星剣章
「……ふー……爺といったか。そなたの望み、承知した。私はもはや己が誰であるかを誰にも問わないだろう。事が落ち着くまで私の思いは己の中に秘めておくことにする。この意味が分かるか? 私のことはそなたの好きに扱うがよい、ということだ」
「おぉ……お嬢……ありがたきお言葉。それでは僭越ながら、お嬢の諸々を確認したいと存じます。確かに外見は万全ではございますが、永き眠りから覚めた能力がいかなるものかを知りとうございます。まずはどうか、そのお背中の翼をお広げ下さい。」
「ん? 翼だとぉ?」
私はいぶかし気に背中へ手を回すと、肩甲骨のあたりにざらざらとした太い枝のようなものが2本生えているのがわかった。再び水面に己の姿を映せば、信じがたいことにがっしりとした青い鱗を持った節とそれに厚い翼膜が伴った飛竜のような翼がみえる。先ほど、自身の姿を水に映した時翼に気が付かなかったのは、翼の節が濃い青色に染まっており、一見して水面と似た色をしていたからだ。
私は顎を撫でながらこれを見て、しばらく考え込んだ。
(ははん……本当に妙な女子に生まれ変わってしまったものだな。どれ、翼にあたる筋肉と骨の太さからみるにかなり使い込まれた部位なのだろう。これで劣化していると思われているのならば、大したものだ。全盛期はさぞ強力な外見をしていたのだろう。爺はこれをよく動かしてみよ、といっているのだな。どれどれ……)
私は背伸びをするときのように肩甲骨のあたりに力をこめた。すると苦しそうだが意外にもあっさりと翼はバサバサと揺れ動き、微風が生まれた。
「爺、どうだ?」
「やや弱々しくお見えになりますが、準備運動ですから致し方ないと存じます」
「や、なにぶん翼というものは初めてでな。……しばし待て、具合が何となくつかめてきたぞ」
身体が浮き上がることはないが、翼の動きはだんだんと大きくなめらかなものへとなった。
(なるほど、ブランコに乗ることと同様に翼をはばたかせるということもまた筋肉の律動と”はばたき”の反動を活かして行うものなのだ。飛行中にこのリズムが崩れれば、急な回復は無理だ。きっと落下してしまうだろう。これを考えれば、霊体での飛行は気楽なものだな……)
趣を凝らして”はばたき”を大きくゆっくりなテンポにすると、身体はふんわりと地上30㎝ほどのところまで浮上した。そうしてもう一つふと考えたのだが、翼の向きを一定にしていれば飛行時の身体の姿勢はどうでもよいのではないだろうか。
私はふらつきながら、宙に浮遊する身体をハンモックで寝そべるような体勢に変えてみた。想像よりもちょっと腹筋が苦しい姿勢だが、これはこれで面白い。
「あっ、ははは……爺や! 少し慣れてきたぞ」
「さようでございますか。やはりお嬢はこれ以上なく優れるお方。この調子であれば、星剣の技も容易に取り戻されることでしょう」
「星剣……?」
「この星の大気や金属の力を稲妻のもとに集め、具現化して振るう剣でございます。これは件の侵略者どもも振るう剣ではございますが、お嬢は飛びぬけて優れた星剣士であることを私は確かに記憶しております故」
「ふむ……本当に奇妙な女子だ。して、どうやってその星剣を振るうのだ?」
「かつてのようにその創造の御手に意識を集中させてください。お嬢の身体に流れる稲妻がこの星の諸成分と反応してあるいは結合し、より強力で多様な属性を持つ”星剣”となります。再び僭越ですが応用として、純な金属塊がその御手のどちらかに備わっていれば、星剣の金属性を強めることができるでしょう」
「ほほぅ、初めてだが非常に興味深い。爺、剣の形は決まっておるのか? 私は剣技が得意であったからお前のこういう話は非常に面白いぞ」
「ご関心戴き恐縮でございます。剣の形は不定でございますから、熱い飴を伸ばすようにお嬢の望む剣の形に変えていただくことができます。もちろん剣以外にも……お忘れでしょうが、実際以前のお嬢は100の剣と弓矢を使い分けておられました」
「ふむ……100種類はともかく、まずは一本の軍刀でも作ってみようではないか」
私はそういうと、右手の手のひらに意識を集中させた。どうやって集中させるかはわからないが、なんとなくこの女子の身体が覚えているのだ。
穴のあくほど、右手のひらに集中しているとかぴりっと静電気の糸が何本か走り始めた。これが剣の芽となるのかと直感した私は、意識をさらに集中させた。するとそれはすぐにこぶし大の静電気の繭となった。
電気の塊だけあってなかなかの熱さである。だが、直接触れているわけではない。電気の繭は右手のひらに浮いているが、爺の言う通りならば触れずともこの繭の形を制御できる可能性がある。……熱い飴を伸ばすようにといったな。
私は左手にも集中力を振り分け、ゆっくりと繭に近づけた。すると繭は手を近づけた方からわずかにゴムボールのようにへこんだ。親指と人差し指で繭を挟んでやると枕のように楕円形となった。
(なるほど、これをうまい具合に手で薄くして引き延ばしてやると……)
しばらくの試行錯誤ののち、私の右手には少し折れ曲がった形の悪い軍刀が握られていた。
「ま、まぁ……最初はこんなものだ。爺、あまり期待しすぎるでない……」
「最初ではないはずですが……しかし、きっと威力は並びないものであると確信しております」
そういわれて、試さない男(女)はいない。いいだろう、見ているがよいと私は龍を一瞥すると、私の身の丈を上回る岩の前に立ち、いびつな軍刀を両手上段に構えた。
そして、上下一閃。雲のない稲妻が大岩を真っ二つに割くと、大岩は断面赤くバターのようにずるりと溶け、地面に横たわった。
「んぉおお、お見事です!!」
それを見て興奮し、昂った龍の声があたりに響いた。
「まぁ、こんなものだ。この程度でいいのかは知らんがな」
私の言葉は自信によるものではなかった。この奇妙な女子の本来の力がどれくらいであったのかは知らない。恐らくより強力なものだったのだろうという謙遜からの言葉だった。
「我々龍族も己の牙爪を星剣化させることはできますが、お嬢のものとは比べ物にならない軟弱なものだと申し上げておきます。そういえば鳥頭ならぬ龍頭ゆえ忘れておりましたが、我々龍族の同胞たちについてもご説明とご挨拶を行いたいと存じます。運動がてら我々の地へと参りましょう」
「そういえば、爺のような存在は一体ではないのだったな……ふむ、どうなるかはわからんが案内せい」
「はッ! 承知……!」
龍はこうべを垂れ、そういうと大きな黒翼をはばたかせ、あたりに砂と砂利の嵐を呼び起こした。