第十話:依頼
蒸かし芋をもしゃもしゃと食べ終えた俺は、目の前で小動物のように芋をはむはむとしている我が弟子に、カッと目を見開き、食い気味に宣言した。
「もう少し先にしようかと思っていたが……予定を繰り上げることにした。シャルティア、お前にさっそく錬金術がなんたるものか、教えることにするッ」
断じて金欠――いや”金無”に焦ったからではない。
取ったばかりの弟子の手すら借りたいほどとかいうわけでもない。
これは、単に師匠としての義務を果たそうとしているだけだ。うんうん。
俺は別に金が無いくらいで慌てたりするような人間じゃないからな。
ましてや、その程度で何かに当たり散らすような狭量な人間でもない。
清貧高潔と書いて、グランニート・レインジーと読んでもいいくらいの人物。
それが――俺だッ!
これから俺のことは【清貧高潔】の錬金術師と呼ぶように。
よしッ!
脳内で超早口に自己弁護を終える。
そしてそんな俺の宣言に、蒸かし芋ごときを嬉しげに食べていたシャルティアは慌ててそれを皿に戻し返事をした。
「は、はいっ! よろしくおねがいしましゅっ」
「…………」
「……うぅ……」
「……あーやっぱり食べてからでいいかな」
「……はぃ……」
気の毒に思った俺は仕切り直すことにした。
なんかスマンな……。やっぱり俺が全部悪いわ。ちょっと反省しよう。
どうも、【文無し無計画】のグランニート・レインジーです……。
§
「――ということだな。わかったか?」
「がんばり、ますっ」
錬金術とはどういう成り立ちがあり、どういう技術のことを指すのか。
そして、どういった物が創れるのか。
その辺りを十分ほど掛けて『錬金術入門 ~ぐるぐる編~』の序文を丸読みしながら講義した。
この本、序文だけはマトモなんだよな。まるで別人が書いたかのように。
本文は擬音とユニークな図形が多用されていて、激しく読み手を選ぶと評判の本である。
例えるなら五段階で評価するとして、一と五しか付ける人がいない本といえば伝わるだろうか。
……いやでも丸読みしてる俺(反省モード中)が言うことでもないか……。
でも一応、この程度は分かってるからッ!
うまく言葉にまとめる自信がないだけだからッ!
「ま、すぐに分からなくてもいい。一応この本は渡しておこう――ってシャルティア。お前、文字よめ……ないよな?」
「は、はい……ごめん、なさい」
しょんぼりするシャルティア。
「いや、それはわかっているから謝らなくていいぞ。…………いや待てよ。この本なら、別に文字を読める必要もない気がしてきたな……著者の念を受け取れるかどうかが全て、だったか……。よし、やはり渡しておこう。なに、歳の割りに賢そうなお前ならきっと出来るはずだ。師は期待しているぞ」
「きたい……! がんばりっ、ますっ!!」
さっきより語勢が強くなったなー。
まあ、無理だと思うが頑張れよ。そしたら俺(反省モード中)の手間が省けるからな。
俺(反省モード中)はうんうんと頷くと、本題に入ることにした。
ここまではただの前置きだ。金! 金を稼がないといけないんだよ! うえじぬだれかたすけて。
「よし。とりあえずこの話はここまでとして俗な話をしよう」
「?」
こくんと首をかしげるシャルティアに、更に言葉を続ける。
「なに、簡単だ。錬金術師も霞を食って生きられるわけじゃないという話だ。俺はいわゆる市井の錬金術師というやつでな。国やら商会やらに雇われている錬金術師と違って、給料がもらえるわけじゃない。俺たちは自由――そう、自由な探求が行える代わりに、食っていくための金は自分で得なければならないという話だ。早い話、営業をかけて依頼をとってこないといけないというわけだな」
俺(反省モード中?)は腕を組んでそう言った。
「いらい……ですか?」
シャルティアはわかったような分かっていないような顔で繰り返した。
「そうだ。他人からのお願いを叶えて金をもらうということだな。というわけで俺はこれから行くところがあるから、お前はここで待って――」
「――いやですっ!」
「っ!?」
びっくりした……。
突然、必死な顔で大声を出したシャルティアに困惑する。
最初の晩以外、めちゃくちゃ素直だったのに急になんだ。
「ど、どうしたんだ?」
俺が問いかけると、
「あ、あぅ……。そ、その。わたしも、つれていって……もらえませんか?」
シャルティアは今度はうつむいて、小さな声で、しかし懇願するようにそう口にする。
いや、といってもなあ………………。
………………今から行く所、まずは『娼館』なんだよなあ。
常識的に考えて、用件がなんであれ子供連れで娼館って何か間違ってないか?
つーか俺(反省モード中?)に常識を考えさせるとかすごいな?
と、困っていると――救世主が突然現れた。
「ご、ごめんください。レインジーさん、起きてますか?」
コンコンと扉を叩く音と同時にそんな声が聞こえてくる。
カヤか? これは。何しに来たんだ。しかし良いところに来た!
鍵を開けて扉を開ける。
するとそこにはやはり昨日会ったばかりのやつがいた。
出勤途中なのか、仕事着の上にコートを羽織っている。
「起きてるぞ。何の用――どうした?」
「いえ、その……あまりに久しぶりに来たものですから少し……違和感、いえ、懐かしかっただけです」
「ふん?」
落ち着かなさげに髪をいじっていたカヤだったが、一度首を振って、目を合わせてくる。
「それはともかくですね」
全身を上から下までしげしげと眺めてくるカヤ。
「お元気そうですね? 昨日少し顔色が悪いように見えましたので、気になって寄ってみたのですが」
「……そんなに不調に見えたのか……」
我ながらさすがの拒否反応である。
「いえ……よく考えればまだ朝の時間帯に貴方が起きているのはおかしい……?」
しかし続けて、つと首をかしげて失礼なことを言われ思わずツッコんだ。
「おい。人を何だと思っているんだ。吸血鬼かなにかか。これには――深い理由があるんだよ。まあ玄関口で話すのもなんだ。入れ入れ」
俺(本当に反省モード中?)はカヤにそう促す。
「え、いえ。これから出勤なのでそうゆっくりするつもりはなかったのですが」
「まあまあまあそう言わずゆっくりしていけよ。お前のことだからまだ時間には余裕があるんだろう? お茶……お湯なら出せるぞ?」
「……確かにそうですが。でもお湯って……」
ジト目で人のことを見てくるカヤを工房の中に招き入れ、椅子に座らせる。
――いやー良かった。子守り役が手に入った。
俺(反省モード忘れた?)が水を温めるという崇高なおもてなしの準備をしていると、カヤとシャルティアが何やら話しているのが聞こえてくる。
「おはよう、シャルティアちゃん。昨日ぶりだね。覚えてるかな、私はカヤって名前です。シャルちゃんと呼んでいいかな?」
「は、はい……。あう……カヤおねえさん、おはよう、ございます」
「うん、おはよう。あはは、ごめんね? 急にぐんぐん行き過ぎたかな?」
「そ、そんなことない、です」
「ふふ……。よろしくね、シャルちゃん」
……誰だあいつ。やけに手慣れてやがる。人格も変わってねえか。
迷子センターとかあるのかな……?
内心あまりの変わりように震撼していたが、まあいいかと思い直す。
お湯をカヤの前に出す。
「歓談中失礼するが。カヤ、頼みがあるんだが聞いてくれるよな?」
「容れ物……。いえ、頼み、ですか? 聞く前提なのは気になりますが……なんでしょう」
「別に難しいことじゃない。お前、いつまで時間はある?」
「本当でしょうか……? ええと質問に答えると、実はですね。今日は本当は非番だったので昼頃に登庁して欲しいという話なんです。一部職員の間で風邪が流行りかけているらしくて。それなので、一応昼までは大丈夫、ですよ……?」
「昼に行けばいいのに朝に出たのか……だが好都合だな。まあ本当に簡単なことだ。これから俺は少し出かけてくるから、それまでシャルティアとここで待っていて欲しい」
「そのくらいなら別に構いませんが。どこに行くんです?」
「お花屋さんだよお花屋さん」
「……? そうですか。わかりました」
今度はシャルティアの方に顔を向ける。
「シャルティアもそれならいいか?」
「えっと……は、はい……」
微妙に不満そうだが……よし、まとまったな!
俺(反省って何?)はそそくさと出かける準備をすると、扉の前でカヤと我が弟子の方を振り返った。
「では行ってくる。カヤ、頼んだぞ。シャルティアは……あっちの隅に並べてあるカゴとかナイフとかの装備が揃っているか、そこに貼ってあるチェックリストと比較して確かめておいてくれ。帰ってきたら一緒に採取、野外に出かけるぞ。あ、小さなガラス玉が幾つか入ってる箱あると思うがそれは落とすなよ。爆発するから。カヤ、悪いがそっちもフォロー頼む。一応大昔に経験…………いやなんでもない」
「は、はいっ。わかりましたっ」
「……仕方ありませんね。いいですよ」
「報酬払おう……じゅ、十セレンとか」
「……ふふ、なんですかそれ。子供の使いですか。いりませんよ、気遣いもいりません」
「なんだよ、(全財産の)三分の一なのに。まあそのうち身体で返してやろう。昨日の恩もある。俺は些細なこととはいえ、借りを作るのは心の安定を欠くから嫌いなんだ」
何事もさっさと精算して変な義理が生まれる前に潰すに限る。
……もちろん例外はある。ツケ飲みとか。
「か、からだって……。もう、はやく行ってください!」
なんだこいつ。この程度で赤くなるとか、二十ニかそこらなのにまだ未経験なんだろうか。
『知人NG、ハナヤのチャンネーサイコー』のポリシーのせいであまりにも関心がなかったが……。
まあ聞かないでも勝手に話すミールさんがなんも言わないから男がいないことは知っていたけど。
そんな疑いを抱いたが、マジ指摘をしたらぶっ殺されそうなのでやめておくことにした。
§
冷たい朝の空気の下、俺は遊び人通りからほど近い、ぐねぐねと入り組んだ路地を進んでいた。
遊び人通りにいる間は、なぜか猫にパンツを取られた男が道を疾走し腰布一枚の公共猥褻物化寸前になっていたが、颯爽とスルーした。……いややっぱり見たくもないもんが見えかけたせいで気分を害したわ。もげろ。そして一刻も早い留置所行きをお祈りしております。
まあそれはともかく。
どうして俺の依頼の受諾先の一つとして娼館があるのかというと、一言でいうと隙間産業だからである。
世の中には誠に嘆かわしいことに競争や競合というものが存在し、それはこういったことに関しても同じ、という話だな。そう、俺みたいな零細錬金術師が他の錬金術師や薬屋などから依頼を勝ち取るのはそれなりに面倒なのだ。
まあ、国が発行する調達依頼なんかを役所に受けに行けばそちらの方は割りといつでもあるのだが、手間がかかる割に査定が厳しくあとついでにお国の役に立つと負けた気が……ううん。そうじゃない、直接人の役に立っている実感が欲しいから俺はこうやって稼いでいるのだ。
……待てよ。シャルティアって今は痩せ気味であれだが、磨けば光るものがありそうだ。
かわいい童女に『依頼、何かないかなあ(上目遣い)』とお願いされたらころりと靡くやつもいるんじゃないだろうか。くくく、これは良いことを思いついたぜ。
そんなことを考えながら歩いていると、少し大きな道に出た。目的地がある場所だ。
しかし道の先に目をやった俺は思わず苦い顔をしてしまう。
「げっ、まじかよ……」
視線をやった先には、いかにもチンピラという雰囲気の三人組がいて、ハナヤの店主さんと入り口でなにやら押し問答をしていた。
「なんじゃオマエぇ! つべこべ言わず金だせやあああ! ああん!?」
「あ!? くだらん能書きなんか聞いとらんのや! ここいらはうちらのシマになったんやから、さっッッっさと出すもん出せやあ!」
「おるぁ! おるぁ!」
こいつら……………………。
――それは俺の金だぞッ!!! あん!?
と思ったが力量差をちゃんとわきまえている俺は、そっと一歩後ろに戻り路地に隠れた。ほらさ、数がね。
はあ……弱り目に祟り目すぎるだろ……。
どうして俺が来た時にこんないかにもってやつらがいるんだよ。クソが。
そう思ってため息をつくと、今度はちょうど正面の路地からこちらに向かって歩いてくる人影があった。
連中が他にもいたのかと思ってぎょっとするも、名前は知らないがどこかで見た気がする顔である。
……多分あれだ、偶に遊び人通りの酒場で見るやつだ。
その名前もしらぬ通りすがりの男も道に差し掛かり、騒ぎに気付いたのか足を止めた。
……ふと思いつき、ニヤっと笑いながらそいつにハンドサインを送る。
するとそいつも俺に向かってニヤっと笑い、拳を小さく突き出してきた。
――通じ合った。今まさに、俺とこいつは親友だった。
俺と親友は少し出る路地を変えて道に出ると、偶然出会ったかのように不自然ではない程度の大声で話し始める。まずは俺から話しかけた。
「ようマイク!」
俺が上げた大声に目の端に映る三人組がチンピラ語を喋るのを止める。
それを確認し、目の前の親友に言葉を続けた。
「こんなところで会うなんて偶然だな!」
「おう久しいな、ジョンソン。吾輩も驚いたぞ」
「どうしたどうした。私服ってことは、今日は巡回のお勤めはお休みか? あ、もしかして祭りのときの警備の代休でも取れたのか? ならこの後、飲みに行こうぜ」
「ふっ、ジョンソン。お前はいつも酒の話ばかりだな……。少しは控えたらどうだ? 残念ながら休みじゃない。私服で見回っているところだ。なにやら不審な動きがあるらしくてな」
「ちっ、まじかよ。せっかく会えたのにもったいねえ。これだからお国に仕える連中ってのは。つうかあんまり固いこと言うなよ、兵長さん。お前もたいがい大酒飲みのくせにさ! …………ってなんだあれ? ほらあっち」
「ん? どうした? ……む。これは吾輩もうっかりしたな……。聞かれてしまったかな……? そこの君たち、待ちたまえッッッ!!!!!!」
我が親友、何故か吾輩キャラのマイクが恐ろしい剣幕でそう怒鳴ると、三人組は舌打ちして逃げ出した。
「ちっ、兵長なんか相手にしてられっッッっかよ! ずらかるぞ!」
「クソがッ! 何でこんな所にいやがるんだよッッ!」
「おるぁ! おるぁ!」
それを見てマイクも実に楽しそうにこう言い残して走り出した。
「いやー愉しいね! 僕はあいつらをノルススワンプ通りに追い込んでくる! ふふ……僕も参加しようかな」
ノルススワンプ通り……。
ホモに食わせるつもりか……ってこいつもまさか。いろいろご愁傷様だな……。
だが、俺は今度からこいつを酒場で見かけても席は離すことにしよう。
儚い友情だった。
§
「よう、アニス。ご苦労様だったな」
余計な手間はかかったが、やっと目的地に辿り着く。
そこでなんだか疲れたような呆れたような顔をしている店主のアニスに俺は声を掛けた。
”水精たちの憩い場”。
ちなみに俺自身はここを利用させてもらったことはない。
何故なら、依頼を受けることで知人のカテゴリーに入ってしまっているからだ。
金を通じた甘い自由恋愛が……代償なしの苦い自由恋愛になってしまったら、ほら、困るし?
「レインジー先生。先程はありがとうございました。しつこくって困ってしまって。ふう、なにか対策を考えないと。あ、それとさっきの人にもお礼を言っておいてください。なんならサービスしますよと」
アニスは透明感のある声でそう言った。
年齢不詳だが外見上は二十代くらいにみえる。もっとも外見は昔と今でほとんど変わらないので、なにかの亜人種とのハーフなのかもしれないと俺は疑っている。
なにより特徴的なのは蒼と茶のオッドアイ。だが、どうやら蒼い方は義眼らしくよく見ると違和感がある。
「……まあ機会があったらな。多分あいつは要らないっていうと思うが。あいつにとっての報酬は既に……。いやこれ以上は止めておこう」
「? そうですか? それは残念です。それはそうと先生がいらしたということは、依頼を受けに来たということで良いでしょうか」
「アニスは話が早いな。そうだ。少しいつもより早いが困っていてな。恩を着せるようで悪いがさっきの礼ということでいつもの依頼の受注を前倒しさせてくれないか」
「はい、良いですよ。それにお礼はまた別にさせてもらうので……そうですね、少し報酬を上乗せさせていただきます。あ、そうだ」
アニスはぽんと手をたたき、そして少し憂鬱そうな顔をした。
「もうひとつ、お願いがあるのですが良いでしょうか?」
「なんだ?」
「急に寒くなってきたからか体調を崩す娘がちらほらいて。そのお薬もお願いしたいのです」
「それは構わないというかむしろ助かるが――風邪ので良いのか? 数は?」
「はい。数は……予備を含めてこのくらいで」
「そんなにいるのか。んー足りるかな。やっぱり採取に出る必要があるか。まあわかった、受けよう」
「お願いします。先生もお体にはお気をつけて」
ふう、良かった……。
とりあえずこれで納品したら金は入るな……。
少し余裕が出てきた気がする。よし、さっさと工房に戻って出かけるか。
アニスに会釈をすると、俺は踵を返して歩き始めた。
§§§
「ふわぁ~……あれが、さっきまでいた、おうと、なんですね」
「ああ。王都“テルフィアナ”。セレン王家が支配する、このラクラシア王国の首都ってやつだな」
俺たちは今、王都の東門から伸びる“ルメス街道”を少し進んで、途中南に外れた辺りにあるやや小高い丘の上にいた。
この場所からなら、西の王都、そして俺たちの目的地である小規模な森が一望できるのだ。
「あ、あれがもしかして、おしろですか? わあ、すごいおっきい……」
「そうだな、おっきいな」
目を大きく見開きながら、何やら感嘆した声を上げるシャルティアに適当な返事を返す。
テルフィアナ城は、恐らくこの大陸でも三指に入るくらいの歴史ある巨大建造物なので、それはさぞおっきく見えることだろう。けっ、優雅なことだぜ。……おっと失言失言……。
……まあ、ラクラシア王国は大国だからな。
領有する国土という意味でもそうだが、信頼性、そして“機能性”という意味では他に並ぶものがないセレン硬貨を属国や一部の小国にも使わせることで巨大な経済圏を獲得しているのだ。
その恩恵で、国土面積こそお隣の帝国に負けているが、国力の面では引けを取らないのである。”まだ豊か”なんて言ったかもしれないが、実際は世界一豊かかもしれない。俺に分け前が回ってこないだけで。寄こせよ(直球)。
「シャルティア、王都の方はもういいだろう。左の方を見ろ」
『わあ、たかいとげとげした塔がたくさんある』とか『ゆきでしろい、ですねっ』とか他にもいろいろと騒がしいシャルティアを促して、忌々しい富の象徴みたいな大都市の方ではなく、目的地の森の方に注目させる。
「あっちがさいしゅにいく、もりですか? こっちもしろい……」
「そうだな、白いな。“瑞光の森”って場所だ。今からあそこに入るぞ。さっきも言った通り、この時期でも生えている薬草を数種とあとついでに何か使えそうな物を見つけたら採って帰る。特に危険な動物や魔物はいないはずだからその点は安心していい」
「は、はいっ! がんばりますっ!」
「うむ。よろしい」
……なんか少し楽しいな。この師匠ムーブ。
これが人の上に立つ快感か。ちょっと癖になりそう。
――それはともかく。
防寒対策をして小さなカゴを背負い探索装備をもったシャルティアを先導して、うっすらと積もった雪の上にさくさくと足跡を付けながら森の方に降りていく。
だんだん近づいてくる木々から森特有の匂いが漂ってくる。このあたりの木はいわゆる常緑樹なので冬も葉を付けており、その上にシャルティアの感想通りちらほらと雪が積もっていた。そこまで鬱蒼とした森というわけではなく、足を踏み入れやすい類の森だ。この森は、実のところ多少人の手が入っているのである。
それは何故かというと、この森が”瑞光の森”なんて呼ばれていることと関係がある。
この森には、今はもうダメだが秋くらいの時期に色とりどりの暖色系の光を放つライトウィスパーが大量発生するのだ。ライトウィスパーはぶっちゃけ生物なのか現象なのかどうかもよく分からない魔力の集合体で、危険性は全くない。そのため王都住民にとっては秋の風物詩でしかなく、ちょくちょく見に来る人がいるのだ。そんなこんなで、国の方も多少手を入れているのである。
なんてことをシャルティアに話して師匠風を吹かせていたが、ふと思い出す。
「ああ、そうだ。一応、念のために渡しておくか」
俺はそう言って財布を取り出した。
隣を歩いているシャルティアが首を傾げて俺の顔を見上げてくる。
「? どうしたんですか?」
「これだ。十セレン硬貨。……二枚でいいか」
十セレン硬貨三枚に、一セレン硬貨一枚しかないし……。
うわ……俺の財布、からっぽすぎ……。何度見ても辛い。
「は、はい、ありがとうございます……? えっと、どうして、ですか?」
「ああ、知らないのか? セレン硬貨には効果の大小はあるが、”魔物避け”の力があるからな。……どのみち、この森には人間に危害を加えられるような奴はいないが、一応持っておくといい。それだけでも小さいのなら寄って来ない」
別にこれっぽっちしか持ってないから十セレン硬貨二枚だけ渡したんじゃないよ。
それで必要十分だからだよ。わかってる? わかってるよね?
ちなみにこの場合の”小さいの”はあれである。
苔とかミミズが魔物化したようなやつは寄って来ない、という意味である。
「ふわあ、そうなんですかっ! すごい、ですねっ!」
「そうだな、すごいな」
素直に感心してくれるシャルティアは良い子だなあ。
そして、そう。これがいわゆるセレン硬貨の”機能性”というやつだ。
セレン硬貨には王族の血統に伝わる特殊な”結界魔術”により良く分からん魔力が封じられていて、硬貨の価値があがるにつれ、封じられた魔力量も多くなっているらしい。
その魔力が魔物に対して忌避感を抱かせるようなものらしく、こんな使い方もできるのである。(更に言えば、いわゆる魔物に対して”銭投げ”なんて使い方もできたりする)
さて、これの何がすごいか分かるだろうか。
ヒントは、街道を旅する商人たちは大抵一般人とは比較にならない量の金銭を持ち歩いていることだ。
……そう、セレン硬貨を使って取引をする商人たちは街道を旅する時に魔物に襲われるリスクを大幅に下げることが出来るのだ。
もちろん野盗や盗賊からは身を守れないため、一定数の護衛はいる。だがそれでも、その利便性が計り知れないのは俺にでも分かってしまう。魔物の危険性が、ただでさえ偽造不能なセレン硬貨の信頼性を更に担保するというヤバさ。まさにチート硬貨である。しかもその発行をすべてセレン王家が独占しているのだ。貨幣に王家の名を冠するわけである。
いや、改めて考えるとやべーわ。
――ま、俺はいま、四枚しかもってないんだけどな!!!
大丈夫、大丈夫。この森には魔物でないし。
「よし。さっさと行ってさっさと帰るとしよう」
「はいっ」
そうして俺たちは、森に足を踏み入れた。
過去師匠「これが人の上に立つ快感か」
いま師匠「しね」
過去主人公がアレなのが止まらない助けて。シャルに浄化してもらわないと…。




