それにしては彼にはいくつか妙なところがあった。
笑いかけたついでに薄く目に魔力を集めて、その彼の衣服を即席で鑑定する。あくまで視線は彼の整った顔に向けて、それでも意識は全体に。
キャラバンの副隊長に付き添うだけあって質のいい絹糸で作られた、小柄な彼には少し大きめに見える衣服。
絹の産地は……たぶん南方諸国産かな。生物由来の素材である絹は、産地の魔力バランスの影響をこうして加工された後も判別できる程度に残す。
デザインの方は王国風の余所行きに使用人が着るようなモノだ。それと合わせて予想すると、この服は恐らくリサックさんが用意したものなのだろう。
そこまでは別にいい。問題はそこじゃなくって、この衣服には複数の魔法効果が錬金術で施されているのだ。
ぱっと見でわかる効果としては衣服表面に風の膜を張るものと、強い衝撃を受けたときに回数制限で衝撃を緩和するもの。荷物持ちの子に着せるものとしてはちょっと出費がかさみすぎるような……?
衣服そのものは用意したとしても、該当する効果を付与できる素材はそれなりのお値段がするはずだ。付与代金だって勿論とられる。……まぁ、キャラバンとして危険に備えているだけだと主張されたら何も言えないけど。
そこまでクルクルと思考を回す。
問題の少年は私の視線に戸惑ったのか、僅かに目線をさまよわせて数度口を開きかけるが言葉は発さない。
それをフォローするようにリサックさんが口を挟む。
「おっと、うっかりしておりました。これは私の使用人で名をクリスと申します。普段はもう少し利発な子なのですが……ご覧の通り、あがり症でしてな。ご無礼をお詫びします。ほれ、シャルティア様がこう言って下さっているのだ。お前も返事をしなさい」
――そして実は……気になる点はそれだけじゃない。
二つの魔法効果と絹自身が残す魔力の痕跡によって、かなり高度に隠蔽されていて判りにくいけど……、この衣服にはもうひとつ何か隠された力が付与されている。
むぅ。もうちょっと精細に観察すれば隠蔽された効果の方も分かるとは思うけど……、そっちは後回しかなぁ。流石にこれ以上は不自然に思われてしまう。
ってそうか。私はそこで考え直す。絹までもが相乗効果でその効果をこうも覆い隠せるものを使っているとなると、これは全てが計算された効果なのかもしれない……?
ということはオーダーメイドということになる。それなりどころじゃないお値段になりかねない。
うーん。ルベルドさんはきっと別のところで判断したんだろうけど、確かにこれはちょっと厄介なことになるかもしれない。勿論ふつうの依頼なら力になってあげたいんだけど……そうなる気が既にあんまりしなかった。
そも錬金術師のところにこんなチグハグな服を着た使用人を連れてくるなんて、気づいて欲しいと言っているようなものじゃないかなぁ……。
仮に後者は見逃したとしても、魔法効果が付与されていること自体は錬金術師なら誰でも気づけるようなことだ。うぅ、なんだかもうしんどい。おししょうさまぁ……。
クリスくんはコクンと頷くとやっと口を開いた。思ったより少し高い声……。
「こんにち、は。クリス、です。しようにん、です。ありがとう、ございます」
「ど、どういたしまして」
…………。
な、なんで片言なんだぁ! か、隠そうとする素振りくらいは見せてほしいかなって、私は思うんだ。
そしてリサックさんはクリスくんの話し方に関しては全く何も言わない。『いやぁ、これはいい茶葉ですな。ルモンド子爵領のものでしょうか。実に美味しい。もうこれだけでも来てよかったと思えます』なんて言いながらのんびりとお茶を飲んでいた。わざとらしすぎて、私はコメントに困った。
ちらっとルベルドさんに視線を向けるも、僅かに首を振る。ルベルドさんたちが対処していたときには、このリサックさんはクリスくんのことは隠しきっていたということか……。
……正直なところ、私はそこまで交渉事が得意ではない。
昔はほとんど全てお師匠さまがやってくれていたし、今も王室付き錬金術師という巨大な権威が私を守ってくれている。だからこういう、国家の権威を尊重こそしても自らの利益を追い求める商人との直接交渉を私は苦手としていた。
だけどそれでも今は私がやらないと。気を取り直した私は本題に入る。
「と、ところで本日はどのようなご用件でしょう? キャラバンの資材の補充……などでしょうか」
「ああ、それもありますな。クリス、目録を出しなさい。主に冷凍保存用の魔道具と常備薬の補充を依頼させて頂きたいと思っておりまして」
「はい。これ、です」
「ありがとうございます……」
それも……ってなんだろう。怖い。目録に目を落とし説明を聞きながらも、私は心の中で泣きそうだった。
この目録程度のものなら十分間に合わせることができるけど……。報酬の方も相場よりやや上が最初から提示されていて、協会に仲介料を持っていかれないことを考えれば随分と割りの良い依頼だ。だからこそ、つぎ何を要求されてしまうのだろうとビクビクしてしまう。
おししょうさまぁ、私がやらなきゃいけないのはわかってるけど……。
ほんとは、今すぐここに来て、欲しいです……っ! ううぅ~。
しばらく目録の話をした後――私はようやく覚悟を決めた。
「以上になります。どうでしょう。お受けいただけますでしょうか」
「はい……いえ、少し待ってください。その前に一ついいでしょうか。先程他にも依頼されたい案件があるような口ぶりでしたが、そちらのほうは何でしょう?」
私は先程お師匠さまがルベルドさんに相手のペースに合わせるなと言っていたことを思い出し、こちらから切り出していく。メモを取っていたルベルドさんが私を一瞬見て、楽しげに耳を揺らした。
「もしかして、クリスくんと関わりのあることでしょうか? 失礼ながら、その服。二つ……いえ、三つほど錬金術で魔法効果が付与されていますね? ――かなりのお値段だったのではないかと思いますが」
印象を変えることを意識し、リサックさんの瞳を覗き込み、声に努めて抑揚をつける。
私はお師匠さまほど大胆に、カヤお姉さんほど巧みに場を支配することはできないけれど、それでもできることはあるはずだ。
「――――。ほう。これはこれは」
すると初めて少しは意表をつけたのか、リサックさんが大きく目を開けた。
「ふふ。シャルティア様の方から切り出してこられるとは、少々意外でした。どうやら私にはまだ侮りがあったらしい。謹んで謝罪申し上げます。
それにこの短時間で三つ目の存在に気づかれるとも、正直なところ思っておりませんでした。それも何の道具も使わずに。流石は歴代最年少で王室付きとなっただけはありますね……大した慧眼ぶりだ。おみそれしました」
「いえ、少なくとも今の地位に至れたのは私の力ではありません。全ては師と、私を今も見守ってくれている人たちのおかげです」
「ふふ。そうですか。時折噂には耳にしますが、貴女の師はよほどの人物のようですな。表にはほとんど出てこられない御方のようですが、一度お会いしてみたいものだ」
「ええ、師は本当に偉大な方です。ご期待には添えないだろうとは思いますが、機会があれば聞くだけは聞いてみますね」
「それは有り難い。……そして本題ですが。もうこうなってしまったからには胸襟を開かせて頂きましょう」
リサックさんはそう言うと、隣のクリスくんに『いいぞ』と言った。
クリスくんはコクリと頷くと、ほんの少し体を丸め全身の魔力を高めて翠の魔力光をうっすらと放ち始める。
それに応じるように衣服に刻まれた第三の魔法効果がその力を顕し――。ってコレはそうか。術式が起動を始めたことで私はその正体に気づく。
なんだ。私もコレに近いものはルベルドさんとラルドくんに作ってあげたことがあるじゃないか。慌てずに、もっとちゃんと見るべきだった――。
――コレは『獣化統御』の術式だ。
身体の一部に獣の特徴を有する獣人族は、私たち人間族よりも自らの身体を強化・変容させるような魔法をより深く、より強く受ける特性を持つ。
ルベルドさんほど極まれば、それなりの条件は必要だが、人とはかけ離れた姿の『完全獣化』を成し遂げるほどに適正が高い。
そこまでいかずとも大体の成人した獣人は爪を瞬時に伸ばしたり、あるいは体毛を硬質化させたりといったちょっとした变化なら軽くやってのける。
私が前に錬成・付与したものとは方向性が逆……というより一部に限定されているようだけど、目の前で展開されている術式は、獣特徴を抑制し姿そのものも僅かに変化させるもの。
ならばきっとクリスくんは――、
「――この子……いえ。この、鳥人族の娘クリスタをしばらく預かってもらいたいのです」
クリスくんは……。あ、あれ……っ!? お、おんなのこっ!?
柔らかそうな白く長い羽毛で形作られた耳、そして長い袖からわずかにこぼれる幼毛。
ほんの少しの変化だけで、整った顔つきの少年から幼く可愛らしい女の子へと転身したクリス……タちゃんが、えへんとドヤ顔を浮かべていた。
そんなクリスタちゃんを見た私がポカン……としているうちに、リサックさんは話を始める――。
§
「……で、どうして増えているんだ?」
居間に移動していたお師匠さまの元に戻ると、ティーカップを手に取っていたお師匠さまは一度私たちを見て、視線を戻しお茶を飲んだ後――再び私たちを……容姿の変わったクリスタちゃんを胡乱な目で見ながらそう言った。
私は冷や汗をかきながらお師匠さまに答える。
「えっとその……。この子、クリスタを……しばらくうちで預かることになりました」
「よろしく、です?」
あまりわかっていない雰囲気のクリスタちゃんもたどたどしく挨拶する。
お師匠さまはそんな私たちをゆっくりと観察しながら、重々しく口を開いた。
「ふむ。ここは託児所ではないんだが……。なぁ、ルベルド。お前もそうは思わないか?」
「……はい。そうですね。俺もそう思います」
「……そうか、そう思っていたのか。意外な発言だ。ならどうしてラルドはここに居るんだったか……。いや、別に責めているわけではないのだが。もはやとっくに済んだ話だ」
お師匠さまは言い終えると、私たちにまぁ座れとソファを指差す。
私たちは柔らかいソファではなく地面の上で正座でもさせられているような気分になりながら腰掛けた。
お師匠さまからなんともいえないプレッシャーが放たれていた。
「それにしても壮観な光景だな。今この場にいる四人の内、二人が人間族ではないとは。ラルドも含めれば五人中三人か? 暇人のエルフの連中はともかく、滅多にお前達は人間の街に出てこない……と私は思っていたのだがな。なんだ? 主義思想でも変わったのか?」
「さ、さあ。どうでしょうね」
ルベルドさんが引きつった笑みでそう答える。
お師匠さまはそこではぁとため息をつくと、
「……まぁ私は構わないのだがな。シャルが決めたことに反対はすまい。それに事情もこれ以上聞きはしない。ただ――大丈夫、なんだな?」
私はごくりと唾を飲み込むと、
「はい、大丈夫です。お師匠様」
とそう応えた。吸い込まれてしまいそうな深い色をしたお師匠様の瞳が私を映し出す。
「ふむ、それなら良い。ほら。楽にしろ、息苦しい」
そう言ったお師匠様はふっと圧力を和らげると、クリスタちゃんに向かって面倒そうに口を開く。
それでも私たちの言葉に慣熟しているわけではなさそうなクリスタちゃんを気遣ってか、お師匠さまはゆっくりめに、そして分かりやすい単語を使っていた。
「クリスタとかいったか? 仕方ないから受け入れてやる。まぁ適当に過ごして、適当に帰るがいい。部屋なら余りまくっていることだしな」
するとクリスタちゃんが大きく動く。
彼女は風の魔法を展開してふわりと浮き上がり、テーブルを飛び越えると、
「! *****!」
嬉しげな声を上げてお師匠さまに飛びついた。
私は思わず悲鳴を上げる。
「ああっ! だ、だめっ!!!」
§
「……」
お師匠さまの膝の上に座っています。
ルベルドさん達はクリスタちゃんにお屋敷の案内をするために居間を出ました。しばらく戻ってこないでしょう。このお屋敷は広いですから。
「シャルティア……? 重くはないが……少々動きづらい、ぞ?」
「お師匠さま」
「な、なんだ?」
「私はお師匠さまの弟子、ですよね?」
「そ、それがどうした? なにを今更」
「私、思うんです。偶にはこうして、師弟の絆を深めるのもいいんじゃないかって。別にですね。私は何も自分がやりたいから、というだけでこうしている訳ではないんです。ちゃんとした実益があるんです。もちろん、お師匠さまにも」
「偶に……? いや、まぁ言ってみろ。私とお前に、どういう実益があるんだ? 師が判定してやろう」
「はい、ありがとうございます。私、先程ちょっと考えてみたんです。認識という、私たち魔道を志す者が忘れてはならない命題について、改めてもう一度」
「ふむ……」
「私はこれまで錬金術を使って魔法概念の認識や解釈をする際、そういった行為の”仕方”の方にばかり着目して、肝心の”誰が”それをしているのかということについて殆ど何も考えていなかったことに気づいたんです。
お師匠さまからすればきっと今更の話で、まだお前はそんなことを考えていたのかと思われるかもしれませんが……、お師匠さまの試練のおかげです。ありがとうございます」
「あ、ああ。それは良いことだな……?」
「はい。結論が後になってしまって申し訳ないのですが……まさにそれなんですよ。こうやって人と人との間の絆を高めるということは、相手について、そして自分についても理解を深めることに繋がる……。それはつまり、自分を強く持つということを意味します。
そして認識する側である自己が確固たる存在になれれば、認識の精度も上がるのは自明のこと。そう……私はようやく、お師匠さまが常日頃、未熟な私に対して親身になって接してくれる、その理由の一端が理解できたんです。――あの……それで、どうでしょうか……?」
お師匠さまが頭の上で頷く気配。
「……素晴らしい。流石は我が弟子だ」
……や、やった!
私はお師匠さまが認めてくれたことに思わず飛び上がりそうになるほど嬉しくなってしまう。
これで私も負けずに……お師匠さまと、こうできる……っ! 必要なことだしね……っ!
あまり頻繁にやりすぎて……鬱陶しがられちゃったら耐えられないし、少しは自重するべきだろうけど、それでもこれは大きな成果だ……っ!
「えへへ……」
私はニヤけながら身体をお師匠さまに押し付ける。
「……ときにシャルティア。そういえばあの頃の話が途中だったな。まだ時間はあるのか?」
「あ、はい。大丈夫です。お夕飯の食材も、クリスタちゃんが増えたのでラルドくんに買って来てくださいとここに来る前にお願いしました。ちゃんと原野バトのお肉も頼みましたし。それにお仕事の方も……頑張れば大丈夫です。いえ、全く問題ないです。なんだかさっきのことに気づけたおかげか……グルグルいけちゃいそうな気がしますからっ!」
「そうか……そうなのか」
お師匠さまはそう言うと、私の脇の下に手を入れひょいと隣に置き、
「ならば、もう少し続けるか」
と、ふっと静かにかっこよく笑い、私のティーカップにお茶を注ぎ始めた。
作中で謎な屁理屈を書く度に思う。俺は一体何を書いているんだ……。
そろそろこんな感じに現在の方もちょこちょこと進めていきます。まだ優先は出会い編だけど。
あ、はちみつボールクッキーの外観はググったら出てくるホーニッヒ・クーゲルってやつだと思いますん(´・ω・`)




