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第十一話前編:昏キ悪霊ノ森


 ――薄く白で彩られた森の奥に、一本の古き大樹がそびえ立っていた。


 遥かな昔、寂寞とした荒野だったこのラクラシアの地に、ささやかなる安寧と尊厳ある死を求めてやってきたごく少数の追放者たちがいたという。この樹はまさにそんな追放者たちの祈りの象徴として、そして乾いた恵みなき土壌の代わりに、生贄となった一人の巫子の(むくろ)を糧として始まった。


 だがそれは遠い過去の話である。

 かつてこの樹に与えられていた壮大なる使命はとうの昔に果たされ、今はただあるがままに地に根を下ろし、天に向かって枝葉を伸ばし、そして初秋に一度、見るものがいれば目を(みは)るほど美しい小さな薄紅の花を満開に咲かせるただの一本の樹木でしかない。



 ……そのはずだった。



 いかなる異変か、この古き大樹は例年であればとっくに花を散らしているこの初冬の時期にあって、満開に(・・・)血のように紅い花を咲かせ、赤黒く脈打つ魔力を放散していた。


 ふつふつと周囲に無数の明るい光の球が生まれてはまるで縋り付くかのように黒く変色した樹肌に衝突し、そして力を使い果たしたかのように消えていく。

 まるで人魂のような光が円状に並び立って踊り狂い、人類には未だ未知の高度に編まれた術式でもって、大樹のそびえ立つ空間を現世(うつしよ)より隔絶する結界を維持し続ける。


 大樹より立ち昇る禍々しく悍ましき気配は、かろうじて光の乱舞によって抑え込まれていた。



 ――しかしその均衡も、事態の発生から一両日経った今、崩壊の時を迎えようとしていた。



 それは、大樹の根本の地面が突如としてひび割れたことから始まった。


 ざわり。

 地中より何かが蠢く音。樹肌に衝突と消滅を繰り返していた無数の光が動きを止める。

 ずるり。

 地中より何かが這い登ろうとする音。ひび割れた大地の周辺に舞っていた光が色を失って消滅する。

 がさり。

 木の根が、否、無数の細い木の根によって構成された何かが、ひび割れた地の端を掴む音。



 ――それは小さな子供の、()の如き物であった。



 〈われら、このよ、すべてにみすてられしものたちに、すくいあれ〉


 どこか舌足らずな幼い(こえ)が結界の内部に響き渡る。


 〈このあれはてた、ちに、めぐみあれ〉


 動きを止めていた無数の光が慌てたように大樹より距離を取る。


 〈われは、このちにあるすべてのものどもの、たましい(・・・・)あんねい(・・・・)を、やくそくせん〉






 ――地より這い上がった、緻密に構築された小さな人型のソレ(・・)は、身に纏ったぼろきれをゆらりとはためかせながら立ち上がると、ニタリ(・・・)と悍ましき人外の笑みを浮かべた。






 満開に咲いていた血花が一斉にひらひらと散り始め、大樹に収束していた禍々しい魔力が螺旋を描きソレに吸い込まれていく。――古の巫子の、(いびつ)なる再誕であった。


 それを目の当たりにした無数の光たちは慄いたように、悲しむように明滅すると一斉に展開し、結界の強化へと移行した。さらにその一部は結界の外へと姿を消す。


 巫子は嗤う。


 〈ふふ、あは……〉


 身体は前に向けたまま首をぐるりと真後ろに向けると、巫子は大樹へとあでやかな声で語りかける。

 

 〈わたしをころ、した、わたし……あは……ちからを、かして? みんなを、よびもどそう――〉


 〈――みんなで……(みなごろし)にしよう。やすらぎを……みんなでいっしょに、なかよく……〉


 大樹が呼び掛けに呼応するように脈打ち、ぼこぼこと地面から木の根が飛び出す。それは刹那のうちに数十の、身長三メル近い、ところどころに赤点が浮く歪な木肌の怪物を形作る。


 巫子は首をまわして元の位置に戻すと、暗き眼窩(がんか)を細めて果てを見る。


 〈まずは――ひとつ。ふた、つ…………?〉



 〈……………なにあれ。おかしい。おわってるのに、おわってない。ずるい。きもちわるい〉


 途端に無表情になった巫子は俯くと、身体をふるふると震わせ始める。



 〈し……〉










 〈しね。しねしねしねしね。しねしねしねしねしねしねしね。しねしねしねしねしねしねしねしねしね。しねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねえええええぇぇぇええぇええええええええぇぇぇぇぇえええええぇええええぇえええええぇぇえええええええぇぇぇぇええええええぇぇえぇぇえええええええぇえええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええぇぇぇぇえええええぇえええぇええええっ〉










 ――絶叫。


 物理的な破壊力を持ち合わせた爆発的な瘴気が吹き荒れ、結界を構成する光の球が多数消し飛び、ぎしりと結界に亀裂が入る。木の怪物が咆哮を上げる。人知れぬところで発生した光と闇のせめぎ合いは第二局面へと突入した。

 



§§§




 さっきの丘からまっすぐ南に歩いたら直ぐに着く、森の中にある薬草の採取地に向かっている……はずだったのだが、なぜかいつもなら着いている頃合いになっても到着しない。


 え、うそ……。

 迷子になったの? この、もう五年近く通っているこの森で? そんなバカな……。


 俺は内心激しく焦っていた。


 いや別に北か西に歩いてたらそのうち街道に出る程度のささやかな森だから俺一人ならここまで焦らないんだが、今はシャルティアという弟子が横にいるんだよ! くそっどうなってるんだ。


 「おっ、これは食えるキノコだな」


 とりあえず誤魔化すために、その辺の倒木に生えていたキノコをむしって時間稼ぎをする。

 ……いや、食えるキノコって。とっさに出てきた言葉がなんか採取に出てきた錬金術師っぽくねえ!

 もっと効能とかの話しろよ俺。


 そんな俺の様子を見ていたシャルティアは、はっとした顔できょろきょろと周囲に目をやると、別の木の根元に生えていた別の種類のキノコを指差してこう言った。


 「あっ、おししょうさまっ! あれも、たべられるキノコ、ですよねっ」


 シャルティアは心なしドヤ顔で、そしてまるで餌をまつペットのように、褒めてほしそうな顔をしていた。


 ……くそっ、こいつ撫でられるのに味しめてやがる。まあ合ってるけどさあ。

 俺でもこの森に生えてる植物くらいなら流石に分かるよ。来まくってるし。……今迷子だけど。


 「ああ、そうだな。しかしどうしてわかったんだ?」


 素直に褒めるのが癪だった俺は、そんなことを聞いてみる。


 「なんとなく? ですっ。わたし、おなかこわしそうだなってものに、びん……? するどい、のでっ! たべるまえに、わかるんですっ」


 敏感な、敏感。大体しっかりしてるくせに、時折子供アピールしてきやがる……。

 というかどういうことだろ。スラム経験で動物的なカンが養われたってことか? なんかすごい。


 「ふむ? よく分からんが、ま、そういうカンは大事にしておくといい。

 錬金術師……まあ魔法師もそうだが、俺たち魔力を扱う人間にとっては”認識”というのは重要だからな。業界でよく言われる言葉を引用するなら、『世界に満ちる魔力は果てがなく、俺たちちっぽけな人間には”視たいものしか視えない”』。

 ……例えば、錬金術師が毒物をチェックする時とかは、そうだな。

 まだ一回も錬成をやったことがないから想像しにくいかもしれないが、錬金釜の内部の魔力に制御棒――かき混ぜ棒だな。それを使って同調して観測することでやるんだが、毒に対しての知識、あるいはお前のそういう経験則みたいなのは、錬金術における”観測”にも有利に働くことになる」


 ちなみに俺はやらない。全部ポチにやらせる。

 ぷるぷるとキュートで賢いうちのポチは俺より毒物に対しての認識力が高いからな。出来るやつがやれ主義なんだよ、悪いか! 別に勉強したくないわけじゃないから。必要ないだけだから。俺は効率主義なのだ。


 「そう、なんですね……。がんばりますっ」


 長話で褒めるのをスキップしようとした俺に、シャルティアは健気に頑張るアピールをする。

 俺は負けた。


 「えへへ……」


 シャルティアの頭を撫でながら、俺は森の中をぐるりと見渡して観察する。

 うーん、それにしてもここどこだ。あんまり覚えのない感じの木々の並びである。いや、ポンコツな俺の記憶力のせいかもしれんが……。

 

 「……ん?」


 ふと目の端に、拳大のピンクの光の玉を見つける。右ななめ前あたりの木の枝の上で何やらふよふよと浮いていた。……揺れ方がなんだかこう、不安定なせいでイラッとくる。


 「ライトウィスパー……だよな。なんでこの時期に」


 その俺の声にシャルティアも顔を上げる。その機会を見逃さず、俺はシャルティアの頭から手をどける。シャルティアは少し残念そうな顔をしつつも口を開く。


 「あれが、ライトウィスパー……。あきごろに、というおはなしでしたね。まいごになっちゃったんでしょうか……。でもなんだか、ぽわぽわしててかわいいですっ」


 さよか。しかし迷子ねえ。

 秋の初旬以外に見たことないけどなあ。初旬に一斉に森中に現れて、中旬くらいに一斉に消えるのがこいつらのはずなんだが。


 俺はしばらく、シャルティア曰くぽわぽわと可愛らしく浮かんでいるらしいライトウィスパー氏を眺めて首を捻っていたが…………、まあそんなこともあるかと見なかったことにすることにした。


 迷子、うん。別に季節外れで迷子のライトウィスパーがいたって良いよな。俺に迷惑を掛けないなら存分に好きにやってくれ。……だいたい今は俺が迷子なのだ。いやほんとどうしよ。迷って採取地に着けませんでしたとか、それ流石に師匠としてどうよ……? 俺の沽券に関わるぞ。


 うーん、もうちょっとこのまま南に行ってみるか?

 しかしこれだけ来て到着してないってことは、最初に歩き出した方角が微妙にずれてたってことだよな。いやでも、ずれてたっていっても見逃すかあ? 途中までは見覚えあったんだけどなあ。


 俺はその辺の木の実(まずい・一応染料に使える)とか草(苦い・一応解熱につかえる)とか木の皮(固い・一応なんかに使えるかも)を採って誤魔化しながら考える。シャルティアも真似して木の実を拾ったりしていた。……ってこいつ目が良いな。それアンゼルの実じゃん。小動物が土の下に埋めてしまうせいで見つからないんだが。まあいいや。


 俺は悩んだが、一端、北に向かって王都東の街道に戻ることにした。

 聞かれたらそのときに口八丁でなんとか体裁を整えよう。もうそれでいいや。採取地につけないことのほうがまずい。金が入らなくなるし……。


 仕方なくそう決めた俺はシャルティアに声を掛けた。

 うわ……アンゼルの実、もう五個も拾ってるこいつ。ちょっと引くわ。小動物っぽいから通じ合うものがあるのか。成果が既に負けている件について。


 「シャルティア、ここはもう離れるぞ。付いてこい」


 「はいっ、おししょうさまっ」


 どこに行くとは言わないのがポイントである。姑息とか言うな。


 トタタッと隣に駆け寄ってきたシャルティアと共に歩きだそうと………………。









 ――ぞわり。









 「ッ!?」


 なんだ……?

 今、背筋に寒気が走ったぞ……。何かに見られたような……?


 俺が思わず立ち止まってきょろきょろとすると、隣のシャルティアが悲鳴を上げてしゃがみこんだ。

 尋常ではない様子で怯えている。


 「ひっ。ぃやぁっ!」


 「おい、どうした。大丈夫か。落ち着け」


 俺も慌ててしゃがみこんでシャルティアの肩を持ち、顔を覗き込む。

 先程までの様子はどこへやら、蒼白な顔でガタガタと震えながらうわ言のようにブツブツと呟いていた。


 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいそんなつもりじゃ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 ちっ、なんだこれは。全く俺のことが見えていないぞ。

 自分より様子がおかしいシャルティアを見て落ち着くと同時に、その姿になんだか無性に腹が立ってきた俺は舌打ちをして喝を入れる。




 「――シャルティアッッ! 目を覚ませッ!! 何をそんなに最初から訳の分からんものに屈服しているッ!! それでもお前はシャルティア(・・・・・・)、いや、俺の弟子かッッッ!!!!!」




 「っっっ!」


 至近で浴びせられた怒声にシャルティアははっと意識を取り戻す。


 「わたし……、いま、いったい……?」


 シャルティアは自分の身に起きていたことを理解できていないのか呆然とした様子だった。


 「意識を取り戻したなら、もういい」


 くそっ、記号に囚われるなんて俺らしくもない。今、俺はこいつとあいつを重ねたのか?

 理不尽な腹立ちで粗雑な返事になってしまった。まあいい……それはともかく何が起こっている……?


 俺はシャルティアの手をとって立ち上がり、森の中を――。



 「な、んだ……?」


 




 


 ――周囲の景色は一変していた。








 そこはまさに、異界の森と呼ぶに相応しい光景だった。


 粘って重苦しい空気。天は血のように紅く染まり、木々の間には闇そのものが凝固したかのような暗黒が広がっている。

 薄く積もっている雪もどこかおかしく、まるで生肉を踏みつけたかのような不気味な感触が足裏から返ってくる。


 あまりの変化に頭がついていかず呆然としていると、同じく目を見開いていたシャルティアの懐から柔らかな光が溢れ出す。

 その光はシャルティアを中心として、半径三メルの半球状の結界を創り出した。内部の空気が急速に浄化され、身体が少し軽くなる。


 「これは……結界術、か? それは、カヤの符か……。はあ……あいつ……。言えよ……」


 その光に落ち着きを僅かに取り戻した俺は思わず悪態をつく。

 昨日から借り作ってばっかだな。これで三つ目か? あいつ、まさか本当に俺の身体が欲しいんじゃないだろうな……。


 ぎゅっと手を握ってくるシャルティアも僅かにはにかみながら肯定する。


 「えへへ……はい。やくにたつかは分からないけど、とりあえずこれだけ、わたしておきますっていっぱいくれました」


 「攻撃術に防御術、結界術一通りに……製水符まで? あいつ何考えてるんだ……。遠征に行くわけじゃあるまいし。まあ助かるが……」


 「えへへ、そうですね」


 カヤのせいで落ち着いた俺はため息をつくと、腰に下げたポーチの留め金を外し中に詰まっているガラス玉をすぐに取り出せるように準備する。これ、せいぜい初級魔法に毛が生えた程度しか威力ないんだが大丈夫だろうか……。つうか久しぶりすぎてまともに使えるか不安だ……。


 「シャルティア、お前はカヤの符を直ぐに使えるようにしておけ。どうせ使い方も教わっているんだろう?」


 「はい、おししょうさま」


 俺は再度、周囲をじっくりと観察する。

 つうかほんとどこここ。さっきとは違う意味で訳わかんねえ。魔界って本当にあったの?

 まあ進む方向だけは確定しているが……。北に行って、街道を探すっきゃない。あるのか分からんけどな……。


 手の中で、中に光素を宿した親指ほどのガラス玉を二つほどもてあそびながらそこまで考えると、シャルティアの手を引っ張り歩き始める。本当は走りたいんだが、闇が深すぎて先が見通せず転倒しかねない。


 ぶにゅりぶにゅりと不気味な感触の雪を踏みしめながら慎重に進む。

 どうするんだっけな……六年くらいブランクあるけど、あの爆弾魔曰く遮蔽物を意識して動け、だっけ? くそっ、体力ないのに遮蔽物意識して周囲に気を配って、足元にも注意するとかできねえよクソが。


 とは思うものの、手が滑りそうになるほど手汗をかきながら握りしめてくる弟子の存在を思うとやらざるを得ない。いやほんと、何でこんな目に遭ってるんだ? 王国軍は何やってるんだよ。働けよ。俺でも働いてるのに今……。


 しかしこれ本当に奈落にでも向かって歩いてるみたいだな……。横に歩いているというよりは前方のこすぎる闇のせいでまるで下に落ちているかのようだ。神経が鋭敏になって、ガサリと枝葉が揺れてこすれる音にもいちいち身体が反応してしまう。


 我慢しきれなくなったか、シャルティアが小さな声で話しかけてきた。


 「おししょうさま……あの」


 「どうした?」


 前方の闇から滲み出てきた木の影がまるで首を吊った人みたいに見えてびっくりした後だから、手短にな。俺のか弱い心臓が止まっちゃう。


 「その、カヤおねえさんのけっかいのおかげで、ましにはなったんですけど……」


 「うん?」


 「あの……まだ、みられてる(・・・・・)きが……するんです」


 「…………」


 そういうの言うのやめろよおおおッ!!!

 俺は怖すぎて思わず立ち止まり、手近な木の影にしゃがみ込んだ。


 「……それはどっちの方角から?」


 「あっち、です……」


 南東……ってことは離れてはいるんだな……。良かった、いや良くねえ怖い死ぬ。勝手に見るなよどこのどいつかしらんけど。


 「急ぐか。一応遠くはなっているんだな?」


 「いえそれが……だんだん、わかるようになってきたんですけど、そのちぢまって(・・・・・)きてるような……」


 ひょえええ。言うの遅ええよおおあ!!!

 わかってるよ、ちょうど今わかるようになったんだよね、でももう少し早く言って欲しかったな!!!


 「急ぐぞ」


 南東ってことは北西に行こう。そっちはどのみち王都の方角だ。


 しかしそうやって心持ち急ぎ始めた俺たちだったが……。








 ――ついに俺たちは”()”と出会ってしまう。








 木々の合間を縫って、突如前方(・・)に現れたそれは大きかった。


 歪な人型をかたどった、身長三メルほどの木人。ただし聞き知ったトレントと呼ばれる類の魔物とは全く様相が異なった。全身が細い細い蔦のようなものがより合わさって形作られた存在。ところどころにまるで血痕のような朱があるのが気味が悪い。そしてその両腕は地面に届くほど長く、ひょろ長い胴体とその上に乗った細い逆三角形の頭部には吸い込まれそうな闇を湛えた虚ろな空洞がみっつあった。


 それは硬直した俺たちを見ても、いきなり襲い掛かってくることはなく。


 しかし、口を三日月に歪めて首を傾げると――――ケタケタと嗤った。






 〈ミ イ ツ ケ タ ア〉

 





 と。


 その時、俺とシャルティアが取った行動は人としての理性からではなくどちらかと言えば生物として反射だった。

 目の前の人語を解す異形に対する強烈な拒絶反応。一刻も早くそれから距離を置きたいという衝動。


 それらがせめぎ合い、俺は握りしめていたガラス玉を二つとも宙に放つ。

 脳裏に軌道を描く。宙を落ちるガラス玉を拳で殴りつける。錬金術で生み出されたガラス玉――”誘導爆裂弾”――はその軌道を正確になぞり、光の尾を引きながら左右にはじけ飛び、そして木人を挟む位置に到達すると軌道を突然変化させて、真横から木人の頭部を急襲した。直撃。内包された攻撃的な光の魔力が解放され、一瞬闇が吹き払われる。


 それと同時に符を掲げていたシャルティアは木人の足に向かって”切断”の力を帯びた力場を飛ばした。符術はこの国で一般的に使われている、”七つの魔素”解釈による属性魔法とは性質を異にする。どちらかと言えば錬金術師が扱うものに近い、ある種の魔法概念……文字を媒介としたそれを直接的な魔法へと変容させるものだ。どちらも一長一短があるものだが、”切断”の力はその権能を正しく発揮した。足が二本とも切断され、木人は倒れ込む。



 ――そして俺たちは即座に逃げ出した。



 それはなぜか。そう、木人は――俺たちの攻撃が迫るその瞬間も、嗤っていたからだ。


 「ッ! こっちだッ!」


 「はいっ!」


 ヤバイヤバイヤバイヤバイ。何だあれはッ! 俺はやっと思考が回り始める。


 攻撃は当たって、そして効果は間違いなくあるはずなのに、全く(・・)手応えがない(・・・・・・)

 まるで今踏みしめている雪のごとくぬるりと滑っていく感覚。

 なんというかそう、表面こそ傷つけられても、本体にまるで手が届いていないって感じだ。


 どう考えても、こんな王都直近で出てくるような魔物じゃない。あいつが遊んでいなかったら、俺たちはとっくに天に召されている。

 あんなの例え上級魔法クラスが使えたとしても倒しきれるかどうか。純粋な破壊では意味が無い気がしてならない。何か特殊な、そう高位の浄化系の何かがいるんじゃないか? 言葉を解すことといい、あれはどちらかというと実体を持っているくせに悪霊に近い存在だ。

 

 そんなことを考えながら、できるだけあの巨体が通り抜けにくそうな木々の密集地帯を選んで走り抜ける。枝が引っかかって痛いがそれどころじゃない。


 「ああっ、おししょうさまっ」


 「んな!?」







 〈ソンナニ イソイデ ドコニイクノ?〉







 ぬっと再び俺たちの目の前に現れる木人。ご丁寧に背中を折って覗き込むような姿勢で首をひねりケタケタと嗤っている。さっき与えたはずの傷は欠片も残っていない。


 「ッ! どうやって回り込んだッ!」


 俺が悪態をつくと同時、カヤの結界が激しく明滅を始めシャルティアの懐の符が一枚塵と化し、新たな結界符が起動する。なんだこいつ、何もしてないように見えるが、何か遠隔系の攻撃をしてきてやがるッ!


 「あれかッ」


 ヤツの立っている周囲の草木が急速に枯れていた。その枯れ方も気味が悪い。部位の末端が紅く染まりそれが全体にどんどん波及、そして最終的に焦げ茶と化し崩折れている。もはや枯れるというよりは、崩れて(・・・)いる。やっべえ、あんなの一回でも食らったらアウトだぞ。カヤの符は残り何枚あるんだッ!


 思わずシャルティアの手を引いたまま後ずさる。


 すると今度は背後から…………。









 〈カカ カカ トケテシヌ サケテシヌ〉



 〈オイシ ソウ タベテ イイ?〉








 新たに二体の木の悪霊がちょうど退路を塞ぐように出現し、愉しげに俺たちを嘲笑う。背後の木々はいつの間にか崩壊して跡形もない。


 あっ、これ死んだわ。複数体いるとかありえねえ。


 まるで俺たちを嬲るかのごとく、嗤いながらゆっくりと包囲を縮めてくる。

 そんな光景を見た隣に立つシャルティアは、震える手で固く俺の手を握ってくる。


 すまんな。

 こういう時には普通、お前だけは逃してやるとか言うものなんだろうが、俺は無理なことはなるべく言わない主義だ。そもそも別れて結界の外に出たら即死する。まあ一秒くらい先に死んでやるよ。


 ああそれでも、もったいないし腹立つから残りの爆裂弾全部使っとくか。

 一度やってみたかったことがあるんだよな。


 



 


 ――俺はシャルティアの手を強引に振りほどくと無理やりしゃがませ、忌々しい化物どもに笑いかけた。







 「せっかくだから、とっておきの見世物(ショー)を見せてやるよ。期待に添えるかはわからないがな」






 そう、これはただの見世物だ。

 間違っても攻撃なんかではありはしない。

 まあ否応なく昔、磨かれた虚仮威しの大道芸の延長みたいなものだ。


 俺は腰に下げたポーチを外して空に放り投げる。

 中から一ダース分から二個引いた十個分の爆裂弾が宙を舞う。

 全ての爆裂弾がちょうど俺の目の前の殴りやすい位置に配置される。

 それら全てに意識を繋ぐ。俺にとっては過負荷すぎる所業に脳幹が加熱する。


 警戒したというわけではないのだろうが、連中も羽虫の最後の足掻きに多少の興味を抱いたのか、動きをとめて首をひねる。


 

 ――よっし、やるかあ。



 軽く片腕を振って調子を整えると一息にまずはひとつ、思いっきり殴り飛ばす。

 殴った慣性で身体を回転させ、更に次の弾を。更に次の弾を。

 赤に青、白に黄、幾つもの光の軌跡が弧を描いて深い闇に刻まれる。


 殴打を繰り返し、全ての弾に軌道とその駆動に必要な魔力の二つを入力し注入し終えた数秒後。


 目の前の追い回してくれた奴の頭上には四つ、後から現れた二体の頭上に三つの爆裂弾があたかも獲物を狙う猛禽のようにぐるぐると周回していた。



 ――こんなの百パーセント、ただのカッコつけにすぎない。



 タイミングを読みフィニッシュに軽く指を鳴らす刹那、俺は考える。


 そもそも指を鳴らすこと自体に全く意味がない。

 軌道は既に入力し終わっていて、これはただ全てが同時に(・・・)直撃する秒数を測っているだけだ。

 だいたい普通に順番に当てたほうが駆動距離が短いんだから必要な魔力も少なくて済む。


 とはいえ、である。


 人生なんてそもそも見方によれば無為と無駄の繰り返しだ。本人がどう思っていようと、それに関心がない人からすればただの道楽に過ぎず――。



 ――ならば俺は最期まで道楽を貫き通そう。



 ――パチン。
















 ――しかし俺が指を鳴らして起きたのは全く俺が想像もしなかった、凄まじい(・・・・)ほどに(・・・)激烈な(・・・)三つの白き爆発だった。





 〈グギグガグギャアアアアアアアアア〉




 「なっ……」


 俺は唖然とする。

 爆発直後、天地に屹立した巨大な白く太い光の柱。

 それが、絶叫する木人達を完全に呑み込んで焼き続けていた。


 「ふわあ……。おししょうさま……すごい……」


 先程までの恐怖の感情が何処かに行ってしまったかのように、シャルティアが感嘆の声を漏らす。

 そんなシャルティアをよそに、俺は何が起こったのか全く理解できていなかった。


 自分で作ったからわかる! これはこんな強いアイテムじゃないぞ!

 もう正直に言うと便利なだけで威力はしょぼいから!!

 俺よりうまく作れるやつなんて山ほどいるから!!


 なんか『あれっ……俺強くね?』って思っちゃいそうになるけど違うから!!!



 そう思いながら、ふと指を鳴らしたまま上げたままの右手に目をやる。







 ――なぜか手がピンクに発光していた。



 ……は?



 なぜか発光している自分の手を見ながら唖然としていると……妙な声が直接、脳裏に響いてきた。





 〈どや? おっちゃん、ええタイミングやったろ? 結界、あんさんらが自前で張ってしまった時はどないしょーかと思ったけど、出待ちした甲斐あったわ~! あ、おっちゃんはな~、ほらさっきあんさんらが可愛い可愛い言ってくれた、ライトウィスパーさんやで! よろしくな~!〉





 「…………………………」


 俺は思わず黙り込んだ。


 「おししょうさまっ、すごいですっ! さすがは、おししょうさまですねっ!!」


 シャルティアはキラキラした目でそう言った。




シャルの見てる前で~無双する~だけどほんとは~他人の褌~

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